処女はお姉さまに恋してる-陰に輝く星-   作:揺れる天秤

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第53話 天形の切り札(ジョーカー)

 -刹那side-

 密達が今日は忙しい一日だと聞いていたので、刹那は足早に寮の自室へと帰ってきていた。

 

「私の出番がなければいいのですが…。まあ、今はやることもありませんし──」

 

 勉強机に向かって勉強を始めること30分ほど。普段であれば鳴らない仕事用のスマホが鳴る。

 

「はい。どうしましたか?」

『あっ、姐さん。緊急時のボタン押しませんでしたか?』

「緊急時のボタン、ですか?」

 

 実家から『何かあった時用』に預けられていたスイッチのことだろうか。あれなら確か密さんに預けたはず…。

 

「信号が受信されたのですか?」

『え、ええ。天形における緊急時即応アラートが鳴りましたので複数回押されたようで…。姐さんが持ってるんじゃないんですか?』

「ええ。友人に何かあった時に使いなさいと預けています。確認しますが、押されました?」

『はい。現在、スイッチの位置は衛星によって常に捕捉されていますが速度的に車ですかね』

「そうですか。…天形の私の権限で即応できる部隊数はいくつありますか」

『即応できるのは二個小隊。一時待てるのでしたら一個中隊使えます』

「時間はないでしょうね。二個小隊でかまわないのですぐに回してください。車の向かう先はわかりますか」

『追跡情報から見るに港あたりの倉庫街だとは思いますが…』

「では、現場に二個小隊を即応展開。私もすぐに向かいます」

『了解。連絡します』

 

 通話を切るとクローゼットからフルフェイスヘルメットと武器を一つ。耳にイヤホンを付けると寮から出る。

 近場のガレージのシャッターを開けてそこから長らく使っていなかった一台の大型バイクを取り出す。

 

「まさか、再び使う機会が来るとは思っていませんでしたが…」

 

 バイクにまたがってから気づく。制服から着替え忘れていた。

 

「…まあ、いいでしょう。1分1秒を争う事態の可能性が高いのですし」

 

 すぐにバイクが唸りをあげて発進する。走る中、イヤホンからノイズが漏れると通話が繋がる。

 

『姐さん。車は予測通り港の倉庫街に停車。三名の女学生が複数名の男に連れられて倉庫へと歩いていってます』

「到着まで5分とかかりません。小隊は…」

『現場入りまで数十秒』

「先に周辺のクリーニング。武器を持つ者は軒並み制圧させなさい。倉庫には手を出さぬように」

『了解。──命令を受理。『クリーニング』に入るとのこと』

「到着を優先させるので通話を閉じます。現場に到着を確認次第、対象の救出に入る」

『了解。御武運を──』

 

 ──フルスロットルのバイクが走る。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 倉庫街に到着すると一台の車を完全武装の男が一人、見張りとして立っていた。

 

「姐さん。お疲れ様です」

「状況は」

「周辺のクリーニングは終了。全て無力化しました。倉庫内には対象含め20名前後。入ってから5分ほど経過していますが大きな変化は無し」

「わかりました。私が突入後、瞬時に内部を制圧します」

「援護は」

「必要ありません。今の私は『天形』の人間です」

 

 ヘルメットを脱ぎ捨て、髪をひとまとめにして上げる。バイクに吊っていた武装──長刀を腰に下げて倉庫のシャッターへと歩いていく。

 

「──さて、仕事に入りましょう」

 

 鯉口を切る。瞬間、刹那が動く──

 

 

 

 ★

 

 

 

 -密side-

 十数名の男達に囲まれながら入った倉庫内で拐われてきた理由が簡単に説明されているが、密はそれどころではなかった。それは隣にいる鏡子もだ。

 

「密さん、気づいていますか」

「ええ。何かいます」

 

 倉庫の周囲に『何かいる』。それの一つが正面にいる主犯の後ろ──数m離れたシャッターから気配がしている。

 

 そして、事はすぐに起きた。何かが軋む音に男達がシャッターの方へと振り返る。シャッターはわずかに軋んで──崩れ落ちた。

 

「あれは──」

 

 見えたのは一瞬。風が動いたと感じた時、織女さんを抱きしめて顔を胸元に押し付ける。

 

「ひ、密さ──」

「苦しいですが我慢してください」

 

 起きたのは一瞬の出来事。シャッターに近かった数人の男達が首、胸から血飛沫を飛ばして倒れていく。

 

