処女はお姉さまに恋してる-陰に輝く星-   作:揺れる天秤

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第44話 若葉の葛藤

 -若葉side-

 携帯を握りしめて、若葉は目を閉じて固まっていた。どのくらいそうしていたのか、目を開けると携帯でとある番号へと電話をかける。

 数回コールが続き──相手が電話に出た。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。今、お電話は大丈夫でしょうか、千歳お姉さま」

『構いませんよ。湯上がりに外で涼んでいましたし』

「あの、お姉さま。どこで涼んでいるのですか?」

 

 電話口の向こうから聞こえるのは遠くはあるが滝のような音が聞こえる。

 

『気にしてはいけませんよ。それで、若葉。どうしましたか?』

「…実は──」

 

 若葉は二年生が修学旅行へと出発した頃から何かと話題に上がるようになった照星の話題を話す。

 

『ふむ。まあ、去年も盛り上がりましたからね。毎年恒例な気はしますが、本題はそうではないのでしょうね』

「はい。実は、私が得た情報なんですが──」

 

 要点だけをまとめると、映画研究会とESSの視聴覚室使用申請時期が被っており、当初は映画研究会の使用日数が多く、これに照星が関わっているのではないかというのを部長が新報にしようとしていることを伝える。

 そして、今日の放課後に若葉は花がESSに所属している生徒に上記の話題に対して『照星である密お姉さまに便宜を図ってもらえるように口添えしてもらえないか』という頼み事をされている場面を偶然にも見かけてしまった。

 

『なるほど。偶然とはいえ、そういった場面を見ると最初の話にもあながち部長の穿った意見とも言いにくくなりますね』

「はい。こちらを部長に伝えたところ『記事にするわよ!』と意気込んでいたので、明日の朝には新報が発行される予定です」

『そうですか。しかし、わざわざそのことを伝えるためだけに私に電話を?』

「──いえ、その…」

『…話してごらんなさい、若葉』

「はい…」

 

 話したのは『今回の新報の記事に対して裏取りしなくていいのか』ということ。確かに頼まれているところは見たが、実際に花さんが照星のお姉さま方へ報告しているのかは不明で、また映画研究会の方もあくまでも『疑惑』だ。

 あやふやな情報で新報を出すことは許されるのか。若葉にはわからなかった。

 

『ふむ…』

 

 若葉の独白に千歳はしばらく黙っていた。

 

『そうですね…。まず、若葉さんに知っておいてほしいことがあるのですが』

「はい」

『『あやふやな情報で新報を出すことは許されるのか?』というものですが、そもそも許す許さないの二言論で話す話題ではありません。そのようなことを言ってしまえば世の中に溢れる雑誌や新聞は全部発行できなくなってしまいますから』

「…あっ…」

『真紗絵部長は『面白いことは皆で共有しよう』というモットーを軸に新報を出していますし、私自身は『正確差をこそ焦点にすべき』というモットーを軸に置いています。このようなスタンスの違いから私と部長は新報に対して意見がぶつかることは多いですが、それは仕方がないことだと私自身は割り切っています』

「割り切っている、ですか」

『はい。だって、新報でやりたいことが違うのですから仕方ありません。だから、若葉は若葉のやりたいように新報をあげられるようになればいいのです。部長のようになるもよし、私のようになるもよし。まったく違う第三の視点から新報を出すもよし。そこは、貴女の考え方次第になります』

「私の視点…」

 

 考えたことがなかったといえば嘘になる。でも、部長も副部長も新報に対してはすごく学ぶことが多い人達だったから、私は情報収集に注力していた。

 

『若葉自身で今回のことに思うことがあるというのなら貴女なりに追ってみればいいのです。それを咎める新聞部部員は居ませんし、貴女の考え方が私や部長とは違っていて───いえ、違っているからこそいいのです。

 ──だから、若葉。自分の思う通りにやってみなさい。間違っていいのです。責任は私は部長が取りますから』

「千歳お姉さま…。ありがとう、ございます」

 

 いろんなことを教えられた気がした。自分自身、深く悩みすぎていたこともあっただろう。

 

「ありがとうございます、お姉さま。自分なりに、やってみようと思います」

『ええ、頑張りなさい、若葉』

 

