-刹那side-
次の日、いつもの通りの授業があり、放課後の会合も特に何かあるわけでもなく。茉理のヴァイオリン練習に少しだけ付き合い、刹那は礼拝堂へと向かっていた。
「よくよく考えてみれば、パイプオルガンを弾く密さんというのはなかなかレアな光景なのではないでしょうかね」
「確かにそうだよね。ピアノを弾くのはよく見てるんだけど、パイプオルガンってそもそもそんなに数がないから」
「しかしよかったのですか、茉理。ヴァイオリンの練習なら美玲衣がついていると言っていたようですが」
「今日は密さんのオルガン優先。気になったからね」
「そうですか」
まあ、他者の演奏に対して茉理は興味を持つことが多い。未だにヴァイオリン奏者としても『あの人の演奏は~』みたいな話が出てくるぐらいだ。
礼拝堂に入るとちょうど一度目の演奏を終えたところか。密さんは聖歌部のメンバーに様子を確認しているようだ。
「うーん、少し遅かったと見るべきでしょうか」
「一回で終わるとは思わないけど…」
「──あっ、女帝、
聖歌部の一人がこちらに気づいたようで他の部員もこちらへと向いた。密も気づいたようで、驚いたようにこちらへと近づいてきた。
「刹那さん、茉理さん。何かあったのですか?」
「いえ。密さんのオルガン演奏を聴いてみたいと思いまして。織女さんは用事があるとのことで帰られました」
「美玲衣ちゃんも帰るってことだから私達だけ見に来たの」
「そうですか。しかし、今日は初めての音合わせですから聖歌部の方々に合わせた演奏はできていません。明日にでも聖歌部の奏者の方に会いにいってレクチャーを受けようと思っていたのですけれど…」
密の説明に茉理は首を横に振る。
「私達は、密さんの演奏を聴きに来たんだよ?」
「そうですよ。聖歌部に合わせた演奏ではなく、今の密さんが弾ける演奏を聴きに来たのです。合わせた演奏も聴きたいですが、まずは先入観のない、素の演奏を聴きたいと思いまして」
「なんといいますか、刹那さんと茉理さんは変わっていますね」
「自覚はありますね」
「あはは~。音楽には私、こんな感じだよ~」
その後、数回の練習における密の演奏を二人は楽しんでいた。帰り道、三人で並んで帰るなか…。
「どうでしたか、私の演奏は」
「良かったですよ。あれが聖歌部の歌にマッチングするようになるというのであれば、それも楽しみではあります」
「良かったよ~。私だと、ああは弾けないから」
「ご満足いただけていたようでなによりです」
「しかし、そのオルガン奏者の方は大丈夫なのでしょうか」
「聞いた話ですけれど、元々…持病があったとか。一応、検査入院の様子だそうなので、近日中に部長さんとお見舞いに行こうと思っています」
「大変な話ですね」
「辛いよね~」
立場は違えど茉理も病持ちといえばその通りだ。茉理の場合、回復中だといえど仕方ないものだが。
「まあ、聖歌部に関しては密さんに任せておけば問題はなさそうですね」
「刹那さん、こういう時は女帝のように振る舞いませんね?」
「立ち振舞いとしてはわからなくはないですが、私はあくまでも一生徒。今回のように照星の力が必要である以上、私がチャチャを入れることは間違いです。私は確かに反発する者ではありますが間違いを理解せぬ愚者ではないつもりです」
「そうですか」
小さく息をついた密に刹那の目は細まる。
「信じていませんね?」
「いいえ。信じていますよ?」
お互いに笑みをたたえながらも、内心の気持ちは隠している。そんなやり取りだった。
☆
寮の晩御飯も終わり、あとはお風呂に入って寝るだけ。そんな時間、刹那はお風呂上がりに読書していた。
「───ふむ。今日はこのあたりで切り上げておきましょうか」
小さくあくびをもらしながら、小説に栞を挟んで閉じる。勉強机に小説を置いたところで扉が控えめに叩かれた。
「どなたですか?」
『お姉さま。紅茶をお持ちしました』
「すみれさん?」
扉を開けるとトレーに紅茶の用意一式を載せたすみれが立っていた。部屋へ入れると机に一式を置き、紅茶を入れ始める。
温かさを示すように湯気の上がる紅茶を受け取ると刹那とすみれは並んでベッドへと腰かける。
「ありがとうございます、すみれ」
