-刹那side-
紅鶸祭は例年以上の盛り上がりを見せて閉会し、打ち上げもそこそこに皆それぞれに部屋へと帰っていった。
風呂場には刹那、密、鏡子の三人が並んで湯につかっていた。
「演劇、すごい盛り上がりでしたね」
「ええ。配役が完璧だったと感服するしかありませんでしたね。密さんもわりとはまり役でしたし」
「そうですね。美玲衣さんの脚本は的確でした」
「それはそうと密さん。どんどんと秘密が漏れていますがどうするんですか?織女さんが気づくのも時間の問題だと思うのですが」
「──何の話でしょうか、密さん」
「鏡子、さん。落ち着いて聞いてくださいね?」
密は美玲衣に男性であることが露見してしまい、しかし美玲衣の好意によって報告はしないという形でまとまったことを説明する。
呆れたため息を吐かれても仕方ないというものだろう。
「刹那さんにばれ、千歳さんに知られ、美玲衣さんには現場を見られた、わけですか。これでは早晩、織女さんにバレそうですね…」
「面目次第もありません…」
「まあ、バレてしまった時は後のことは上の判断に任せるしかありませんが…」
「鏡子さん。密さんが織女さんに身バレしたとして、上から『護衛の中止』となった場合どうなるのですか?」
「その場合であればそのまま密さんは急遽転校が決まっただのでごまかすのだと思います。そうならないよう願いたいばかりですが…」
三者三様に身体を洗って、さあ風呂から上がろうと入口のガラス戸を開けた先には──
「…おや」
「刹那さん、密さん、鏡子さん。三人はもう上がられるのですか?」
織女が立っていた。ただし、服は着ている。
「ええ。これ以上入っていては湯だってしまいますし」
「内緒話でも、していたのではありませんか?例えば──『密さんの素性について』とか」
織女の一言に後ろの二人が息を飲んだ。その雰囲気に刹那は小さくため息をついた。
「──これ以上は私は大っぴらには関われない話になりそうなので先に行きますが…。とりあえず話をするのであれば誰かの部屋でしてください。バレる相手によっては風早グループの問題になりかねませんよ」
「ええ。忠告感謝いたしますわ、刹那さん」
刹那は着替えて部屋へと戻ってきた。すぐにとあるところへと連絡をすると相手はすんなりと出た。
『夜分にすみません。少し、出てこられますか?』
☆
テラス側へと出てきた刹那は約束の相手が現れるのを待つ。30分もしないうちに──
「はーい。薄氷千歳、ただいま到着いたしました。しかし、刹那お姉さまに夜分に呼び出し食らうなんていつ以来でしょうかね?」
「さて、いつ以来でしょうか。と、あまり長話をするわけにもいきませんね」
「いえいえ。私は構いませんよ。今日は両親不在で家にいてもたいそう暇な夜になりそうなので」
「貴女がよくても私が困ります。…密さんが織女さんにバレました」
メモ帳を繰っていた千歳の手が止まる。顔がこちらへと向き直る。
「私にできることはありますか?」
「察しがいいのは良いことです。おそらくですが、密さんは近日中には何らかの理由を作って休むはずです。これが長期化するような状況に陥れば密さんは学院を辞めることになるでしょう。それを阻止したく思います」
「なるほどなるほど。となればやれることは大っぴらにはできませんが…ふむふむ…」
千歳はいくつか対策案を考えているのだろう。メモ帳に勢いよくペンを走らせていて…。
それを唐突に終えてメモ帳を閉じると顔を上げる。
「わかりました。この薄氷千歳、学院の生徒のために手を貸しましょう!」
「新聞部のためにも?」
「それは否定しません!」
楽しそうに笑っている千歳を見ているとなんとなくすんなりと行きそうな気がしてくるのだから不思議なものですね。
──さて、私が打てる手はせいぜいがこの程度。あとは流れ次第というところでしょうか。
★
-織女side-
密さんの秘密を知ってから、私はすぐに父の下へと事のあらましを聞きにいった。結果としては、私の護衛でもあり父様のちょっとした考えによるもので密さん本人からの進言ではなかったとのこと。
それでも、私は簡単には許すことはできなかった。
寮生には鏡子さんの方から『病気の関係でしばらく療養のために実家へと帰省している』と伝えられている。それは密さんのクラスメイトにも同様に…。
しかし、私には少しばかり気になることがありました。密さんは男性だった。鏡子さんは同僚である以上、気にしていないのは当然。
──では、あの時一緒にお風呂場にいた刹那さんは…?
