処女はお姉さまに恋してる-陰に輝く星-   作:揺れる天秤

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第20話 水泳対決

 -刹那side-

 次の日。

 

 プールサイドで黙々と柔軟体操を行う刹那は最近の噂を考えていた。

 

(昨日、鏡子と話した通り。今回の噂は妙に広がりが早い。誰かが裏で糸を引いている人間がいるかもしれないと調べてはいるが、網に引っかかる様子もない)

 

 なら、今回は偶然にも拡散しているだけだろうかと。それなら、この問題が解消されればいいのだが解決できるのはやはり当事者しか不可能だ。

 

(かといって、密さんを無理に引っ張り出すわけにもいきませんし…)

 

 正直、手詰まりだ。

 そんな時、周囲の生徒がざわついたことで刹那も入口の方へと視線を向けた。そこには、肩からバスタオルを羽織って歩いてくる密がいた。

 

「密さん…!」

 

 近づくと少し青い顔はしているがそれは仕方ないことだと思える。一歩間違えば変態のレッテルを貼られかねない場所だ、密にとっては。

 教師が密に話を聞いているが、体調そのものは過去五回よりはよく、また噂が広がりつつあることを勘案してもここで一度でも自分が授業に参加することができれば落ち着くと考えていると。

 

 教師達も噂のことは耳にしているだろう。ただ、これは教師には解決できることではないことは理解していただろうし、それをどうにかするために授業になんとか参加しようと出てきたというのだ。教師がダメとは言えないだろう。

 そして、バスタオルを外した密は刹那の方へと歩いてきた。

 

「刹那さん」

「密さん。さすがは、薔薇の宮と誉めるべきでしょうか」

 

 刹那は素直に密に感心していた。確かに解決策はこれしかないとは本人に伝えてはいたがまさか選ぶとは思っていなかったのが本音だ。

 

「体調は良いのですが、それも最後までかというと自信がなくて…。申し訳ありませんが一つ、ワガママを聞いてはくれませんか?」

「ワガママ…。なんでしょうか。今なら大概のワガママには付き合いましょう」

「でしたら刹那さん。私と水泳で勝負をしていただけませんか?」

 

 周囲のざわめきと、刹那はわずかに眉が上がる。

 

 ───どういうつもりか。

 

 それを問うように見つめた密は小さく笑って頷く。それだけでなんとなく察せた。

 ならば、私が返すべき言葉は『刹那』としてではない。

 

「いいでしょう、薔薇の宮。貴女の挑戦、受けてたたせていただく。先生、構いませんね」

 

 『女帝』として立ちはだかろう。貴女の挑戦、受けて立ちましょう。

 

 

 

 ★

 

 

 

 -茉理side-

 密さんが授業に出ているのには驚いたけど、それ以上に驚いたのは刹那さんに勝負を挑んだことだ。いつもなら刹那さんから挑んで密さんが対峙していたのに。

 気になって仕方なかったから先生に許可をもらって近くで見させてもらうことにした。

 

 どうやら二人は400mメドレーっていう種目をする様子。近くにいた鏡子さんから聞いたら『背泳ぎ・平泳ぎ・バタフライ・クロール』を各100m泳ぐようで。

 確かここって50mプールだから四往復かな。あっ、二人がプールに入った。

 

「本当なら自由形でいきたいところですがスタート台がありませんからね。メドレーなら関係ありません。密さん、いいでしょうか?」

「ええ。400mともなれば体力配分も考えないといきませんからね」

「なるほど。勝算あり、といったところでしょうかね」

 

 プールは広いから何人もの生徒がレース用に区切られた二コース以外に入ってる人もいる。いいなぁ…。

 

「それでは…」

 

 先生の合図で二人がプールサイドに掴まって背中を丸める。

 

「──スタート!」

 

 先生の号令とともに二人が飛び出した。最初は背泳ぎ。

 

「あれって頭打ったりしないのかな」

「時折首を反らして壁までの距離を測っているから大丈夫でしょう」

 

 鏡子さんの言う通り、二人共に時折首を反らしている。ああやって見てるんだ。

 ターンした瞬間、刹那さんがわずかに前に出たように見える。

 

「密お姉さま、少し遅れていますわね…」

「密お姉さまは万全ではありませんし…」

「それでも、刹那お姉さまは手を抜くつもりはなさそうですわね…」

「それよりも誰ですの。密さんは泳げないかも、なんて広めていたのは…」

 

 どうやら自分の見間違いという感じではないようで、気がつくと平泳ぎに変わったところで身体一つ分の差が開いている。…刹那さん、速いなぁ…。

 

「うーん、想像以上に刹那さんが速いですね。密さん、勝てるのでしょうか」

 

 隣の鏡子さんも頬を掻いている。早くもバタフライに泳ぎが変わって───あれ?

