既に戦いを終えたシーチェや軍のメンバーが見守る中で語られる覚悟。
何の為に戦うのか。改めて気付かされたリクは更に成長する。
それを見ながらシーチェは複雑な感情を抱いていた。
シーチェの俯く顔に映ったのは深い悲しみだった。リクはそれが見えた瞬間、理解した。
やはり戻って来るつもりはないんだ。彼女は彼女の全てを奪ったゲランへの復讐の為に力を出しているに過ぎない。サッティア街道で語られた事は本心だった。
しかし、彼女が無実だった事を知った今,,,その存在に感謝している自分が居る。あの時の様に戻れないかと、自分勝手に思っている狡い自分が。
彼女は3年前、沢山のものを護ろうとしてくれた。
父と重ねたこの国の未来、平和。人々の想い。
それを壊そうと企む存在に気付き、1人戦っていたのだ。
志半ば、無実の罪で捕まっても。きっと地下牢の中で苦痛に顔を歪ませながらも彼女は最後までそれを護ろうとした。
部屋で最後にすれ違った時の、仇を見る冷たい目を向けた自分すら彼女が護ろうとしたもの。
あの時、全てをこの手で振り払ってしまった。
そして時を経て今度は自分が全てを失おうとしている。
俺は今、どうして戦っている?
(俺の,,,覚悟。あるじゃないか)
父の様にこの国を治め、平和を愛し民と共に生きる。
それを護ろうと志を重ねてくれる人々を護る事。
「今度は俺が護る番だ,,,」
もう二度とこんな悲劇を起こしてはならない。
「覚悟を見せてみよ!王として!リクとして!」
「うォォォォッ!」
リクはクルバルカを構え、待ち受けるベネットに真っ直ぐ突き進み、槍を振るった。
一撃ずつに自然と込められる“覚悟”。今まで一方的に攻められていたリクが押し込み始める。
「むっ、そなた,,,やはり似ているな」
「父上の遺したこの国を護る。そしてこの国の為に志を重ねてくれる皆を護る!それが俺の覚悟だ!」
「で、あるか,,,!」
数合の打ち合いの後、リクの一撃とベネットの一撃が重なる。お互い胸を狙った槍の矛先。ぶつかり合った瞬間、ベネットの槍が弾かれクルバルカの矛先が鎧の手前でピタリと止まった。
「そのまま振り抜かれたら俺は死んでいただろうな。そなたらの覚悟、見させて貰った。契約を受けよう」
「ありがとう。頼りにさせて貰うぞ。ベネット、1つ訊きたい」
リクは打ち合ってからずっと気にしていた事を訊ねた。それは彼の槍の動きだ。
「あんたの槍の扱い、もしかして父上と同じじゃないか?」
「流石に打ち合えば盾の動きを交えても分かるか。左様。俺の師とそなたの父、先代国王は同じ槍の師だ。もう亡くなってしまったがね。だからお父上とは良きライバルでもあった。よく稽古の相手をして頂いたから俺に常々仰っていた。“俺に何かあった時は息子を頼む”と」
「そう、だったのか,,,父上がそんな事を」
生前そんな話をした事はなかった。寧ろ厳しすぎて余り良く思って居なかったのが正直な所だ。
難しい事は苦手で、父の様に武に優れていれば国など治められると当時は本気で思っていた。
「だから俺はそなたが来た時、俺も力になろうと思って居た。打ち合えて本当に良かった。安心して、付いていける」
そう言ってベネットは初めて笑顔を見せ、そのまま団員達に指示を出した。
「皆聴いてくれ。俺達は今日からリクの戦列に加わる!彼が俺達の依頼主だ。報酬は出来高制、彼が勝つまで生きてれば今後一生の生活と仕事が保証されるぞ!ベネット傭兵団イチの大仕事だ。気張って行くぞ!!」
「「おう!!」」
団長の檄に団員一同の返事が重なって空に響き渡った。
〈カパダ城〉
ベネット傭兵団との契約を取り交わしてからすぐに帰路に就いたが、城に戻ったのは既に日が落ちきって星が空に輝く頃だった。
城門も賊対策の為に閉じられていたがすぐに開けてられ、警衛の兵士が門の前に整列する。
「国王陛下ご一行に!捧げェ!」
並んだ〈剣士〉達が隊長の号令で見事に動きを揃えた部隊敬礼を見せる。気を付けの姿勢で左手は体側に付け、右手で抜いた剣を斜め45度に真っ直ぐ伸ばす。その間を抜ける頃に“捧げーやめ!”の号令が後ろで掛かり、持ち場に戻る指示が出ていた。
