-刹那side-
夏休みに入ってすぐ、刹那は家へと帰ってきていた。
「ただいま、父上、母上」
「おかえり~、刹那。相も変わらず時間には正確だ。それ自体は美徳ではあるが、お前を待つ我々のことをもう少し気にして早く帰ってきてほしかった」
「そうは言いますが父上。私も友人とのこともありますし、こちらへ帰ってくるのも時間がかかるのです」
「わかっているとも。それでも、できるなら早く会いたいと思うのが親というものでだね──」
「貴方。刹那も疲れているのだから玄関で呼び止めるのは止めてください。おかえり、刹那」
「ただいま、母上」
玄関から居間へと向かい、三人でテーブルを囲んで座る。従者がお茶を置き、一息ついたところで──
「──で、だ。刹那、学院の方はどうなんだ?」
「どう、とは?」
「友人関係など、だ。口出しする気はないが刹那の性格を考えると、馴染めているのか心配なんだ」
「あのですね。私、これでももう三年なんですよ?」
「そうだな。しかし、だ。去年も一昨年も友人関係の話はほとんどはぐらかされたこちらの身にもなってみてくれ。娘が学院に馴染めているのか気になるだろう」
言われてみれば去年も一昨年も照星の方々と喧々諤々やり合ったことは話していたが、友人関係の話題は出さなかった気がする。
「今年はたくさんの話相手ができていますね。茉理とは音楽の話をしたり、密さんとは料理について話すでしょうか。あとは───」
いろいろと思い出せるだけ話していると、不意に母上が笑いだした。
「どうかしましたか、母上?」
「いえね。去年までは友達のことなんかほとんど口にしなかった刹那が、今はこうやってたくさんの友人のことを私達に話してくれる。それも、とても嬉しそうに。なんだか、ホッとしてしまって、ね」
「母上…」
本当は今までも気にしていたのかと、刹那は少し申し訳なかった。確かに照星の方々とやり合うことは刹那には楽しかった。しかし、それが日課に近くなり、あまり友人を作ることなく、また学院内で『女帝』と呼ばれるまでの有名人にこそ自身では誇りに思うことはあれど、家族には多くの心配をかけていたのだろう。
───で、あれば。やはり安心してもらうべきだろう。ちょうど学院で話題になったのだ。今頼まずにいつ頼む。
「でしたら、父上。少し、頼みたいことがあるのですが…」
「おっ、なにかな?何でも頼んでくれていいぞ。私に叶えられる範囲で、だが」
「実は──」
その話を、両親が快諾してくれたこと。そしてなにより、とても喜んでくれたことは刹那にとって嬉しいことだった。
★
「──そういうわけで、行きたい方は後で声をかけてください。美玲衣や織女さんには連絡してますが『ぜひ参加します』との返事はもらっています。茉理にも聞きましたが参加の意向を聞きましたし、千歳に至ってはどこからききつけたのやら…」
両親の元から帰ってきた翌日。旅行のことを両親に伝えると二つ返事で了承がもらえた。
「茉理も変なテンションでしたがOKが返ってきていますから、あとは寮の皆さんがどうするか、ぐらいです」
「あの、刹那お姉さま。できれば私達も行きたいとは思いますけど、お金は…」
「全額私の方で負担します。とはいっても、せいぜいが宿代と交通費ぐらいでしょうからたかがしれています」
「本当にいいの?私やつっきーとかも?」
「寮生は私で負担しましょう。宿の方は父の紹介ですから元より格安ですし」
月子と美海はハイタッチしている。すみれは恐縮そうに頭を下げているが──
「なかなか豪気な話ですね。密さん、行きます?」
「ここまでお膳立てしていただいていてお断りするのも失礼でしょうから。私達も参加いたします」
「そうですか。となると、私を含めて八名。美玲衣と織女さん、茉理と千歳を足した十二名が参加ですね。あとで父の方には連絡しておきます。日程はまた連絡いたしますが──宿は山間にありますから色々と遊べるらしいですから用意してしていくことは先に伝えておきます」
「えっと、例えば?」
