-密side-
──不思議とすんなり目が覚めた。
「…まだ、アラームが鳴る前、か」
思っていたよりも気分が高ぶっているのか。予定していた時間よりも早く目が覚めたようだ。
「もう一度寝直すほどの時間でもないし、起きよう」
そもそも、朝の準備に時間がかかると思っていたから早めに起きようとしていたのだし、予定通り動き出そう。
浴場併設の洗面台で顔を洗い、部屋へと戻ると女性としての身だしなみ──メイクを始める。と言っても男性だとバレないようにする程度のもので予想していたよりは早く終わった。
「それでも6時半ぐらいか。慣れるまでは早起きを心がけないと…」
慣れたくはないのだが…。慣れないとバレてしまうリスクが上がるわけで…。
「はあ、ままならないなぁ…」
こんなことで今日からの任務に支障なく活動できるのだろうか。と、今から不安が込み上げてくる。──と、突然扉がノックされる。
「(えっと…僕は女の子、女の子……)はーい、今開けます」
鍵を開けると入ってきたのは鏡子だった。
「密さん、朝の準備の手伝いにきたのですが……もう用意を終えていたんですね」
「ええ。妙に早く目が覚めてしまって」
「まあ、初日から登校時間を気にしながらになるよりは全然いいことなのです」
そこまで言って、鏡子は不意に視線を足下に落とす。視線が密に向き直ると頭を下げた。
「密さん、昨日は申し訳なかったのです」
「えぇっと、何に対してのことでしょうか?」
「昨日のお風呂に関して、です。私から提案しておきながら密さんを置き去りにしてしまって…」
「鏡子さん…」
密は少し考える。
「鏡子さん。食堂にでも行きませんか?」
二人は連れだって食堂へと来ると密はキッチンへと行き、紅茶を二人分入れて戻る。
「どうぞ」
「いただきます」
紅茶を飲んで一息。
「私はね、鏡子さん。昨日のようなことは仕方ないって思います。だから、あまり気にしなくてもよろしいですよ」
「…そのためだけに紅茶を?」
「そうですね。鏡子さんとはわだかまりなくいきたいですから」
「…べつにあれだけのことで密さんをほったらかしたりはしないのです」
「はい。ありがとうございます」
頬を赤く染めた鏡子が紅茶に口をつけているのを密は微笑みながら眺める。
そこへ、薄手のTシャツに半パンという出で立ちの刹那が首にかけたタオルで汗を拭きながら入ってきた。
「おや。二人も朝は早い方だったのかな?」
「刹那さん、おはようございます。何かしてらしたんですか?」
「おはよう密さん。ええ、日課のランニングをね。朝から動くと朝御飯が旨くていいよ。今度は密さんもどうかな?」
「えっと、遠慮しておきます。慣れるまでは朝は大変ですから」
「そう?じゃあ、私はシャワーを浴びて着替えてくるよ」
「はい」
出ていく背中を眺めながら密は紅茶を飲む。そこへ入れ替わるようにあやめが入ってきた。
「あら、おはようございますわ、お姉さま方」
「おはようございます、あやめさん」
「密お姉さまも朝は早いんですのね。それとも、花ちゃんが起こしに行きましたの?」
「花さんがこんなに朝早く起きるとお思いですか?」
鏡子の返しにあやめは口元を押さえて笑っている。それはない、と思っていたのだろう。
「そうですわね。いつもなら早くても遅刻ギリギリに起きてくるぐらいですし」
「でしたら、せっかくですから起こしに行きましょうか」
「私はここにいますから行ってきてください」
小さなため息をついて密が食堂から出ていった。
★
-刹那side-
シャワーを浴びて、自室で制服に着替えてから食堂に向かうと鏡子とあやめ、すみれの三人がそれぞれに紅茶を飲んでいた。
「刹那お姉さま、おはようございます。朝のランニングをしてこられたのですか?」
「すみれさん、おはよう。ええ。日課のランニングですもの」
「刹那お姉さまは相変わらず朝から元気ですわよね。いったい何時に起きていらっしゃるのやら…」
「あやめさんもおはよう。そうね……だいたい5時半~6時ぐらいかしら?30分は走りたいもの」
「朝から元気なことなのです…」
「そう言う鏡子さんも今日は早かったように思いますが…。ランニングしている時にいつもよりは早い時間に電気が付きましたね?」
「あれは……密さんが初日から遅刻したりしないために起こしてやろうという気遣いなのです。他に他意など無いのです」
「そうですか」
照れくさそうに紅茶を飲む鏡子に刹那は楽しそうに笑いながらキッチンへと入る。
緑茶を入れた湯呑みを持って食堂へと戻って飲んでいると、ほどなくして悲鳴が聞こえてきた。
「…今の悲鳴は……花さん?」
「花さんなら先ほど密お姉さまが起こしに行きましたのよ」
「それで悲鳴があがるというのはどうなんでしょうか?」
「おおかた恥ずかしい寝相でも密さんに見られたのでしょう。……つまり、密さんについていっていれば花さんの恥ずかしい寝相が見れていた…?」
「残念でしたわね、鏡子お姉さま…?」
「くっ…。こうなったら密さんが何を見たのか聞き出すのです」
「いや、やめてあげなさい。悲鳴があがるようなあられもなかったということでしょう?」
悲鳴が聞こえてから数分後。妙にぐったりした密を美海と月子が欠伸を伴いながら連れてきた。
「なんかさ、花ちゃんの部屋の前でへたり込んでたから連れてきた」
「密お姉さま、お気を確かに…」
「え、ええ。だ、大丈夫、ですよ、月子ちゃん…?」
「受け答えがすでにダメな感じに見えるわよ、密さん?」
「というより、何があったんですか?」
さすがに2階から食堂まで届く悲鳴ともなるとけっこうな声量である。
「えっと…、花ちゃんのためにも黙秘します」
「つまり、花さんが下りてきたら根掘り葉掘り聞けばいいんですね」
「鏡子お姉さま、鬼ですわね」
「さすがに花さんの羞恥心が限界突破しそうですしやめてあげた方がよさそうね」
遅れてくること10分。花が食堂に下りてきた頃には朝食の準備は終わっていた。
「お、おはよう、ございます…!」
「おはようございます、花さん。席にお着きなさい。朝食です」
「はい…」
「では──父よ。貴方の慈しみに感謝して、この糧を頂きます。どうかこれを祝福し、我らの心と身体の支えとして下さい」
「「アーメン」」
朝食が開始されると花の悲鳴について突っつく者、食事を優先する者と分かれていた。
しばらくの間──特に鏡子が粘るが、花の悲鳴の理由は明かされることはなかった。
「花さんもなかなか口が固いですね?」
「密お姉さまも話そうとしませんものね」
「さすがに花ちゃんの名誉にも関わってきますから」
「はうぅ~~…」
真っ赤になる花を密がやんわりと押して歩いている。それを刹那はすみれと一緒に後ろから見守る形で歩く。
「なんだか、密さんは皆さんが呼ぶ通り『お母さん』という感じがしっくりきますね」
「はい。本当に…」
端から見ると二人もそう見えるのだが、二人が気づくことはなかった。