処女はお姉さまに恋してる-陰に輝く星-   作:揺れる天秤

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第62話 帰らぬ者

 いつもの下校時刻より少し遅めの時間に織女は寮へと帰宅した。考えをまとめながら歩いていると食堂の方から密と刹那が顔を出す。

 

「ああ。織女さん、おかえりなさい」

「ただいま密さん、刹那さん」

 

 刹那は少し周囲を見渡すと織姫の方を向いた。

 

「織女さんだけでしょうか?」

「ええ。私は少し諸用があって風早の本社へ顔を出していましたから。どうかなさいました?」

「実は、美玲衣がまだ帰宅されていないようなんです」

「美玲衣さんが?」

 

 食堂へと入り、イスに座る。壁にかけられた時計の時間から見ても、もう帰ってきていないといけない時間に差し掛かりつつある。

 

「どなたかに伝言などは……」

「いえ、どうやら一度寮には帰ってはきているようなんです。あやめとすみれの2人が美玲衣が寮から出ていくのを確認したのを最後に行方がわからないようで」

「今は鏡子さんと千歳さんが足取りを追ってくれているようなんですけど……」

「そのお二人が調べているのでしたらすぐにでも明らかになりそうですね」

 

 三人で食堂で座っていると一時間もしないうちに鏡子と千歳が帰ってきた。

 

「ただいま戻りました」

「とりあえず学院を出てタクシーに乗って駅前の高級ホテルまで行ったところは追えました。たぶん、そのホテルにいるとは思いますけど……」

「けど?」

「問題は『どうして一人でホテルまで行ったのか?』ってことです。おそらく正木孝太郎に呼び出されでもしたのだとは思いますけど、美玲衣お姉さまならこうなることは予測できたと思うんです」

「その上で、一人で赴いている、と」

「そうですね。少なくとも、帰れなくなることは承知の上で向かった可能性は高いと思います」

 

 千歳と鏡子の説明を聞き、各々が部屋へと戻る。刹那も部屋へ戻ると、スマホから美玲衣に連絡してみるが……。

 

「……当たり前ですが、やはり出ませんか」

「おかえり、刹那さん。どうかしたの?」

「茉理はどうして私のベッドに寝転んでくつろいでいるんですか?」

 

 スマホから視線を上げた先。ベッドの上には枕を抱えた茉理が寝転んでいる。

 

「うーん。なんとなく?」

「……まあ、別にとやかく言うつもりはないのですけど」

 

 ベッドに座ると茉理は起きあがって隣に座り直す。

 

「どこに電話してたの?」

「美玲衣に電話したんですけど……出ないのはわかっているんです」

「出ない……?」

「ええ。美玲衣は、たぶんもう……こちらには帰ってはこないつもりなのでしょう」

「どういうこと?」

 

 隣に座っていた茉理が立ち上がると刹那の前に立つ。そんな気配に刹那は思わず顔を伏せる。

 

「美玲衣の父親──正木孝太郎の事業が破綻したことで美玲衣には学費を工面する方法はありません。しかも、その美玲衣を使い、正木孝太郎は自身の事業に対しての出資者を募ろうとする動きがありました。それは美玲衣の耳にもいれてはいたので……」

「美玲衣ちゃんは、お父さんのところにいった、ってこと?」

「ええ。こうなると、もう私にも、織女さんや密さんにも手立ては無いでしょう。彼女が決めた道を、見守るくらいしか──」

「……刹那さんは、本当にそう思ってるの?」

 

 茉理の声に固さが混じる。怒らせたか……とは思えども面と向かって話すことは今の刹那には出来そうにない。

 

「ええ。美玲衣はもう、私の手の届く場所からは離れてしまいましたし……」

「──だったら、どうして……」

 

 視界の端。茉理が膝をつくのが見えた──そう思った時には頬を包まれて茉理の力ずくで顔を上げさせられた。

 そこに映るのは、今までに見たことのない、とても澄んだ、力強い瞳を向けた茉理がいた。

 

「だったらどうして刹那さんはそんなに辛そうなの。刹那さんにはまだやれることがあるのに無理矢理納得しようとしてるだけじゃないのかな?」

「それは──」

 

 そうだ。方法はある。

 だが、問題はこの方法を取ると刹那の卒業後のいろいろなことに支障が出てしまう。それはもちろん目の前にいる茉理とともに生きると決めている以上、茉理を巻き込んでしまう。

 

「美玲衣を救うには単純な話、正木孝太郎の言う『美玲衣の価値』を支払えばいいんです。ですけど……」

「だけど?」

「今の私には、このお金を使ってしまえば卒業後に茉理と考えていたいろいろなことが出来なくなってしまう。茉理に、苦労を強いてしまう……」

「………」

 

