ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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ピアラ大橋で反乱軍を破ったリク達。
リクは戦闘中に単身で敵を引き付けていたシーチェを見付ける。そこで聴いたシーチェの言葉に罪悪感を隠しきれないまま、側に居たリク。
全てを失い、今尚苦しみ続ける彼女に更なる謀略が迫っていた。


第八話 動き出す真実

 

〈シリアン王城〉

「シューレ教の昔話を信じているのか?貴様も」

「あの竜と戦う人間を助けたお話の事ですか。教会で嫌になるほど聴かされた話ですが特に思う所はありませぬ」

「あんな与太話を信じているなら程度が知れる所だったぞ」

シューレ教の昔話ーかつてヴァルドラ大陸を襲った災禍から女神シューレが救ったとされる言い伝えだが、今は全ての国に布教され、それがこの大陸の伝説とされている。

ヴァルドラ大陸における唯一神シューレを祀る“シューレ教”は今では国家間の争いや調停に対しても口を出す程に力を持つに至る。

大司教を柱とした司教会の決定には例え王族であっても従う事が暗黙の了解になっている程だ。

「“滅びに面した人々の願いに女神シューレは応え、力を授けた。祝福を受けた人々は災禍の根源である黒竜を封印し、平和を取り戻した”ーそんな事がたったの数百年前に起こったのですかね」

ゲランと話すフードの男はそう言って鼻で笑った。

「その伝説の前、シューレ教は数ある国家の中の一宗教に過ぎなかった…と聴いたらどう答える?」

「これまた面白い事を仰る。唯一神ではなくかつては多くの神が居たと」

「それは答えではないな。そこに在るものを変えようとするのであれば民衆に大量の死体と死の恐怖、そしてそこからの逃げ道を用意すれば歴史は作れる。我輩が今している様にな」

「答えは“作られた歴史”ですか。今日は饒舌ですなゲラン様」

「…計画が進んでいる。シューレ教の下らん与太話も体制も消し去る為のな。貴様の方はどうだ」

「“黒の盾”を手に入れました。今宵にも楔を打ち込む手筈です。では、引き続き私の方も支度を進めますので」

フードの男はそう言って錬成した魔方陣からどこかへと消えた。

(奴は奴の目的がある…見極めを誤る訳にはいかん。用が済めば消すだけだがそれまでは働いて貰うぞ。復活の時まではな)

 

竜を復活させ、シューレ教の体制を崩壊させる。

自らの都合を優先し、一族を蔑ろにした偽善者共に鉄槌を下す。彼らは女神シューレの使い等ではない。

その真実を知るのは限られた者だけ。ゲランはその1人だった。

「では血で大地を染めるとしよう。今こそ貴様にその務めを果たして貰う…戦ってここを奪い返すまで殺し合うと良い」

 

 

 

 

〈ピアラ大橋近くの森〉

 

 リクは暫く待ってみたが、一向にシーチェが起きてくる気配はなかった。待っている時間で鎧とクルバルカの血は落とせたが外套の血はまだだ。

落としに行きたいと思うが1人にするのも些か不安が残り、結局外套はそのままになってしまった。

「すぅ…すぅ…」

 心地良さそうに眠るシーチェの穏やかな顔は一定のリズムで呼吸を繰り返す。

「ホント気持ち良さそうに寝てるな,,,」

 木の根を枕に横になったまま、見付けてから体勢は変わって居ない。何時もは何事にも警戒を怠る事なく隙を見せることのないシーチェだが、自分のことになると時折こうして隙を見せる。

リクはそっと顔を覗き込んでみた。

「すぅ……っ。ひゃっ!?ケダモノッ!!」

「えっ?!」

 今まで寝息を立てていたシーチェが突然眼を覚ました。しかもリクを敵だと思ったらしく襲い掛かる。素早い動きとリクも想像していなかった動きで対応が遅れ、シーチェはリクを倒すと馬乗りになり腿のナイフを抜いた。

