──週末。
寮のキッチンには刹那、月子、すみれ、そして千歳の四人がいた。
「あれっ?すみれお姉さまも参加ですか?」
「はい。少しはできるようになっておこうと思いまして」
「それで。千歳はどうして参加側に?貴女、料理はできるでしょう」
「こんな休日の日に寮でタダでご飯が食べられると聞き馳せ参じました!」
「家で家族の料理を食べていなさい」
そもそも料理するのは月子とすみれの二人なのですから私の料理を狙って来たのだとすればお門違いですし。
「いえ、美味しいかはさておいて。タダで食べたいだけです」
「その意気込みは買いますが、今日の場合、失敗しにくいものしか選んでいませんからそうそう変な料理は出てきませんよ?」
「やだなぁ。普段は料理をしない人の料理ってそういった予想を越えた何かを作る可能性はあるんです」
「そうですか。なら、そういったものができた場合の処理班に任命しましょう」
追い返そうとしてもあの手この手でこの場に残るのなら、見える範囲においておいた方がマシというものでしょう。
「──さて、少し無駄な時間を食ってしまいましたが始めるとしましょうか」
「「よろしくお願いします」」
「とはいっても、いきなり難しいことをしようとしたところでそこに控えている毒味役に出番を与えるだけになりますからね。まずは、米を炊くことから覚えてもらいましょう」
そう言って傍らに置かれた炊飯器に手を置く。それに対して、月子は少々拍子抜けしているようで…。
「炊飯器の使い方ならさすがにわかりますよ」
「炊飯器の使い方はわかっていても事前の米の準備までは頭に入っていないでしょう?」
その言葉に二人は目をそらす。
「予想通りの反応をありがとうございます。さて、米を炊く…と一言でいえば簡単ですが、事前準備をした方が当然美味しくなりますが…。まずは『どんな種類の米を買うか』というところでしょうか」
「えっと、コシヒカリとかあきたこまちとかいう…」
「別に銘柄にこだわれ、という話ではありません。普通の精米を買うか、無洗米を買うかです」
「確か…、無洗米というのは洗わなくてもいい種類、ですね」
「そうです。相対的に高めの値段設定をされてはいますが、しっかりと米と水を量り、炊飯器に任せれば確実に美味しいご飯が炊けるのはこっちです」
店によってかなり値段設定はまちまちですが、総じて普通の精米よりは高い。
「で、精米された米は基本的にスーパー等で手に入りますから炊き方の必要項目だけ。『米は水で数回洗う』『水の分量は量ること』…基本的にはこの二つを守るだけでご飯は炊けます」
「あの~。そんなに簡単なんですか?」
「そうですよ。もちろん、
ああいうのはたまにやるからいいのであって、毎回となると嫌になります。
「あの、『水で数回洗う』と言いましたけど、どんな感じで洗えばいいのでしょう?」
「水に軽く浸かる程度で力をあまり加えずに数回回し洗う程度で構いません。強く洗うと米が割れますので。白い米ぬかというものが少し残るぐらいがいいとは言われていますが、出なくなるまで洗ってしまっても構いません。そこは好みになりますから」
「なるほど」
うんうんと頷く二人。
「まあ、本来であれば炊いてもらった方が分かりやすくはあるのですが、連絡を忘れてまして密さんが炊飯器はセットしてから出かけていますので『炊いてみたい』というのであれば、私が料理当番の日にキッチンまで来てください」
炊飯器を開けるとすでに水に浸った米がある。
「というわけで、二人には味噌汁を作っていただくことにします」
鍋に水を張り、コンロに置いて火をつける。
「まあ、ご飯が炊ければ大抵の料理には応用できますし、味噌汁が作れればあとは店売りのお漬物を一品買うだけで最低限見映えのある食事は用意できます」
「あの~、味噌汁の具材って何がいいとかありますか?」
「そうですね。総じて合わない具材は少ないのが味噌汁の利点ともいえますが…塩辛いものは避けるべきですかね」
二人の怪しい手つきの包丁捌きを見ながら…。
「まあ、料理なんてものは数をこなさないことには上達なんてあり得ません。ある程度作りなれれば自ずと味付けなども調整できるよいになります」
「今は、切るのだけで…難しいんです、が…」
豆腐を細切れにしながらもなんとか鍋に放り込む月子。隣ではすみれが自分の鍋に玉ねぎを入れていた。
「あとはお味噌を適量入れつつ味を整えていけば終了になります」
「ふむ。ゲテモノが出来上がる感じはありませんか」
「残念でしたね、千歳」
「いえ。それならそれでご相伴には与らせてほしいですね。美味しいものが食べられるに越したこともないんですから」
「ちゃっかりしていますね。さて、では今日はお昼は皆さんに食べてもらって出来を確認していただきましょうか」
余談ではあるが、特段の文句は上がらなかったことはここで答えておきましょう。
★
お風呂につかりながら昼間の料理教室について考える。
「…まあ、ご飯を炊けたり、味噌汁が作れるようになればあとはレシピ本でも見ながら応用がきくようにもなるでしょう」
とはいえ、定期的に開催して寮生が料理をできるようになっていた方がいいのかもしれない、とは思う。
「難しいところではありますがねぇ…」
料理は壊滅的な人間が必ずいるはずなのだ。二人は違ったようでなによりだが。
──すりガラスの向こうに人影が映る。影はしばらく何かを確認するようにうろうろしていたが、入口が開かれると…。
「刹那さん一人でしょうか…?」
「ええ。他の方は居ませんよ密さん」
前を隠して入ってきたのは密。掛け湯をして隣に身を沈ませた。
「──それで、私を探していたのですか」
「いえ、そういうわけではないのです。いつもより早い時間なので他の方が入っている可能性もあるのでは、と…」
「早いとはいいますが…」
いつもは日付が変わるぐらいだが今日はみんなが入り終わってすぐぐらい。時間的には確かに二時間近く早いがそれでも他の寮生からすれば遅すぎる時間なのだ。
「普段から私達の入浴時間が遅すぎるのだと思いますよ」
「そうなんですが…。やはり、念のために…」
「用心に越したことはないのはわかりますがね」
「そういえば、今日は寮で料理教室をしていたとか」
「ええ。といっても、作ったのは味噌汁ぐらいであとはご飯の炊き方ぐらいですよ」
「基本的なところだけ、ですか」
「いきなり難しいことを教えたところで大惨事になる未来しか見えませんからね」
この辺りは料理を作り慣れている者同士、わかっているラインがある。
「では、私はそろそろあがります」
「あっ、はい。おやすみなさい、刹那さん」
出入口を開けて、刹那は立ち止まる。肩越しに密の方を振り返る。
「聖歌部のこと。何かしら問題が起きているというのでしたら相談してくださってもいいですよ」
密は驚いたようにこちらを見ていたが、不意に相好を崩すと。
「今はまだ大丈夫そうです。もし、手に余ると感じましたらお声掛けさせていただきますね」
「わかりました。頑張ってください、密」
脱衣所でパジャマを着ながら──
「やはり、聖歌部のことも何かしら起きているようですね。面倒事にならないよう、新聞部の方は私が目を光らせておくとしましょうか」
部屋へと帰る道すがら。刹那は携帯を取り出して電話をかけ始めた。