「いえ、妹の嗜みですから」
一口、口をつけてから一息つく。読書をしていたためか思いのほかのどが渇いていたいたようで。紅茶を半分ほど飲んだところで…。
「それで。すみれ、何か相談事があるのではないでしょうか?」
「…バレていましたか…」
恥ずかしそうに紅茶に口をつけているすみれを見て刹那は頬笑む。
「いつもの貴女であれば、私の予定を確認してから紅茶を用意してくれるわ。それは、今までの貴女がずっとそうしてきたこと。ですが、今日は頼んでいないはずの紅茶を率先して淹れてきた──ということは、何か相談事をするためのお伺い、といったところでしょう」
「…はい」
ますます縮こまるすみれに、しかし刹那は紅茶を机に置くと優しく頭を撫でる。
わずかに首を竦めたすみれは、優しく頭を撫でられていることに気づいて刹那を見上げた。
「このようなことをせずとも素直に相談なさい。私は、貴女のお姉さまなのだから」
「──はい。ありがとう、ございます」
しばし、頭を撫でる時間が過ぎる。
「さて。ゆっくりし過ぎては明日の体調にも影響してしまいますね。それで、相談事というのは?」
「はい。実は──」
すみれの説明を要約すると、紅鶸祭で予定されていたチャリティーコンサートの奏者が諸事情で参加できなくなってしまった。
代役を立てようにも『チャリティー』の予定である以上、ギャラ──出演料はかけられない。奏者側で代役が見つからず、学院側でも探してみてほしい。といったことだそうだ。
「演奏者探し、ですか…」
「明日の会合で照星の方々にもお声かけしようとは思っていますが、刹那お姉さまの方で心当たりの方がいらっしゃればと思って」
「うーん…。すみれ、申し訳ありませんが、昼間も話しましたが私は楽器──というよりも音楽全般に才能はありません。聴くのは好きですが進んでそちら方面の方々と交流は持ってきませんでした。ですから、今回は力にはなれそうにありませんね」
「そう、ですか…」
できれば奉仕会で解決しておきたいのだろう。確かにこのような案件で照星を頼るのに気が引けるのもわからなくはない。
「そうですね…。私自身はあまり力にはなれそうにありませんが、茉理にその辺りのツテがないか聞いてみますよ」
「茉理さんに、ですか…」
「何か、問題が…?」
「い、いえ…。こんな、奉仕会の問題で頼ってしまっていいものかと…」
確かにこの案件は奉仕会の問題である。しかし──
「すみれ。今回は紅鶸祭にも関係しているのでしょう?であれば、頼れる者がいるのであれば、積極的に活用すべきですよ」
「そうするべきなのは、わかっているつもりなのですけど…」
すみれの気持ちもわからなくはない。頼れる者がいるので頼る。しかし、頼る以上は何かしらの報酬を用意すべきではないか?などのことを悩んでもいるのでしょう。
確かに一方的に頼ることは良いことではない。しかし、そんなことをいちいち気にしていては他人を頼ることなど出来やしない。
「すみれ。できることは確かにその人が処理すべきことです。しかし、今回のように他人に頼んだ方が解決しやすいことは積極的に頼ることを覚えなさい。私を頼るように、他の方々を頼ることに引け目を感じる必要はないのですよ」
「ですけど…」
「その代わり、その方が困っている時は積極的に助けてあげなさい。それでいいのですよ」
そもそも茉理に関していえば象牙の間を借りている立場にある。こういった時に頼られれば、茉理としても気兼ねが無くなるというものだ。
「明日、私の方から茉理に聞いてみますよ。すみれは照星達に聞いてみてください。使える者はなんでも活用してこそですよ?」
「…はい。ありがとうございます、刹那お姉さま」
静かに頭を下げるすみれに刹那はその頭を撫でることで答える。
「さて。では、そろそろ部屋へ帰ってお休みなさい。紅茶の方は私が片付けておきますから」
「えっ、と…」
「すみれ」
「…はい。お願いいたします、お姉さま。その、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい、すみれ」
部屋から帰っていったすみれを見送って、刹那は紅茶の一式をトレーに載せると下のキッチンへと下りていった。