処女はお姉さまに恋してる-陰に輝く星-   作:揺れる天秤

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第52話 新しく始めるために。

 次の日。大輔の朝食を用意して、一言メモだけを残して早めに学院に向けて家を出た。

 自分の処遇を決めるのだけれども学院に呼び出される理由はよくよく考えてみてもよくわからなかった。とはいえ、出席しないわけにはいかないのだから向かうしかないのだけど…。

 

 しかし、改めてメールを確認してみると指定されている時間は一限目の半ばだ。

 

「…少し早く出過ぎたかもしれませんね」

 

 それなら仕方ない。電車に乗ることなく歩いていって時間調整をすることにするしかない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ゆっくりと歩いてみればしっかりと時間調整はできた。門をくぐって歩いていくと学院が見えてきた。

 久しぶりというほど時間は開いていないのにひどく懐かしく感じてしまっている。なんとなく校舎を見上げながら歩いていたらふと、目につく人が窓際に立っているのを見つけた。

 

(刹那さん…?)

 

 あちらも気がついたようですぐに窓際から姿が見えなくなった。しかし、一瞬の間を開けてあちこちの窓から生徒達が身を乗り出して───

 

「密お姉さまー、おかえりなさいませー!」

「おかえりをお待ちしておりました!」

 

 どの生徒もこちらへ手を振りながら大声で話しかけてきている。生徒達の隙間から教師の姿が見えたが、苦笑いこそしているものの生徒達を止める気はないようだ。

 

「──はい。ただいま帰りました。それよりも皆さん、授業中でございましょう!授業にお戻りなさい!」

 

 『はーい!』という返事とともに生徒達は各々のクラス内へと消えていく。頬を涙が滑り落ちるのを嬉しく感じながら──

 

 

 理事長室へとたどり着くと室内には織女さんと刹那さん、高宮先生の三人が待っていた。

 

「おかえりなさい、密さん」

「…ただいま帰りました、刹那さん」

「おかえりなさいませ、密さん。それにしても、すごい盛り上がりでしたわね。ここにいても皆さまの盛り上がりが聞こえましたよ」

「さて、密さん。ここには貴女の秘密を知る者しかいません。その上で、貴女に今後のことを通達するためにお呼びさせていただきました」

「はい」

 

 織女さんがスッと近づいてきて右手を差し出してきた。

 

「密さん。これからも、私の護衛をお願いできますか」

「──いいんですか。私は…」

「はい。それに、貴女もお聞きになったでしょう。貴女の帰りを心待ちにしていた生徒達の声を。それに、貴女は私のライバルなのです。勝ち逃げは許しませんよ?」

「織女さん…」

「それに…今回のことで刹那さんからも一つの提案がされました」

「提案、ですか?」

「私も護衛に加わることになりました。とはいえ、私はあくまでも学院内のみ。学外では変わらずに密さんと鏡子さんがメインになって頑張ってください」

 

 天形の人間として力を貸してくれるらしい。

 

「刹那さんにはどんどんと貸しが増えてしまいますね…」

「いずれ、大きな利子とともに返していただくのでおかまいなく」

 

 楽しそうに笑う刹那さんにこちらは軽く会釈だけ返す。

 

「とりあえず、決着はそれでいいんだな?」

 

 高宮先生の確認に三者三様に頷き合う。

 

「しかし、天形の嬢ちゃんもよく許せるな」

「密さんのことをですか?私にとってはありふれた人間の一つのあり方と捉えていますから、別段不思議に思ったことはないのですよ。もちろん、人としてどうなのか、という話には賛否分かれるお話ですから私も必要以上の口出しはいたしません」

「そういうところは仕事人だな。まあ、密の方は先ほど生徒達が騒いでいたとおり、ほとんどの生徒がお前の帰りを心待ちにしていたんだ」

「ええ。先ほどのお声を聞けばよくわかります」

 

 一人の生徒が帰ってきただけであれほどの盛り上がり。よほど切実に待たれていたことはあれだけでよくわかる。

 

「とにかく少しの間、護衛兼学院生活を楽しむといい。今後については社長と話し合って決まり次第、お前達に連絡するから」

「はい。高宮先生」

 

 三人が理事長室から出る。廊下には鏡子が立っており、こちらと目が合う。

 

「終わりましたか?」

「ええ。鏡子さん、今日からまたよろしくお願いします」

「…仕方ないのです。1人ではいろいろと忙しいのでよろしくお願いします」

 

 頬に朱が差して顔を逸らす鏡子に首を傾げる。そんなこちらの肩を刹那さんがつついてきた。

 

「密さんが居ない間、鏡子さんはずっとクラスメイトや寮生から様子を聞かれ続けていましたからね。密さんが帰ってきたことですし、それらも落ち着くでしょうからホッとしているのでしょう」

「そうだったんですか…」

 

 自分が居なくなってもわりと苦労していたらしい。

 

「まあ、あとは密さんがメールに反応しないせいでクラスメイトが日を追うごとに暗くなっていて教室に居心地悪いことこの上なかったのでしょうか。かくいう私も仕事の関係で寮を空けていることも多かったので、寮の食事事情が元に戻りつつあったのも困りものだったのかもしれません。ねえ、織女さん?」

「…はい。実は密さんに帰ってきてほしい理由はそこもあります」

 

 自分が帰ってくることと寮の食事事情に何の関係が?

