学院内が紅鶸祭に向けて動き始めた頃。象牙の間に集まった照星は奉仕会からの要請内容に目を通していた。
「奉仕会による演物、ですか」
「はい。今年は劇。演目は『十二夜』だそうです」
「なるほど。そして、これが前回『十二夜』を演じた際の台本ですか」
台本をパラパラとめくって、軽く内容を読む美玲衣。
「王道を行く『十二夜』ですね。しかし、これを今年やろうにも演者がたりませんし、なにより二時間以上の演目は飽きが来やすく今の風潮には合いませんね」
「はい。それはあくまでも『十二夜』の概要を理解してもらえるようにと奉仕会から借りたものですから。さて、私達のやるべきことなんですが──」
密の説明に織女と美玲衣は頷く。
「なるほど。私達なりにアレンジした演目を行う、ということですのね」
「となれば、台本もそうですが演者がいくら確保できるかにもよりますね。そもそも誰がアレンジするかにもよりますし」
「そうですね。でしたら、台本のアレンジは美玲衣さんにお願いしてもよろしいでしょうか?」
「えっ。私、ですか?」
「はい。美玲衣さんならいろいろな小説も読まれていますし、先ほどの口振りからしてアレンジの方向性もなんとなく決まっているのでは?」
「えっと…。確かに…私なら、というのは考えましたけど」
「でしたら、それをお願いできませんか?私はこういった作品のアレンジなどは苦手ですし…」
「それなら密さんでも…」
「私も織女さんに同意です。美玲衣さん、お願いできますか?」
二人から推されて断る理由が無くなったのか。美玲衣さんは小さくため息をつき。
「わかりました。その代わりと言ってはなんですが、他のことはお二人に任せますよ」
「はい。任せてください」
「では、まずは何からはじめましょうか」
「そうですね。密さんは演者を集めてもらえますか。私は大道具などの全体管理を行いますから」
「なるほど。わかりました。しかし、演者ですか…」
どこから集めるべきかを考えるが…。
「無難に考えて寮の皆さんにお手伝い願うのが手っ取り早いでしょうか」
「そうですね。美海さんとかは流れも把握しているでしょうし」
「でしたら、本日は美玲衣さんも寮に来ていただいてお願いをしましょうか」
「私も、ですか?」
「今日来れば刹那さんの夕食が待っています」
「し、仕方ないですね。私もお願いにうかがいます」
刹那さんの料理はなんだかんだと食べる機会は少ないですからね。
★
夜。夕食会を兼ねて紅鶸祭の演し物について、寮の皆さんに説明する。
「まあ、妥当なところだよね。うちの寮生って奉仕会関係者多いから勝手もわかってるだろうし」
「あの、男装役が必要ということですが、別に私じゃなくて刹那お姉さまでもいいのでは…」
「そういえば、刹那さんはどこに?」
気がつくとテーブルの空き皿とともに刹那さんの姿が消えている。キッチンをのぞいてみるがすでに片付けすら終わっているありさまだ。
「い、いつの間に…」
美海だけは刹那の行動に予想をつけていたのか、リビングで大笑いしていた。
「刹那さんならさっさと逃げると思うよ。照星に噛みついてばっかりだったから、去年、一昨年と照星達に捕まって強制的に手伝いさせられてたからね。去年も演劇だったけど、刹那さんの男装ってメッチャ映えるからさ」
なるけど。刹那さん、あれで目立つことは避ける傾向にあるのは知っていますし、さすがに私達がそろって顔を出したことでなんとなく予想していたのかもしれませんね。対して美玲衣さんは泰然としている。
「気にしていませんよ。私は刹那さんには頼むつもりはありませんでしたし」
「そうなのですか?」
「はい。刹那さんの上背があれば男装が映えるのはわかっていますがそれでは奇抜──いえ、生徒達の予想を越えることはできないでしょう?」
「なるほど。言われてみれば確かに…」
美玲衣さんの言葉に織女さんも頷いている。