「川がありますから水着を用意していけば泳げますし、釣りに向いた場所もあるとのことですね。ハイキングコースもあるそうですから動きやすい格好にすれば一汗かける散歩ができる、と聞いています。あと、宿のお風呂は温泉を引いているそうですよ」
「なに。その至れり尽くせりの旅行」
「あとは…そうですね。美海さんや月子に喜んでいただけそうなのは昔ながらのゲームセンターも完備しているとか。客室にはWi-Fiも付いているそうですよ」
「ヤバい。そんな完璧な旅行に行けるとか今年はすごく良い年じゃん」
説明を聞くほどに美海と月子はヒートアップしている。
「ああ、そうだ。密さん。このあと、時間ありますか?」
「…?ありますよ」
「少しお話しておきたいことがあるので…。そうですね。私の部屋に来てください」
「わかりました」
食後はみんな旅行のことで話し合っている。そんな中で、刹那は密を連れて部屋に戻る。
「それで、私にお話というのは…?」
「えっと、旅館のお風呂についてです。基本的に24時間いつでも入れるのがウリの旅館らしいのですが、逆に言えば密さんの場合、他の方々に女装していることがバレるリスクが上がってしまいます」
「ああ…、確かにそれは困りますね」
「とはいえ、密さんだけが温泉風呂に入れないのも気の毒です。そこで、旅行中の入浴に関しては私と一緒にいることを提案したいと思います」
「なっ──」
密の顔に朱が差す。さすがに恥ずかしいのはわかるが提案しているこちらも恥ずかしいことは理解してほしい。
「私や鏡子であればある程度のフォローは可能でしょう。その辺りのことを勘案すれば選択肢は自ずと絞られてきます」
「いえ…。しかし、いいんですか?」
「まあ、普通に考えるならあまりよろしいことではありません。が、今回はさすがに仕方ないでしょう。一人だけお風呂に関してはのけ者なんて酷い話でしょう」
「私は別に部屋のお風呂でも構いませんけど」
「せっかく旅行に行くのですからそういったところも楽しんでほしいのです。そもそも二泊三日で行くというのに、一人だけ二日間部屋風呂とかどんな嫌がらせですか」
そんな旅行、自分なら願い下げだ。
「とにかく。その辺りはしっかりフォローしますから、密さんも楽しんでくださいね」
「…わかりました」
「ああ。あと」
「なんですか?」
「今度、旅行に行く前にみんなで水着、買いにいきますから密さんも来なさい」
「…えっ?」
──最後の最後、刹那は悪い笑顔を浮かべていた。
★
-??side-
男性は携帯の通話を切る。軽く伸びをすると、近くのイスに彼女が座る。
「刹那から?」
「ああ。十一名ということらしいが余裕を持たせて十四名で予約は取っておいてあげる予定だ。しかし──」
テーブルに置いたお酒の入ったコップを軽く掲げる。
「あの刹那に多くの友人が出来ていることはとてもいいことだ。あの子は、普通の子とはいろいろと違うからね」
「そうね。貴方、いつまでお休みでした?」
「私かい?」
男性は手帳を取り出して中を確認する。
「二泊三日するのなら五日後が理想かな。三日休んで一日空けてから仕事復帰だ」
「でしたら、そこに刹那の旅行をおけないかしら?」
「難しいことはないだろうが、急にどうしたんだい?」
彼女がこういうことでお願いしてくるのも珍しいのだが…。
「せっかくですもの。私は刹那の友人達にお会いしたいわ」
「…ふむ」
言われてみればアリかもしれない。
それに、彼女と休みが一緒になることも珍しいのだし、羽を伸ばしに温泉に入るのも悪くない。
「行こうか。せっかくの休みなのだし」
「そうね。娘のために旅館に連絡するのだもの。私達のお部屋も一緒に取っても問題ないわよね」
私はきっと悪い笑顔を浮かべているに違いない。だって、目の前の彼女も同じ笑顔を浮かべている。
「楽しみね、貴方」
「──ああ。確かに楽しそうだね、これは」
さて、娘のために旅館へと連絡を入れよう。ついでに、私達の予約も済まさせてもらうとしようか。