夕食開始予定時間の夜7時前。リビングの食卓には色とりどりの料理が並んでいた。
「なんというか…。自分がまだまだ未熟者だったと教えられた気分ですね」
「そんな、大げさですよ刹那さん」
「いやいや。食材を見て、少し食べただけでここまでいろいろな料理にアレンジできるのは一種の才能だよ。でもまあ、これで土日の食卓は今までよりまともな食卓になりそうだね」
「それは、どういう?」
密の作った料理が並べ終わり、皆が席に着いたところで食事の前のあいさつをすみれが行う。皆がそれぞれに食器を持ち、料理に口をつける。
((なにこれ、めっちゃうまい──!!!!!!!))
密を除く全員の思考が一致した瞬間だった。
密は一人、料理を口に運んで小さく頷いている。
「うん、ちゃんとおいしくできていますね」
「密さん。さっきの続きだけど、寮生で今までまともな自炊をしたことのあったのは私だけだったの。でも、私自身、土日は出かけることも多かったものだから」
「えっと、他の方々は──」
思わず見回した密の視線から全員が目をそらす。鏡子も例外ではなかった。
「まあ、そういうわけでさ。土日は基本的にコンビニ弁当で済ましていることがほとんどだったんだ」
美海の補足に密は驚いたように口を開けていた。
「驚き、でした。寮の人ってある程度は料理ができるものとばかり…」
「密さん。私達をなめてもらっては困るのです」
「き、鏡子お姉さま。威張れることではないと思うのですが…」
「そういえば、まだ自己紹介してなかったですね。美海お姉さまの妹の
「あの、
「花さんは可愛いのでたとえ密さんであってもあげませんからね」
「いや、意味がわかりません、鏡子さん」
月子はすでに料理を食べているせいか蕩けているし、花は恐縮しきりで小さくなっていて……こうしてみるとなかなかバラエティに飛んだ寮であることである。
(そういえば鏡子さん。寮生になるのはいろいろとプラスが多いからだ、とか言ってましたが…)
確かにいま居る七名だけでもだいぶ濃い。この中なら自分も目立たないかも…?
「そういう意味で言ってませんから」
「鏡子さん?地の文にある私の思考にツッコミ入れるのはやめてください」
「そういえば、密さんの妹は誰が担当するんです?月子は美海さんでいっぱいいっぱいだろうし、すみれさんは奉仕会のことがあるから難しいでしょう?」
「そうなると。私か花さんですわね。手っ取り早くじゃんけんで決めちゃいましょう!」
「ふぇっ!?それはさすがに密お姉さまに失礼なのでは?!」
「じゃあ、勝った方が妹で。──じゃんけん」
「はわわっ!」
急に始まったじゃんけんの勝利者は、花だった。
しかし勝った方が縮こまっていてどちらが勝者なのか端からではわからない有り様だ。
「すみません、密お姉さま。花が勝ってしまいました」
「花ちゃん…」
「花さん。勝った人がそうして落ち込む方が密さんに失礼です。胸を張れとまでは言いませんがせめてしょげるのは止めなさい」
「刹那さん…」
花の様子を窘める刹那は目を細めて睨み付けているに近い。だが、雰囲気はキツい感じではなく、小さな子を叱るような印象だ。
「刹那お姉さま…。は、はい。そうですよね。すみませんでした、密お姉さま」
「いえ、気にしなくていいのよ花ちゃん」
「どうでもいいですが、花さんをいじめていいのは姉の特権です。いくら刹那さんといえど許しません」
「おや、花さんのお姉さまは怖いことだね」
「あの、花もいじめてほしくはないのですが…」
賑やかな食事なんていつ以来だろうか。そんな風景を密は食事を再開しながら見守っていた。
「密さん。その慈愛に満ちた笑顔で見るのはやめるのです」
「えっと、そんな顔してましたか?」
☆
食事も終わったところで、密は自分の部屋を見ていないことに気がついた。鏡子の案内で部屋の前まで来ると…
「それでは密お姉さま。こちらが部屋の鍵になります」
すみれから鍵を渡されて扉を開ける。
───開かれた先に見えた部屋は、一面のピンク色……桃色空間だった。
「…えっ、あっ、…な、はぁ───?」
密は開いた口から魂が抜けるような感覚に襲われていた。自分はここに住むのかと。今日から、一年も…?
壁紙は薄い桃色。タンスもピンクで統一されていて極めつけは部屋に鎮座している天蓋付きのベッドだろう。
───ちなみにこの天蓋付きベッドもピンク色。
魂の抜けた密は入口で立ち尽くしているのを鏡子はため息をつく。その様子にすみれは…
「あ、あの…。どうかなさいましたか、密お姉さま?」
「ああいえ。密さんは昔からこういう部屋に住んでみたいということを言ってましたので感動していると思うのです」
「なるほど。そういうことですか」
ほっと息をつくすみれの様子にとりあえず凌いだと感じた鏡子は…
「とりあえず密さんの方は私がなんとかしておくので、すみれさんは戻っても大丈夫なのです」
「そうですか。では、あとはお願いします鏡子お姉さま」
階段を降りていくすみれの姿が見えなくなったところで、とりあえず放心している密の頬を数度張る。
「ほら、フリーズしてないでさっさと起きるのです。そしてまずは部屋に入るのです」
「───ハッ、鏡子…さん?」
「気がついたようですね。では、まずは部屋に入るのです」
押し込まれるように部屋に入ると、密は近くにあったイスに腰掛け、鏡子はベッドに座る。
「落ち着きましたか?」
「落ち着いた、といいますか…」
なぜか部屋を見ただけで学院内を歩いた時以上に疲れた密は女性用の声を止める。
「今日からここに住むんですよね、…その、一年間も?」
密としては嘘であってほしい現実だ。
「そうですね。しかし確か、内装は結城補佐官が指示を出していたはずですけど…」
(大輔さん…!!)
ここにはいない自分を引き取ってくれた相手に思わず心の中で怒りを覚えずにはいられなかった。
そんな密から視線を外して部屋を見渡す鏡子。そして、一言。
「典型的なダメピンク問題の部屋になってますね」
「うぅ…、今日から一年、ここで過ごさないといけないんですよね…」
「まあ、ものは考えようです、密さん。こんな部屋に男性が住むとは考えにくいと思いませんか?」
「鏡子さん…。そう、です、ね…」
「まあ、私としては全力全開でお断りな部屋ですが…」
「駄目じゃないですか───!!」
──もう、嫌だぁ…
護衛任務の本格開始前にすでに心折れそうな密だった。