「皆も今日はご苦労だった。ゆっくりしてくれ、と言いたい所だが明日も忙しいだろう。今日はこの場で解散にするから疲れを残さない様に頼む」
リクと私で道中に話し合った通り、部隊を今日は解散させた。各々散って行く中で私は少し皆と距離を取るため、敢えてリクに話掛ける。
「あの、本当に私もいいんですか?」
「あぁ。いつも無理を言っているし、今日は疲れたな。明日からまた,,,宜しく頼む」
「はい,,,ありがとうございます」
私達の間に微妙な空気が流れる。
傭兵団のアジトでの出来事があってから私の方がぎこちないのが何となくリクにも伝わっている様で彼も少し様子が変だ。
(だけどもう,,,私が気にする事はない,,,ないんだ)
そう言い聞かせ、私は彼の前を去る。
「失礼、します」
リクはあぁ、としか言わない。
モヤモヤしたまま寝れそうにない。温泉でも入っていくとしよう,,
山の麓から湧き出る人が火傷しない程度に温まった天然のお湯で体に様々な効能があるという温泉。女性には嬉しい美肌効果や老廃物排出や病気を治す力もあるとか。
兎に角、早めの解散はありがたい。
リクと別れ、荷物を纏めた私は早速温泉を探して町に繰り出す。
町には燭台の灯りが町中の建物と行き交う人々を照らし出す。港町カパダは酒場も多く、日が暮れても活気は昼間と大して変わらない。酒場の女の子が帰還兵を狙って声掛けをしている様子を脇目に少し先の通りに見える“温泉”の看板を真っ直ぐ目指した。
噂には色々聞いていたが、実は入るのは初めてだったりする。
軒先を潜り、どうすれば入れるのか分からず真っ先に受付の女性に声を掛ける。先ず武器を預かると言われた。肩に掛けている弓と矢立を外して預けると代わりに小さな瓶とタオルを3枚渡された。
「お客さん、初めてですよね。入浴する前に必ずその瓶に入った石鹸で体を綺麗にしてから入浴して下さい。大きいバスタオルは上がった後拭くのと体に巻き付けるのに使って下さい」
「ありがとう。ゆっくりさせて貰うわ」
「男女で浴場は分かれて居ますが、念の為バスタオルは巻き付けて入られる事をおすすめします。たまに現れますから,,,覗く輩が」
壁を挟んだ隣で女が入浴していると分かったら確かに輩も現れそうだ。私は沐浴中に近くに弓を置いてあるので見られたらその場で射殺すが今回はそれは出来ない。
「ご親切にどうも」
私は受付から女湯と書かれた方の扉を開けた。
広く作られた脱衣場には鏡も設置され、1人1つずつ使える様にカゴも置かれている。こんなに広い脱衣場だが、どうやら私しか来ていない様だ。それを見て私はほっと息を吐く。
(これなら傷痕見られなくて済むから良かった)
傷痕なんて戦いに身を投じているのだから多少は誰しもあるのだろうけど女性からしたら見ても気持ちの良いものではないだろう。男性なら“傷は勲章!”みたいな風潮もあるのに。女はちょっと痕を作るだけでそれこそキズモノ扱いだ。
見られないうちに早く入っちゃお,,,と思考を止めて私はベルトに手を掛けた。
さっさと服を脱ぎ、タオルを巻いた私はいざ浴室に入り、さっさと石鹸で体を洗う。それだけでも清潔感が戻って心地よい。だが、お楽しみはこれからだ。
お湯で体に付いた石鹸を落としてから浴槽へ。
脚先からゆっくりお湯に入っていく。肩まで浸かると温かいお湯が全身を解してこびりついた疲れを剥がしていくのが感じられた。
(疲れ取れるわ,,,温かい)
脚を伸ばすと自然と力が抜けていくよう,,,広い浴室を一人占めしている気兼ねのなさもリラックスにいい作用をもたらしているのかも知れない。
(まさか私がリクの所に戻るなんてね,,,)
そんな事になるなんてあの日から考えた事もなかった。
ゲランへの復讐の為にこの国に戻った時も終わったらすぐに出るつもりだったし、あそこでゲランのトロンを喰らった時はそのまま死ぬと思っていたのに。
私は、この先も国で戦い続ける事になるのだろうか。産まれた時はなかった傷痕たちを見ると昔を思い出す。
私はゲランに拘束された時、地位や名誉、仲間、居場所の他にも拷問のせいで女性らしさも無くしてしまった。
この傷痕を見たら大抵の人間は引くだろう。
もし時代や産まれが違ったら普通の女性が歩む道を歩めたのだろうか?
