処女はお姉さまに恋してる-陰に輝く星-   作:揺れる天秤

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第19話 決断

 五回目の水泳授業も休み──

 

 噂は尾ヒレがついて留まるところを知らない。

 どこにいても誰かに見られているような感覚。照星となった時でさえここまでではなかったはずだ、と密は感覚的に理解はしている。

 元より閉鎖的な側面を持つ学院内であれだけ有名な刹那に見出だされるように照星へと入ってしまってもいたので、元の知名度に下世話な勘繰りもできてしまう新聞ともなれば女子達の話題を浚ってしまうのも仕方のないことなのだろう。

 

 密自身はあまり気にしないでいた。しかし、日増しに膨れる噂を周囲の人間は気にしてしまう。

 この状況の一番の解決策は何か───密は考えずにはいられなかった。

 

 

 

 ★

 

 

 

 -鏡子side-

 昼休み。購買で適当にサンドイッチなどを買い込んで中庭へと足を運ぶ。

 密さんの隣にいると今は嫌でも目立ってしまう。それに毎時あれほどの興味津々な目を向けられては落ち着くことすらできやしない。

 

(当の本人は割り切っているのかいつも通りなので、余計にそばにいるのが面倒なんですよね…)

 

 中庭は場所によってはあまり人のいない空間がある。レリーフのような小さなベンチのところまで来て、先客がいるのに気づく。

 

(おや?)

 

 先客はベンチにうつ伏せに寝転んで眉間に深いシワを寄せた顔で小さな寝息をたてている。この夏も近づいた屋外の固いベンチを寝床にすれば、ほとんどの人間はそうなるだろうが…。

 

「千歳さん。そのようなところで寝ていると熱中症になりますよ」

 

 わずかに開かれた目はこちらを一瞬みると顔を反対に向けてしまう。

 

「千歳さん。そのようなところで寝ていると熱中症になりますよ」

 

 同じ言葉でしかし今度はその頬を上から潰すように指で押す。少しの間、されるがままだったが諦めたのか千歳は起き上がった。

 

「…なんですか」

「そこで寝転んでいると私の食事場所が無くなるので起こそうとしただけです」

 

 いたずら心が皆無だったかと聞かれると鏡子としては困るが。空いた空間に座り、サンドイッチを食べ始めたが──

 

(──今日はいやに元気がありませんね)

 

 よくよく見ると千歳の髪はあちこちがはねているし化粧でごまかしているが目元にうっすらと隈が出来ている。

 

「千歳さん。貴女、よく眠れていないのでは?」

「…なんでそんなことを聞くのですか」

「興味本位です。ですが、明らかに疲れた様子の貴女が気になりましたので」

「…別に。大したことではないんですよ」

 

 千歳が話したのは今回の噂を出来るだけ鎮静化しようと駆けずり回っていたというもの。

 しかし、千歳は新聞部の所属。何をしても裏目に出がちで、噂の加速を留めることは出来なかったようだ。

 

「ここ三日はまともに寝れなくて…。悪いのは部長なんですけど、噂を聞く度に胸が痛くて…」

 

 ──どうやら密さんの楽観視に一番堪えているのはこの子なのではないだろうか。駆けずり回り、なんとか噂を鎮静化しようと東奔西走してきて、今は力不足にただただうちひしがれて…。

 あげくには不眠症に近い症状を発症している有様。このまま放っておけば最初に倒れるのは千歳だろう。

 

(まったく…)

 

 なんて不器用なのだろうかと。千歳がそこまで密さんのことを気にする必要はないというのに…。

 

「千歳さん。ちょっと、失礼」

「うむっ?」

 

 千歳の頭を掴んで強引に横にさせる。その頭を、自分の膝にのせて──

 

「あの、鏡子お姉さま…?」

「なんでしょうか」

「これは、なぜ急に…?」

「そうですね。ただ、なんとなくでしょうか」

 

 本当にただそうしたかっただけだ。別に他意はなく、疲れているこの子を少しでも休ませてあげたいと思ったからで…

 

「嫌なら頭を上げたらいいのです」

「嫌、ではないのですが…」

「ですが?」

「──いえ。ありがとうございます。鏡子お姉さま」

 

 小さなあくびをして、千歳は目を閉じる。ほどなくして小さな寝息が聞こえ始めた。

 

「まったく…。密さんよりも疲れる相手なのです」

 

 寝息をたてるその頭を優しい手つきで撫でている。思わず鏡子は小さな笑みを浮かべていたが、ふと視線をあげると──目があった。

 

「お優しいですね、鏡子さん?」

「──そこで何をしているのですか、刹那さん?」

 

 木の陰からこちらを見ていたのは刹那。青筋を浮かべる鏡子にさすがの刹那も少し慌てた様子でこちらへと近づいてきた。

 

