───数日後。
曇天の空を見上げながら密はため息をつく。今日、いよいよ照星候補の投票がある。
この投票をもって本年度の照星三名が決まり、卒業までその任を全うすることとなる。
「密さん。ここまできたのならもう成り行きに任せた方が楽だと思いますよ」
「鏡子さん…。そうなんですか。そうなんですかね…?」
成り行きに任せた場合、自分は確実に照星になる気がする。だけど、自分は『男』なわけで…。
「密さん。気にし過ぎるのもよくないと思いますよ。そもそも、照星は他薦なんですから絶対に選ばれるとは限りません」
「鏡子さん。それ、本音で話してます?」
「・・・」
「目をそらさないでください」
目をそらしてごまかそうとする鏡子に密は憂鬱な気分のままに学園の道を歩いていく。
教室に到着するとクラスメイト達はすでに盛り上がっている。幾人も『密に投票する』と言って自身の席へと戻っていき、授業が始まる前から密は気疲れで机に突っ伏する羽目になった。
そして、授業終了後のホームルームで担任である十条紫苑からそれぞれの生徒に投票用紙が配られる。
「投票はあくまでも自分の決めた相手を書いてください。組織票にはならないように──と言っても、まあ無理そうな感じもありますけど」
密を見て笑う紫苑に密としては苦笑いしか返せない。そして、密も投票しなければいけないのだが…。
(自分に投票するなんて論外。かといって鏡子さんとかに嫌がらせで投票してバレたりしたら何されるやらわからない…)
密は無難な答えに落ち着くしかなかった。
ふと、刹那の方を見ると珍しく腕を組んで悩んでいる。悩むほどのものだろうかと思うが、悩むということは自分以外に投票しようとしてくれているということだろうか。
「一人分減った程度ではどうにもならないと思います」
「わかっています。というか、人の考え事を読まないでください」
書き始めた刹那を眺めながら密は小さなため息をもらすしかなかった。
講堂に集まった全生徒。ここで先ほど集計された投票を元に三人の照星が選ばれる。
「先生方が発表をするんですね」
「あまり前例は無いので一概には言えないそうですが、集計を手伝った生徒が照星に選ばれたことが過去にはあったという理由から、照星候補者が壇上にそろうまでは先生方が司会を務めるようになったようです。まあ奉仕会役員が照星候補者を壇上に呼びつけるのも失礼だという配慮もあるようですが」
「なるほど」
壇上には十条紫苑と高宮睦月の二人が立っている。紫苑の手には一枚の紙があり、そこに今年度の照星候補者の名前が書かれているのだろう。
「それでは、開票結果を発表します」
「投票総数六二八票、うち有効数六二五票でした。これより、上位三名の名前を読み上げますから、呼ばれた人は舞台に上がってきてください」
生徒が一様に息をのみ、講堂は張り詰めた緊張で満たされる。
紫苑が視線を一度紙に落とし、前を向いて名前を読み上げる。
「ではまず──三年四組、風早織女さん」
最初によばれたのは織女。胸を張り、優雅に壇上へと上がっていく。
「次に──三年一組、結城密さん」
呼ばれたことで講堂に万雷の拍手が響く。立ち上がり、逃げ出したくなる気持ちを抑えつけて壇上へと上がる。
「最後に──三年五組、正樹美玲衣さん」
最後は美玲衣。周囲が声援を送り、それに応えてから壇上へとやってくる。
「以上になります。では奉仕会長、後はお願いします」
「ありがとうございました。先生方」
ここで、マイクを奉仕会長であるすみれへと渡されると、先生方は壇上から下りていく。あくまでも、呼び出すのが仕事ということだろう。
「それでは、新しい
「待ってください、奉仕会長」
密は静かに声をあげる。
「どうかなさいましたか」
「私は──照星を辞退させて頂きたいと思います」
★
-刹那side-
「私は──照星を辞退させて頂きたいと思います」
密の言葉を聞いて、すみれがいくつか質問をしている。それを遠間に聞きながら、刹那は深く頷いていた。
(密さん。やはり貴女のここ数日の悩み事はコレ、でしたか。確かに今、貴女が答えているように貴女は学院に来たばかり。システムとしての意義や伝統といったものには疎い存在でしょう。───ですが…)
