三人で映画を見に行って、街で買い物をした翌週。
私達は昼間から刹那さんの部屋で勉強をしている。
「ねえ、刹那さん。これはどうしたらいいの?」
「茉理。詰まる度に聞くのはやめなさい。せめてまずは自分なりに答えにたどり着く努力をしなさいと普段から教えているでしょう」
「ええ~。だって今日は宿題を少しでも終わらせようって美玲衣さんが誘ってきたから~」
「確かにそういった理由で誘いましたが、楽をできるなんて思ったのは茉理の勘違いでしょう。刹那さんがそれほど甘い人ではないのは茉理の方がよくわかっているのでは」
「そうなんだけどね…」
だとしても、少しは期待してたんだよ。普段よりは優しく教えてくれるかもって。
───変わらずスパルタ式だったけど…。
「はいはい。頑張ってください。頑張れば後で作っておいたケーキを食べさせてあげますから」
「本当に…?」
「いいんですか?」
「もちろん。勉強の休憩用にと私が朝から焼いた分ですから。寮の皆さんには手をつけたら『晩ごはんはお楽しみタイムに変わります』と伝えてありますから」
何するんだろ?刹那さんのことだからロシアンルーレットぐらいならしそうな気がする。
「さあ、もう少し頑張りましょう。茉理、教えないとは言ってないのですから自分で少しでも努力しなさい」
「は~い」
勉強を頑張らないことにはケーキはお預けということだから頑張ろう。
───ちなみに、ケーキを取りに行った刹那さんが少し膨れて小さくなったケーキを持って帰ってきたから、盗み食いした人がいるみたいだった。
時間はすっかり遅くなって夜。私や美玲衣さんの前にはいろいろな料理が並んでいる──寮生の人達とは別に。
「茉理と美玲衣の前にある分は私と一緒に食べてください。そちらにはロシアンルーレット要素はありませんから」
ということは寮生の皆さんの前に並ぶ大皿のいくつかにはロシアンルーレット要素が入っているということだろうか。見た感じ、今日のご飯は中華メインみたいだから春巻とか焼売が怪しい。
「あの、なぜ私もロシアンルーレット側に…?」
どうやら密さん達と遊びから帰ってきた織女さんも食卓についている。ロシアンルーレット側に。
「貴女もケーキを食べたのでしょう。皆さん、バレないと思っているのでしょうが、今日のケーキには少し癖の強い果物を使ってる関係で匂いがあるんです。それぞれがしゃべる度にその匂いをかぐわせている以上、皆さん同罪です」
睨みつける刹那さんから寮生の皆さん(織女さん含む)は視線を外した。みんな、心当たりがあるみたい。
「──父よ。貴方の慈しみに感謝して、この糧を頂きます。どうかこれを祝福し、我らの心と身体の支えとして下さい」
「アーメン」
刹那さんもこっちに座って、さっさと食事前の祝詞を唱えちゃったからみんな立てなくなった。
じゃあ、私は春巻と焼売が気になるから食べようかな。
「あの、刹那さん」
「なんですか、密さん」
「コレ、ハズレの中身はいったい…」
「ああ、気になりますか?」
「ええ。さすがにそれぐらいは教えてくれませんか」
「春巻はハバネロが細切りになって入っています。焼売にはしっかりと削ったわさび…辛味が良く出ていますもに肉部分と入れ替わっています。あと、皆さん一つずつ選べる杏仁豆腐の器にはちょっとした果物に整形した『キャロライナリーパー』が入っています。極少量手に入った希少品ですから杏仁豆腐の当たりは一つだけです」
刹那さんの説明に全員の箸が宙をさ迷っている。何人かはとりあえず中華スープやかに玉などを食べて時間稼ぎをしている様子。
「あの、『キャロライナリーパー』というのは…?」
「あっ、確かに気になる。なんなの?」
「ハバネロの数倍辛い食材です。調理時には素手では触れない食材ですから扱いには細心の注意が必要になります」
杏仁豆腐を選び終わったようで、みんなは固まっている。あっ、全員が杏仁豆腐を後回しにした。
「ちなみにですが、余った分は明日の皆さんの朝ごはんにしますから今のうちに全部食べてしまうことをすすめておきます」
刹那さんの言葉に『鬼っ!』とか『悪魔っ!』といった罵倒が飛んでくるけど、刹那さんが睨むと全員視線が下に下がる。まあ、悪いことしたの、あっちだもんね。
あっ、食べ始めた。気になるから見ていたら──
「───っ?!──!、!?」
「す、すみちゃんっ!?」
すみれちゃんが口を押さえて声にならない悲鳴をあげてキッチンの方へと消えた。ついで、水の流れる音──と更なる声にならない悲鳴。
「辛いからと水で口をゆすごうものなら辛味成分以外が先に口から無くなるので、より鋭敏に辛味成分に口の中を蹂躙されるだけですよ」
料理を黙々と食べていた刹那さんからの解説。寮生全員がしばらくキッチンを眺めていたがすみれが戻ってくる気配はない。
あやめはすみれが食べて半分になった春巻から赤い細いソレを引きずり出した。
「シャレになりませんわね…」
「ぐっ!?」
焼売を頬張った美海さんの顔が青くなった。みるみるうちに涙が溢れてきている。
「み、美海お姉さま…?」
「つっき~…。あとは、がんばれ…」
なんとか焼売を飲み下した美海さんがその場で突っ伏してしまった。たぶん、わさび入りがヒット。
「で、ですが、これで安全になりましたね──っ!?」