 彼女の全く無駄のない殺しの動きにリクはその手を咄嗟に掴みながら慌てて叫ぶ。

「待て!シーチェ俺だ!」

「はぁはぁ…リク?!」

 眼に宿っていた殺気が少しずつ薄れ始める。寝込みを襲われたと勘違いした牙を剥いた顔も次第に戻った。

「どうしてここに…?」

 事態を飲み込んだらしいシーチェが慌てて立ち上がり、リクを引き起こす。起きた瞬間の強烈な殺意は既に消え去り、申し訳なさそうな表情をしている。

「ごめんなさい。こんな所で寝てしまった私が悪いのに…ここで守っててくれたの?」

「あれだけの数を1人で相手したんだ。疲れるのも無理はないさ。それも気にするな」

「流石に疲れたわ。彼らは少しでも生還出来たかな?」

「橋を渡った兵士は交代で休んで貰った。皆感謝していたぞ」

「それは良かった。体を張った甲斐があったわ」

そう言ってシーチェは微笑んだ。昔から変わらない自分より他人最優先の性格とその笑顔にリクも自然と笑みが溢れる。

それも一瞬の出来事で、すぐに神妙な顔付きになったシーチェが訊ねた。

「時間は今あるかしら?ちょっと話をしたいの」

「あぁ。大丈夫だ」

「ここじゃ場所も良くないし…川まで行かない?」

 誘いはありがたいが、彼女の表情は浮かないままだったのがリクには引っ掛かった。

 

 

