処女はお姉さまに恋してる-陰に輝く星-   作:揺れる天秤

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第55話 薄氷千歳

 目を開けた風景はいつもと違っていた。

 白い天井、近くに見えるのは白いカーテン。それと右腕あたりに繋がっているだろう点滴台。

 

「ここ、…病院…?」

 

 千歳は上体を起こす。見えるのは病院の一室。

 周りを見渡してみて気づいたのは左手を握りしめてベッドにうつ伏せて眠っている──

 

「鏡子、お姉さま…?」

 

 記憶を手繰って──思い出した。

 

「そうか。撃たれたんだっけ…」

 

 病院服をまくり上げると腹部に巻かれた包帯。

 

「にしても、どうして鏡子お姉さまが手を握っているんでしょうか」

 

 そもそも何故自分の左手を握りしめているのかがわからない。髪の毛を触ったりしても起きないようなので、相当に深い眠りについているようだ。

 

「…今さらですけど、日が傾き始めているんですね」

 

 ベッドを囲うカーテンの隙間から見える窓は夕日とまではいかないもののうっすらと茜がかった色をしている。少なくとも丸一日以上は寝ていた計算になる。

 

「ずっと…。そばに居てくれたのでしょうか…?」

 

 しかし、あの時に撃たれてから一日以上経過しているのなら家族はどうしたのだろうか。メモのようなものも残っていないところを見るに知らされていない可能性も──

 

「ぅ…、…ん…」

「あっ…」

 

 そうこうしている内に目を覚ました様子。大きく伸びをして、こちらと視線があった。

 

「おはようございます、鏡子お姉さま」

「…本当に…。寝過ぎですよ、千歳さん」

 

 優しげな笑みを見せてこちらの頭を撫でてくる鏡子お姉さまの仕草に顔が赤らむのがわかる。だけど、なぜだろう。振り払おうとは思えない。

 

「あの…。私、どれくらい眠っていたのでしょうか」

「迎賓館の時からほぼ二日、でしょうか。日が暮れてしまえばちょうど二日なのです」

 

 どうやら丸一日寝ていたようだ。

 

「本当に…。一時は搬送中に心肺停止して生死の境を彷徨うわ、手術が無事に終わっても丸一日目覚めないわでこちらはけっこう大変だったのですから」

「そう、なんですか」

 

 自分の思っていた以上にまずい状況にあったらしい。

 

「少しは反省していただけるとありがたいのですが…」

「そうですね。次からはもう少し考えて行動を起こすようにします」

 

 いくら幻影の姉に背中を押されたとはいえ、戦闘の素人である自分がでしゃばるべきではなかった。初手の銃撃を防いだ時点でさっさと隠れてしまうのが正しかったのだと今なら考えつく。

 

「とはいえ、おかげさまといいますか密さんと織女さんの2人は無事でした。ありがとうございます、千歳さん」

「…いえ。お礼なんてけっこうですよ」

「──それで、千歳さんは迎賓館で得た情報はどう扱うつもりなのでしょう?」

 

 ──そう。自分は迎賓館でわりとまずい情報をいろいろと知ってしまった。密お姉さまの出自や織女お姉さまとの今後。

 風早グループ内にある不和など知り得てしまっては困るものが目白押しだ。

 

「…千歳さんの出方次第では、私は…切るべきものを切らなくてはいけなくなります」

「うん。まあ、ここに鏡子お姉さまがいる時からなんとなく予想はついていました。が、1つだけ。鏡子お姉さま、私の家族に今回のことは?」

「ええ。昨日、様子を見に来られていますから知っています。風早のアレコレを知ってしまったこと。そして、千歳さん。私も知ってしまいました。貴方が──『男性』であること」

 

 そう。わかっていた。病院に同行した人が家族でないのなら、私の『最大級の秘密』を知られてしまっていることくらい。

 

「鏡子お姉さま的にどうでした。私の性別を知った時は?」

「どうして密さんの性別を知っても落ち着いていたのかが私の中で氷解しました。それと、刹那さんも似たようなことをほのめかすことを言っていたようですし…。刹那さんは知っているんですね?」

「はい。刹那お姉さまは私の性別についてはわりと早い時期から知っています。まあ、だからこそ密さんの性別を知ってもすぐにどうこうしなかったのだと思います。だって──」

