-刹那side-
二学期も終わり、寮内は年末年始に向けた和やかなムードの中で皆がのんびりしていた。
刹那と密は話の邪魔が入らないように密の部屋で話している。
「さて、今年も残すところあとわずか…」
「刹那さんはどのように過ごされる予定ですか?」
「私ですか。私は初詣に美玲衣さんと茉理の二人と行って、そのあとは買い物とかをしようと話してはいますけど…。それ以上は特に決めていませんよ。そういう密さんはどのような年末年始を?」
「私は織女さんといろいろとありますので…」
「ああ。今後のことをお話する必要はありますものね」
「そうですね。婚約などの話というよりは卒業後の進路をどうするのかなどの話し合いだとは思いますが…」
「おや?密さんが風早を継ぐんですよね?」
「今のところはそうですね。とはいえ、私自身は社長になるための勉強はしていませんし、いきなり『明日から社長』なんて言われたところで何ができるわけでもありません。大学は出ておくようには言われるでしょうからどの辺りの大学を選ぶべきかの話になるのではないでしょうか」
「そちらは大変そうですね」
紅茶のカップに口をつけて一息。
「…そういえば、鏡子さんから不穏な話題を提供されたのですけど」
「不穏な話題?」
「はい。なんでも美玲衣さんのお父様の事業が右肩下がりになりつつあるとか」
「…たしか、投資家、でしたか」
「ええ。こけてしまえば美玲衣さんにも少なからず影響が出てくると思います」
「…年始の時にそれとなく話を聞いてみることにします。情報、ありがとうございます」
「いえ。刹那さんにはいろいろと骨を折ってもらってもいますから」
密の微笑みに刹那の目が細くなる。お互いに紅茶を一口含んで飲みつつも視線を外そうとはしなかった。
「何か、頼みごとでしょうか?」
「…もし、刹那さん本人が事を起こすようなら事前にご連絡が欲しい──と、鏡子さんから」
「まるで私が動いたら大事になると言わんばかりの言い分ですね?」
「ええ。私も鏡子さんに同感です。刹那さんが『本気』で美玲衣さんに力を貸せば風早グループが総力を持って動くのと変わりません」
「…人を天災かなにかのようにいいますね?」
「その行動力に救われたからこそ、貴女の行動力は私達の考える範囲に収まるとはどうにも思えないのです」
ややふてくされた態度で刹那は紅茶を飲み干す。密の言いたいことがわからないわけではない。
自分が行える総力と他者の行える総力とやらには圧倒的なまでに開きがあることに…。
「わかりました。認めるのは癪ですが何か起こす時は必ずそちらへの連絡はしましょう。…さて、そろそろいい時間ですし私は部屋へ帰りますね」
「はい。おやすみなさい、刹那さん」
紅茶の一式は密が片付けるといって下へと持っていってしまった。刹那は部屋へ戻り、そのままテラスへと出る。
「…さすがに冷えてきてますね」
「いやぁ、刹那お姉さまはどうしてテラスに居ますのか?」
いつの間にかテラスの柵に千歳が座っている。
「白々しいですね。貴女はずっとここにいたでしょう」
「ふふっ。刹那お姉さまにはかないませんね」
「どうですか。寮での生活は?」
「毎日がお祭り騒ぎのようで楽しいですよ。ここは学院内でありながら半ば治外法権に近い場所で、学院の中枢メンバーのほとんどがそろっている稀有な場所ですから」
言われてみれば奉仕会メンバーに照星が二人。自分に千歳と学院の有名人が勢揃いしている。
「後は美玲衣お姉さまが入寮すれば完璧ですよ」
「いよいよ寮内がカオスになりそうですがね」
「いいじゃないですか。楽しそうですよ」
「…そういう貴方は鏡子さんとの生活を謳歌しているようですね?」
「はいっ!そこについては入寮してよかったと本当に思います!」
入寮してからというもの、千歳は基本的に鏡子の近くに必ず居るようになった。象牙の間にも一緒に入ってこようとするのでその度に私か美玲衣が摘まみ出していますが、摘まみ出すと鏡子さんがチラチラと扉の方を気にするようになり。
人間、変わる人はわりと簡単に変わることがわかって面白かった。
「それで、私とお話するためにテラスへと出てこられたのですか?」
「そうですね。すみませんが美玲衣の父親、正木孝太郎について調査してほしいのです」
「おやおや?最近、事業が狂い気味の男のことを調べろとは…。まあ、確かにあの男に何かあれば美玲衣お姉さまにも問題ですしね。──わかりました、承りましょう」
「すみません」
「いえいえ。お話はそれくらいでしょうか?」
「ええ。お願いしますね、千歳」
「わかりました。任せてください」
刹那はテラスから部屋へと帰り、振り返ったときには千歳の姿はすでにない。
★
-千歳side-
部屋へと帰ってきた千歳は備え付けのテーブルへと向かい、現状自分が掴んでいる情報の精査を始める。
(刹那お姉さまが気にする程度には美玲衣お姉さまの家がヤバイということなんでしょうね)
ノートパソコンを取り出して軽快にキーボードを叩いていく。
(…業績は確かに下がっていますが今すぐどうこうという感じは見受けないのですけど…。もう少し精査すべきでしょうか?)
