──次の日。
茉理には朝に連絡しておき、昼休みに中庭で弁当箱を持って待つ。少しの時間をおいて、茉理がこちらへと歩いてきた。
「刹那さん、お待たせ」
「いえ。急にすみません茉理」
「いいよ~、べつに。誰かとお昼ご飯、約束してたわけじゃないし」
「とりあえず、食べながらにしましょうか」
「は~い」
二人並んで弁当を食べ始める。
「実は、昨日の夜にすみれの方から相談事を受けまして」
「そうなんだ。珍しいね?」
「ええ。どうも
「ありゃ…。それじゃあ、コンサートは中止…?」
「最悪、そういった事態も考えなくてはなりませんがまだあらゆるツテを使って代役を探している状況なのだそうです」
「ふ~ん…」
「そこで、私にも白羽の矢が立ったのですが…」
「刹那さん、音楽方面は面識ある人少ないよね」
「そうですね、茉理相手だと話が早くて助かります。そこですみれ会長から貴女の人脈を使えないか聞いてみてほしいと言われまして」
「なるほど~」
モグモグと弁当を食べながら首を傾げている。
「うーん、私って師匠から破門されちゃってるから私個人での人脈ってあんまり無いんだよね。もちろん、頼んだら引き受けてくれる人は何人かいるとは思うけど…」
「何か問題が?」
「うん。チャリティーってことは、お金は出ないんだよねぇ?」
「えっ、あ、ああ。そうですね」
チャリティーと名打っている以上、必要経費以外は出ないはず…。
「だよねぇ…。えっとね、すごく身も蓋もない話なんだけど、音楽の演奏者の人って基本的にそれをしてお金を稼いでいる人達たから、チャリティーってそっちを専門的にやってたりする人じゃないと難しいんだよ」
「…なるほど。言われてみればその通りですね」
言われてみれば当たり前である。演奏することで稼いでいるのだから演奏をお願いすればお金はかかる。
『チャリティーでする』というのはあくまでもこちらの都合であって、頼まれる演奏者には関係のない話だ。
「──となると、照星側の人脈も当てにはできなさそうですかね…」
風早グループが力を貸せば簡単に見つかるかもしれないが、それはあくまでも『演奏者が見つかる』だけで『チャリティーができる演奏者が見つかる』わけではないはずだ。
「茉理の方では難しいですか…?」
「うーん…」
お弁当を食べ進めながら頭を揺らして悩んでいる茉理は、ふと、揺れを止めた。
「連絡してみないとわからないけど、一人、心当たりがあるかも…」
「ほう…?」
「諏訪ちさとさんって人なんだけど…。昔から何度かコンクールとかで演奏し合ったりして、連絡先の交換はしてるんだ。ただ、私が音楽から離れてからはめっきり連絡取ってないし、向こうは忘れてるかも…」
「そういうのは連絡すればわかります」
「そうだね。じゃあ、刹那さん。連絡するにあたって、いくつかお願いしたいことがあります」
「私にできることであれば」
「えへへ~。その言葉、忘れないからね?」
さて、いったい何をさせられるのでしょうか。
☆
寮に帰ってきて部屋に荷物をおいてくるとキッチンへと入り、冷蔵庫内の食材を確認する。
「あれ?今日は寮母さんの担当じゃなかったでしたっけ?」
「おや、月子さん。何か取りにきましたか?」
冷蔵庫を閉めたタイミングで姿を現したのは月子。
「コーヒーでも入れようかな~と。インスタントですけど」
「そうですか…。いえ、せっかくですし私がドリップで入れましょう。美海さんの分はどうします?」
「えへへ…。お願いしま~す」
キッチンに備え付けのイスに座る月子を眺めて、刹那はコーヒーのセットをしてから夕食の準備に取りかかる。
「それで、今日は寮母さんじゃないんですか?」
「なんですか。月子は私の夕食よりも寮母さんの夕食をご所望というところですか」
「いいえっ!寮母さんのご飯も美味しいですが、刹那お姉さまの作る料理も美味しいのでそこはお気になさらずに!ただ、純粋にどうしてかな~、と」
「茉理に頼み事をしたら見返りにご飯を要求されたので寮母さんに断りを入れてこうして準備しているんですよ」
茉理の頼み事の一つは『刹那さんのご飯が食べたい』というもの。もう一つは手紙を先方へと出すのだが代筆してほしいとのことだったので、昼休みが終わる前に寮母さんに話し、今日の夕食は刹那が担当しているというだけである。