「そんなことはありません!」
密の言葉に待ったをかけたのは織女。強く、まっすぐな言葉は彼女の──否、変わりつつある彼女の意思をしっかりと反映している。
(やはり、貴女も変わってきている。きっと、今の密さんの立ち位置は前年度の照星にとっては私がいるべき場所だった。ああ、やはり私には貴女を照星から外すわけにはいかなくなりました)
刹那は心に決めた。『結城密』はきっとこれからも何かを変えていく。本人の資質かはわからない。
だが、きっと彼女なら──私とも渡り合い、私だけでは見れない未来へとたどり着けるかもしれない。
(おこがましい考えではありますが──)
静かに席を立ち、刹那は三人と視線を合わせやすい壇の前へと歩いていく。
「お引き受けなさい、結城密」
「刹那、さん…」
三者三様にこちらへと向き直る。
「密さん。『照星』とは皆で選び、皆が望んだからこそそこにいる。貴女自身のことを全てわかっている者などこの場にはおそらくいないのでしょう。それでもなお、貴女でいいのだと、貴女がいいのだと皆は票を投じたのです」
「──ぁ」
密の視線が刹那から後ろに居並ぶ生徒達へと変わる。
「貴女は外部から来たから辞退するという。しかし、今はもう貴女もこの学院の一人の生徒。異邦人であると思い悩み、我々のためにと辞退を申し出て下さった。だからこそ私は貴女を照星に推しましょう」
「───」
密からは返ってくる言葉はない。それでも、その瞳が、生徒達から離れることはない。
「貴女はこれからもそうありなさい。そうあるかぎり、私は貴女の理解者となるべく立ちはだかろう。貴女の隣に立つべく努力しよう。私も『女帝』などと言われるが一人の生徒。そして、貴女の変わらぬ友人であろう」
そこで刹那は壇上から生徒達へと向き直る。
「皆よ、結果を曲げてまで密さん以外の誰かを尊び、敬うことをよしとしますか?貴女方は、それを許してしまいますか?──そうではない。そうでしょう、皆様!」
───次の瞬間、万雷の拍手とともに多くの生徒達から声があがる。
「刹那お姉さまの仰る通りです!」
「私たちは、密お姉さまを支持致しますわ!」
「どうか、私達を導く照星として──」
「お願いいたします…!」
刹那が肩越しに振り返る。
「密さん。これほどまでに望まれている。それでもまだ、辞退されますか?」
「刹那さん…」
密は左右に並ぶ織女、美玲衣の顔を見る。二人は何を言うでもなくただ、頷いた。
さざ波のような拍手の海、密を認めて響く、皆の声。
──それでも、苦しそうな表情は変わらない。
(気持ちは、意思は、固いということでしょうか…)
刹那は持ち得る知恵と考えを使いきってしまった。皆の力を借りるということも選んだ。それでも変えられないのなら──
「…どんな貴女でも、いいのです」
★
-織女side-
刹那さんとみなさんの声に、それでも密さんは悩む気持ちを変えられていない。だからこそ、自分は気持ちを抑えられなかった。
「私は、自分が完全ではないと──そう痛感している貴女とこそ、一緒にやっていきたいのです!」
だって、私は教えられたから。自分も、完全ではないと。間違ってきたことも、自分はまだまだ未熟者であると。だから──
「お願い、できませんか…?」
そこで、ようやく密さんは一度目を閉じた。再び目を開けて、講堂の生徒達を見回して──
「──わかりました」
その瞳には何かの覚悟が宿った気がした。それがなんなのかは私にはわからない。でも──
「お受けします」
密さんの言葉を皮切りに再び万雷の拍手が講堂を包む。
「おめでとうございます──!」
多くの生徒から祝福の声が聞こえてくる。
「貴女は、私の友人なのです──勝ち逃げは、許さないんですから…!」
「はい。申し訳ありません」
ふと、視界の端に見えたのは刹那さんの優しそうな笑顔。その人は他の生徒達から背を向けるように講堂から出ていく。
(ありがとうございます、刹那さん…)
──こうして、三人の照星は決められた。
──この先に、如何なる物語があろうとも。
──それが星の導きによるものか、それを知る者は誰もいない。
──それは、彼女達の物語なのだから。