試験期間中、刹那は毎日のように茉理を寮に招いては勉強を教え、夜にすみれに請われる時を除いては自身の勉学に励んでいた。
途中、密をからかったり図書館で読書を行ったりと息抜きこそ入れてはいたが、刹那にとっては今までにないほどに試験に集中していた。
そして──試験結果の日を迎えた。
「茉理、気が抜けていますが大丈夫ですか?」
「あはは…。ここまで本気で勉強したの初めてかも…」
半分魂の抜けている茉理を引き連れて刹那は成績表の貼り出しを見に来ていた。
しかし、そこに集まっている人垣は何やらざわついていた。
「まさか、このような結果が…」
「前評判から密お姉さまはわかりますが、まさか女帝まで…」
「あっ、皆さま…」
人々が刹那を見るとモーゼのように道を開ける。それを後ろからついてきていた茉理は──
「相変わらずだね」
「本当に…。このような学院生活を送るようになるとは私自身思ってはいなかったのですが…」
図らずも試験結果の張り出された前まで問題なく来れた刹那と茉理は貼り紙を見る。
「あら。茉理、貴女上位50人にランクインしてますね」
「えっ!本当に?!」
「さて、私の名前は──」
いち早く見つかった茉理の名前を本人に教えて刹那は自分の名前を探す。しかし、探すまでもなかった。
「──なるほど。全力を出してみましたがまさかこのような結果を生み出すことになるとは…。私の実力というのも捨てたものではないですね」
「あっ、刹那さん」
「おや、密さんと織女さんも来ましたか」
「ご機嫌よう、刹那さん」
現れたのは密と織女。二人は張り出された結果を見上げる。
『一学期 中間学力考査』
『成績優秀者発表』
『第三学年』
首 席 雨水 刹那
同首席 結城 密
三 位 風早 織女
四 位 正樹 美玲衣
五 位 畑中 美海
六 位 高山 香澄
七 位 茨 鏡子
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・
・
首席は二名。名簿順だからか刹那がトップに名を残して同じく首席として密の名前があった。織女は──三位。
周囲の生徒は言葉を発しない。密と織女が試験で勝負をしていたのは知られている。しかし、それにまさか、刹那までが食い込んでいたことが場を混乱させたともいえる。
刹那の今までの成績はせいぜいが中の上~上の中。よほど高くても四十位前後。だが、目の前の結果は今までを否定するには十分過ぎる結果だった。
「これは、完敗──ですわね」
「織女さん…」
「それに、まさか女帝たる刹那さんにまで負けているとは思いませんでしたわ」
「…そうですか」
確かに、織女にとっては晴天の霹靂だっただろう。争っていた密に負けるならまだしも、今まで争ってさえいなかった相手にも負かされていたのだから。
そんな中でも織女は笑顔だった──けれど、それは違うのだとわかる。
一瞬だけ見せた苦しそうな眼差し。刹那が気づいたぐらいだから密も気づいているだろう。
「…ね、織女さん」
「何でしょう」
「何処か、二人きりになれる場所…ご存知ないですか?」
密が織女にだけ聞こえる声量でささやく。それでも聞こえていた刹那は密と目が合うと軽く肩をすくめた。
二人が並んで歩いていくのを見送って、刹那は改めて試験結果を見る──と、刹那には見慣れた女性徒が試験結果を見て苦しそうな眼差しをしていた。
「ご機嫌よう、美玲衣さん」
「あっ…ご機嫌よう、刹那さん」
そこにいたのは四位の
刹那にとっては茉理同様に自身を『女帝』とは呼ばない稀有な友人。
「美玲衣さん、少しお話できますか?」
「…ええ。構いませんよ」
「では、茉理。私はここで失礼します」
「はーい」
茉理と別れて、刹那は美玲衣とともに中庭へと来た。
「どうでした、試験結果を見た感想としては…」
「そうですね。まったくの予想外でした。織女さんのこともそうですが、刹那さん。貴女は今までの試験では手を抜いていたのですか?」
「ええ。ほどよい成績であればそれでよかったので…。ですが、何と言えばよいのでしょうね。密さんと体育の時に全力でお相手をしていただいた折に、自分は今まで皆様に失礼なことをしていたのではないかと思いまして」
「全力を出してみせた、と…」
「ええ。結果は見ての通りでした。それでも密さんには並ばれてしまいました。さすがは進学校に通われていただけはある方です」
「…すごいですね。これで、刹那さんは
「ああ。その心配はありませんね。私は照星の器ではありませんし」
「ええ…?」
「数日中にわかりますよ。ただ、おそらくは今年一年は美玲衣さんとも長くお世話になるでしょうから、と思いまして」
刹那の言葉に美玲衣は混乱していることだろう。だが、それも数日のことだ。数日中には新聞部が『あのこと』を新報に上げることだろうと。
★
中間考査から時間は過ぎて6月。
学院内では中間考査の試験結果を受けて照星選挙の話題が沸騰していた。しかし、その機先を制するかのようにその記事は公表された。
『女帝、先代
【 学院内では知らぬ者はいないだろう『-女帝-雨水刹那』は卒業式の折に先代照星達に次代の照星達に立ちはだかる壁となり、自分達を成長させたように彼等の成長を促す者として居てやってほしいと頼まれていたことが発覚した。
本人にも我が新聞部は確認を取ったが否定されることはなく、またその場面を見ていた生徒もおり、信憑性は高いものと判断。これを掲載するに至った。】
新報のぶちまけた情報には多くの生徒が驚愕し、また先代照星達が女帝を認めていたことを知るには十分過ぎる記事だった。
偶然にもこの記事を一人で見ていた織女は一組へと歩いていく。