「誤解ですよ、鏡子さん。私は千歳を探していたらたまたまベンチで一緒に座る鏡子さんを見つけて」

「見つけて。何をしていたのでしょうか?」

「…どうなるのか気になって木陰から様子を窺っていました」

 

 素直に白状した刹那に鏡子は隣に座るようベンチを叩く。刹那も逃げ出すことはなく、諦めた様子で鏡子の隣に座った。

 

「それで。刹那さんが千歳さんを探していた理由はなんですか」

「いえ。最近、姿を見せなくなっていたので何をしているのかと。この子がいきなり消えるのは今回が初めてではありませんが、さすがに気になってしまって」

「なるほど。そして偶然にも私と出会っているところを見つけたと?」

「そうですね。まさかいきなり膝枕をして、千歳も素直に寝始めるとは思いませんでしたが」

 

 眠っている千歳の頬を刹那がつつく。それを嫌がって千歳がその場で寝返りをうった。

 

「──ムッ。なかなかけしからん絵面に」

「女の子同士ですから気にしませんよ。というか、これは本人としてはどうなんでしょう。息苦しくないのでしょうか」

 

 千歳は鏡子のお腹の方に顔を向けてしまっている。

 

「まあ、寝苦しいようならまた寝返りをするでしょう」

「──それで。刹那さんは私に用があるのでは?」

「わかりますか」

「ええ。千歳さんを探していたのは嘘ではなさそうですが、私も同様に探していた、といったところでしょう」

「鋭いようで助かります。私が聞きたいのは、鏡子さんとしては現状の密さんの状態をどう思っているのか、です」

 

 ふむ、と鏡子は考える。現状としては任務そのものには大きな支障は出ていない。噂は所詮噂であり、密さん自身が気にしていないことからも不利益になっているものはない。

 しいて言うなら、静かな学院生活とやらからはどんどんと遠ざかっていることぐらいか。

 

「私としては何も言えませんね。織女さんなどは機嫌が悪そうですが」

「まあ、水泳してないだけでこれほど叩かれるのも今までの照星から考えても珍しい兆候ではあります。なんだかんだと話題性が高いと生徒達は思っているのでしょう」

 

 結果として本人以外のところへ波及していてクラスメイトは他クラスの生徒との小競り合いのような衝突も起きているし、下級生に多い照星ごとのファンの間でも小さな問題が発生していると聞いています。

 

「なんとかなりませんか、刹那さん」

「私では無理ですね。これは、密さんだけが解決できる問題です」

 

 結局、千歳は昼休みが終わるまで眠っていた。

 

 

 

 ★

 

 

 

 -密side-

 ──夜。密の部屋では密が花に勉強を教えていた。

 

「──密お姉さま」

「どうかしましたか、花ちゃん」

「お姉さまのことをいろいろと聞かれていて…。花の思った通りに答えているんですけど…」

「けど…?」

 

 花の話す内容としてはあちこちに話が飛ぶうちに誤解を生んだりしているらしく、今日も花のクラスに怒鳴り込む生徒がいたらしい。

 

「お姉さまは何も悪いことはしてないのに…。ただ、体調が優れなくて水泳をお休みしているだけなのに…」

「花ちゃん…」

 

 密は少々自分が楽観的だったことに気づかされた。クラスの方でも自分を擁護してくれる話は聞いていたし、織女や美玲衣が噂に対して答えていることも知っていた。

 それでも所詮は一過性のものだと思っていた。だが、これほどまで周囲の人間に影響が出ているとは密自身は想定していなかった。

 

「花ちゃん。今日のところはこれで終わっておきましょう」

「お姉さま?」

「少しやることができてしまって。すみません」

 

 花を部屋に送り届け、その足で鏡子を呼びにいく。部屋に戻ってくると二人は向かい合ってイスに座った。

 

「どうしたのですか急に」

「鏡子さん。私は刹那さんに言われました。今回の噂を鎮静化できるのは『私だけ』だと。方法としてもわかりますが安易に選ぶわけにもいきません。何か知恵を借りることはできませんか?」

「密さん…」

 

 ───密は決めた。

 

 今回のことが周囲の人間にこれほどまでの影響が出ているとなるなら、それはもはや密一人の問題ではない。

 なら、この問題に対処する必要がある。自分を信じてくれている皆のためにも──。

 

「──わかりました。密さんが覚悟を決めているのなら、私も手を貸しましょう。誤魔化す手段がないわけでもありませんし、それに──」

 

 鏡子は明日の授業時間のことを思い出す。

 

「幸いにも明日の一時間目が水泳ですから、ちょうどいいですね」

「それと、鏡子さん。私はせっかくですから彼女にも手伝ってもらおうと思っています。実は──」

 

 密の話に鏡子は驚いた。だが、同時に納得もしていた。

 

「今まで黙っていたことにはいろいろと言いたいことはありますが、今は好都合です。一回、吹っ掛けてみるのも面白そうですね」

 

 密は決断した。もう、妹にあんな悲しい顔をさせるわけにはいかない、と。

 

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