 ピアラ大橋の周辺に広がる森にはユーヌ川に繋がる沢山の支流がある。その中の1つの畔でリクとシーチェは腰を下ろした。

「あー暑苦し…これ、外していい?」

「構わないが」

 胸当てを指指すシーチェ。リクが肯定する前に留めているベルトを外していた様だが気にせず続けた。

「それで話ってなんだ?」

「……」

「黙ってたら分からないだろ。どうしたんだ」

「…そうよね。貴方は、戻りたいって思う時はある?私がまだ軍師だった頃の時に」

 そう呟くシーチェは顔を上げず、じっと川の流れを見つめている。紡がれる言葉が震えている様な雰囲気をリクは感じ取っている。

「戻りたいさ。戻れるのであるのなら」

「…ありがと。でも私は戻らない」

「そう、だな。戻ってこいとは俺からは言えない」

「えぇ。この前そう言ってたもんね。でも、私がお願いしたって戻れると思う?」

 もう無理よ…と言うシーチェの言葉にははっきりと訣別の意思が込められている。

「何故だ?」

「何故?考えれば分からない…わよね。本当にこのまま戻れると思っていたの?戦いが終わった頃には元に戻って私が軍師に落ち着くだろうって思った?」

 リクは思っていた事を図星を付かれ、言葉を出せなかった。そうなったらいいとは考えた事があるだけだが。

 シーチェはリクから返事がない事で更に感情を昂らせて言葉を叩き付ける。

「私が戻る訳ないわ。失ったものが多すぎるし、もう戻る義理もない。私は復讐の為にここに居るだけ」

「…あぁ。戻ってこいとは言えない、言えないが1つ俺も思っている事がある。どこに行っても生きてて欲しい」

 彼女が戻るつもりがない事は分かっている。償えない罪を抱えてどんなに謝罪しても、何を与えようとも。彼女は戻ってくる事に首を縦には振らないし、それを思うこともない。

 だけど一緒の時を過ごした人間としてせめて生きていて欲しい、と伝えたつもりだった。だがその言葉を聴いたシーチェは声を上げて笑ったのだ。

「あはははははは…!生きていて、って私に向かって言うの?!私は“死んだ”わ、とっくにね!生きる希望も夢も居場所もない。こんなに辛い事も今の私にはないわ!」

「シーチェ…!」

「笑ってごめんねリク。笑わずにいられないの…私にあるのはゲランへの復讐心だけ。私がこの軍に居るのも、それまでだと思っていて」

 言いたい事を一方的に言ったシーチェは胸当てを手に離れて行ってしまった。残されたリクは思わずその細い腕を掴んだ。

 彼女の生き様を示す傷だらけの肌が目に入った。

「やめてよ!私が忠誠を誓って、良くする為に働き詰めた国から蔑ろにされて、痛め付けられて…どうやって生きていくの?」

「違う!それでも死んだらいけない!あんたが死んだら悲しむ人間がいるんだ!」

「私が死んで悲しむ人間って誰?!居るんなら教えて欲しいわ!」

 リクの手を振りほどこうと暴れるシーチェ。リクはそれ以上彼女を留めて置くことが出来なくて彼女の手を離しすと、森の奥へと消えて行ってしまった。

「俺だよシーチェ…死なないで欲しいんだ。方法も見付かってない、この償いが出来なくなるじゃないか…」

 

 

 

「ごめんねリク。ああでも言わないと断ち切れなかったの」 

 その日の夜。私は1人で星空を眺めていた。リクに言葉を叩き付けたあの川の畔で腰掛け、静かな風と木の葉の唄を聴きながら思い返す度に自分が嫌になる。

 本当は私だって戻りたいのに。人を信じるのが怖くなったせいで人の優しさに怯えている自分。

 だからその優しさがこちらに向かない様に。それが無駄にならない様に。私は牙を剥いた。

「…生きる、か。考えた事もなかったかもな」

何故生きていくのか、なんて微塵も思った事ない。

私の生に意義を見出だすーそれを見付ける前に既に決められた道があり、その脇には問題やらが山の様に積み重なっていた。だから考える時間が無かったと言えばそれも正しい。

「ゲランを殺した後の事…」

 改めて考えてみるがすぐに思い付くような事はない。

 小さい子供がパン屋さんになりたい、とか先生になりたい、とかと同じレベルなのかと言われるとそんな気もしないでもないが、何も見当たらなかった。

 吐いた溜め息が畔の空気に散っていく。ぼーっと川の流れを眺めていると近くに何かの気配を感じて私は弓を手に立ち上がった。

「そんなに警戒しなくても平気だ。僕は君に攻撃するつもりはないよ」

 どこからか、確かに聴こえる男の声。気配は消している。攻撃するつもりがないかは今のところ分からない。

「信用ならないわ。姿を見せなさい」

「そりゃそうだよね。僕はここには居ないから姿は見せられないけど…じゃあちょっと待ってね」

 声は子供の様なトーンだが子供程低くない。話の仕方はまるで子供と話をしている感覚…いや子供かもしれないのだが。しかし、光の粉の様なものが集まって形成された人の姿は性別はおろか、大人か子供かすら判別出来ないものだった。

「何者なの?」

「僕はこの川の精霊だよ」

「…私に見惚れて出てきたわけ。私をバカにしてるの?」

「そこは乗ってくれるんだね。君は確かに魅力的だけど。川の精霊ってのは冗談だよ」

「そんなの居て堪るもんか。で、何の用なの」

 私は弓を下ろして問い掛ける。この話す物体の正体を掴まない限りは安心は出来ない。 私の本能がそう言っているが確かに敵意は感じなかった。

「君を助けてあげたくて出てきたんだ。君は頑張ったのに可哀想な過去があるんだね」

「…あんたが私の何を知ってるってのよ。見えるにしたって人の過去を勝手に覗くもんじゃないと思うけど」

「まぁそこは置いといてよ。ここからは端的に行くね。君は自分だけでも生きていける力が欲しいと思っている。違うかい?」

「1人で生きていく力?」

「誰にも関わらなくても孤独を感じなくても気にならない強い心と力強さだね。今の君は孤独が怖い様に見えるよ。そして人と繋がる事も怖い。違うかい?」

 

(1人で生きていく力…どうしてここまで読めているの?まさか本当に見えてる?)

