-刹那side-
ホテルから出ると車へと美玲衣とともに乗り、付き人役の二人を待つ。
「美玲衣さん、怪我などはありませんか?」
「ええ、そのあたりはさすがに。私を売り物にする以上、手荒なことはできるかぎり控えたかったでしょうから」
「そうですか?部屋にお邪魔した時は殴られそうに見えましたけど」
「あの人を無視して外を眺めていたもので。それが癪に触ったようでした」
「なるほど。だからこちらを見ていたのですね」
しばらくして、二人の男は帰ってくると助手席と運転席に分かれて乗り、車はゆっくりと発進する。
「さて。先ほどのやり取りを見ていたのでわかるとは思いますが、美玲衣は今日から私たちのものとなりました」
「あっ、はい……。──ん、私たち?」
「ええ、私たちです。刹那と茉理の二人のものです」
「えっと……、どうして茉理まで?」
「美玲衣の買い取りに使ったお金は卒業後に私と茉理の当面の生活費だったからです。私個人で稼いだお金ではありますけど、茉理のために使う予定だったお金で、茉理が美玲衣を買うことを望んでくれたので充てたお金なのです」
「だから、私たちのもの……」
「そういうことですね」
美玲衣は少しうつむき、何か考えている様子。視線だけこちらに向けると──
「具体的には何をすればいいですか」
「そうですね……。とりあえず卒業するまでは今まで通りの生活をしましょう。できれば茉理の勉強を見たり、茉理の演奏を聞いたり。生活のフォローに回っていただければいいと思います」
「わかりました。……今までとほとんど変わらない気はしますけど」
美玲衣は小さく息をつく。買われた以上、生殺与奪の権利は事実上私と茉理に握られた形にはなりましたが本人としては安心できるということでしょう。
「卒業後に関してはまた考えることもありますけど、茉理が仕事を考えているようなので茉理の秘書役でもしていただこうかと思います。今回の支払いで私も卒業後はしばらく働かないといけなくなりましたし」
「当分は茉理のお守りということですね」
「まあ、買いたいと言ったのは茉理ですから。住む場所などはすでに私の方で確保はしているので衣食住の心配はありませんよ」
「……なんでしょう。先々まで手回しが行き届いていることを喜べばいいんでしょうか」
「ええ、素直に喜んでください。美玲衣の母親のこともこちらで対応させていただきますから」
「それについてはありがとうございます。ところで、刹那さん。今日は登校されないつもりですか」
「ええ、まあ。美玲衣に関する交渉にどれくらいの時間がかかるのかまではわかりませんでしたし。高額にすれば即決はするかも、とは思いましたがそれもどれくらいの額かまでは把握できませんでしたから」
平日にしては道が混んでいるのか、車の進みは緩やかである。
「まあ、一日くらいいいじゃないですか」
「刹那さんの場合、不定期とはいえお休みしているようにも思えますけど」
「そうですか?」
できるだけ休まないようにはしているつもりでも他者から見れば休みがちに見えているということだろうか。
「──さて。今日は寮に帰るとなると織女さんあたりから何か言われそうですね」
「織女さん、ですか?何かありましたか」
「実は身請け話を少々。風早の方で『私を買っていただけないか?』とご相談したので」
「……私には相談しなかったのに」
「えっ?」
驚いたようにこちらを見る美玲衣に刹那はふて腐れたように横を向いた。その様子に美玲衣は思わず吹き出した。
「ふっ……。刹那さんでも嫉妬するんですね?」
「そうですね。少なくとも美玲衣とは良好な関係を築けていたと自負していましたし、母親のことでご相談いただいた経緯もありましたから。まさか身請け話を先に織女さんに持っていかれるなんて露ほどにも考えてはいませんでしたよ……」
「母のことを頼んだあげく、自分の寮入りのこともお手伝いしていただきましたし。これ以上のことを刹那さんに頼み事はできないと思いました」
「……確かに。頼まれたとしても、私は安易に首を縦には振らなかったでしょう。とはいえ、何かしらの方策は考えたとは思うのですけど」
「なにかと頼ることが多かったので変に遠慮してしまったのかもしれません」
「わかりました。そういうことにしておきましょう」
しばしの沈黙があり、車は静かに学院の門の前で止まる。二人で降りると刹那は運転手の男といくつか言葉を交わすと、車はそのまま走り出し見えなくなった。
