ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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シーチェは何者かから生きる事のアドバイスと生き残る力と言われる何かを受け継いだ。痣となって発現したその謎の力はまだ本当の能力を表さず、時折シーチェを苦しめる。

勝利を続ける国王軍もいよいよ反撃を開始することになる。
目標は城塞都市グラーヴァ。味方を増やし続けるリク達だが、反撃は緒戦から高い壁にぶつかる。
策を弄するシーチェに従う仲間たちはそこで戦争の悲しい現実に遭遇する。


第九話 悲しみと現実

 

 

 

〈ピアラ大橋 国王軍野営地〉

 

 

「うぅ夜は冷えるな。全く静かでいい夜だし俺も早く寝たいぜ」

 月がもう傾き始めている頃、星空が綺麗に輝いている野営地を見回る歩哨は松明で周囲を照らして歩きながら呟いた。

 昼夜を問わず命の危険にいつ晒されるか分からない兵士にとっては敵や獣の襲来の無い夜はそれだけで有難いものだ。

 こうして深夜を歩いているとふと後ろが気になったりもする。振り向いて見ても誰も居ない。歩哨はふぅ、と息を吐いた。

「第2区以上ありません、っと。巡回もこの先で終わ...」

 ぅぅぅぅううう...!ぐぅうぁぁああぁ...

 歩哨の耳に確かにその音が聴こえる。夜の歩哨をしていると色んな事が起こるが、ここまで特徴的ないびきは初めて聞いた。

「いびき、か?変ないびきをかいて寝る奴もいるもんだ」

 沢山の人間が集まる軍隊だから、そんな事もある。天幕を飛び出して来て木に抱き着いて寝てる奴とか、鎧に頭突っ込んで寝てる奴とか。変な奴を思い出せばキリがない。

 そのいびきはこの先、最後の巡回エリアから聴こえて来るようだ。

「その実は獣に誰か襲われてるとか、やめてくれよ?」

 今の所はいびきなのか悲鳴なのかを確認する術は歩哨の彼にはない。万が一異常事態には歩哨は笛を吹いて知らせる事になっているのでその時は思い切りぶら下げた笛を吹き鳴らすだけだ。

 そう思いながら彼は歩みを進める。

 そうするとそれは疑問に変わった。

「ぐぅううあぁぁっ...はぁ、はぁ...」

「呻き声?まさかだよな?!」

 声の主は女性だ。近付けば近付くほどに分かる苦しそうな声。松明を手に歩哨は声の方へ走った。

 そしてそう離れていない所。声の聴こえる天幕の前で女性に呼びかける。

「あんた大丈夫か?返事出来るか?」

「...くっぅぅうっ...だ、いじょう、...うぅうぅぅ」

「すまん!入るぞ!」

 歩哨は入口の幕を払って中へ入る。

 物の少ない天幕の中、備え付けのベッドから転がり落ちてのたうち回る女性が苦しそうにもがいている。

 普段は結わいているから分からなかったが、髪を下した軍師のシーチェである事に気付いたのは枕元の弓を見てからだった。

「シーチェさん!しっかりして下さい!」

 呻くばかりで返事は返って来ない。そして、その苦しみ方は尋常でなかった。歩哨は一瞬考え、笛を取り出した。今は一刻も早く衛生兵を呼ばねば。

 笛を吹こうとした瞬間、“待って...”と脚を触られる感覚があって彼は止まった。視線を向けるとシーチェが呻くのを止めて呼吸を整える姿と、露わになっている傷だらけの白い太腿が目に映る。

(マジかこの人半裸かよ...!これ俺捕まるのか?)

 この軍では男性が女性の裸や下着を覗くのは重罪になる。だが、今回は仕方ないんじゃないか。

「ごめんね...騒がせて。もう、大丈夫...」

「ほ、本当に大丈夫ですか?衛生兵、呼んできますよ?」

 そうは言うが、心配だから見てもらった方がいいのではないだろうか?本気で心配しつつ、歩哨は彼女の姿には気付かない振りをして答える。

「たまにうなされるの...黙っててあげるから、お互い秘密にしましょ…?」

 呼吸を落ち着かせたシーチェは下から歩哨を見上げている体勢だ。そう言いつつもシャツを下に引っ張って顔を真っ赤にしているのを見ると年相応の女性の反応だ。

(なんだその目。頼むからやめてくれ...)

「わ、分かりました。し、失礼致します...!」

 騒ぎになる前に歩哨は天幕を後にした。

 

 

 

 歩哨が出て行った後も暫く顔が火照って暑かった。

 彼は心配して来てくれたのに面倒に巻き込まれないといいな。そう思いながら、ベッドに戻る。

 本当に何だったんだろう。いつもより寝付きが悪くてゴロゴロしていたら突然のアレだ。苦しくて、なんだか自分が自分じゃない何かに取り込まれるような、吸い込まれるような...