 一陣の風が流れて、自分達を囲む男達の腕が、足が斬り飛ばされ、首から、胸から、腹から血飛沫をあげて倒れていく。

 主犯の男は腰を抜かしたのか座り込んでいた。その男が逃げようと身体を捩った瞬間、その背中に刃が突き刺さり地面に縫い止められた。絶叫が上がるもその頭は踏み潰されて強制的に黙らされた。

 

「やかましいですよ」

「刹那、さん…。どうして…」

 

 そこに立つのは刹那。制服や顔には男達の返り血がついていて凄惨な姿になっているが、本人は気にすることなくこちらへと振り向く。

 

「どうしてもなにも…。密さんがあのスイッチを押したのでしょう?」

「えっ?ええ。確かに押しましたけど…」

「あれは私の実家、天形の緊急時用の連絡手段の一つなんです。一回押すだけで衛星が対象を24時間体制で監視状態に移行。二回目が押された時点で緊急時として天形SPの小隊に連絡が入り、現場へと急行するようになっています。ちなみにですが、対ECM装備でもあるので電波遮断も役に立たないようになっている優れものです」

「そんなものだったんですか…」

 

 遅れて壊れたシャッターから天形とわかる称号を付けた兵士達が倉庫内にあふれる。

 

「とりあえず、倉庫から出ましょうか」

 

 刹那さんに連れられて倉庫から出る。そこには天形のSPと高宮先生が待っていた。

 

「いやぁ、さすがに驚いたぞ。GPSも役に立たないような状況のはずがまさか天形から連絡が入るとは思っていなかったからな」

「少し前に密さんには『切り札』を渡していましたから。まあ、二回目以降はお金、請求しますよ?天形を動かすのは安くありませんので」

「はい。それでも、ありがとうございます。刹那さん」

「…さて、こちらの後片付けは天形の方でやっておきますから、密さん達は会場へ急いでください。風早の社長をお待たせするわけにはいかないでしょう?」

 

 時間を見ると確かに予定よりも遅れてきている。リムジンへと高宮先生を含む四人が乗り込むと、織女さんが窓を開けた。

 

「刹那さん。このお礼は──」

「いいから、今は行ってください。私がお手伝いできるのはここまでなのですから」

「…はい。ありがとうございます。刹那さん」

「御武運を。織女さん」

 

 車が走り出す。後ろを振り向くと刹那さんが手を振っているのだけが見えていた。

 

 車が走る中、織女さんはこちらへとくっついてくる。

 

「あの、織女さん。もう大丈夫ですから」

「はい…。でも、すみません。もう少しだけ…」

「はい」

 

 落ち着かせるように背中を撫でていると小さく息をついた織女さんが身体を起こす。

 

「密さん。私、少し考えていたことがあるのです」

「考えていたこと、ですか?」

「はい。今回の件で、私はそれが確信に変わった気がいたします。だから、密さんを驚かせることになると思いますけど、覚悟はしておいてください」

 

 織女さんの目にはなにやらやる気に満ちている。こうもやる気に満ちているとなると少し不安になってくる。でも、わざわざ水を差すことでもない気もするので…。

 

「はい。頑張ってください、織女さん」

 

 そんな密と織女を鏡子と高宮は少し離れて座って見守っていた。

 

「…茨はよくこんな空間に落ち着いて乗っていられるな。私はすでにこの空間にいるのが苦痛だ」

「残念ですが、学院でも似たような感じですからすでに慣れました。ええ、最近ようやく織女さんもそういった気持ちを自覚してきたようで密さんが学院に帰ってきてからはあんな調子ですよ」

「そうか…。いや、元気そうでなによりだがな。とりあえず、このままあの二人がくっついてくれれば今後の風早は後継者のことも解決するから万事が円満なんだが…」

「どうでしょうか。密さんはわかりませんが織女さんがそこに気がついていないとも思えませんし…。まあ、なにかとサプライズ好きですからね。何かやらかしてくれることを期待することにしましょう」

「そうだな。お嬢ちゃんは案外胆が据わってることだし…」

 

 据わり直しながら高宮は外を眺める。ふと思い出したように鏡子へと向き直る。

 

「そういえば、密はなんであんなに天形のお嬢さんに気に入られてるんだ?」

「学院内で天水刹那と唯一対等に渡り合える人として密さんは有名になりつつありますから。あと、密さんの性別を知ってなお気にしない稀有な人材でもあるからでしょうか」

「なるほどな。まあ、そのおかげで今回の件では大助かりだ。あの『天形』が動いて解決しない事態は世に存在しないからな」

「本当に…。気に入られすぎです、密さんは…」

 

 警備担当の鏡子としてはため息をつきたくなる状況だった。

 

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