密は一度、職員室へと寄る必要があるため、鏡子と刹那は先に教室へと歩いていた。
「密さんは自己紹介、大丈夫でしょうか?」
「どうでしょうか。意外とそつなくこなすとは思いますけど…」
「…鏡子さんから見た密さんの人物像ってどんな感じですか?」
「──っ。なんですか、藪から棒に…?」
「いえ、二人は遠縁と聞きましたので。印象とかはどうなっているのか気になったものですから」
「私から見た密さんの印象、ですか──」
どう答えるべきかと悩む鏡子に刹那は微笑みを隠すことはない。
「一言で現すなら、不思議な人、でしょうか」
「…なるほど。そうなりますか」
「逆に聞きますが、刹那さんから見た密さんの印象とは…?」
「そうですね。まだ一日と少ししかいませんからなんとも答えにくくはありますが──あえて言うのであれば『隙の無い、鋭利な刃物のような。それでいて凪のような落ち着きを持つ』人、と言ったところでしょうか」
「また、えらく具体的な印象ですね」
「ああ。あと、けっこうな恥ずかしがり屋…でしょうかね。昨日、期せずしてお風呂が一緒になりましたが終始顔を真っ赤にしてこちらを見ようともせずに───って、どうしました、鏡子さん?」
「──い、いえ…。なんでも、ないのですよ?」
鏡子としては昨日の自分が逃げ出した後で密にとっては一大ハプニングが起きていたことを今更ながらに教えられて、なんとなくではあるが朝の密の対応に合点がいった。
「さて、密さんはクラスの自己紹介をどのような感じにするのか。今から考えるだけでワクワクします」
「なんだかんだと刹那さんもたいがいに黒いですね」
「いいじゃないですか。それに私は、女帝ですから」
楽しそうに笑う刹那を見ながら、鏡子はこの後に続くだろう護衛という学院生活に『苦労』という言葉が付きまとう気がしてならなかった。
朝のホームルームに担任である十条紫苑先生が密を連れて教室へと入ってきた。刹那から見ると密は緊張しているのか、鋭い雰囲気をまとっていて寮で見ていたような優しい感じが欠片も感じられない。
(緊張しているというよりは群れに馴染めない動物、といった風でしょうか…)
紫苑先生の言葉で席に着いた密を周囲の生徒はおっかなびっくりといった様子で遠巻きに見るような雰囲気である。
(これは、早々になんとかするべきでしょうね)
クラスのためにも。自分のためにも。
一限目の授業が終わり、普通なら転入生である密の周りにはクラスメイトが集まるところだが、ホームルームの雰囲気そのままの密に誰も近づこうとしない。
「──密さん」
「あっ、
そんな中を刹那は密に近づく。周囲の生徒は不安そうにこちらを見るばかり。
密はというといきなり机の前に立った刹那を見上げて首を傾げている。
「えっと、刹那さん?」
「密さん──」
刹那が腰を落とし、密と視線の高さを同じにする。
そして──伸ばした両手で密の両頬をつまんで引っ張る。引っ張って潰してこねくり回す。
やっている刹那はうっすらと笑っているがやられている密としてはたまったものではない。
「は、はに、…はにを…」
「ふふふっ」
端から見ると刹那が何やらヤバい人間に見えていることだろうか。顔を横に勢いよく振って密は刹那の凶行から逃れる。
「ふむ。けっこう餅肌だね、密さん」
「き、急になんなんですか!?」
つねられて赤くなった頬をさすりながら密は目の前の凶行犯を睨み付ける。
密のそんな様子など気にした風もなく刹那は自分の頬を指で押さえながら──
「だって密さん。貴女、寮にいた時と違って凄い形相しているのだもの。クラスの子達が話しかけずに遠巻きにしているのが証拠よ?」
「…えっと」
そこでようやく密はクラス内を見渡す。二人の成り行きを遠巻きに見るクラスメイト達。
「寮ではとても素敵な笑顔を見せてくれていたじゃない。なのに、教室に来た途端に眉間にシワを寄せた、鋭利で厳しい顔していたら他の子達が困ってしまうわ」
「あっ…」
密の表情から険しさが抜けた。ポカンとした表情からすぐに肩をすくめて苦笑した。
「申し訳ありませんでした。何分、転校というものは初めてでしたから」
「──うん。寮で見たことのある密さんに戻りましたね」
「ありがとうございます、刹那さん」
「お気になさらずに。ここからが大変ですから、貴女は」
刹那が立ちあがり、周囲のクラスメイトに優しい微笑みで頷くと、刹那が離れていくとすぐに他のクラスメイト達が密を囲んでしまった。
その様子をしばらく見ていた刹那は、静かに教室から出ていく。扉を挟んで聞こえ始めた喧騒を聞きながら刹那は歩いていく。
★
昼休み。刹那は購買で買ったパンとパックジュースを手に中庭に来ていた。
パンをかじり、ジュースを飲みながら時折聞こえてくる鳥の鳴き声の中で食事を進めていると、そこへ一人の女生徒が歩いてきた。
「あっ、またここでお昼してるんだ~?」
「貴女は日なたぼっこですか、茉理?」
「う~ん、そのつもりだったけどお話相手がいるみたいだし、何かお話しよ~?」
「…ええ、構いませんよ。ああ、食事は先に終えて構いませんか?」
「うん。待ってるから」
刹那の向かい側に
「…どうしました?」
「ううん。刹那さんってよく中庭のここでパンかじってるけど他の人とかと食べてるところあんまり見ないなぁ、って」
「ああ。まあ、仕方のないことでもあるのですよ。私の二つ名が原因になっています」
「『女帝』だよね?かっこいいよね~」
「そうですか?茉理にも綺麗な名がついているではありませんか。ねぇ、『
そう呼ばれた茉理は急に赤くなってワタワタと手を顔の前で振る。
「や、やめてよ~。その呼び方慣れてないんだからさ~」
「ふふっ。知っていますとも。私のことを女帝と呼ばない貴女らしいといいますか…」
食べ終わったパンの袋とジュースのパックを袋に入れて袋の口を縛る。
「それで、日なたぼっこをしに来た茉理は私とお話することに決めたということですが、何を話したいのですか?」
「えへへ~。実は、転校生のことを聞きたいな~って思ったの」
「密さんのことですか?」
「うん。そう」
「今からでも教室にでも行けば会えますし話せますよ?」
「私は、刹那さんから見た『密さん』って人のことを聞いてみたいの」
「それは、印象を知りたいとかそういうことですか?」
「ううんとね。今から教室に行ってもきっとたくさんの生徒が密さん?…を囲んでると思うんだ」
確かに休み時間をことごとく囲まれていた密と鏡子の様子から昼休みも大して変わらない光景が見られることだろう。
「だったら、最初は知ってる人から聞くのもいいかな~って。刹那さんなら公平な目で見てると思うから」
「公平な…と言いますが、私は基本的に他人と接する際に自分を曲げることがないだけですよ?」
「そうだね~。だから、刹那さんに聞きたいな~」
ここで断るのは簡単なことのようで、しかし別の話題を彼女と話していれば、再び密のことがどこかのタイミングで上がってくるだろう。
「はぁ…。わかりました。ただし、私の印象だというのを忘れないでくださいよ?」
「やった~。じゃあ、よろしくね刹那さん」
「…まったく。茉理にはかないませんね…」
そうして、楽しそうに話を聞く茉理を見ながら刹那も楽しそうに笑っていた。