 私は思わず黙ってしまう。見も知らぬ物体に心の中をぴたりと読み当てられ、恐ろしさすら感じた。

 

「君は生きる意味を見付けられない。しかもそれはいつ見付けられるか分からない。それを見付ける為に生きる、これならどうかな」

「私の生きる意味をこれから探すの?」

「そうだ。だから君は死んではいけない。何事かを成すかもしれない命だ。大切にしないと。だから僕から乱世を生き抜く力をあげよう。ちょっと苦しいけど、耐えてね」

「えっ…?」

 光の集まりはその手の様なものを私に向ける。

 その瞬間、私の体が黒と紫が混ざった様な焔に包まれてしまった。

「きゃぁあっ?!」

 熱いと言うより苦しいの方が大きい。黒い焔が私を焼く間、息を繋ぐ事で精一杯だ。このまま焼かれていては体が持たない。

「くぅぅうぁぁっッ…なに、すんの…!」

「僕の力を分けてあげてるのさ。体に入ってしまうまでだ。頑張って」

確かに、何かが入って来る変な感覚も焼かれる感覚に混ざっている。だが体は正直で、もう限界だと訴えてきており膝から力が抜けた。

「もう少しだよ!」

「はぁ…ぅ、っぅ…」

 苦し過ぎてもう声も出せない。叫びたいのに。

 もうダメだと思った時、焔は突然消え、それと同時に苦しさから一気に解き放たれた。地面に手を付いて、私は貪る様に息を吸う。

「これで君にも力が分けられた。後は死なない様にだけ気を付けてね。応援してるよ。僕は君と同じ目的があるからね…あと、自分に素直に生きたらいいんじゃないかな。じゃーねー」

 息を整えている間に光の男は消えてしまった。

(じゃーねーじゃないわよ全く…!)

 力を与えるとか頼んでないのに勝手に押し付けていって、と文句も山程あるが彼が私の生き方にヒントをくれたのも事実。

 生きる意味を探すために、自分らしく生きる、か。

「少しは感謝すべきかしら?けど何者なの」

 川の精霊でない事だけは間違いないだろう。しかし、私の過去も知っていて人の心を読める様な存在だ。敵か味方かも分からない。それに不思議な力を持っていて、あの焔を喰らったから想像出来るが、恐らく攻撃する事も出来る筈だ。

 あれだけ焼かれたからダメージを負ったと思っていたが、呼吸が落ち着いたら体は普通に動いた。不思議な体験だったが他人に言える話ではとてもない。私は弓を手に川の畔を離れたのだった。

 

 

 

〈ピアラ大橋ー国王軍野営地ー〉

 

今日の戦いを終えた兵士達が天幕を張ったりしている様子を傍目に準備を急ぐ喧騒の中を歩いている。割り当てられた天幕がこの道の先だと言うので荷物を持って置きに戻っている所だ。

その途中で糧食班の天幕と仮設の調理場があった。そろそろ日も暮れて夕食時になるが、動いている人の姿が少ない。そして道の真ん中でエプロン姿の兵士がキョロキョロと周りを見渡していたので私は声を掛けた。

「どうしたの?」

「あっ軍師殿。実は糧食班の人手が足りてなくてまだ調理が進んでいないのです…誰か手伝ってくれる仲間を捜していたのですが」

 人手が足りないと言うのは戦場ではままある。しかし補給、特に糧食の問題は士気や忠誠心に関わる。腹ペコの人間を抑えるのは食い物しかない。

それを担当する糧食班が人手不足なのは大問題だ。

「もし良かったら手伝おうか?」

「ぐ、軍師殿自らですか?それは畏れ多いです…」

「ずっと前の遠征ではそんな事もあったのよ。任せてくれない?邪魔にはならないから」

「お手数お掛けします…ではお言葉に甘え、宜しくお願い致します。こちらへどうぞ」

 兵士に連れられ調理場へ。エプロンと今日使える食品のリストを貰って目を通してみると結構潤沢に揃っているみたいだ。これなら大抵のものは作れる。

「まぁイケるでしょ…うん。決まったわ」

 私はエプロンを結び、食材の山と対峙した。

 

 