 何かと自分が一体化して自分じゃないものになっていく感覚。

 どれだけ暴れたのだろう。頭を掻くと髪はボサボサで、シャツは汗だくになってベタベタしている。冷や汗なのか、頬を汗が伝っていった。

 着替えて髪を梳かし、もう一度布団に入ろう。今度はちゃんと寝たいな...

 

 

 

 数日後...

 

 結論から言うと、あれからうなされる事もなく直ぐに眠りについた。

 助けに来てくれた歩哨の兵士が問い詰められているのを私が見つけて何とか誤解を解いた事を除けば毎日と同じ軍議をして数日。ピアラ大橋で反乱軍を破った国王軍は後続を待ってグラーヴァを攻撃する事を決定した。

 ベネット傭兵団や各地から義勇兵、また反乱軍を離脱した正規軍も合流しつつあり、兵力差はこの地に限って話をすれば互角かそれ以上となった。

 しかし相手は難攻不落の城塞都市だ。多少の兵力差では戦局を転じることに繋がらない。ここで犠牲を抑えて次の戦いに繋げることが求められる。

 また、私の策の出番という訳だ。

 

「最大の問題は城門をいかに少ない損害で破るか...献策させて貰うわね。もう一度カパダに入った時と同じ策を使う。目途は立ってるの。2日、私に貰えないかしら」

 シリアン王城を脱出後、カパダまでのサッティア街道を私達は行商団とその護衛に扮して敵の目をごまかした。カパダに入ってしまうまでバレなければいいと思っていたので十分に効果を発揮した。そして今回扮するのは補給隊。

 グラーヴァに入る敵の補給隊を襲撃して変装し、内部に入った部隊が戦闘中に門を内側から開ける作戦だ。

 引き籠っている敵は“この壁の中は安心”と思っている節がある、と私は敵を読んでいた。敵があの中から出てくる事はない。ならば内側から崩すだけだ。

 私の策は承認され、選抜メンバーを選ぶことになった。

 主だったメンバーはゲイガン、リシア、ハスタ、ベネット、アイゼン。後は合流したベネット傭兵団の傭兵20名。

「襲撃班はここに横列に展開。リシア、アイゼン、ベネットは後方で待機、その他のメンバーで攻撃する。攻撃の合図は先頭の馬車の御者を殺したタイミング。伝令や逃亡兵は必ずその場で仕留める事。今回は情けはいらないわ」

「一気呵成だな!腕が鳴るぜ!」

 バシッ!とハスタが拳で反対の掌を叩いた。やる気があるのは良い。私は一言“クレバーにね。ハートは熱くて結構よ”とアドバイスした。

「ケガした時は下がってリシアの治療を受けて。ハスタにも言ったけど皆、熱くなるのはハートだけにしておいて。冷静さを欠く事は何時でも命取りになるわ。質問がなければ解散して各々準備を始めて頂戴」

 

 

 部隊はそのまま解散した。

 私はその場に残り、地図を広げて確認を続ける私の横から声が掛けられた。

 恐る恐る、と言った感じだ。雰囲気を見て大丈夫か気にしたのだろうか?私は努めて明るく答えた。

「なぁに?何か私に用事かしら?」

「あ、あの...ノクタス村に行きたくているんですけど、この先で合ってますか?」

「ノクタス?それならこの先じゃなくてずっと東の方だけど何しに行くの?」

「村で戦っていると聞いて、僕達...」

「待ちなさい。ここは国王軍陣営よ。どちらに付くつもりか知らないけど返答如何では拘束するわ」

 服装や装備を見る限りでは兵士ではなさそうだが。

 話しかけてきたのは朱色のミディアムヘアーを後ろで短く束ねている〈アーチャー〉。目が細くて線の様にしか見えない彼はハボックと名乗った。もう1人は魔道士、かな。緑を基調とする魔道服と黒い短髪、そしてさっきから手を顔に当てて不思議なポーズを取っているのが物凄く気になる。

