処女はお姉さまに恋してる-陰に輝く星-   作:揺れる天秤

55 / 63
第54話 雅ヶ崎迎賓館

 -千歳side-

 雅ヶ崎迎賓館。国賓を招いたりすることにも使われたりする格式高い建物に今、風早の系列の者が集まっている。

 千歳はそんな場違いとも呼べる中で一人、柱の一つに背中を預けてカメラをいじっていた。

 

(ふっふっふっのふ~。いやぁ、意外とザルな警備でしたね、風早グループ。しかし、雅ヶ崎迎賓館を使ってまでグループ内に報告する話とはなんでしょうか?考えられるのは、やはり…織女お姉さまの婚約発表とかそのあたりですかね…?)

 

 千歳がこの会について知ったのは偶然が重なった結果だ。最近になって刹那が織女の護衛をし始め、護衛役の密が学院に帰ってきてからは鏡子を含む四人はほとんど常に一緒にいることが見かけられていた。

 今までなら、密と刹那が傍にいれば鏡子は自分を探したりと別行動を取っていることが多かったのにも関わらず、だ。

 

 当然ながらいつもとは違うことは千歳の目にも明らかで…であれば、何があるのかを確認したくなるのは千歳の性だ。

 

(結果として、今日、風早が現社長から下ろされた話でここ雅ヶ崎迎賓館で何らかの発表を行うことまでは突き止めることができました。後は、発表の中身を知って、話次第では学院新聞に載せることも考えます)

 

 これでも新聞部の副部長。最近は暴走気味の部長の動きを止める側に回ることも多かったが、千歳もやはりこういうゴシップ記事になりそうなネタは大好きだ。

 

 時間になっても始まらず、気を揉み始めた頃。風早社長が現れた。どうやら織女達の到着が少し遅れていたようだ。

 

「それでは紹介させていただきます。私の兄の遺児であり、風早後継候補になる──結城密です」

「──えっ…?」

 

 カメラを構えていた千歳は固まるしかなかった。中央の階段から降りてきたのは結城密と風早織女の二人。ただし、結城密は『男性』として姿を現した。

 条件反射でカメラのシャッターを切りながらも千歳は少し混乱気味だ。まさかここで『結城密の出自』が語られるとは思っていなかった。

 

『あれが晴臣君の小倅か』

『織女さんと同い年くらいでしょうか。どことなく面影がありますね』

『いやいや。あれは相手の血が色濃いでしょう』

 

 周囲の反応はあまり芳しいものとは思えない。明らかにゴシップ記事を見たような反応だ。

 

(確かに、密お姉さまのことはいつまでも隠し通せることではないとはいえ、なぜこのタイミング…。いや、密さんの存在が織女お姉さまに気づかれたから隠し通す必然性が無くなったとみるべきか…)

 

 密さんが性別を偽って護衛していた以上、本来であれば明らかにすべきではない。でも、護衛される人間が知っていてかつ風早にとってもつかれたら困る弱点になりかねないものをそのまま抱えるくらいであれば明らかにする方が対処は簡単になる。

 

(それにしても、これはさすがに新聞には載せられないなぁ…)

 

 密と織女のツーショット写真を撮りながら千歳はため息をつく。

 

(仕方ないか…。二人に売れるような写真を撮って売りつける方向で考えようっと)

『いっそのこと、あの二人で結ばれてしまえばお似合いでしょうに』

 

 周囲は嫌な雰囲気だ。だが、そんな中でも織女はまるで面白いことでも聞いたように笑う。そのまま隣に立つ密の顔を前に───告白した。『好き』だと。

 

(…おやおやぁ?)

 

 周囲が呆気に取られ、密さんは驚いていながらも嬉しそうに笑っている。前の方で騒いでいるのは風早現社長だろうか。

 

(いやはや…。いつから織女お姉さまはこんな大それたことを考えていたのやら…。しかし──)

 

 改めてファインダーを覗くとちょうど、密さんが織女お姉さまの手を取り、そこへキスをするところだ。写真を撮ると、千歳はカメラをしまう。

 

(後日、寮まで出向いて写真を届けることにしましょうか。なんだかんだととても良いものが見れましたから、今日はこれ以上の出歯亀は控えることにしますか)

 

 帰り支度を済ませて人々の合間をすり抜けて出入口の方へと歩いていく。あと少し──そんな時、近くにいた男がおもむろに懐から黒い物体を取り出すのが見えた。

 

(なっ…。あの男、いったい何を──)

 

 男はそれを構える。構えた先にいるのは──密と織女の二人。

 …だが、千歳は気にしないふりをして男の前を素通りした。

 

(まあ、なんだかんだと鏡子お姉さま含み警備の方々がいる中でたかだか一人だけ銃口向けたところで当たるわけないし…。気にしたところで──)

 

 誰に言い訳するでもなく、心の中であれこれ並べ立てながら男から離れていく。

 

 ───本当に、それで後悔しない?

 

 誰かに、声をかけられた気がした。自分の目に映るのは──あの日の姉の姿。

 

(後悔もなにも…。自分にできることなんてない…)

 

 ───本当に?そうやって、起こってほしくないことから目を背けたまま、後悔しない?

 

(密さんも織女お姉さまもあれで運は良い。警備の方々がいるんだから、そんな簡単には死んだりしない…)

 

 ───人は簡単に死ぬ。それを貴方は一番よくわかっているはず。昨日まで笑いあえていた人が、一瞬後には二度と話せなくなる可能性を知っている。

 

(それは…。でも、こんな人混みの中から二人を確実に殺せる状況なんてあり得ない)

 

 ───貴方は、本当に守りたいのは二人?それで、本当に後悔はない…?