 電話が切れると若葉はベッドに潜る。明日からは、忙しくなるだろうから。

 

 

 

 ★

 

 

 

 -千歳side-

 電話を切り、今度は自分がかける予定だった相手へと電話をかける。相手はわりとすんなりと出てくれた。

 

「夜分遅くにすみません、鏡子お姉さま」

『いえ。今日の仕事は先ほど終わりましたから。それで、修学旅行は楽しんでいますか』

「ええ、ぼちぼちと。実は、鏡子お姉さまに聞きたいことができまして…」

『ほう。修学旅行へと出ているはずの貴方が、ですか。いいでしょう、答えられる範囲でお答えします』

「ありがとうございます、実はですね──」

 

 千歳は先ほど若葉から聞いたばかりの話題を鏡子に振る。

 

『わりとタイムリーな話題ですね』

「おや?ということは花ちゃんは密お姉さまに話したということですか?」

 

 そうであればおそらく寝てしまっただろう若葉を電話で起こさなければならなくなるのだが。

 

『いえ。先ほど花さんからそのことについて相談を受けていたので』

「ああ、なるほど。寮内では花ちゃんのお姉さまでしたね。失念していました」

 

 ──と、なれば。花ちゃんが照星のお姉さま方へは報告していないことになるのだが。

 

『花さんは明日にでも友人に謝りにいくそうですからこの話題は解決しています』

「ところがどっこい、なことになりそうなんですよね~」

 

 先ほどの新報のことを話すとあからさまなため息がきこえてきた。

 

『この状況をかき回す気満々じゃないですか…』

「まあ、部長ですからね。そこで、鏡子お姉さまにお願いがございます」

『なんでしょうか』

「花ちゃんのフォローとこの事を私経由で聞いたことも含めて照星へと伝えてほしいのです」

『花さんのフォローはわかりますが、密さん達に話してもいいんですか?』

「今回のこと。つまりは照星の推しの違いによる派閥争いの様相を呈してきています。もちろん、小規模な小競合いで済むのであれば私もなんとも思いません。

 しかし、今回は違います。部活同士のぶつかり合いに発展しつつあり、そこに無関係な生徒が今まさに巻き込まれようとしている。こればかりは私が許容できません」

 

 それに、この事態を放置した場合。刹那お姉さまが私が知っていたことを知ると何をされるか不安があります。

 

『わかりました。妹が気づかずに渦中へと踏み込もうとしている以上、早急に動こうと思います』

「お願いします。…ただ、まずは情報を集めてください。照星方も全てをしっかりと把握できてはいないでしょうから」

『なるほど。確かにそうですね』

 

 後は、気になる人物──刹那お姉さまはどうしているのか。

 

「鏡子お姉さま。刹那お姉さまは今回の件には動いていないのですか?」

『えっ?ああ、そういえばあまり見かけませんね。こういった時はここぞとばかりに関わってきそうなものなのですが。明日あたり、密さんにも聞いてみます』

 

 逆に言えば他の生徒も同じような認識である可能性が高い。刹那お姉さま、渦中に関わらない時はとことん関わらないのは昨年の行動からなんとなくは知っていますが、まさか照星絡みの話題に関わっていない?なんてことあり得るのでしょうか。

 

「さて、そろそろ夜もたけなわなので切りますね」

『はい。修学旅行、しっかりと楽しんで帰ってきてください』

「ふふふ。お土産は期待してくれていいですよ?」

『楽しみにさせていただきます』

 

 通話が切れると、軽く伸びをする。

 

(現場にいないと他の方々の動きがまるで把握できないから困ります。…が、若葉自身の成長が期待できそうな一件にもなりそうですし、部長には悪いですが次期部長候補の引き立て役でも演じてもらいますかね)

 

 それにしても…と、考えるのは──

 

(刹那お姉さまは今回は本当にどうしているのでしょうか。いえ、あの人もそれなりに忙しくしている人ではあるのですが…)

 

 やはり学院にいないというのはいろいろと困ることが多い。今は学院の喧騒を忘れて、友人方と修学旅行を楽しんだ方がよさそうだ。

 


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