「学院内にもう1人『男性』が混じっていることを知っていたから、ですか…」

「そういうことですね。だからこそ、密さんがバレた時に刹那お姉さまはあまり何も言わなかったのでしょうし、私自身言いふらす気がなかったのも自分がそういう存在だったから、です」

「なんといいますか、自分の情報収集能力を疑いたくなってきました」

 

 いや、そう簡単にはわからないようにしないと私が困りますからこの秘密。

 まあ、そのあたりは密さんのことがありますからわかってくれてはいるでしょうが。

 

「そうですね。まず、安心してほしいことは今回のことに関しては一切の口外はいたしません。信用できないと言われるのであれば一筆書いても構いません」

「…何が目的ですか」

「いえ。さすがにアレをどうこう言うのは私の手に余るといいますか…。そもそも、今バラされては困るものを持たれているのはこちらもあるわけですし…」

 

 とはいっても、私の場合は密さんとは違うので──

 

「どちらにせよ安心してください。退院次第、私は学院を中退します。漏らすべき場所が無ければ、鏡子お姉さまも安心でしょう?」

 

 鏡子お姉さまは呆然とした様子で固まっている。だが、すぐに驚いたようにこちらへと身を乗り出してきた。

 

「ど、どうして千歳さんが学院を辞めるという話になるのですか!」

「えっと、私は密さんや高宮先生のように何か理由があって学院に通っているわけではありません。そもそも、私が学院に通っている理由はひどく独善的なことですから秘密としてバレるわけにはいかなかった、という理由もあります」

「独善的なこと、ですか」

「はい。…でも、一つだけ、鏡子お姉さまにはお話したいことがあります」

「私にですか?」

 

 姿勢を正す鏡子お姉さまに、こちらも背筋を伸ばす。大きく深呼吸を数回繰り返して──

 

「私、薄氷千歳は──茨鏡子様が好きです」

 

 

 

 ☆

 

 

 

-鏡子side-

 言われた言葉に自分の頭が真っ白になった。…誰が誰を好き?千歳さんが、私を、好き…?

 

「今日を逃したら二度と伝えられない気がしましたから。あっ、鏡子お姉さまは答えを出さなくてもいいですよ。私が伝えたかっただけですから」

「えっ、いや…二度と伝えられないとはどういう…」

「先ほども言いましたが私は学院を中退しようと思いますから」

「…千歳さん。少し、お話いいですか?」

 

 呼吸を整える。思考を一度リセットし、状況を改めて認識し直す。

 

「千歳さん。私は千歳さんには学院を辞めてほしいとは思っていません。ご家族ともお話しましたが、こちらのとそちらの秘密をお互いに口外しないことを約束してもらおうと思っているんです」

「それは…、いいんですか…?」

「その代わりにといってはなんですが、千歳さんには情報収集の点をいろいろと手伝ってほしいと思っていました」

 

 一度視線を外す。深呼吸を入れて気合いを入れ直す。

 

「もちろん、千歳さんにも何かメリットを…と考えていたのですが…」

「…だったら、親に了解を得てからになりますけど。私、寮に入りたいです。鏡子お姉さまと残りの学院生活、少しでも長くいたいです」

「…千歳さん。念押しするようで悪いですが、本気なんですか」

「はい」

「私、こう見えてだいぶ年上ですよ」

「年齢は気にしてません」

「いろいろとややこしい立場にいます」

「今更ですね。私自身、ややこしい人間ですし」

 

 思いつく限りの事柄を千歳さんに伝えるが退く気配はなかった。だが、不意に千歳さんの視線が下がる。

 

「…私みたいな人間とお付き合いするのは嫌ですよね…。ごめんなさい、無理を言ったようで…」

 

 明らかに落ち込んでしまった。そういうことではない。でも、今の私には口で伝えられるほどの余裕はない。

 

「千歳さん」

「はい…」

「この答えでは、不足ですか──」

 

 千歳さんの頬に手を添えて唇を合わせる。数秒間、触れあっていた唇をはなすと、驚いたように目を見開いている千歳さん。

 ──きっと、自分の顔は真っ赤になっていると思いますが…。

 

「千歳さん。私は嫌なんかじゃありません。でも、後悔はしてほしくないのです」

「…後悔なんて、しません。私は、鏡子お姉さまが大好きなんです」

 

 近づいてきた千歳さんの顔に、唇に、再びそっと口づけた。

 

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