 

 幻影から告げられているのはきっと自分が考えることを止めていることへの自分自身への疑念。『後悔しない?』──か。なるほど。

 

(ここで見過ごして、明日、悲しいニュースを見た時に『ああしておけば…』なんて後悔しないか、か…。そんなもの──)

 

 後ろで金属の擦れる音が聞こえた。

 

「後悔しない──わけ、ないよなぁ!」

 

 銃声が響き、何かが割れる音が響いた──

 

 

 

 ☆

 

 

 

 -鏡子side-

 銃声が響き、天井から吊るされているシャンデリアの一部が砕け散る音が会場に響いた。

 客が慌てふためく中、鏡子は密と織女の位置を確認する。二人は階段の陰に隠れて伏せている。

 

(あれなら撃たれても当たるのは密さんくらいでしょうか。しかし、初弾を天井に撃ったのはいったい…?)

 

 男の方へと視線を向けて気がついた。男の肘と手首を掴んで銃口を天井へと向けさせた人物がいることに。

 

(千歳さん!?なぜここに彼女が──)

 

 そこまで考えて思い直す。そもそも敵をあぶり出すために情報を意図的に漏らしていたのだ。密の秘密へと自力でたどり着ける情報収集能力のある千歳が、今日の風早グループの情報を拾わないわけがない。

 

 男が千歳を振りほどき、千歳と対峙している。わずかに睨みあっていたが、男はこちらへと視線を向けた。

 その一瞬だけで千歳はすでに男の意識から外れたのか、男は密へと銃口を向けている。

 

(ああいう状況でも見失うことはありえるんですか…!?)

 

 千歳はすでに男の意識下から外れているようで男は気にしていない。再びこちらへと銃口を構える。

 対して千歳は身体を沈めて腰だめに拳を構えている。

 

(あっ──)

 

 何が起きるかなど火を見るよりも明らかだ。千歳の身長が男の腹部より少し上、そこで腰だめに拳を構えて狙える急所は『そこ』にしかない。

 

「せい、やぁ!」

「───っ?!」

 

 聞こえたのは千歳の雄叫びのような掛け声とともに何かが潰れるような鈍い音、男が声にならない悶絶したように漏れた吐息。それから一拍遅れて的外れな方向へと放たれた銃声。

 前のめりに崩れる男の顎がちょうど千歳の頭の辺りへと下りているのが見えて──

 

「───っ!」

 

 千歳がその場で跳躍する。男は舌を噛んだのか口から血が溢れて仰け反ると、そのままゆっくりと崩れ落ちた。

 千歳は帽子の位置を直すように頭を撫でながら振り返って──こちらと目があった。

 

(ようやく気がつきましたか)

 

 あちらこちらへと視線を逃がしたところで私は視線を外さない。釣られて外すと見失いかねないからだ。

 こちらの視線が自分から外れていないことに気づいたのだろう。ため息をついてこちらへと歩きながら苦笑いしている。

 

(さて、何と聞くべきでしょうか…)

 

 聞くことが山ほどあるな。とため息をついたところで、千歳がバランスを崩したのが見えた。二歩三歩とたたらを踏んだところで気づく。千歳の左腹部に広がる赤い染み。

 

「──っ、千歳さん!」

 

 千歳の少し後ろに先ほどとは違う男が銃を構えている。銃口から煙が上がっているから撃たれたのは明白だ。

 

(油断した…。敵が1人であると勝手に決めつけた私の──)

 

 崩れ落ちる千歳が、しかし力強く踏みしめて身体を回す──男の方へと。

 

「は、はは、ははは」

「えっ?」

「あはは。あはははははははは!!」

 

 狂ったように笑う千歳が先ほどまでとはうって変わって殺意を漲らせて男へ向かって走り出す。

 男は千歳の動きに驚いたのか再び銃口を向ける。が──

 

「くっ、はは…!!」

 

 千歳の姿が消える。男の驚く顔が見えたが私は視線を上げるとそこには身体を捻りながら跳躍する千歳の姿。男の後方へと着地する。

 着地音に男が振り向こうとして、千歳はすでに男の両足へと諸手刈りを決める。

 

「ひぃ、あは?」

 

 男が体勢を立て直そうと身体を起こそうとして、千歳はその身体からは考えられない膂力を持って男をそのまま後ろに持ち上げて男を背中から床へと叩きつける。

 男がくぐもった悲鳴を上げるも千歳はすでに跳躍している。狙っているのは──男の頭。

 

「──死ね」

「──ひっ」

 

 男が悲鳴を上げる間もなく千歳の全体重をかけた顔面スタンピングが炸裂した。男が痙攣したのを最後に崩れ落ちた。幽鬼のように立ち上がるのは千歳。

 

「千歳、さん…」

「……っ?」

「──っ、千歳さん!」

 

 こちらへと歩いてこようとした千歳の身体が崩れ落ちる。倒れる前に抱き止めた。

 

「千歳さん!」

「…──は、ま…─た、かな」

「千歳さん?」

 

 わずかにしゃべった千歳のまぶたが閉じられる。それと同時に気づく自分の足下に広がる血だまり。

 

「─っ、密さん!救急車を至急手配してください!千歳さんが──」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。