安心したように春巻をかじった織女さんが固まる。その目がすぐに涙目に変わる。
「お、織女さん。とりあえず口の中にある分を出してください」
「──っ…」
介抱するように小さな袋を持って密さんが織女さんの背中をさすっている。ただ、辛味に対しての有効な対策は持っていないのか、それ以上は何もできていない。
「密さん、辛味にはヨーグルトや牛乳がいいと聞いたことがあります」
「…っ!ありがとうございます、美玲衣さん」
美玲衣さんのアドバイスに、すぐにキッチンの方へと消えた密さんに対して──
「対策していないと思われるのは心外ですね。それらは全部、私の部屋の冷蔵庫に移してありますとも」
刹那さんは自分の部屋の鍵を手元で回した。キッチンからは肩を落とした密さんが帰ってきて、織女さんは口元を押さえたまま悲嘆に暮れている。
「ねえ、刹那さん。許してあげられないかな」
「絶対に食べるなといったものをほいほいと食べた人達が悪い。今回ばかりは簡単に許す気はありませんから」
どうやら今日は刹那さんの逆鱗に触れてしまった様子。
結局、夕食はわさび入り焼売を復活した美海さんが二つ目を食べてノックアウト。杏仁豆腐は月子ちゃんが食べて卒倒していた。
★
-刹那side-
寮生にとっては地獄の夕食は終わり、美玲衣と茉理の二人を送ろうと思ったのですが…。
「もうちょっと居たいなぁ~。ダメ?」
「ダメではありませんが…」
美玲衣は織女さんが帰るついでに送っていってくれたので茉理を連れて部屋へと戻ってきていた。
ベッドに腰掛ける茉理の前にイスを置いて座る。
「…ねえ、刹那さん」
「なんですか?」
「こっちに座ってよ」
茉理は自分の横の空間を叩いている。断る理由もないのでイスを戻し、並ぶようにベッドに座った。
「刹那さん」
「なんですか?」
「ふふふ~。おりゃあ~!」
「──っ?!」
何を思ったのか茉理は私の頭と肩を掴んで自分の方へと引き寄せる。いつもであればその程度ではびくともしない。
だが、茉理相手で気を抜いていたのもあり、されるがままに茉理の方へと倒れ──
「むふふ~。刹那さん、油断してたね~」
「あの、茉理…?どうしたのですか、急に…」
「なんとなくしてあげたくなったから~」
茉理のひざに頭を乗せた格好でベッドに横になっている自分がいた。頭の上には茉理のお腹があり、視線の先には茉理の胸…でしょうか。
「こうやって見ると茉理って大きいですね」
「もう~。刹那さん、セクハラだよ~」
「いきなり引き倒した人に言われたくありません」
『えへへ~』と笑いながらこちらの頭を撫でてくる。そうなると自分がすごくリラックスできていることに気がついた。
適度に身体の力が抜けてベッドにほどよく沈み込む。頭は最上に近い枕があるし、胸の向こうから時々こちらをのぞいてくる茉理。
「刹那さん、すごく気持ちよさそうだねぇ」
「…ええ。いつ以来でしょうか。こんなにもリラックスしているのは…」
本当に…、いつ以来なのでしょうかね。他人を信頼して完全に身を預けているのは──
「私はね、刹那さん」
「ん~…」
「刹那さんが、いつも私達のためにすごく気をつけてくれてたりしてるのは知ってたんだ。でも、それに私は何が返せるかな~ってすごく迷ってたの」
「返せるかなんて…。私が勝手にしていたことですよ」
「うん。でもさ、刹那さんは三年近くもそばにいるけれど今みたいに私を頼ったりすることってなかったよね」
「頼ろうにも茉理のスペックが音楽──ことヴァイオリンに偏り過ぎていて頼りにくかったのもありますよ」
「そうじゃなくて…。今みたいに、警戒を解いて、ゆっくり過ごしてくれることもなかったよねぇ、って思ったの」
言われてみればその通りだろうか。でも、自分は両親のやっていた仕事を手伝ったりしていた関係で、知り合いとはいえ簡単には心を許すことはできなかった。
───それに、きっと怖かったのだ。信頼していた相手が居なくなるのが…。
「私はね、茉理。怖かったんです。人はいつかお別れをしないといけなくなる。だから、深く知り合えばそれだけ強い悲しみに見舞われると」
「うん。でもさ、私は三年も刹那さんの隣にいて楽しかったし嬉しかったし、今もすごく嬉しいし楽しいよ。それに、刹那さんの隣に、ずっと居たいと思ってる」
「茉理…?」
のぞいてくる茉理の頬がハケで撫でたように薄く赤い。
「刹那さん。私は、刹那さんが──大好きだよ」
「───」
茉理の告白に、私の心は驚くほどに満たされていた。落ち着いているのと冷めているのとも違う。言い表せない、強い気持ちが心にある。
「茉理。念のために確認しますが、私と貴女は女性、ですよ」
「うん、知ってる」
「もしかしたら将来、お互いに好きな男性ができるかも…」
「それもいいね。刹那さんが大切にしたい人が増えたら私も嬉しいな」
「それでも、茉理、貴女は…」
「うん。確認してくれなくても何度でも言うよ。私は、刹那さんが大好きだよ」
ひざ枕のまま、刹那はとても心が満ち足りる気持ちになっていた。
──だから、刹那は動いた。
「えと、わわっ…!」
茉理の腰に抱きついてひっくり返す。仰向けに寝転ぶ茉理の上に被さるように見下ろす。
「止まりませんよ?」
「…うん、いいよ」
「大好きです、茉理」
「大好きだよ、刹那さん」
そのまま、ゆっくりと唇を重ねた──