-織女side-
部屋に着いて荷物をひとしきり片付けたところで密さんの部屋に向かったが、部屋にはすでに密さんと刹那さんは居なかった。
受付に確認に行くとどうやら二人で散策に向かってしまったらしい。
諦めて部屋まで帰ってくると、部屋の前に美玲衣さんと茉理さんがいた。
「お二人とも、どうかしましたか?」
「ああ、織女さん。刹那さんを温泉に誘いに来たのですが部屋に居なくて。もしかしたらこちらにお邪魔しているのかと思って」
「なるほど。先ほど受付で聞いてきたのですけど刹那さんと密さんは周辺の散策に出ているようですよ」
「え~、刹那さん居ないの?」
「どうやらそのようですね。こういう時は動くのが早いのですから」
本当に。こういった時は密さんもアクティブといいますか…。
「あっ。じゃあじゃあ、織女さんは温泉行かない?」
「私、ですか?」
確かに密さんと出かけることは空振ってしまいましたし、温泉に向かうのもいいですね。ですが──
「少しお待ちいただけますか?花さんはどうか、誘ってみます」
部屋にほったらかしにしてしまった花さんを誘いましょう。旅先で一人、部屋にいるのもかわいそうですから。
花さんに声をかけると二つ返事で了解が返ってきた。部屋に備え付けの浴衣とタオルを持って出ると、待っていただいていた美玲衣さんと茉理さんの二人と共に温泉へと向かう。
「それにしても、刹那お姉さま。私達の旅費、全部負担してくださっているのって申し訳ないです…」
「刹那さんってお金使う時は毎回ドカッと使うよ。前に買いたいもの見つけた時も店から全部買い占めてたし」
「あの人は金銭感覚というものは大丈夫なのでしょうか…?」
「うーんとね。普段はあんまり使わないから、ここぞというときにたくさん使うようにしてるって前に言ってたよ」
「なるほど。使う時は一括で大量に使うということですか…」
「その使い方もどうなんでしょう…」
使わないよりは使った方がいいのはわからなくはないが、いくらなんでも極端過ぎると織女は思う。
「その辺りは刹那さん、あんまり気にしないからね~」
「茉理さんは刹那さんと長いようですけど…」
「あっ、お風呂見っけ!」
茉理の一言でとりあえず会話が途切れる。全員服を脱いで温泉につかる。
「いい湯だねぇ~」
「本当に…。これなら、何度でも入りたくなるわね」
「そうですね。しかし、刹那さんと茉理さんは仲良くなった経緯というのはどのような…?」
「ああ、それはね~」
茉理の話す内容は織女にとっては意外に感じた。衆目を集めてしまうことは織女自身あることでもあるが、刹那もそんな感じだと織女は思っていた。
「よく勘違いされてることなんだけど、刹那さんって別に『注目されたい』とか『目立ちたい』って気持ちは持ってないんだよ~。振る舞いから目立ってて、照星の人達にも向かっていくから『それはおかしい』みたいに言われるんだけど、刹那さんって他人へ求めるものが高過ぎるんだよ。だから、一芸を持ってる人にはむしろすごく世話焼きな一面もあるよ」
「いわれてみれば…」
美玲衣もそうだし茉理もそうだ。自分もそうだと自惚れる気はないが、確かに刹那の周りには一芸に秀でた人が多い気はする。
「刹那さんって『自分ができるから他人もできる』って考えるみたいなんだよね。だから、自分の持ってないものを持ってる人にはとても優しいし、世話焼きなんだよ」
「なるほど。だから茉理には妙に優しいんですね」
「えへへ~。私はあんまり釣り合うようなものは持ってないって最初に伝えたらさ。『楽器の演奏をできる貴女がそんな卑下などするべきではない。私は貴女を尊敬する』って言われちゃって。
気になったから刹那さんにいろんな楽器を弾いてもらったりもしたんだけど…」
「あの人ならなんでもマスターしてそうですね」
「それがね~」
美玲衣の相づちに茉理はクスクス笑っている。
「どんな楽器を渡してもまともに鳴らないの。私、太鼓で音が出なかった人、あの時初めて見たよ~」
「「ブフッ!」」
堪えたつもりだったが噴き出してしまった。太鼓が鳴らないとはどんな楽器オンチなのか。
少し離れて話を聞いていた花さんも肩を震わせている。ツボに入ったようだ。
「ふふっ…。刹那さんにも苦手なことがあるんですか」
「本人には私が言ったこと内緒にしてね?」
茉理が口許に人差し指を立てるのを私達は真似する。面白い秘密を知ってしまいました。しかし、あの完璧超人に見える刹那さんでも苦手なものはあると知れて少し肩の力が抜けたのも事実。
二人について温泉に来たのは織女にとってはとても有意義な時間になった。
温泉から上がった四人の内、花さんは美海さんと月子さんの様子を見てくると行ってしまった。確かにあの二人、旅館に着いてからも部屋から出てきていない気がしますね。
茉理さんは美玲衣さんを連れて早くも土産物屋へ行ってしまった。
「私は、どうしましょうか…」
よく考えればこうして一人になることは家以外では珍しい気がする。せっかくなのだし旅館周辺を散策してみるのも面白いかもしれない。
★
───なんて意気込んで出てきてみれば…
「ねえ、君一人かな?」
「よかったら俺達と遊ばないか?川まで行けばいろんなアウトドアできるしさ」
旅館を出て五分と経たない内にこのありさまだ。いわゆるナンパというやつなのはわかるが、なぜ旅先でまでこのようなことをするのか…、いや、旅先だからしているのでしょうか?