「...君、名前は?」

「よくぞ訊いてくれた!この俺こそ、天下にその名を轟かせる深緑の秘境の」

「彼はラスティーです。すみません、この変な口上は彼のなんというか...」

「おいハボック!俺のこの鮮やかな紹介を...!」

「...そこまで。ハボック、ラスティー。どちらに付くの」

 私は食い下がるように顔をムッとさせたラスティーの言葉を遮って質問した。

「「国王軍です!」」

 2人の声がピッタリ合わさり、私は思わずクスっとしてしまった。

 アイゼンと歳が近いだろう。騎士でも傭兵でもないのに、国の危機に力を合わせて戦おうなんて立派だと思う。

「あの、貴女が軍師のシーチェさんですよね?一緒に戦えて光栄です!」

「ありがと。ただ“元軍師”よ。今は正式ではない。理由は知ってるでしょ」

「はい...ただ父が元軍人でいつも話していました。“あの方がそんな事をするのはあり得ん!”って」

「...時間がないわ。今回は私の傍で動いて貰うから、仲間に挨拶してきて。あっちの天幕にいるはずよ」

 ありがとうございます!と言って去っていく2人の背中を見て私は溜め息が出た。

 これ以上守るものが増えて欲しくないのにという私がそうさせる半面、彼らのような勇敢な若者を見て頑張らないとと思う私がいるのも確かだった。軍師として、1人の戦士として。

 

 ここ数日、私らしく過ごすことで色々な事に変化があった。

 気持ちも多少明るくなったし、会話も少し増えた。

 何より軍師としての意識の変化が私の中であった。3年前のように、被害を最も抑え最大の損害を敵に与える。策を弄する中では与える損害と同時に受ける被害の予測も計算されている。

 私が軍師でありながら前線に出るのはその被害を少しでも減らしたいから。

 計算より少ない被害だったと聴きたいから。

 その時始めて命を多く守れたと感じるから、私は自分を殺してきた。

 

 

「いっ...またあの痣か」

 この前右手に現れた痣が今度は右胸の上、鎖骨の辺りに現れていた。これまで痛む事はなかったが、今初めてズキッとした。その痛みのお陰で我に返ったのだけど。さ、私も支度をしよう。

 

 

 

 

〈翌日 街道のとある場所〉

 

 山の方の空を見て天気が崩れるといったこの辺に住むという人の話は正しかった。

 先ほどから真っ黒な雲が空を覆い、大粒の雨が滝のように地面に降り注ぐ。風の影響もあって雨は降り注ぐというよりも吹き付ける、が正しい。持ってきた外套を着てはいるが、フードも意味を成さず顔に雨が当たって冷たいし痛い。

 攻撃する時に攻撃方向がせめて風下になってくれる事を願った。

「なぁ、本当に来るんだよな?」

「定期的に公都からくる便がある。いつかは来るわ」

「いつ来るかわかんねーのも大変だな...さみーし」

 外套を被っているが体を震わせているアイゼンがブツブツ言っている。文句を言いたくなるのも分かる。慰めるつもりで肩をポンポンと叩いた。

「まだ始まってないからね」

 にっこりと笑顔を添えて言う。どう思うかはアイゼンの勝手だ。

 とは言え、冷えは士気に関わるし笑顔でどうにか出来るほど安くはないのが事実。さみーし、とはおそらくベネット以外の全員が思っているだろうから早く来ることを願うばかりだ。

 

 

 それから少しして。街道の公都方面から猛スピードで走ってくる馬車と騎兵が見えた。

 シリアン軍の旗、2台の馬車、少数の騎兵。編成からして補給隊だ。兵士も馬車に幾らか詰めているハズ。

「仕事の時間よ。ハボックは止まった馬車の2台目の御者を倒したら仲間の援護。ラスティー、馬車燃やしたら許さないから。攻撃は私が先頭の馬車を止めたらよ!」

「「了解!」」

 急接近する馬車の御者に狙いを定める。風は収まっているから偏差は速度分だけ。

 先頭の騎兵が目の前を抜けた瞬間に矢を放つ。空を翔けた矢は狂いなく御者の喉を撃ち抜いて馬車を急停止させる。

「ぐわっ!?何をしている!」

「泥濘にはまったのか!」

 止まった馬車から降りてくる兵士たち。そこを目掛けて突撃するハスタやゲイガン達。

 襲撃の手始めは完璧なスタートだ。

「ハボック、ラスティー、援護は任せる。仲間の後ろから来る奴を狙って!行くわよ!」

 草を飛び越えて激戦の街道へ躍り出る。向かって来る兵士を1人、2人と切り伏せてハボックが射貫いた2台目の馬車の制圧を目指す。

 2台目の方は仲間も敵もまだ展開が済んでいない。わらわらと武器を手に下車してくる兵の群れに弓で先制して4人は倒した。

「あの弓、“悪魔”めこんな所にも...!おい、ロハスを起こせ!それと伝令をグラーヴァに、グハッァ!?」

 指示を出していた〈ソシアルナイト〉を斬り殺し、私は馬車に接近する。死んだ御者と交代しようとしていた兵士と2回打ち合った末、腕ごと首を切り裂いて返り血を被ったが雨がすぐに流してくれた。