二人で寮まで戻るとリビングへと移動し、刹那は紅茶を入れて刹那の部屋へと戻る。
「もうすぐ昼休みですし、昼から授業に出るのもいいかもしれませんね」
「美玲衣はそういうところは真面目ですね。私は休めるようならゆっくり休むのもいいかと思ってますけど」
「刹那さんの場合、普段から精力的に動きすぎなんだと思いますよ」
カップに口をつけて紅茶を飲む。
「今回にかぎって言えば茉理の方が積極的でしたけど……」
「茉理には刹那さんを動かしてくれたお礼をしないといけないわね」
結局学院には行かずに過ごし、各々が帰ってくるのを寮のリビングで待つこととなった。
帰ってくるなり驚いて鞄を落とした織女、刹那と美玲衣が並んで座っているのを見て軽く息をついた密、「まあ、こうなりますよね」とお互いを見て肩をすくめた鏡子と千歳。そして──
「おかえりなさい、美玲衣ちゃん」
「ええ、ただいま。茉理」
嬉しそうに二人へと近づいてきた茉理を美玲衣は頭を撫でながら返事をする。
「また、今日から一緒に過ごしましょう」
「ふっふっふっ。美玲衣ちゃんは今日から私と刹那さんのものだからね?」
悪だくみをするようにニヤニヤと笑う茉理に──
「ええ。茉理の勉強や日常生活においていろいろ手伝ってあげてくださいと刹那さんから承ってますよ」
楽しそうに笑う美玲衣──
「……刹那さん、今回は手を出さないと思っていたのですけど」
「そうですね。少なくとも、昨日の夜に茉理に背中を押されるまでは動かなかったんですけど」
不満げに刹那を見る織女に、刹那は苦笑いしながらも返答する。
「それにしても、まさか朝から出かけられているとは思いませんでした」
「善は急げ、とも言います。美玲衣をお迎えに行くのに時間を開ける理由はありませんでしたし」
「決めたら一直線、ですか。さすがは刹那さんです。今日、密さんや鏡子さんと話し合って最終結論を出そうと考えていましたのに」
「そうでしたか。それは想定外でしたね?」
「もう少し刹那さんのように柔軟な行動を取れるようにするべきでしょうか……?」
「私が言うのもなんですが、大金を動かすのであれば慎重になるのは企業としては当たり前ですよ。私は私財を使っているので他に迷惑がかからないだけですし」
「そう、ですね。でも、もう少し大胆になれるようには努力いたします」
その後、あやめやすみれ達と顔を会わせると美玲衣は嬉しそうに過ごしていた。
☆
──夜。美玲衣は茉理の部屋で過ごすそうで、刹那は一人、部屋で寛いでいた。そこへ、控えめに扉が叩かれる。
『刹那お姉さま。今、お時間はありますでしょうか?』
「すみれ……?」
扉を開けるとティーセットを持ったすみれが立っていた。部屋へと招き入れ、すみれは紅茶を入れる準備を始める。
ティーカップに紅茶をそそぎ、手渡されると刹那は口をつける。
「相変わらず、すみれの入れる紅茶は美味しいですね」
「ありがとうございます、お姉さま」
しばらく、お互いに紅茶を飲む時間だけが過ぎていく。刹那はテーブルに紅茶を置くと──
「それで、すみれ。何かお話したいことがあったから部屋に来たのではないのですか?」
「……はい」
すみれは返答こそするものの、一向に話そうとしない。刹那は急かすこともなく、紅茶を飲む。
「──実は、私とあやちゃんの今期の授業料が振り込まれていないと学院から連絡があったんです」
「振り込まれていない?確か、二人は……」
「はい。両親が亡くなって、後見人がお金を管理してくださっているのですが……」
「それが振り込まれていない、と」
「はい……」
すみれが困惑した様子に、刹那は考えを巡らせる。
「いくつか調べるべきとは思いますが……。まずはすみれはどうしたいかによります」
「はい。とにもかくにもどうなっているのかが知りたいのです」
「なるほど……」
「年明けに顔は合わせたのですが、その時はあまりお変わりはなかったように思ったのですが……」
「まあ、何かしら無ければ支払いが滞る、ということもないでしょう。──わかりました。とりあえず使える手立てで調べてみましょう。数日待てますか?」
「ありがとうございます、お姉さま!」
頭を下げるすみれの頭を軽くポンポンと触りながら──
「こうやって妹分に頼られるのも嬉しいのですよ」
刹那は嬉しそうに笑っていた。
「」