「──とはいえ、まったく関わらずにやり過ごされるのも癪ですね」
☆
-美玲衣side-
2階のバルコニーへと足を運ぶとお目当ての人物は居ました。
「刹那さん」
「美玲衣、ですか。すみませんが、私は演劇は…」
「はい、大丈夫です。別に演者として出演することを説得しようとも思っていません」
「…?では、どうして私を探していたのですか?」
「もちろん、お手伝いをお願いしたいからですよ」
「お手伝い、ですか」
刹那さんはいまいちわかっていらっしゃらない様子。まあ、仕方ないとは思います。普通に考えれば刹那さんは男装役がハマる稀有な方でしょうから。
「はい、お手伝いです。大道具等はできる限り移動頻度を下げることで劇の簡略化を行いながらも少ない演者でより良い劇にしようとは考えています。…が、まったく同じ場面ばかりではやはり観客は飽きてしまいます」
「まあ、それはそうでしょうね。演劇などでは場面転回がなければひどく平たいものに見えてしまいがちでしょうし」
「とはいえ、重いものをホイホイと運べる人というのはこの学院では貴重ですよね?」
「なるほど。私は裏方、しかも大道具や荷物の運搬を主に手伝いをしてほしい、と」
「はい。どうでしょうか?」
悩む素振りを見せる刹那に美玲衣はここに来る前に茉理から伝えられていたことを考える。しかし、刹那は軽く頷き──
「いいでしょう。まったく関わらないのも違うのですし、運搬係ぐらいなら引き受けましょう」
「言っておいてなんですが本当にいいんですか?」
「ええ、構いません。私自身、劇には出たくはありませんが裏方として関わるのはやぶさかでもありません。それに、そうですね…。演者は私の伝手で数人増やしましょう。あの子達なら嫌とは言わないでしょう」
「刹那さんの伝手ですか?」
「ええ。二年生に幾人か知り合いがいますから」
「もしかして、『四色姫』ですか」
その名前が出たことに刹那は少し驚いていた。
「おや。まさか美玲衣が彼女達を知っているとは意外でした。もしや、彼女達の勉強会にでも出ましたか?」
「はい。先日」
「なるほど。彼女達は私が直々に育てている子達。そこらの一般生徒とは比べ物にならないほどに努力しています。彼女達なら、照星とともに演劇ができると知れば喜ぶことでしょう」
「あの、刹那さん。彼女達は刹那さんの派閥のようなものだと聞いているのです。ですが、刹那さんはそういったことはどちらかといえば嫌っていますよね?」
「ああ。彼女達は派閥とは少し違います。なんと言えばいいですか──」
言葉を選ぶように刹那は語る。
「彼女達は私の『やり方』が間違えていることを理解していながら私という存在の『あり様』を肯定している。普通に考えれば、そんなことはあり得ない。ですが、彼女達は私が『歪な人間』であることを肯定し、私の手段を『否定』しようとする──そんなまっすぐで実直な娘達です。だからこそ、私はあの子達に目をかけている。それが他から視れば『派閥』のようなあり様に見えるのでしょう」
刹那の『やり方』──それはどこまでも相手の壁として立ちはだかり、相手を試し続けること。だが、それはひどく独善的である。
刹那の『あり様』──それはたとえ他者から離れることになろうとも己の軸を揺らすことはない。気高く、しかし孤独な現れ。
『四色姫』はそんな刹那の『やり方』は認めていない。だが、その『あり様』は理解している。間違いだとしても一方的に断ずるものではなく、理解しうるからこそそちらへと立ってみたい。だからこそ、彼女達は刹那の『派閥』のように見えてしまっている。
たった少しのやり取りで、美玲衣は刹那という『歪さ』を理解できた。だが──
「いいじゃないですか、歪でも」
「美玲衣?」
「それが刹那さんでしょう」
美玲衣の応えに、刹那は一瞬呆けて──
「──そうですね。ありがとうございます、美玲衣」
──嬉しそうに笑った。