-鏡子side-
放課後。授業も滞りなく終わり、密さんの様子は水泳の授業の時から回復する様子もなく、すぐに寮へと帰っていった。
(何かあったのでしょうか…。少なくとも昼休みまでは問題なさそうに思いましたが…)
それともああなるほどに女性物の水着を着ることが嫌だったのでしょうか。
(制服を着ている時点で今更な気がしますが…)
そこの感性までは鏡子としてもわからない。きっと密さんの中では何か違うのだろう。
「しかし、そうなるとどうしましょうか。今日は密さんを連れて買い物でも行ければ、と考えていたのですが…」
「おやおや。鏡の君が一人とは珍しいですね」
「───っ!」
不意に聞こえた声に周囲を見渡す。しかし、姿はない。
「こちらです。気がつかないものですね」
再び聞こえた声の方を向く。何故か窓枠に腰かけた千歳がいた。
「…いつからそこにいましたか?」
「実は密お姉さまが帰っていく頃にはすでに座っていました。皆さん、人のこと無視し過ぎですよ」
肩を竦める後輩に鏡子は半眼で見つめていた。
──
『新聞部の良心』『存在しない生徒』『見えざる少女』──いくつもの呼び名を持っていて、中でも自分に『鏡の君』なんていう二つ名がついているように彼女もそのあり方から『忍者』などと呼ばれている。
どこにでも現れる彼女を見つけられる生徒は噂を聞くかぎりは新聞部の部長と刹那さんぐらいだという話だ。
(この子はよくわからないところが多いんですよね。『薄氷』という家系も特に何かあるような家系ではありませんでしたし)
あえて挙げるなら風早とは違う分野で発展している一族といったくらいのものだろうか。
「それで、私に用があるということですが…」
「うーん。正確には密お姉さまにも関係しているのですけれど…。まあ、今日は鏡子お姉さまだけでいいでしょう」
(私と密さんについて…?)
「単刀直入にお伺いいたします。御二人は風早グループ次期総帥たる風早織女の護衛のために学院に潜入している、いわゆるエージェントな人達で間違いないですか」
「…何のことですか?」
ほんの一瞬、鏡子自身答えに詰まった。一般に漏れるような情報ではなく、また鏡子と密を名指しできるほどの情報をどうやって手に入れたのか。
「ふむ。では、高宮睦月先生はどうでしょうか。あの方、なかなかに溶け込むのは上手いですが男性ですよね」
(バレている…?)
千歳は常に断定した話し方だ。疑問ではなく、もはや到達した情報を本人達に確認しに来ているといった様子。
「ほう。なかなか面白い話をしているな」
「──っ」
二人が教室の扉へと視線を向けた。そこには高宮睦月その人が立っていた。
「積もる話があるようだが、とりあえず場所を移してはもらえないか?ここだといろいろとまずくてね」
「…ええ。構いませんよ。私は確認できればどこでもかまわないので」
睦月先生を先頭に教室から出ると普段から使われている準備室の方へと入る。イスに座る千歳に背を向けてお茶を入れる睦月は落ち着いていた。
「緑茶でいいかい?」
「ええ。ありがとうございます」
鏡子は睦月と並ぶように座る。
「さて。君はどこまで知っているんだい?」
「鏡子お姉さまと密お姉さまがボディーガードで睦月先生はそのバックアップ。学院は風早グループがこっそりと後片付けができるように整えている、ぐらいでしょうか」
千歳の語る話は密さんのことを除けばほぼ全てだった。だからこそわからない。
なぜ、この相手はこれほどまでに詳しいのか。
お茶を飲んでいた睦月は肩を竦めるしかなかった。
「驚いたよ。ほとんど全てを看破している生徒がいるなんてね。ついでに聞いておきたいことだけど。私が『男』だとバレた理由は?」
「日常生活における本人の中にある通常動作とのズレが見えていたから、と言っておきましょうか」
「は?」
「どういうことですか?」
千歳の説明としては──
高宮睦月の普段の生活における所作と教師としての所作にわずかなズレがあり、これを修正するために本人にも無意識に近い無理な動作が見えていたから、だそうだ。
説明をうけても意味がわからなかった。
「そうですか。でしたら、刹那お姉さまをよく観察するとよくわかりますよ。あの人は常に全ての動作を管理していますから、並の人間にはできていないことができる方です」
「ふむ。まあ、その辺りのことは気にしないことにしよう。それで、君はこのことを知ってどうするつもりだ?」
千歳はここに入った時から変わらず落ち着いていた。
「特には。私は昔から知りたがりの
「ただ知りたいだけで風早グループを調べたってことですか?」
「ええ。真実にたどり着けたとわかればそれ以上は何もありません」
こちらの前で一つのメモ帳のページをむしっていく。どうやら今回知りえた情報はそこに載っているようだ。
「そうか。秘密を共有してくれる、ということでいいのかな?」
「そうですね。睦月先生としてもその方が安心できますか?」
「そうだね。とはいえ、監視はさせてもらう。悪く思わないでくれ」
「いいですよ。できるものなら」
不敵に笑う千歳に睦月はただ笑って返した。
準備室から出ると、千歳の隣を鏡子は歩いていた。
「しかし、本当にどうやって調べたのですか?」
「そう難しいことでもないでしょう。おそらくですけど、刹那お姉さまも皆さんのことは知っていると思いますよ。あれでも『天形SP』の一人娘ですから」
それは鏡子も知っている。世界最高峰のシークレットサービスとして名を馳せている『天形SP』の跡取り娘こと天形刹那。
この学院では何故か『雨水刹那』という偽名を使っているようではあるが、業界によっては畏怖すらされているところの跡取りともなれば周りが萎縮しかねないという配慮だと鏡子は思っている。
「あと、ウチは別に普通の大企業ですから私のことを調べても特に何も出ませんよ。知りたがりなのは私くらいです」
「それはそれは。それでですが、今後はつけるかぎりは私が貴女の監視につきます。迂闊なことをされて織女さんにバレては本末転倒ですから」
「かまいませんけど、鏡子お姉さまが大変では?」
「…あきらめました、いろいろと。そういうわけですからできるものなら私の近くにいてくださるとありがたいのですが…」
「それは…、難しいですね。学年も違いますし、新聞部の仕事もありますから」
「はあ…。なんでこう、余計な仕事が次々と増えるのでしょうか」
「現場の仕事なんてそんなものですよ」
したり顔で言う元凶の頬はつねっておきました。