「申し訳ありませんが友人と来ていますので」
「え~。その友人さんは周りにはいないじゃん」
「一緒にいない友人なんかほっといて俺達と遊ぼうよ」
「いえ、けっこうです。失礼いたします」
小さく会釈してすぐに離れようとしたが遅かった。男の一人がこちらの手首を掴んでいる。
「…っ、離してください」
「ちょっとぐらい付き合ってくれたっていいじゃん。なめてんの?」
「離して、ください!」
『君達。女性の扱いというものは気をつけるべきだ。そのような強引さでは相手に失礼だよ』
男達が振り向いた先には一人の男性が立っていた。とてもラフな格好なのに何故か立ち振舞いに気品が感じられる。
「なんすか、おっさん」
「邪魔しないでもらえます?俺達、この子と楽しく遊びたいだけなんだよね」
「そうかい?しかし私には君達が彼女を強引に連れていこうとしているようにしか見えなくてね。まずは彼女の手を放しなさい。話は──」
「うるせぇっての!」
こちらを掴む男とは別の男が男性に殴りかかる。だが──
「──ふむ。手加減はいらない、と見ていいようだね」
一瞬、男性の姿が消えたように見えた。男の腹に二発、顎に一発、襟首を掴むと引き寄せる勢いに乗せて鼻っ柱に一発。
鼻血を出してふらつく男の腕を掴んですばやく背中側に回ると───
「私の勉強代は高いよ」
ゴキン、ともボキン、とも嫌な音が聞こえた。男の肩が外れていて、前腕も半ばでありえない角度に曲がっている。男は悲鳴をあげることもなく、その場で泡を噴き、血塗れの顔のまま倒れ伏した。
「──さて。あらためて君に言おう。彼女の手を放しなさい。話はそれからだ」
「な、なんなんだよ、いったいさ~!?」
こちらを男性に向けて振り抜くと男は走り去っていった。私はよろけはしたが、男性に受け止められていた。
「まったく…。女性の扱い方を知らぬ不埒な男がいたものだ。しかも、一緒にいた相手をこの場に置いていくなど…。ひどい裏切りをするものだね、彼は」
『天形殿!』
声が聞こえるとすぐに屈強な男が一人現れる。
「あ~あ~あ~。すでにやり合った後じゃないですか。天形さん、手を出すのは止めた方がいいって言ってるじゃないですか」
「私から手を上げてはいないさ。殴りかかってきたから相手も見ずに挑む無鉄砲な若者にお灸を据えてやっただけだよ」
「結果としてここまでされりゃあ過剰防衛ってやつになります」
「全治3ヶ月程度に収めたつもりだがね。重傷なのはせいぜい腕の骨折で後は鼻血ぐらいのものだよ?」
「はあ…。とりあえず、この場は俺が旅館の方となんとかしときますんで、天形さんはそのお嬢さんの付き添い頼みます」
「そうだね。そうしよう。ところで、私を探していたのではないのかい?」
「ああ、そうでした。奥方様が『また見失いました。申し訳ないのだけど探してきてもらえますか?』と言い出しましたから」
「失敬な。私は消えたつもりはないぞ。このお嬢さんの声が聞こえたから離れただけだ」
「わかっちゃいますが、とっとと戻ってください。あれで怒らせたら怖いことぐらい、天形さんも理解はしてるんでしょう」
「…うむ。それはそうだ」
話は終わったのか、男性はこちらに手を差し出す。
「それでは、お嬢さん。旅館までの間ではありますが私のエスコートを受けてはいただけますか?」
「…はい。お願いします」
手を握ると男性は朗らかに笑う。数分後、織女を連れていたことで奥方様と呼ばれた女性に笑顔で迫られてこちらに『説明をお願いできないだろうか』と涙目で訴えてきたのも、きっと良い思い出になりそうだと、織女は思う。