-刹那side-
体育での攻防から数日。
学院内では密と刹那、織女の話題で持ち切りだった。
昼休みの現在、刹那は新聞部の部長たる
「いやー、今年は最初っから話題沸騰な感じでいいねー。できるだけ早くウチとしても新報出さないとね。というわけで、刹那さん、お話いい?」
「相変わらずですね真紗絵さん。わざわざ後輩まで連れて」
「そりゃ、次期部長予定の二人だからね。『女帝』と名高い刹那さんのインタビューは経験しとくと将来的にいいんじゃないかと思ったのよ」
「そうですか。私が関わるようなことなら答えますが…」
「じゃあ、転校生の結城密さんのことを──」
「私に関わることって言いましたよね?」
「じゃあ、この前の体育で密さんと凄い試合をしたというのは本当ですか?」
「ええ、そうですね。どんな噂が広がっているかまでは知りませんが」
当の密にいたっては織女に次の中間考査において戦ってほしいだとか宣戦布告されたりしているので噂どころか周囲の盛り上がりはうなぎ登りである。
メモを繰る千歳はとあるページで手を止めた。
「こっちで掴んでる噂といったら『姫と友誼を結んだ』『姫に中間考査で宣戦布告された』『女帝と結城密はライバル?』『姫は女帝のことを気にしている』とかだね」
「密さんとライバルかはわかりませんが最後の一つには興味がありますね。織女さんが私を気にしている?」
何か彼女の興味を引くようなことをしでかしただろうか?質問に対して答えたのは若葉だった。
「主に三年の間で広まり始めている噂で、姫の興味を引く密お姉さまと仲のいい様子を何度かお見かけしていたのだとか」
「ああ、なるほど」
確かにここ数日はなにかと密の近くにはいたし、鏡子の代わりに頼られることが幾度かあった。
どうやらその場面のいくつかを見られていたということだろう。
「まあ、姫が友誼を結んだ相手のそばに基本的にいるのが鏡の君と女帝というんだから姫としても気になってるってところじゃないかな」
「今まで自分の二つ名にあまり興味を持つことはありませんでしたが、こういう時には役に立つものですね」
今年に入ってから妙に二つ名が関わってきているように感じる。もっとも、今までがそうでなかったと言われれば違うとも思うのだが…。
こちらの反応に対して真紗絵は肩をすくめる。
「『女帝』の二つ名を付けたのは昨年度の
「そうは言いますが…」
刹那自身、別に去年の照星達と対立していたのは最終的な刹那の答えとしては『価値観の違い』だったと思っている。
普通の人とはだいぶ違った人生を歩んだ刹那としてはこの学院は暖かい場所であるが、刺激の少ない場所であった。
むろん、それが悪いとは思っていなかった。だが、自分の上に立つ者達がぬるま湯に浸かっている事態にどこかしらで苛つきがあったのだと今なら思える。
「まあ、最終的には解りあえた方々でしたね、昨年度の照星達とは」
「あれは記事にしやすかったから助かったよ。ところで『あのこと』はいつなら記事にしていいのですかね?」
「ううん?千歳さん、何の話です?」
「今は部長には話せません。何分、刹那お姉さまにだけ関わる話ではありませんので」
「そうですね。私としては中間考査の後にしていただけると助かります。このことは本年の照星達にも関わる重大事でしょうから」
軽々に話されては困る話もあるということだ。特に真紗絵部長は面白ければ裏が取れていない情報でも簡単に新報に載せて広げてしまう。後々に問題になることも少なくはない。
「情報ってのはみんなで共有しないとね」
「裏の取れていない曖昧な情報は推測、悪く取れば臆測というのですよ。そのようなことで学院の風紀を乱せば大きなしっぺ返しを受けることになりますよ」
「そんなことが怖くて新聞部部長は務まらないよ!」
いっそ清々しいほどに笑う真紗絵に刹那はため息をつくしかない。
「忠告はしましたから。痛い目を見た時には私を頼ることは許しませんからね」
「大丈夫大丈夫。『女帝』に無理を言うことはありませんよ」
「どうでしょうね…」
刹那は昼食を食べながら、ため息をつくしかなかった。
★
昼食後、特に何をするでもなく刹那は中庭で一息ついていた。
「あれ~。また刹那さんがいる」
「茉理ですか。今日も中庭で昼食ですか?」
「ううん。今日は散歩中。でも、今からは刹那さんの話し相手」
中庭のベンチに刹那と並ぶように茉理が座る。
「今日はどんなお話をしたいのですか?」
「えへへ…。実は、ちょっとばかりお願いがあります」
「茉理から私にお願い、ですか…?」
珍しいこともあったものだ、と刹那は思う。茉理とは学院の一年の頃からの気安い話し相手ではあるが、お願い事というのは数えるほどにしかない。
元々、刹那はあまり頼まれ事がされにくいこともあるのだが、茉理自身もあまり刹那に頼るような場面は少なかった。
「まあ、茉理からのお願い事というのも珍しいことではありますが、とりあえず話してみてください。中身如何によってはお手伝いいたしましょう」
「わーい。ありがとうね、刹那さん」
「お礼はいいですから。まずはお願い事を言ってくださいますか?」
「うん。実は、ね。今度の中間考査に向けて勉強を教えてほしいんだ」
刹那は茉理の方を見ながら首を傾げた。
確かに刹那の成績は良い方だ。二年次までの成績は上の中程度。たまに上位五十名の中に名前が載ることもあったが、その程度だ。
「えっと、ね。今は大丈夫でも卒業までこのままだと卒業できなくなるかもなぁ…って」
「こんな風に言うのもおかしいですが、茉理、成績は悪い方ではないですよね?」
少なくとも下位の順位表にはいないはず。となれば、必然的に中の中程度の成績は維持しているはずだ。
「でもさ。成績は少しでも高い方がいいじゃない?」
「それはそうですが…。いきなりなのが私には疑問なのです」
そもそも前回会った時には成績を気にしている様子はなかった。なら、何かしらの理由があるのだ。──とはいえ、こういう風に頼られることは今までなかった。
「仕方ありませんね。まあ、私に勉強を教えてほしいだなんて言ってくる女性徒は茉理ぐらいでしょうし…。いいでしょう。私のような者でよければ」
「わーい。ありがとう、刹那さん」
ばんざーい、と全身で喜びを表現する茉理に刹那はくすりと笑う。
「しかし、他人に教えるとなると──手を抜くわけにもいかなくなりますね。まあ、ちょうどいいと思っておきましょうか」
「えっ?」
茉理としては聞き捨てならないことを聞いた気がした。
「刹那さん。今までの試験って手を抜いていたの?」
「うん?──ええ。そこそこの成績を維持できればそれでいいと考えていましたし、全力を出して勉強するというのもあまり考えたことはありませんでしたね。奉仕会に参加するのも好ましくありませんでしたし」
いろいろと理由を並べるが刹那としては最後の一年、一切の手加減をすることなく全力でいってみるのもいいと思えていた。
そう意識を切り換えられたのは──先日の体育での密との対戦だろうか。
「というわけで、茉理。今日の放課後は寮に来てください。私の部屋でみっちりと教えてさしあげましょう」
「あ、あはは、あはははは…」
刹那のすごく優しそうな笑顔に茉理は背中が凍りつくような雰囲気を感じたが、もはや断るという選択肢は存在していないことも同時に悟るしかなかった。
──今日この日から試験最終日まで、茉理にとっては地獄とも生ぬるい勉強尽くしの日々が続いた。