時間を取ってもらって刹那さん、美玲衣さん、茉理さん、鏡子さんの四人には寮のテラスへと集まってもらいました。
「それで、織女さん。我々にお話というのは?」
「はい。鏡子さん、は同僚でしょうから知っているのはわかります。しかし、刹那さん。貴女はどこで密さんの秘密──男性であることを知ったのですか?美玲衣さんも、ですが…」
「えっ?密さんって男の人なの?」
茉理さんに全員の視線が集まる。本人は驚いたように小首を傾げている。
「そういえば、茉理は知りませんでしたね」
「また一人、密さんの秘密を知るものが増えましたか。織女さん、密さんをどうしたいのですか?」
「えっ?」
どうしたいのか…とは、いったい…。
「おおかた、私や美玲衣がなぜ知っていて黙っていたのか聞きたかったとかそういった集まりではないのですか?」
「そうです。密さんは性別を偽ってこの学院にいました。そのことについて二人はどう思っていたのですか」
刹那さんと美玲衣さんはお互いに顔を見合わせてどちらから言うのか指さし確認している。
どうやら、最初に話すのは美玲衣さんの方。
「私が知ったのは紅鶸祭の演劇の相談に行った時です。あの時点で密さんに抜けられては演劇が立ち行かなくなったでしょうし、そもそもそんなスキャンダル染みたことが起これば紅鶸祭自体が行えなかった可能性があります」
「それは…」
「むろん、私の一存で決めるようなことでもありませんでしたが、密さんは少なくともあの時点まではさしたる問題は起こしていませんでしたので、報告云々については保留させていただくと密さんには伝えました」
「そうですか。刹那さんはいつ頃?」
お風呂も平然と入っていたくらいですし、かなり前から知っていた可能性もあります。
「私の場合、密さんのカナヅチ疑惑の最初期ですね。水着に着替えている密さんのところへ突撃してしまいまして…」
それは偶然だったとしても密さんも災難だったでしょうね。
「そんな状況からなぜ一緒にお風呂に入るような仲へ?」
今さら考えてみれば刹那さんはなにかと密さんを手助けしている様子も見受けられました。男性だとわかってなおそうした理由があるのでしょうか?
「私は出自の関係で性への関心が人一倍薄いというのと、あの時点で私は密さんを照星へと押した張本人でしたから。無理難題を押しつけてともに頑張りますなどと言っておきながら、問題があったから切り捨てる。そのようなことは私としても非道かと思いまして。それに──」
「それに?」
「密さんはそれなりに好感の持てる方でもありましたから。だからまあ、なにかと相談に乗るようになったのですよ」
なるほど。でも、どうして二人は落ち着いていられるのですか。
「織女さん。私が落ち着いているのはわりと身近な話でもあるからです。私は傭兵やSPとして働いていた頃に男装でお仕事をこなしていたことだってあります。密さんはそういう方向では親近感を持てる相手でもあったんです」
「もちろん、私も最初はどうしようか悩みました。しかし、紅鶸祭に至るまで密さんは学内でそれなりに話題の中心にこそいましたが、それは決して悪い方ではありませんでした。だから、私も密さんに関しては保留とすることにしたんです」
「…そう、ですか」
二人は二人なりに考えて密さんが学院にいることを了解していたようです。ですが、私は──
「織女さん。私から一言いいですか?」
「…?どうぞ」
刹那さんが佇まいを正した。
「今回の問題は『貴女の護衛役』である密さんの今後についてです。が、私や美玲衣、茉理は密さんの友人でこそありますがあくまでも部外者。私達の意見としては学院に復帰してほしい旨ももちろんあります。
しかし、最終的な判断は護衛対象たる貴女が決めること。それだけは、忘れないように──行きましょう、美玲衣、茉理」
三人が去っていくのを見届けて、私はテラスの手すりに背中を預ける。
(密さんの今後を決めるのは、わたし…)
──答えは、簡単には出せそうになかった…。