処女はお姉さまに恋してる-陰に輝く星-   作:揺れる天秤

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第60話 三学期

 日が明けて。本日よりいよいよ最終学期。

 朝早くから身支度を調えて刹那は美玲衣の部屋へと訪れていた。

 

「美玲衣さん、調子はいかがですか?」

「目覚めはスッキリとはしていますが、あとは学院に出てからでしょうか」

「どれだけ広がっているのかは学院に出ないことにはわかりませんからね。千歳にも聞きはしましたが明言は避けられてしまいましたし」

「そうなんですか?」

「ええ。こういった噂は尾ひれがつきやすいので正しく認識されている方が珍しいのだとか。寮生は皆、美玲衣さんをそばで見ていますから状況を把握していますが他の生徒はそうはいきません」

「そうですね。そういった意味では私には多くの味方がいますからまだまだ余裕はあります」

 

 刹那からみればそれは空元気にしか見えないのだが本人がこう言うのだ。様子を見るしかない。

 

「さて、皆さんを待たせても仕方ありません。いきましょう、刹那さん」

「はい、そうですね」

 

 食堂で待っていた密達と合流して寮から出る。

 

「密さん、織女さん。千歳と鏡子さんはいずこへ?」

「お二人なら先に行きましたよ。千歳さんが噂の様子を確認しておきたいとかで。あと、新聞部が変な勇み足を踏んでいないか不安だそうです」

「密さんの件で懲りて───いえ、あの真紗絵さんが懲りるわけありませんね」

「そうでしょうか。少なくとも刹那さんの逆鱗に触れるようなことはさすがにしないと思いたいのですけど」

「あの真紗絵さんですから……」

 

 学院の門を抜けてから周囲の生徒達から視線は向けられていて、何人かはヒソヒソと聞こえない程度の声で話しているのが見える。

 その様子に密や織女は明らかに不快になっているが、美玲衣と刹那は平然としている。

 

「なぜお二人はそのように落ち着いていられるのですか」

「逆に聞きますけど、密さんや織女さんはなぜそんなに不快気なんですか?美玲衣がそうなっているならまだしも」

「好奇な視線は向けるが話しかけてこようとはしないから、でしょうか。真実を知ろうとはしないのがなんとも……」

「織姫さんは潔癖ですからね」

「そういう美玲衣さんはどうしてそこまで落ち着いていらっしゃるのですか」

 

 もはや不快感を隠すことすらやめた織女は美玲衣を睨む。そんな織女の様子に美玲衣は苦笑を返す。

 

「私より周りの皆さんが怒ってくれているのがわかるから、でしょうか。あと、隣から感じる怒気を越えた何かがあるからですよ」

 

 美玲衣の言に密と織女の視線が刹那の方へとズレる。そこにいるのは確かに刹那である。だが、その雰囲気は異様なほどの静寂を保っている。

 怒気すら漏らさぬほど、感情を揺らさないようにしているのがわかるほどに張り詰めたものが感じられる。ソレを理解できた二人は静かにツバを飲み込むしかなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 - 千歳side -

 新聞部の部室となっている教室の窓から千歳と若葉の二人が並んで刹那達を眺めていた。

 

「真紗絵さんが新聞を用意していないとは思いませんでした」

 

 室内に目を向けると肩をすくめて苦笑している真紗絵が座っていた。その手には一枚の紙がある。

 

「用意してなかったわけじゃないのよ。ただ、古風にも手紙が届いたのよ」

「手紙、ですか?」

「見る?」

 

 真紗絵が持っていた手紙を受け取り文面を見る。とはいっても、そこに書かれていたのはただ一文。

 

『理解していることを願います』

 

 隣で覗き込んでいた若葉がツバを飲むのがわかる程度には、その手紙の文面の強さがわかる。

 

「私はソレを見た瞬間に首筋に何かを当てられたように感じたわ。刹那さんの怒りには何度か触れる機会はあったけど、ソレは今までのものとは違いすぎた。新聞を出したら命は無いでしょうね」

「……背筋が凍る手紙なんて初めてかもしれません」

「あら、千歳でもそうなら刹那さんの今回の怒りは今までとは違うのね」

 

 真紗絵はホッしたように息をついている。

 

「今回の騒動についてはほとんど生徒が周知する事態ではあるけれど、おそらく話として本人に確認しようとする命知らずはいないと思うわ」

「そうでしょうね」

 

 改めて外を見る。歩いている刹那達が見えるが、その刹那の視線がこちらを捉えている。隣にいた若葉が小さく悲鳴をあげて窓から離れた。

 

(あれほどの怒気……いや、殺意といってもいいほどの研ぎ澄まされた感情を載せた視線があるなんて……。今までの刹那様が霞むほどのものが見られるなんて思わなかった)

「とりあえず二人は教室に行くといいわ。私はもうちょっと落ち着いたら向かうから」

「わかりました。それでは、先に行きますね」

 

 扉を開けて自分の教室へと向かうために歩き出す。

 

「新聞部は新聞を出さなかったんですね」

 

 いつの間にか鏡子が隣を歩いていた。

 

「はい。刹那お姉さまの手紙によって真紗絵さんは背筋を凍らせていますから」

「手紙、ですか?」

「ええ。ただ一文『理解していることを願います』という手紙です。あれほど怖い手紙もありません」

「なるほど。とはいえ、刹那さんの場合、あれだけ気を張った状態というのは長続きするのでしょうか?」

「と、言いますと?」

「いえ。この一年、あの人と付き合ってきた感覚としてですが、あの人は自身の全力は常から出せない……違いますね。全力を出すと数日動けなくなるような人です。そのような人がああも気を張り詰めていたらすぐに限界を迎えそうなものですが……」

「言われてみれば……」

 

 刹那お姉さまは常日頃からは気を抜いている。最近は茉理お姉さまがいるからかゆるゆるになるほど気を抜いているくらいだった。その分疲れを見せるようなことはなかった。

 しかし、迎賓館の問題にあった頃のように全力を出すと途端にガス欠するほど燃費が悪い。

 

「あの人、極端なのだと思うのですよ」

「まあ、そうですね。加減を知らないのは事実です」

 

 基本的に何事においても全力投球な人である。身近な、大切にしている相手であればなおのこと。

 

「暴走しないといいのですが……」

「……さすがに同じ学生相手に暴れることはしないと思います」

 

 さすがの刹那お姉さまでもそれくらいの分別は持っているだろう。鏡子さんが無言でこちらへと視線を向けているところを見るにそういうことを言いたいわけでないのはわかる。しかし──

 

「さすがに学外で刹那お姉さまが暴れるかどうかまではわかりませんよ?」

「……そうですよね。いえ、わかってはいるのですよ。刹那さんがどう動くなんて読めるわけないのは。それでも、と思ってしまうのです」

「鏡子御姉様の言いたいことはわからないでもないですが……」

 

 あの人の過去を知る身としては何をしでかすかわからないのは事実なのだ。『一人の少女を救う』ただそれだけのことで世界すら敵に回せた人の思考なんて読みきれるわけがないのだ。

 

「何事もなく落ち着いてくれることを願うくらいしかないんじゃないでしょうか」

「投げましたね千歳さん」

 

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