パソコンの画面を見て首を傾げている千歳の後ろから──
「千歳さん?」
抱きつこうとした鏡子の腕が空振る。鏡子が周囲を見渡すとベッドに腰かけた千歳が笑っていた。
「鏡子さん。さすがに気配を隠して後ろから抱きつこうとするのはやめてください」
「何を言うのです。千歳さんが毎回していることを仕返ししようとしたまでです」
「いえ、私はこんなですけど『男』なんで後ろから抱きつかれるのはちょっと…って鏡子さん?」
こちらへと近づいてきた鏡子はこちらを持ち上げると自分の懐へと抱えるように座る。
「…あの…」
「いいじゃないですか。千歳は嫌ですか?」
「嫌じゃ、ないですよ?ただ、この体勢は自分にはいろいろと毒が多いといいますか…」
千歳は身長の関係で抱えられたままベッドなどに座ると後頭部がちょうど鏡子の胸の辺りに来てしまう。
「当てているのです」
「…我慢できなくなるからできたら解放してほしいです…」
「では、膝枕にしますか」
体勢を変えられて膝枕の体勢に。頭を撫でられながら──
「なにやら毎日のように鏡子さんに甘やかされて自分がダメになっていくような気がします…」
「そう思うのでしたら寝ている時くらいもう少し安らかに眠れませんか?毎夜のようにあれだけ隣でうなされていたらさすがに気になります」
「…すみません」
実は千歳は事故の後遺症で記憶が飛んでいる関係か悪夢を見る回数が尋常じゃないほどに多い。
医者曰く『事故のことを千歳がちゃんと整理できていないため』だそうだが、そもそもその事故の前後の記憶も曖昧なのだ。
「といいますかですね。なぜ鏡子さんは寝る時は必ず私の部屋に来るのですか?」
「──嫌、ですか…?」
鏡子の声音が明らかに弱った。千歳は膝枕の体勢のままに焦ったように──
「い、嫌だったら早い段階で鏡子さんを部屋から追い出していると思いませんか?私は別に嫌じゃないんだけど鏡子さんが休まらないんじゃないかと思いましてですね」
「千歳は抱き心地がいいのでよく眠れるのです」
自分は抱き枕かなにかなのだろうか?ああ、だから毎日朝起きると顔が鏡子さんの胸に埋まっているのか、と今更ながら納得できることが多い千歳だった。
「それに、千歳さん。私が抱きしめると安心して眠っていますよね」
「…はい。そうですね」
確かに落ち着いて眠れる。夢見はいいし、起きた時はわりと至福の時間でもある。
「わかりました。鏡子さんの好きにしてください」
「はい。好きにしますね」
頭を撫でる手つきが優しくなったのを感じながらも千歳は姿勢を起こす。テーブルからノートパソコンを取ると鏡子と並んで座る。
「そういえば何を調べていたのですか?」
「正木孝太郎についてです。刹那お姉さまから依頼されましたので」
「そういえば最近になって急激に業績を悪化させていますね」
「…そうなんですよね。これは、やるべきでしょうか」
「潜入ですか」
「そうですね。…──鏡子さん、ついてくる気ですか?」
「いえ、さすがにそこまで無謀なことをする気はありません。ありませんが、私なりにも調べてみましょう」
「わかりました。鏡子さんには──」
千歳の説明を聞く鏡子の表情は真剣そのものだ。説明を聞き終わると──
「では、寝ましょうか」
「…あの、鏡子さん」
「おやすみなさい、千歳」
「──はい。おやすみなさい、鏡子さん」
──今日も抱き枕になることは決定のようだ。