 リクのとエリフが食事を取ろうと糧食班に訪れるとそこには人集りが出来ていた。

通常、野営地や行軍中の食事は部隊毎に並んで取るので糧食班の前に人集りになるような事はそう起きない筈なのに今日はいつもと様子が違う。彼らは食事を貰うために並んでいる訳ではなさそうなのだ。

「何かやってるんでしょうか」

「行ってみるか」

 好奇心に引っ張られて人集りに混ざってみると確かに珍しい光景が広がっていた。

「ごめん!そこの胡椒と塩取ってくれる?そこの大鍋は沸騰しそうだったら弱火にしておいて!」

 黒のシャツに茶色のサイドテールが調理場で右往左往している。そこに胸当てでなくエプロンを着けたシーチェがあちこちの調理を担当していたのだ。

そのスピードと手際の良さが並みの兵士のものではなく、切り分けや炒めなどを料理人の様にこなしていく。

「パンは焼けたやつから移しておいて!次もすぐ焼かないと回らなくなるわよ!」

 調理場で自ら動きながら指示を飛ばしている表情はいつもより明らかに楽しそうで、その姿に人が集まっているのかとリクは納得した。

「以前は遠征時にシーチェさん自ら調理をされていたんですよ」

「エリフは知ってるのか?」

「私も賊の討伐で遠征に出た時、彼女の食事を頂きましたから」

 エリフが言ったのはリクがまだ出陣を許されなかった頃の話だ。先代国王が戦いたがるリクを留め、シーチェを筆頭にした討伐軍を興したのは数え切れない程ある。

 その時、時折こうして調理を手伝っていたのはリクは初めて聴いたと思った。

 軍の指揮官とも言える人間が自ら食事を振る舞うのは普通では考えられない。忙しいのもあるが、時間があっても出されるのが当然だと考える人間は多い。

「彼女の指揮する軍が常勝無敗だったのは士気の高さと彼女を皆信頼していたからです。自らを常に顧みず、自らの指揮で戦う兵士を労う姿を見て、兵士は常に勇敢でした。彼女の指揮に応えようと集った力が爆発するのです」

「今の公国軍には残念ながらそんな将はいないな」

「はい。我々はとても大きな存在を失ってしまいました。陛下、シーチェさんはやはり…」

「戻らない、そう言われたばかりだ」

「そう、でしたか。そうだとしても彼女とコミュニケーションは取り続けるべきです」

「そうだな」

 日中にあの話をされた後では話をしたところで意味がない気がしてしまうが、確かに関係を絶つ訳にもいかない。ゲランを討つまでは居ると言っていたが、チャンスと捉えた時に1人で出ていってしまうかも知れない。

「その感じだとシーチェさんに何か言われましたか」

エリフは表情を崩さず正確な所を突いた。エリフの鋭さは群を抜く。大抵の事は見透かされてしまう。

「あぁ。だから少し話しづらいんだ」

「でしたら、私からお話してみますよ。どうなるかは分かりませんが、食事でもしながら…」

 そういって視線を調理場に向ける。調理は終わりを見せ、皿などを用意して配膳の支度に取り掛かっている様だった。その用意も自ら行い、配膳の指示を出しながらトレーを持って並んだ兵に自ら食事を振る舞っているシーチェと一瞬視線が合った。

