-刹那side-
年が明けて数日。正月も終わり冬休みも残すところあと数日といったところ。そのニュースがテレビから流れてきた。
『次のニュースです。一部上場の投資ファンド運営会社『エムエスホールディングス』が東京地裁に会社更生法の適用の申請を申し立て、倒産しました──』
ニュースの内容としてはなんてことはない。一会社の倒産だ。だが、寮内の空気はニュースが流れた途端に緊張が走った。
口火を切ったのは美海だった。
「今の会社って美玲衣さんの父親の会社じゃなかったか?」
「そうですよ。いよいよと言いますか、とうとうと言いますか…」
返事をしたのは千歳。千歳自身はいつこうなってもおかしくないことは知っていたから大した驚きはない。それは密達も一緒だった。
「美玲衣さんは大丈夫でしょうか…」
「こうなってくると学院に出てこられるのかってところだよね。ただまあ、そこはあんまり気にしなくていいと思うよ、姫」
「どうしてですか、美海さん」
「美玲衣さんに一番仲の良い『女帝』が一瞬たりとも心乱すことなく食事を続けてるからかな」
織女の視線を受けてなお、刹那はぶれることなく食事を取っている。時折、花や月子の要望に答えておかずや漬け物を渡している。
「…平常ですね」
「まあ、刹那さんがこういうことで先手を打たないということはないのです。ぶれることなく食事を取っている以上、美玲衣さんは何らかの方法で学院に顔を出すでしょう」
その後は流れるニュースをBGMに何事もなく食事は終わった。
自室へと戻ると刹那はテーブルに置いていたスマホを手に取り電話をかける。数コールおいて相手方が出た。
『はい。美玲衣です』
「夜分遅くにすみません。刹那です」
『こんばんは。どうかしましたか?』
「ニュースは知っていますか?」
『ええ。つい先ほどテレビで確認しました。とうとう、と言ったところでしょう』
「それで──」
『はい。ありがとうございます、刹那さん』
「いえ。ということは、無事に移動できたのですね」
刹那が何も手を打たないわけがない。その通りだ。
美玲衣の今後に関わる一大事かもしれないことに何も対策しないわけがなかった。
☆
──時間は数日さかのぼり、正月。
刹那は美玲衣、茉理の二人と初詣、映画観賞を終えてカフェにて一息ついていた。
「前回ほどぶっ飛んだ映画ではありませんでしたね」
「ええ。茉理が『同じ監督の映画がある』とか言い出した時は身構えてしまいましたが、意外と純愛ものでしたし」
「でも~、良かったでしょう?」
「ええ。そこは私も美玲衣も同意します」
刹那はコーヒーに口をつける。茉理がパフェを美味しそうにほおばりながら──
「ところで刹那さん。美玲衣ちゃんに何かお話があるんじゃなかったの?」
「そうですね。ただ、今すぐするような話かと言われると…」
「なんでしょうか。何か企み事ですか?」
チョコケーキを食べる美玲衣の眉が寄る。刹那は軽く手を振る。
「いえ、何か悪どいことを考えているわけではないんです。ただ、茉理に聞かせていいような話か判断がつかず…」
「ええ~…。私が聞けないような話なの?」
「刹那さん。何を話す気なのかはわかりませんが私が許可しますから茉理にも聞かせてあげてください。まったくの無関係…ということでもないのですよね」
「それはそうなのですが…。いかんせん、プライバシーにも関わる話ですから」
「この3人でお互いに隠さねばならないプライバシーと言われてはだいたい察しがつきますが…。構いませんよ。どうせ、父の事業のことでしょう」
「美玲衣ちゃんのお父さんのお仕事の話…?」
モグモグと咀嚼している茉理の口元についたクリームを隣に座る美玲衣が拭き取る。
「…わかりました。美玲衣本人の許可も出たことですし──」
刹那は持ってきていた鞄からファイルを取り出す。
「自分で調べた資料もあるんですが、千歳と実家に頼んだ資料も合わせて持ってきました。実家分と千歳の分は重複箇所もあるのですが…」
「むしろ千歳さんにも頼んでいたことに驚きなんですが…」
「まあ、彼女に頼んだら楽しそうに調べてくれましたよ」
「千歳ちゃんってこういうの好きだよね」
ファイルから資料を取り出すとテーブルに並べる。
「とりあえず…最悪のお話になりますが、今すぐにでもテレビのニュースに『倒産しました』と流れてもおかしくない程度には大赤字状態です」