 

「刹那さん、明らかに遅くなった?」

「えっ…?」

 

 うん。ジワジワと密さんが刹那さんとの距離を詰めている。それは密さんが速くなったというよりは…。

 

「刹那お姉さま、遅れてきていませんこと…?」

「まさか、疲れてきています…?」

 

 うーん、疲れてきているって感じじゃなさそうなんだよね。どちらかというと──

 

「バタフライ、苦手なのかなぁ」

「…ああ。確かに泳ぎが少しぎこちないですね」

 

 なんて言えばいいんだろう。水の中を滑るように泳いでいるのが密さん。なんかカクカクしてるのが刹那さん。

 

「いよいよ、最終泳法ですね」

 

 ターンがわずかに刹那さんの方が速かった。でも──

 

「す、すごい…」

「密お姉さま、速い…!」

 

 密さん、今までセーブしてた?異様に速いんだけど。

 

「そんな余裕、刹那さん相手に密さんが持てるわけありません。なのに、なぜ…」

「…あっ」

 

 わかった。呼吸の回数だ。

 刹那さんは四~五回に一回は息継ぎに横を向いてるのに、密さんは最低十回は空けて息継ぎしてる。

 

「うわぁ…」

 

 ジワジワと密さんの方が前に出て───ターンした瞬間に決定的な距離が開いた。──今、刹那さん…。

 

「刹那さん、壁を蹴り損ないましたね。明らかにターンした瞬間に距離が開きました」

「うん。あっ、でも猛烈に追い上げてきたよ!」

 

 どうやら刹那さんも息継ぎの回数を減らしたんだ。でも、ターンの時に身体一つ分以上ついた差はさすがに埋まらなくて──

 

「勝者、結城密!」

 

 先生の声に周囲の生徒が大声をあげた。うん、密さん、すごいよ。一秒以上遅れて刹那さんが壁を触る。

 

「…っぁ、はぁ…、はぁ」

「く、っぁ…。焦って、ターンを…失敗、するとは…」

 

 刹那さんはまだ喋る余力あるんだ。密さん、明らかに顔真っ青なんだけど…。

 

「後半ほぼ無呼吸で泳いでいたみたいですから、酸欠なんでしょう。まったく、無茶をするものです」

 

 周囲の生徒からは惜しみない拍手が響いている。うん、すごく見応えがあった。近くに見に来て良かった。

 

「さて、密さん。引き上げますよ?」

「・・・」

「返事する余力もありませんか」

 

 刹那さんがプールサイドに上がったかと思えば密さんの両脇に腕を差し込んで、持ち上げた。

 プールサイドに置かれた密さんの背中にバスタオルがかけられ、教師が様子を見ている。

 

「ここまでできれば貴女の評価は十分ですし、後は着替えて休んでいなさい。まさか、勝ってしまうなんてね…」

 

 この結果には先生も驚いてるみたい。まあ、刹那さんっていろいろと規格外だからね。

 でも、密さん本当に大丈夫かな。立ち上がれてないけど。

 

「先生、更衣室まで私が運んできます。鏡子さん、着替えは貴女が手伝ってあげてください」

「えっ?あっ、はい」

 

 刹那さんが密さんをお姫様抱っこで抱えて更衣室へと歩いていく。それを鏡子さんが追いかけていった。

 刹那さん、確かにすごいんだけど周囲の生徒がすごく盛り上がってるよ?

 

 

 

 ★

 

 

 

 -刹那side-

 密を更衣室まで運んでイスに座らせる。片膝をついて密の顔をこちらで支えながら──

 

「しかし、負けるとは思ってもみませんでした。密さんには私がバタフライ苦手なの話してました?」

「いいえ。みんな自由に泳いでいる中で、刹那さん。バタフライだけは泳いでいた記憶がなくて。もしかしたらって…」

「ふむ。普段からの観察の賜物ですか。素直に負けを認めます」

 

 呼吸が整って少し赤みの増した頬に優しく手を添えていて──

 

「端から見ているとすごく百合百合しい絵面なのですが、私はお邪魔ですかね」

 

 二人で鏡子の顔を見てお互いに顔を見合わせて──サッと離れる。お互いに顔が赤い気がする。

 

「それで、密さんのワガママで対決していただきましたがどうでしたか?」

「純粋に完敗ですね。まあ、これだけ派手なパフォーマンスになれば新聞部も逆に追い込まれるでしょうし、千歳さんも紛れ込んでましたから、あっという間に広がりますよ」

「えっ、千歳さん居ました?」

「ええ。さっき密さんを運んでいた時に後ろ姿がチラッと」

 

 カメラを懐に入れて入り口から出ていったところは見ていたのだが、どうやら気づいていたのは刹那だけのようだ。

 

「まあ、あとは私と千歳に任せなさい。噂は払拭してみせましょう」

「よろしくお願いします」

 

 まあ、私が密さんをお姫様抱っこしていたのも撮られていましたから違う意味で困ったことになるかもしれませんが…。

 

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