寮で夕食をごちそうし、そのままこちらの部屋で代筆してしまえば一日で全ての頼み事が片付くということだ。
「茉理お姉さまも刹那お姉さまもすごく仲良しですね」
「そちらの海月姉妹には負けそうですよ」
「…刹那お姉さま。お願いが、あるんですが…」
「今日はいろいろな人から頼み事をされますね。まずは話してくれますか?」
炒め物をしながら、コーヒーを3つのカップに入れる。一つは自分の手元へ、残りの二つは月子の前へ置く。
「さて、夕食の準備をしながらにはなりますが、月子の頼み事とやらを聞きましょうか」
「えっと、ですね…。実は、料理を、教えてほしくて、ですね…」
料理の手を止めて、刹那は月子に向き直る。
「すみません、月子。もう一度、言っていただけますか?」
「料理を、教えてほしくてですね!」
「ふむ。私の聞き間違いではなさそうですね」
手を拭くとコーヒーカップを持って月子の対面に座る。
「なぜその考えに至ったのか、聞かせていただいても?」
「はい…。えっと、実は今は寮母さんのご飯に刹那お姉さまや密お姉さまの料理が出てきているじゃないですか」
「そうですね」
寮母とは話し合って本年は密さんと私も料理をすることを伝えてあり、今日のようなことがあれば連絡を入れるようになっている。
「ですけど、ふと気づいてしまったんです。来年度はこんな食生活あり得ませんよね、って」
「ああ…」
確かに自分や密さんが留年するとは考えにくい。まあ、車に轢かれるなりして入院すれば別かもしれないが、まあ普通に生活していればあり得ない話だ。
「そうなると、このまま来年を迎えてしまうと密お姉さまや刹那お姉さまが料理をしなかった頃に逆戻りすることになると。でも、その生活に戻れるかな~って思ってしまいまして…」
「なるほど。それで、料理を教えてほしい、と」
「はい!」
「質問なのですが、料理を教えてほしいとは言いますが密さんでもよかったのでは…?」
無論、今日たまたまこういう風に話す機会が訪れたから自分に頼んできている可能性はある。
「だって、密お姉さまってなにかと忙しそうにしていますし…。それに、刹那お姉さまってこういった頼み事、断らなさそうで…」
「まあ、よほど用事が溜まっていなければ無下に断ったりはしませんが…」
とはいえ、料理を習いたいということは姉役の美海には相談できない案件だ。あちらも料理の腕は壊滅的だからだ。
「まあ、いいでしょう。とはいっても、すぐに教えようにも今日のところは全力での料理ですし、手伝いを頼むわけにはいきませんね」
「そう、ですか…」
「ですので、週末は時間を空けておきなさい。教える以上はしっかりとしたものを教えてさしあげます」
「本当ですか!?」
「嘘は言いません。週末に、しっかりと教えましょう」
「やった~!よろしくお願いしま~す!」
「では、今日のところはそのコーヒーを美海に届けてきなさい。冷めてしまいますから」
「了解であります!」
コーヒーカップ二つを持って元気に出ていく月子を見送って刹那は料理に戻る。
(まあ、料理を覚えておいて困ることはありませんし…)
料理を次々と並べていくところで月子が戻ってきた。
「刹那お姉さま、料理…の手伝いは難しいですけど、何かお手伝いをと…」
「ああ。でしたらそちらの料理を食卓の方へと持っていってもらえますか?」
「了解であります!」
料理を運ぶ月子を、刹那は苦笑を浮かべながら料理を続ける。
ちなみに、夕食を食べる茉理はとてもご満悦だった。
食事の後片付けを刹那と月子が並んで行っていた。
「すみません、月子」
「いえいえ~。洗い物ぐらいなら私でもできますから」
刹那の洗った皿を月子が水洗いしていく。
「月子、料理はどのレベルできればいいですか?」
「と、いいますと?」
「私や密さんクラスを一朝一夕で目指すのか、一般レベルを目指すのか。それによって週末の料理教室の難度はガラッと変わります」
「えっと、とにもかくにも一般レベルで…お願いします」
「なるほど。それならそういう用意をしておきますね」
「よろしくお願いします」
「任せてください」