(リクは今度は俺が護る番って言ってたけど)
私を護ってくれる、そんな人が側に居る事の想像をしようとして笑ってしまった。
「バカね,,,私」
本当にバカだ。妄想をしようとして止めた。今まで敵だらけだったじゃないかと思い返す。
侵略しようとするこの国の敵。
王位を脅かそうとする先代国王の政敵。
賊などの民の敵。
そして私の事を良く思わない私自身の敵。
その全てを武力と謀略で屠り続けて来た。こんなに敵に囲まれて普通の人生を歩めると思う方が無理な話だ。
生傷についてはこれ迄の分が私に返って来る番の時にゲランに拷問されたのが重なっただけと考える事にしよう,,,
(誰か来た様ね。そろそろ出ようかな)
浴室の扉が開く音が木霊し、楽しそうな女性の話し声が続く。
「あっ、シーチェさんも来てたんですね!」
「リラックスしてていいカオね。お湯加減は如何かしら?」
「リシアにアヤじゃない。とってもいい湯加減よ。疲れもかなり取れた気がするわ」
私の命の恩人の2人だ。そういえばあの時助けて貰ったお礼をまだちゃんと言っていない。もう少し入りながらお礼を言うタイミングを窺う事にした。
暫く浸かっているので逆上せそうになる前に縁に腰掛けて足湯に切り替える。上半身の熱がいい感じに抜けていく。
そうしながら2人の背中に目を向ける。2人とも白くて綺麗な肌をしている,,,勿論傷もない。羨ましいなと思った。
「シーチェさんのカラダってどうやったらそんな風になったんですか?羨ましいです~」
洗い場で体を洗っているリシアが突然こちらに声を投げた。私の,,,体?
「あの弓を振りながら細い体、かつ出るトコは出ている。そんなの反則ですわ」
リシアの話にアヤまで乗っかってくる。2人して私の体がなんだって言うんだ。確かに男にジロジロ見られる事は良くある。大抵睨み返すと目を背けるがそれが私の体のせいなのか存在のせいなのかは分からない。
「反則扱いされたって困るわよ,,,特に何かしたって事はないんだけど」
強いて言えば、小さい時は良く食べて良く動いて良く寝た位か。そんなに大きいって程ではないだろうと思いながら視線を下げる。
タオルに隠れ切れない谷間が視界に映った。谷間だって、多分ちょっとあるだけだ。ウエストの細さに自信はあるが。
「そんなに自分でまじまじ見て,,,自慢ですかー?」
「や、そ、そんな事ないわよ。恥ずかしいから止めて,,,」
そんな女子トークをしながら楽しい入浴のひとときを過ごす。
そろそろ行くか。私は温めていた話を切り出した。
「ねえ,,,2人とも。あの時助けてくれてありがとう」
「何を仰るんですの。私は友達、当たり前ですわ」
「昔の事は良く知らないですし、シーチェさんはいい人ですよ!元気になって良かったです!」
嬉しそうに答えてくれる2人はなんて良い人達なんだろう。リシアがそう思ってくれて嬉しいけど,,,私は悪人だ。死んでも女神には天国行きを認めて貰えないだろう。
そう思うと笑顔が少しぎこちなくなった気がした。
「そろそろ逆上せちゃいそうだから私は出るわね」
会話を切る様に私は湯を上がった。
「あっ,,,」
ほんの不注意だった。
浴室から出る時に軽く体を拭くタイミングで全身が露わになってしまった。体じゅうの傷痕が露になる。背中、腹、腕、腿。肩の所にも縦に切り傷の痕が入っている。
リシアの息を飲む声が聞こえた。驚くのも無理はない,,,
「その傷,,,戦いでですか?」
「,,,そうよ。醜いモノ見せちゃったわね、ごめん」