「え~…」
「改めて他人から聞かされるといろいろときますね…」
取り出した資料を眺めながら口がへの字になる美玲衣。茉理もいくつかの資料を眺めているけど首を傾げている。
「…ねえ、これでまだ倒産はしてないんだよね?」
「そうですね、今のところは倒産していません。今のところは…」
「こうして見るとなぜ倒産していないのかわからないありさまですね」
全員で資料は眺めているが全員の意見としては『むしろなぜ倒産していないのか?』という答えにたどり着いている。
「…倒産したら美玲衣ちゃんってどうなるの?」
「おそらくですが学院は中退することになるのではないかと…」
「美玲衣ちゃん、いなくなっちゃうの…?」
「そうですね。しかし、こうやって調べてきているということは刹那さんは何か考えてきてくれているということでしょうか」
「はい。美玲衣の言う通り、いくつか手段は考えてきています」
別のファイルを取り出す。
「私が提案できるのはいくつかありますが、一部は私以外を頼るので取れるかはわかりません」
「──と言いますと?」
「例えば──」
◆尽星グループへの売り込み
「…難しくありませんか」
「そうですね。ですが、手段の一つだとは思います」
「それなら織女さんか密さんあたりに風早グループの方への就職を斡旋してもらう方がリスクも少ないと思いますが…」
「やっぱり美玲衣としてはそう思います?」
◆セーフティハウスへの避難
「こちらは?」
「早い話、今の家にいれば借金取りに囲まれては何もできなくなります。先手を打って私か実家名義で避難先の家を用意してそこへ一時避難。間を置いて学院の寮へ移住していただくのはどうかと」
「なるほど…。一番現実的ではありますね」
「まあ、密さんの秘密を知る人がまた一人寮生になるという…気がついたら知っている人の方が多くなるという逆転現象が起きるのですが…」
「密さんとしてはむしろ気を張る必要がなくなって楽になるのではないでしょうか」
いくつかの案に対して刹那が提示し、美玲衣は返事を返す。茉理はやり取りを見守りながらパフェを食べている。
「やはり、寮へと避難するのが安全なのかもしれませんね」
「わかりました。セーフティハウスについては実家に連絡して用意させます。どうせ数日しか使わないでしょうから適当な物件を押さえてもらいます。入寮に関してはセーフティハウスへの避難が確認できた時点で私からすみれとあやめに話して進めておきます」
「お願いします、刹那さん」
「いえ、任せなさい」
「難しい話は終わった?」
「茉理はなぜか静かにしていましたね?」
「うーん。私は良いアイデアが浮かばなかったから変に何か言うのはおかしいかなって」
「では、茉理に頼めることを頼みましょうか」
「えっ、なになに?」
先ほどまでは話に参加できなかったからか少し落ち込み気味だった茉理も、参加できることがあるとわかると途端に明るくなった。
「新学期が始まるとおそらく破産の話は学院内で盛り上がる可能性が高いでしょう。茉理には悪いですができるだけ美玲衣のそばにいてほしいのです」
「それはいいけど、どうして?」
「今後、倒産すれば美玲衣の周囲は否応なしに変化します。私もできるかぎりはそばにつくつもりではありますが、寮の部屋の手配などもありますからずっとついておけるかはわからないので」
「うん。私にもできることだもの」
「茉理も…ごめんなさい」
「いいよ~。美玲衣ちゃんにはいろいろとお世話になってるんだから、こういう時くらいは頼ってよ」
「…ありがとう、二人とも」
☆
電話を切ると刹那はすぐにすみれの部屋を訪ねた。
「刹那お姉さまから来られるということはなにか急ぎの仕事でしょうか」
「察しがよくて助かります。実は正木美玲衣の入寮申請を進めてほしいのです」
「鈴蘭の宮様の入寮申請ですか?」
首を傾げているすみれに刹那は年末から続いている事の顛末を説明する。
「なるほど。つまり、あとは手続きさえ終えてしまえばいつでもこちらへ来られる準備は整っている、という状態ですか」
「お願いできますか?」
「──わかりました。あやちゃんに話せばすぐに書類一式をすぐさま準備してくれると思います」
「大変かと思いますが、よろしくお願いしますね」
「はい。お姉さまの頼み、ですから」
頼られたことが嬉しいように微笑むすみれ。刹那は目を細めてその頭を優しく撫でた。