「ご機嫌よう。刹那さんはいらっしゃいますか?」
「おや、織女さん。今日は私に御用事ですか?」
「ええ。少し二人で話せればと思いまして。今は、大丈夫でしょうか?」
「ええ。構いませんよ。では、密さん。私は少し失礼いたします」
一組は先日の中間考査において首席が二人、片や転校生、片や『女帝』だったことがクラスでの話題をさらっていった。
当然ながら話は学院における照星についての話題へと移り、
織女に連れられて刹那が来たのは屋上。ここでなら早々人が来ることはないという織女の配慮だろう。
「それで、お話とはなんでしょうか」
「今朝、セラール新報を拝見いたしました。あそこに書かれていることは事実なのですか?」
「…ええ。多少なりとも誇張された表現を使われたりはしていましたが、大筋では間違っていません」
現場には千歳がいたため目撃した生徒は新聞部の人間で、私にわざわざ質問に来る必要性はなかったので新聞にある『否定はされなかった』というのは誇張だ。
まあ、刹那自身としては記事してもらいたかった内容でもあるし、実際には記事の内容のことは千歳以外にも数名は知っている話なのだ。そのうちの一人は──
「なるほど。織女さんが記事の内容を知らないということは美海さんは貴女にこのお話をされてはいなかった、ということですか」
「えっ?美海さんは知っていたんですか?」
「ええ。昨年の成績順でいけば美海さんは奉仕会会長もやっていたことですし、順当な照星候補でしたし。立場としては鈴蘭の宮に近いところに私は立つのだろうと考えていましたから、その筆頭候補には話をしておくべきかと思いまして、ね」
その流れで本年度の奉仕会会長のすみれも知っているが、さすがに妹に隠し事というのも刹那としてはどうだろうと思っていたので気にしていない。
「ですが、それなら刹那さんは照星を辞退する気でいるということですか?」
「そもそも、昨年・一昨年と照星達と刃を交えていた私が照星にふさわしいかを考えたときに、ほとんどの生徒は私を候補から除外すると思いますよ」
「それは──…っ」
織女には二の句が継げなかった。刹那の説明には明解な不備はなく、ただ事実を伝えてきている。
「それに、照星というのはある側面から見れば単なる栄誉でしかありません。もちろん、この学院の奉仕会の上──学生達の最終意思決定機関の側面があることは認めましょう。しかし、それを差し引いても私には魅力はありませんし、私は基本的に権威にケンカを売りたい人間なので…」
事実、二年間の間で照星達にさんざん絡んでいった生徒は刹那一人だけ。そう考えれば刹那がこの学院においては異端児だとわかるはずなのに…。
(どうして織女さんはこうも絡んでくるのか…?)
「栄誉であるとわかってはいてもそれを享受する気はない、ということですが。では、刹那さんにとってこの『照星』とは何だとお考えなのでしょう?」
「『照星』とは何か、ですか。私見でよろしいのでしたら、成られた方にとっては栄誉であり、周囲の者にとっては憧れである。それ以上のものはないと考えていますよ」
「であれば、貴女が照星になることも問題ないのでは?」
「ふむ…。織女さん、貴女はなぜそう私に照星という立場を推すのでしょうか?」
「えっ?」
「私には魅力がないと答えたものをなお、貴女が私に推す理由です。貴女なりに理由がおありなのでしょう?」
「それは──」
織女が口ごもったことで刹那も考える。なぜここまで織女は自分に『照星』を推すのか。
先ほどから答えているとおり、自分には魅力がないのだ。照星になることに。しかし、織女は私がそこにいることを望んでいるように思えてしまう。
(もしや、織女さんは──)
一つの仮説が浮かんだ。しかし、それはあまりにも独善的で──
「織女さん。まさかと思いますが私が密さんと同じように貴女を負かしたから推したりしてませんよね?」
「え、ええと…」
明らかに狼狽した様子の織女に刹那はため息をつくしかなかった。
「織女さん。貴女が負けず嫌いな気質なのはわかりました。しかし、ただそれだけでここまで突っかかられても困ります」
「わ、私は…そういうつもりではなくて…」
「なんとなく言いたいことはわかりますよ。しかし、ならばなおのこと、私は照星を辞退せざるをえません」
「な、なぜです?」
どうやら織女には本当にわからないのだろう。
──故に、刹那は気持ちを、意思を『女帝』たる自身に切り替わる。
「私は『女帝』。『照星』を試し続ける壁たる一人の生徒として今代の照星達に立ち塞がる者。先代照星達との約定を護るためにも、私はこの立場から逃げるつもりはない」
「───っ!」
そこにあるのは『誇り』を持って立つ『女帝』たる生徒。強き意思を貫く者。
「風早織女。貴女が照星足り得るというなら、私は貴女を試し続けよう。それが──私が『女帝』たる務めである!」
気圧されたように固まった織女を置いて刹那は屋上から去る。
★
-織女side-
屋上の扉が閉まるのを見届けて、織女はその場に座り込んでしまった。
「はぁ…。まさか、あれほど怒るとは思っていませんでした…」
触れただけで斬られるような鋭利で苛烈な怒気。
(自分の我が儘を通そうとしてしまいました…)
今年から自分は我が儘になるのだと決めたとはいえ、それを他者に強要してしまった。それも無意識に…
「怒られて当然ですね…」
立ち上がる。スカートの埃を払うと屋上の扉に手をかける。
「刹那さん。私は、貴女にも『勝ちたく』なってしまいました」
気持ちは切り替えれた。もう、あのような我が儘は止めておこうと、織女は自身に誓う。