 

「寮の食事事情は密さんと刹那さんの2人のおかげで大幅改善されていたのに密さんが抜けた途端に刹那さんが寮に留まらなくなり、結果として食事事情戻ってしまいました」

「元に戻ったって言いますと?」

「休日二日間の食事はカップ麺かそうめんだったそうですよ」

 

 さすがに悪化としかいいようのない食事事情に織女さんも若干げんなりしていたらしい。その上、刹那さんも家の諸事情で寮に居なかったことで休日は元通り、夜食は無し、おやつ等の買い置きなども皆さん気にしていなかったとのことでたいそう悲惨な休日になったらしい。

 

「ですので、密さんを戻すのはそういう側面もあります。もちろん、学院での支持率から考えても今さら抜けていただくわけにはいかなかったのもあります」

「薔薇の宮が欠けていてはいろいろな仕事に支障が出ますから」

「そういった諸々を考えて、密さんには復帰していただくことになりました」

「はい。今日からまた頑張っていきますね」

 

 その後、寮にて皆さんに歓迎された後、次の日から事後処理のような日々が少しだけ続いた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 十日ほど過ぎた頃。織女さんに屋上へと鏡子さんとともに呼び出された。

 

「急にどうしました?」

「お父様から密さんを風早グループの関係者に存在を明らかにすることにしたことの話を受けました」

「えっ?」

 

 ───存在を、明かす?

 

「密さん。あくまでも幸敬社長のお兄さんの遺児に『結城密』という人がいて、その子が男性であることから継承問題等の問題が出かねないという判断を無くすためにも存在をこちらから明らかにしておこうという話なのです。べつに今の生活をそのまま暴露するわけではありません」

「あっ、そういうことですか。…ん?しかし、織女さんはいいんですか、この話。織女さんから見たら『新しい後継候補』の登場ですよね?」

「はい。密さんのことをひた隠しにし続けることは風早としてもリスクが大きいと判断して、お父様と私、結城さんの三人で話し合って決めました」

「大輔さんも了承済みですか…」

 

 こういったところの根回しは早い。まあ、大企業でもあるのだ。そういったところのケアは早い方がいいのはわかる。

 

「そういったわけで急ぎにはなりますが、今日の夜には風早グループの関係者が集まってパーティを行うので、密さんにも参加してほしいのです」

「それは、参加せざるをえないでしょう…」

 

 むしろ本人不在はまずすぎる。後でどこに影響が出るのか、風早の企業グループにもなれば予測がつかない。

 

「わかりました。なんにせよ、私のやるべきことですからやるだけですね。刹那さんに護衛は頼むんですか?」

「いえ。さすがに今回は頼むわけにはいきません。あくまでも風早の問題ですから」

「わかりました」

 

 数日開いて、授業が終わると織女さんと鏡子さん。チャーターしたリムジンへと乗り込んで会場へと向かって走り出す。

 

「本日の会場って──」

「雅ヶ崎迎賓館ですね。あそこであれば警備も問題なく、不純物も入り込みにくいと父が…」

「さすがに親族内々の話とは言え、風早の後継候補の披露宴ですからね。器だけでも最大限の場所として選ばれたようなのです」

「風早においては雅ヶ崎迎賓館を会場とすることはそれだけ最重要なことだとアピールできる場所でもあるのです」

 

 今回の自分の後継候補の披露宴。実際には風早グループ内における『敵対勢力』の炙り出しにも利用されることは説明を受けている。

 当然ながら危険度は高いが今の内にやっておかなければ今後の後継候補としての状況にどれだけの不測の事態が紛れ込むかわからない。

 刹那さんを学院内での護衛を依頼したのもこれに起因している。

 

 ふと、外の風景に違和感を覚え──意識がすぐに切り替わる。鞄に手を入れてスマホを操作する──が、エラーが吐き出された。

 

「これは──やられましたか…」

「えっ?」

「真垣さん。貴方はいつから相手方についていたのでしょうか」

「驚きました。しかし、この状況ではどうしようもありませんでしょう」

 

 車が路肩へと止まると運転席から振り返っている運転手の真垣の手には黒光りする物体。本物かどうかは今は関係ない。

 

「皆さん、鞄をこちらへ。そちらの警備の方は懐のものも取り出していただけますか、茨鏡子さん。GPS発信器、お持ちですよね?」

「───っ」

 

 助手席へと全てを出している際に密の手に何かが触れた。出してからそれが何なのか思い出す。

 

『もし、私をご用命となればそれを使ってください。一度だけ、私の全力をもって御護りいたします』

 

 それは、刹那さんから預かった謎のスイッチ。すばやく機器の横にある紐を引き抜きスイッチを押し込む──が、何も起こらない。

 

「…?」

「密様、それもお渡しいただけますか」

 

 真垣に手渡し、真垣自身も数度スイッチを押す。しかし、スイッチ本体は別に変化もなく、電波を感知する機器を真垣が近づけるも反応はない。

 

「オモチャですか。であれば、警戒の必要もありませんね」

 

 外部への連絡手段を奪われた状態で車は再び走り出す。

 

「密さん。先ほどのスイッチはいったい…?」

「刹那さんにもらったものだったんですが、壊れてしまっていたのかもしれません…」

「万事休す、といったところでしょうか…」

 

 震える織女さんを落ち着かせるために手を握る。それだけしかできない現状に密は歯噛みするしかなかった…。

 

 

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