ポケットモンスターSM Episode Lila 作:2936
ポケモンリーグチャンピオンであるヒノキと引き分ける実力を見せた謎の女性、アナベル。その正体は国際警察の一員であった。
彼女が連れの補佐官であるハンサムと、素性を伏せて戦ったヒノキの正体について話しているその頃。
彼女たちのいる一階から階段を上がった二階のテラス席にも、同じように不恰好な巨大パフェをそびえさせているテーブルがあった。
「ねえ、ヒノキ。もうお腹いっぱいなんじゃないの?おれ、いつでも代わってあげるよ?」
テーブルの向こう側から身をのりだし、試合前とは真逆の調子で真逆の事を言っているのはナギサである。
「何いってんだ。おまえ、Zワザの消費カロリーなめんなよ。これ全部食っても、足りるかどうか。」
ヒノキもまた、試合前とはうってかわって軽快な調子で、半分でも巨大なバイバニラパフェを次々と口へ運んでいる。但し、それは単に彼が試合でゼンリョクを尽くしたからというだけでなく、彼の頭が今なお忙しく糖分を消費し続けているためでもあった。
──あの女。本当に、何者なんだ?
あの格好であの若さで、あの強さ。
となれば、冗談抜きでただ者ではないはず。
その時、ヒノキはふと、スプーンを持つ自身の手が微かに震えている事に気付いた。それは先刻、ナギサがマーボーなしのビスナを完食した、彼曰く「まほうのスプーン」だ。
それに、オレはどうしたんだ?
なんでこんなに心がモゾモゾして落ち着かない?
さっきも、今まで使ったこともない誰かの口ぐせとか出たし。
彼の胸に、何かが確実に引っかかっていた。
何かとても重大なことを素通りしてしまっているような、そんな気がしてならないのだ。
その時、フロア中央のモニターで、さきほどの試合のハイライト放送が始まった。
「・・・」
ガラス窓越しに何気なくその映像を見た途端、ヒノキは心臓を掴まれたような感覚にとらわれた。
試合中はサングラスをかけていた為に分からなかったアナベルの髪が、花のような淡い紫色をしていたからだ。そしてその色は彼に、反射的にある人物を思い起こさせた。
いつの間にか隣へ来て、しきりに、もういいの?と聞いてくるナギサに構わず、ヒノキは立ち上がって辺りを見回した。ちょうど、一人のウェイトレスが隣のテーブルを片付けている。
「あの、すいません。」
「はい。あ、もしかしてさっきのパフェの・・・」
「そうです、その件でなんですけど。オレと戦ったあのアナベルって人、よくここに来るんですか?」
「なんだよ、ナンパすんの?・・・あてっ!」
生意気な軽口を叩くナギサの頭にきっちり右ヒジを落としながら、ヒノキはウェイトレスの答えを待った。
彼女は少しの間、小さなあごを指で支えて考えていたが、やがてその姿勢のまま話し始めた。
「そうですね・・・ここ一ヶ月ほどは、一週間に一度くらいはお見えでしょうか。」
「あの、何か知ってることとかありません?どこに住んでるとか、何の仕事してるとか。小さな事でもいいんで。」
期待は出来ないと分かりつつ、それでもヒノキはわずかな望みを託して尋ねた。
が、彼女の口から出た回答は、やはりその期待を裏切るものであった。
「申し訳ありませんが、お名前と、ポケモン勝負がかなりの腕前だということ以外は、おそらく店の者は誰も何も・・・」
本当に申し訳なさそうに、彼女は言葉尻を濁した。
「そっか・・・。ま、そうだよな。客の個人情報なんか、普通知らないよな。」
分かりきっていた事ではあった。とはいえ、やはり気落ちはしてしまう。
「よろしければ、それとなくお伺いしてみましょうか?まだ店内にいらっしゃって、お答えいただければの話ですが・・・。」
彼の落胆ぶりに何かしらの事情を察した彼女は、そう提案してくれた。
が、ヒノキは少し考えてから、その申し出を断った。
「いや、いいよ。ちょっと昔の知り合いに似てるなって思ったんだけど。でも名前も違うし、多分オレの勘違いだから。気を使ってくれてありがとう。」
いざ接点が見えないとなると、あの衝撃も何かの間違いだったような気持ちになる。
「お力になれず、申し訳ありません。」
そして彼女は仕事に戻り、ヒノキも自分のテーブルに戻った。
そこではこっそりパフェに手をつけていたナギサが慌てて自分の席に戻ったところだったが、ヒノキは全く気づいていない様子で、再びパフェに取り掛かろうとした。
そうだ。きっと他人の空似だ。
それに、本当に
彼がそこまで思いを巡らせた時、頭の少し上の方から、聞き覚えのある柔らかな声がした。