「お食事ですか陛下。今ご用意しますね」

「あぁ、頼む」

「こちらで召し上がるのでしたらお席でお待ちください。お持ちしますので…エリフも待ってて。一緒に持っていくから」

「ありがとうございます。陛下こちらへ」

 エリフに促されたリクは用意された簡単な食堂で空いている席に座ると、トレーを2つ持ったシーチェが現れたのはその直後だった。

「お待たせ致しました。バゲットに鶏肉のレモンソテー、野菜のシチューです。お口に合えばいいのですが。では失礼致します」

 静かにトレーを置いたシーチェは簡単に料理の説明をすると去って行った。

出来立ての料理は見た目もとても上品に出来ており、それぞれから立ち上る湯気と香りが食欲を刺激する。

「陣中食でこのレベルのものが出るのか…」

「味も一回り以上上ですよ」

「早速、頂くとするか」

 促されるまま、先ず鶏肉を切り口にする。良い加減に振られた塩とレモンの風味と鶏肉の肉汁が口の中に広がっていった。

「…美味いな。どこで覚えたんだあいつ」

「お母様から教わったと言っていましたが、詳しくは聴いたことがありませんね。相変わらず宮廷料理人にも引けを取らない見事な腕前です」

 この時ばかりは戦争の事も少しは頭を離れていく。詰まりっぱなしの脳の栄養と休息になればいいのだが、と感じながらリクとエリフはその後も滅多に食べることの出来ない野営地での豪華な食事を楽しんだ。

 

 

 

「ふう…ようやく一段落したかしら?」

「そうですね。残りの部隊の分は我々でやりますので。本当にありがとうございました!」

「貴方達も私に色々振り回されて大変だったわよね。私こそお礼言わないと」

 糧食班の兵士はとんでもないです。と笑いながら頭を下げてくれた。

 誰かにこうして感謝されるのもいつ以来だろうか、なんて考える前にお腹が鳴ってしまった。

「あっ…」

 顔がみるみる紅潮して真っ赤になるのが感じられる。お腹の音は何時でも聴かれたくない…恥ずかしい。

「ははっ、シーチェ殿も人の子ですね。私が用意して来ますので席で待っていて下さい」

「ごめん。ありがとね」

 私はエプロンを外して装具を手に簡易的に作られたイスとテーブルの1つを確保した。夕食のピークはもう過ぎていて、殆どのテーブルは空いていた。見えるのは当直等の交代で来た僅かな数の兵士のみだ。

「久し振りだけど疲れたわー…」

 野営地で食事を作るのももう3年ぶりになるのか。そりゃ知らない兵士も居て人集りにもなるわけだ。お陰でやりにくいったらなかった。

はぁ、それにしても疲れた。食事を持ってきてくれた兵にお礼を言って遅い夕食にありつく。水ですらが内臓に染み渡った。

「お、シーチェ!ようやく体が空いたんだな」

 いざ食べ始めようとナイフとフォークを手にした所で私の前にオレンジの髪の男がどかっと座った。細面でノリの軽そうなオレンジ髪には見覚えがある。

「あー、ハスタじゃない。いつ戻って来たの?相方と馬取りに行って逃げたのかと思ってたわ」

 ノクタス村で敵から寝返った傭兵の1人だ。暫く戻って来なかったので私はとっくに逃げたのだと思って気にもしていなかったのだが、どうやら戻ってきた様だ。

「あの後戻れなくて悪かった。やっと契約が出来たんだ。あんたのお陰だぜ!ありがとな!」

「私は何もしてないわ。態々そんなこと言いに来たの?」

「せっかく美人に会えたんだ。少しでも印象良くしとかないとな」

 腹ペコの私の手を止めさせた代償が口説くとは。私はムッとして警告した。

「私を口説くのは止めた方がいいわ。特に食事中はね」

「今後心得ておくよ。兎に角、ありがとう。これからも宜しくな」

 警告が通じたかは分からないが口説く、と言う所は彼なりの冗談だったらしい。ゆっくりな、と手を挙げて去るハスタを見送り食事を再開する。

 自分に素直に生きる、あの男のアドバイスは今の私には正しかったようだ。明日から何かが変わる、そんな気がちょっとだけした。

「あれ?私の右手、痣?」

 これまで全然気が付かなかった。

 痣にしては紋章の様にはっきり象られた何かが私の右手に浮かび上がっている。痛みはないのだが、違和感はある。しかしそれはスッと姿を消した。違和感も一緒だ。

「えっ?消えた?今日のあいつのせい?」

 思い当たるのはそれしかない。ただそのせいだとしてもこれがなんなのかはどんなに考えても答えが出そうにない。

消えたし、いっか。そう思って過ごしていたその後、私は夜に突然うなされる羽目になった。

 

 

 

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