時間は少し巻き戻り、刹那が茉理と部屋で話していた頃。
- 鏡子side -
お風呂上がり、織女に声をかけられていた鏡子は千歳を連れて密の部屋へと足を運んでいた。
部屋の中にはイスがベッドの前に二つ、密と織女はベッドに並んで座っている。
「まさかと思いますけど、今の二人と、私と千歳は話をするのですか?」
「駄目ですか?」
「……駄目、とまでは言いませんが」
明らかに恋人の距離でベッドに座る二人の前に座りたくない鏡子はイスの位置を初期位置からベッドの足元寄りに移動させて、L字になるように座る。その隣に千歳もイスを持ってきて座った。
「それで。織女さんからご相談というお話ですが……」
「美玲衣さんを風早グループで買い取ることは出来るのか?というお話をご相談したいと思っています」
「唐突にぶっ込んできましたね」
千歳は議題に予想がついていたのか、やや呆れ気味ではある。しかし、昼間に美玲衣さんが織女さんに身売り話をしていたのは千歳経由で聞かされている。
大方、夕方に風早本社へ出られていたのもそういう話なのだろう、と鏡子は当たりをつけていた。
「美玲衣さんを買う、ですか。しかも、風早グループで……」
「密さんはあまり乗り気ではなさそうですね」
「ええ……、まあ。身も蓋もないことを言ってしまいますと美玲衣さんの身柄を確保することについては否やはありませんよ。ありません、けど……」
「けど?」
「刹那さんの動向がわからないこの状況で、美玲衣さんを確保することに風早を動かしたらさすがに怒りませんか?」
密の懸念に鏡子と千歳は顔を見合わせ、片や天井を見上げ、片や腕を組んで俯いた。しばし悩んでいた二人だったが……。
「まったく無い、とは断言できそうにありません」
「鏡子お姉さまに同意します。ただ、ことここに至った今でさえ動こうとされていないところを見ると、刹那お姉さま自身が動けない理由があるのかもしれません」
「となると、確保するのであれば先手を打つしかありませんが……」
「そもそも何がネックになっているのかがわからないと先手など打ちようもなさそうですが……」
「ところで、織女お姉さまはどうして美玲衣お姉さまを買おうなどとお考えに?」
「……このままいなくなられるのは私が嫌だからです」
「つまり、私欲、ということですね」
呆れたようにため息をつく鏡子に織女は頬を膨らませつつそっぽを向いた。密は苦笑いしながらも織女をなだめるように頭を撫でている。
「まあ、織女お姉さまが私欲満載であろうともそこは気にしないことといたしまして……。とは言うものの、私欲だけで企業のお金って動かせませんよね?何か打開策がおありなのですか?」
「どうなんですか織女さん?」
「いくつかお父様とお話はしましたが期待値に欠けると言われました。それで、皆さんの知恵をかりられないかと思ったんですけど……」
「なるほど。会社で買うに足る理由を考えるわけですか……」
「密さんは何かありませんか?」
「まったく無いことはありませんが……企業のお金で、となると難しい気はします」
「例えばなんですか?」
「刹那さんへの手土産、とかでしょうか」
密の提案に三者三様の反応が違った。織女は「なるほど」とばかりに目を輝かせ、鏡子は呆れたように天井を仰ぎ、千歳は静かに顔を青ざめさせた。
しばし天井を見上げていた鏡子は大きなため息とともに下を向いて、顔を上げるとジト目で密を見やる。
「密さん、それは何の冗談でしょうか」
「ダメですかね」
「やるのはかまいませんが、私や千歳を巻き込まないと宣言はしてください」
「密お姉さま。それは自殺と変わらないと思いますが……」
「まあ、やっぱり危険ですよね」
「ダメでしょうか?あくまでも一案としては私は有りだと思いましたけど」
「織女さん。やるのはかまいませんがその時は私や千歳さんは風早を辞する覚悟を決めなくてはならなくなります。それくらい刹那さん相手に美玲衣さんを盾にするようなことは反対です」
「息の根を止められる覚悟が要ります」
「そんなにですか……」
鏡子達は何かにつけて刹那と関わっている。しかも千歳は学園で長く刹那と関わってきた一人だ。下手なことをすると死より恐ろしい何かに合わされる可能性が思いついてしまう。
「となるとどうしましょうか。美玲衣さんが優秀なのは事実としても、会社で買うとなると難しいお話だと思うんですよね。風早に入れる人は総じて優秀ですし」
「お父様にも同じことを言われました」
「まあ、そうでしょうね」
皆が悩むなか、ふと千歳はバルコニーの方へと視線を向けた。その動きに気づいた鏡子は軽く手を叩く。
「ここでアレコレと悩んでも答えは出ないと思うので、明日以降……昼休みくらいに改めるのでどうですか?」
「そう、ですね。このまま悩んでいても解決はしないでしょうし。織女さんもそれでいいですか?」
「……わかりました」
納得はできていないようだったが渋々といった様子で頷く織女。
密の部屋を出た鏡子と千歳は、鏡子の部屋からバルコニーへと出る──
★
──そして、時間は刹那を見送ったところへと戻り。
「これでは明日の話し合いは意味が無いですね」
「そうですね。刹那さんが朝早くから美玲衣さんの救出に動いてしまえば、いくら織女さんといえど何もできることはないでしょうし」
「よかったですね。これでこのあとは何も悩む必要もなく寝られます」
「そうですね。しかし、刹那さんはいったいいくらの資産をお持ちなのでしょう?」
「あの人は学院に来る前は仕事人間だったようですし、その時はたくさんの人々から依頼を受けていたから莫大な資産を持っていると思いますよ」
「天形の秘密兵器、でしたか……」
「はい。『彼女に護れない人はいない』──そう言われるほどの凄腕だとか」
「……そうですね。そして、明日には美玲衣さんを護りにいくわけですか」
部屋へと戻り、二人はベッドへと仰向けに倒れ込む。
「明日、織女お姉さまは悔しがりそうですね」
「ご機嫌取りは密さんに任せましょう」
鏡子はそれ以上考えることを止めたのか、目を閉じる。数分としないうちに静かな寝息をたてる鏡子の隣で、千歳は大きなあくびをこぼし、目を閉じた。