 こちらを射貫くような瞳を向けていた茉理の顔が和らいだ。

 茉理はそのまま立ち上がると刹那の顔を胸元に抱える。急に視界が柔らかなものに覆われ、刹那は驚くしかない。

 

「ま、茉理……?」

「刹那さんが私とのことを真剣に考えてくれてたことはすごくうれしい。──じゃあ、茉理のお願い聞いてくれるかな?」

「……茉理のお願い、ですか。かまいませんけど……?」

 

 頭を抱えるのをやめた茉理が驚いている刹那と見つめると優しく笑う。

 

「わたし、美玲衣ちゃんとも一緒に住みたいなぁ?」

「……っ。茉理、それは──」

「……だめ?」

「ダメ……では、ないです。ですけど、先ほども言ったように美玲衣を手に入れようとすれば卒業後のいろいろな計画は見直さないといけなくなりますよ……」

「いいんじゃないかな。美玲衣ちゃんも含めた三人の計画にしようよ。美玲衣ちゃんなら敏腕な秘書みたいになってくれるかも」

「茉理……」

 

 刹那の目から涙が滑り落ちた。茉理は涙の流れた頬に優しく口付けてはにかむ。

 

「三人で、暮らせるようにしようよ。その方がきっと刹那さんの考えてる計画よりも、もっと楽しいよ?」

「……っ、わかりました。我が姫の言うとおりにしましょう」

 

 茉理の顔を触り、刹那から口づけを額に返す。

 

「でしたら、すぐにでも準備をしませんと、ね」

「ふふっ。元気になったみたいでよかった」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 - 刹那side -

 寮も静まりかえった真夜中。バルコニーに立つ刹那は天にある月を見上げていた。

 

「まさか。茉理に背中を押されるなど、思ってもみませんでした……」

 

 刹那は今回の美玲衣の問題に手こそ貸してはいたが美玲衣自身を救い出すことにハードルが多すぎたことで躊躇していた。

 そのほとんどは卒業後の茉理との生活に起因するものであったが、当の茉理に背中を押されてしまっては刹那としてもこんなところで足踏みしているわけにはいかなくなった。

 

「まだ起きてはいるでしょう」

 

 取り出したスマホで電話する。コールは数回鳴り、相手は出た。

 

『刹那にしては珍しいな。こんな真夜中にもなる時間に電話など』

「すみません、父上。急に入り用になったので貯金のお金を立て替えてほしいのです、全額」

『……また大金を言い出したな。……ん?だが、いいのか、このお金を使ってしまって。卒業後の生活資金にするという話じゃなかったか?』

「どうしても買わないといけないものができてしまったので」

『なるほど、な。まあ、刹那指名の依頼は未だに多い。お前なら卒業後に週一でも依頼をこなせば日々の生活は十二分に暮らせるだけの金は稼げるだろうな』

「でしたら、その立て替え分は明日の朝に運搬人と車を合わせて用意してください。朝イチで買いにいかねばなりませんから」

『いいだろう。準備させておこう』

「ありがとうございます」

 

 通話を切って月を見上げる。数分、そうやって見上げていた視線をゆっくりと隣へと向ける。

 

「──さて。出てきなさい、千歳」

 

 しばしの沈黙。何もいないはずの暗闇からパジャマ姿の千歳が歩いてくる。

 

「刹那お姉さまにはお見通しでしたか」

「どうせ鏡子さんもあなたにならって起きているんでしょう」

「正解なのです」

 

 千歳の後ろからパジャマにカーディガンを羽織る鏡子も姿を見せる。

 

「それで。刹那お姉さまはお父上にお電話しておられたようですが、明日は決戦ですか?」

「ええ。そのつもりです。織女さんには悪いですが、茉理のワガママですので」

「むしろワガママでここまで大きなお金が動くとは誰も思いません……」

「そうですか?私の周りには昔からこういうワガママを言う友人が多いので感覚がズレているのかもしれませんね」

「なかなか豪胆なご友人が多いのですね……」

「とりあえず。そういうわけですので、私は皆さんが朝ごはんをいただいている頃には寮には居ないと思いますので、美味しい朝食は密さんあたりに頼んでください」

「わかりました。しかし、今回は穏便に話を進めるようですね」

「ええ。腐っても美玲衣の父親ですし」

 

 手をグーパーしながら刹那は目を閉じる。開かれた瞳には昼間までは無かった決意漲る火が入っている。

 

「では、私はそろそろ寝ます」

「はい。おやすみなさい、刹那お姉さま」

「おやすみなさい、刹那さん」

 

 部屋へと入っていく刹那の背中を見ながら、鏡子は先ほどまで集まって話していたことを思い出していた。

 

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