戦いでの傷ももちろんある。しかし、私の傷の殆どはゲランにやられたものだ。それは彼女に教える必要もないし、これ以上見られたくなかったのでそそくさと体を拭いて浴室を出た。
ー翌日ー
軍議室には馴染みの4人が揃っていた。
地図を見ながらまずはそれぞれの任務の進捗の報告から入り、傭兵団についてはリクが簡単に報告した。
対して募兵を担当しているブレグからも領内の村や町に募兵を伝える兵士を昨日のうちに出発させ、募兵を始めたとこちらも、簡単に報告があった。
「さて、それとは別に悪い話がある。ゲランが本腰を上げた様だ。ここから北にある城塞都市グラーヴァに敵が集結しているそうだ」
「公都を護る筈のグラーヴァが敵に回るとは。厄介だな,,,」
ブレグからの報告にゲクランが難しい顔をして逞しいヒゲを指で撫でた。彼はそこの守備兵長をしていた事もあるし、私も軍師時代に巡察に行った事がある。
城塞都市らしくシューターや投石器などが配備され、高い城壁がそびえ立ち、護り易く攻めづらい作りがされている。しかし、都市は鍛冶屋などの軍に必要な装備を作る職人が多く住み込む都市だ。
「数はどれくらいだ?」
「正確には掴めていません。1万は越えると言われていますが,,,」
「1万人、か,,,まともに戦ったら勝負にならないな」
「かと言って避けて通る事も出来ない。そうでしょ?」
私は地図上のある所を指で示す。
グラーヴァからカパダに続く街道の間にはユーヌ川と言う大きな河川があり、そこにはこの辺りでは唯一の石橋であるピアラ大橋が架かっている。
幅はそんなに広くないので大軍が渡るには隊列幅を短くし、列を長くして渡るという制約が掛かる。
行軍速度が落ち、行動に制約が出るそこに私はチャンスを見出だしていた。
「陛下、私に部隊を貸して頂けますか」
「何をするつもりだ?」
「橋に進軍を止める為の細工を仕掛けます。敵を橋をある程度渡らせた後で仕掛けを作動させて退路を絶ち、敵を各個撃破します」
私の頭の中で描いていることを簡単に説明したつもりだったが、皆の目が丸くなっているのが凄く印象的だった。
しかしこの作戦には大事な説明がまだ済んでいない。
「そこで、敵を誘引するのに囮が必要になります。それを私にやらせて頂きたいのです」
私の提案にちょっと待ってくれ、とブレグが口を挟んで来る。やはり心なしか以前より言葉にトゲがない。
きっと、彼も私の無実に気付いたのだろう。
「なんでそんな危険な事を自らやろうとする?君はもう,,,」
「そうね、この国の軍属ではない。だけどこれが最善の選択だと思うのだけど、貴方やりたい?」
「もちろんそうと決まれば行く事に恐れはないが」
「ただの攻撃とは訳が違うのよ。誘引以外にもやるべき事があるからここは任せて貰いたいんだけど?」
至って平和的にブレグとの話し合いは終了した。彼が私の意見を飲み、賛成してくれた事が決め手となり今回の作戦の方針が纏まった。
ー数日後ー
〈ピアラ大橋付近〉
突き出された槍の矛先を躱して私はその持ち主を斬り伏せた。それをもう何度となく繰り返し、少しずつピアラ大橋へと近付く。
ちょっと出ていって煽ると敵は私の策に驚く程あっさりと引っ掛かってくれて、城塞からは出撃可能な部隊の殆どを引き摺り出す事が出来た。
それは良いのだが,,,敵の反応と速度は私の読みより数段上だった。部隊が敵に追い付かれてしまい、想定より被害が出ている。
傷付き、倒れて行く預かった兵士達。負傷者を助けてあげる余裕も部隊にはなく、止めを刺されてしまうのを脇目に私は最後尾を走る。
(1度足止めしないと,,,橋に行くまで持たない,,,!)
汗が頬を伝って滴り落ちる。長い距離を戦いながら走り続け、息が乱れ始めた。
「軍師殿、指示をッ!このままでは全滅するぞ!」
「今は走りなさい!橋まで行けば、何とかするわよ!」
「その言葉忘れるなよ!総員、橋まで退却だ!」
部隊の兵長の命令に、部下達が逃げる。退却と聴こえはいいが、その姿は逃げ惑っているが正しいのかも知れない。平らに整備された土の道だが、昨晩の雨が染み込み泥となって足を取る。
私の目の前で足を滑らせて転んだ兵士が追われている恐怖で叫んだ。足が縺れて立ちあがれない。
「立てッ!走らないと死ぬわよ!」
私は怒鳴りながら彼を立たせて背中を押す。それと同時に斬り込んで来た敵の足払って転ばせて私もそのまま前に走る。
「こっちだ!早く来いっ!」
「ダメ!待たないで!!」
こちらで手招きをしている兵士に私はまた怒鳴った。
言われた彼ははっとして走り出したが、その彼が聞いてくれている事を祈って私は叫ぶ。
「伝えてッ!“待たずに始めて”と!!」
もう限界だ。これ以上は敵を離せない。私は道を逸れて森の中に入る。せめて少しでもこっちに追っ手が来てくれる事を願って。
「軍師が森に行ったぞ!お前達はそっちを追え!」
「死ね!悪魔め!」
「ッ!?」
脇から突然殺気を放って現れた敵の斬りをフェイルノートで受け止めたが、速度が落ちた。あっと言う間に複数人から攻撃に晒され、私は囲まれてしまった。
だが敵の指示から橋にも敵が向かった事は分かった。そうであれば一先ず作戦は成功だ。後は私が無事に復帰すればいい。
「万事休すだなぁ?“元軍師”さんよ!」
「良く見たら良い女だな,,,!突き出す前にたっぷり楽しもうぜ!」
男達が下衆な笑いを浮かべて好き勝手言っている。
万事休すじゃないし、私は幾ら積まれてもお前の相手は絶対お断りだ。
囲んで勝ったつもりでいるのなら教えてあげるとしよう。何故私の異名が悪魔だったのか。
「随分余裕ね。私と戦場で戦って“無事だった奴”は居ないのに」
相手は軽歩兵1個小隊、40人程度。この後ろには川が流れていて逃げ場はない。まさしく背水の陣ってヤツだ。
(切り抜けてやるわ,,,こんな奴等!)
そうと決まれば進むだけ。私は一番近くの敵に思い切り斬り込んだ。
〈国王軍陣地〉
「シーチェが消えただと?!何をしていたッ!」
「申し訳御座いません,,,!撤退中、単独で部隊を離れてしまい、最後に“待たずに始めて”と言っていました」
「馬鹿者!お前達を庇って追っ手を引き付けたんだ!」
「ブレグ止せ!あいつがそう言うなら、俺はそれに従う!囲い込んだ敵を掃討し、すぐに前進する。合図を出してくれ!」
リクの号令で工兵により、仕掛けが作動する。
こちら側で戦っている敵が跳ね橋の原理を使った仕掛けで反対側へ行く事が出来なくなってどよめくのが分かった。鎖を使い、橋の上に架けた丸太の列を引き上げる事で物理的に通路を遮断したのだ。
「射撃開始!敵を撃ち果たせ!」
シーチェの策通り、1ヵ所に固まり逃げ場を失った敵に弓矢と魔法の攻撃が集中する。炎が炸裂し、風が吹き荒れ、逃げ惑う所に矢が雨の様に降り注ぐ。
“ぎゃぁぁぁああッ!”
“助けてくれぇぇえッ!”
“熱い!熱いイィ!?”
少し距離が離れた陣地まで聞こえてくるのは敵の阿鼻叫喚。死を目の前にした力の限り救いを求める声とバタバタと事切れていくその光景にリクは言葉を失う。
こんなに一方的な戦場。敵と味方のぶつかり合うのが戦場だとばかり思っていた。
それがだ。たった自分の一言で沢山の命が失われていく本来ならこの国の民である人々。
「すまない,,,」
小さく、償いの言葉を溢す。
必ずこの国を平和を取り戻して見せる。
助けなきゃいけない。皆を。そして橋の向こうに残されて居る大事な人を。
だからその為に、死んでくれ。
「孤立した敵を掃討しつつ橋の向こうへ前進するぞ!俺が道を拓く!後に続けッ!!」
リクは真っ先に陣地を飛びだす。
射撃が止み、生き残った敵が部隊を再編して守りに転じようとしているのが見える。せっかくあの攻撃を生き残れたのに、更に攻撃に晒される敵に同情はない。
「我こそはシリアン公国国王リク=アインザッツ=フォン=シリアン!!我が槍クルバルカはシリアン公国の敵を屠る矛であるッ!平和を乱す者ども、この重みを知れ!」
「国王自ら出てきたぞ!討ち取って名を挙げろ!」
リクの敵へ向けた叫び。その表情にはこれ迄の戦いにはなかった鬼気迫るものが浮かんでいた。
ー数刻後ー
橋に誘い出した敵は一掃した。
反対側に居た敵の後退を確認した直後リクはシーチェを捜した。
戦いで血の付いた槍に鎧。それらを拭うなんてそんな所に気が回っていなかった。キョロキョロと視線を巡らせるが兵士の中に姿は見えないのでまだ戻ってないのか。
最後に橋を渡った兵士は彼女がどこに行ったか何も知らず、手掛かりは何もない。ただ、隠れるならここだろうと森の中に入る。
「シーチェ!何処だ!」
叫んで見るが、聞こえるのは風の音と木の葉が揺れる音くらいで肝心の声はしない。ただ、彼女がここに居た事を示すものが少し進んだ所にあった。
それは沢山の敵の死体。矢が刺さって居たり、体を斬られたりと様々な殺され方をしている。部隊を離れてこんな所に入ったのはシーチェを捜していたからに違いないのは直感だった。
「シーチェ,,,!無事でいろよ,,,」
地面や木に飛び散っている鮮血が彼女の物で無いことを祈りながら。
そして一回り大きな木の根元、その陰から出ているブラウンのブーツが見えてリクは駆け出す。シーチェが履いているブーツに間違いない。
「シーチェっ,,,!」
「,,,,,,,,,,,,」
木の根元を枕にして横向きに倒れているのは確かにシーチェだった。頭の上から足下まで血に染めた茶色のサイドテールの女性が静かに肩を上下させ呼吸を繰り返している。
穏やかな表情と呼吸を見ると恐らく力尽きてしまった感じだ。
「寝てる,,,のか。良かった」
あれだけの数を1人で相手したら疲れもするだろう。死体の数は40はあった。シーチェであれば勝てるだろうな、とリクは思いながら優しく肩を揺すって起こそうとした。
「シーチェ、起きられるか?」
「,,,,,,ん,,,」
反応が僅かにあったが、起き上がる気配はなくもぞもぞと体を動かすばかり。もう少し位は休ませてあげても良いだろう。リクは自分のマントを外してシーチェに掛けた。撤収まではまだ時間も掛かるはずだと考え、リクはシーチェの横に腰掛ける。
「こうして2人で居るのももう戻れないんだな,,,」
かつて何度となく、外で鍛練をしては2人で木陰に座って話した事を思い出す。話の殆どはシーチェからのお小言の記憶しかないな、と思い返しながら風の音を聴く。
それでもその毎日は日常だった。朝寝坊がするのが勿体と思っていたので度々早起きして、鍛練だと起こしに部屋に入っては怒られて。
「,,,もう,,,許可なく入るなって,,,いつも,,,,,,」
そう言われてたな,,,と思い出して、はっとしてシーチェを見るが相変わらず眠っている。寝言の様だ。
「俺とお前の仲だろ?,,,ってか」
いつもそう返していたのも懐かしい。もう戻らない日常だと知りながら、懐かしい思い出にいつまでも浸って居たかった。
「,,,,,,信じてよ,,,私じゃないよ,,,,,,」
ふと聴こえた悲しい声色。掛けたマントを握り締めて丸くなっている。小さく震えるその肩。
「そうだな,,,本当にごめんな」
絞り出すのが精一杯だった。