 

「隊長が死んだっ!?クソ、ロハスを起こせ早く!襲撃されてる!」

「悪魔を囲め!やつを倒せば崩れるぞ!」

 そう仲間を呼んだ敵兵だが、私の傍にもハスタや傭兵の仲間が数人応援に来ている。

「先手必勝ッ!!」

 気合を入れたハスタが先陣として切り込んで行くのを見て仲間も続いてまたしのぎの削りあいが始まる。

 数は劣るが、優勢に進んでいる。私は戦場を見ながら鍔迫り合うハスタの横から迫る敵に弓を叩きこんだ。

「おっと、冴えてんね!」

「バカ!油断しない!」

「ミッシェルだけじゃなかったかーバカって言うの」

 そう言って素早く身を翻したハスタはまた違う方から迫っていた敵と相手していた敵を纏めて倒した。

 ハスタは口数も多いが腕も立つ。ゲイガンとは正反対だ。彼ももちろん腕が立つ。今も手にした斧と自分の怪力で防御の姿勢を取った〈ソシアルナイト〉の盾を叩き壊して持ち主を頭から落馬させた所だった。

「ゲイガンを見習って黙って仕事すべきだわ」

「俺は俺の良さがあるんでね。あの怪力は彼の売りだ。そろそろ俺の魅力に気付いたら?」

「...もう黙って。手元が狂うかも」

 2台目の馬車を制圧したハスタが声を掛けてくる。雰囲気は随分と余裕に溢れているが、私には持てない類のものだ。うんざりした私が塩対応でやっつけると彼はつれないねぇと呟いて1台目の制圧の応援に向かった。

 おかしい。まだ制圧完了の報告が来ないなんて。

「状況を知らせて!」

「兵士は居ないが、魔法陣からデッケェ男が出てきて暴れてる!」

「無暗に掛からず身を守って!すぐ行く!」

 シリアン兵の死体の間を駆け抜けて行くとすぐにそのデッケェ男の頭が見えた。頭にはマスクを付けられていて、どう見ても馬車に入るサイズではない。振り上げたハンマーの大きさだけで馬ほどはありそうだ。

「デカければいいってもんじゃないのよ!」

 思わず口に出てしまう。体長は3メートルは超えるだろうか。ゴツゴツの腕と足、そして割れている腹。本で見た魔物のトロールにそっくりな巨体がのっそのっそ動いてハンマーを振り回していた。

「オデノォォォォ、テキィ、コロスゥゥゥ!」

「こいつに刃物が効かん!まともに掛かったらマズいぞ!」

 ハンマーを躱しながら一太刀浴びせた傭兵が叫ぶ。足元に切り傷があるが、効果は見られない。

「グオォォォォォォ!」

 雄叫びのような低い声を出しながらの薙ぎ払いは空振りしたが、周辺の木を根こそぎ薙ぎ倒した。あれは捉えられたら死あるのみ。迂闊に近寄りたくない相手だ。

「ラスティー!出番よ!こいつを引き離したら死ぬ気で攻撃しなさいッ!」

 我が秘められし力を開放する時が...と向こうから聞えてくるが無視して指示を続ける。

「私達でこいつを馬車から離す!時間がない。さっさとやるわよ!」

「どうやって引き付けるんだあのデッケェのを」

「得意でしょハスタ。口説いてきたら?」

「バカ言え...」

 隣で怪物を呆然と見ているハスタに私は冗談を言って見せたが返事にはキレがない。はぁ、と一息ついて、フェイルノートを握り締めると私は努めて明るくハスタに言って聴かせた。

「ハスタ良い事教えてあげる。あんなの当たらなきゃいいのよ!見てなさい!」

 それと同時に地面を蹴る。泥だらけの地面に足を滑らせない様に気を付けて一気に距離を縮める。

「おいおいあんたマジか!?」

「シーチェさん無茶だ!」

 仲間の心配した声が叫ぶがそれも無視だ。

 無茶でもやらないと誰か死んでしまう。私に気付いた怪物がまたハンマーを薙ぎ払うのに振りかぶる。大きなモーションに遅い動き。対処はできる。ビビって動きを止めたら負けだ。

「テェキィィィィ!コロスゥゥゥウ!」

 近くで聞くと耳が痛くなる。キィィィンと耳鳴りがする中で、私は大きく上に跳んで薙ぎ払いを躱すとその勢いで肩を斬り付ける。手応えはない。刃は表面を少し裂いた程度だった。

 筋肉も皮膚も異常に硬い。予想内だけどフェイルノートでも斬れないなんて。

「チッ、やっぱりね...」

 奴の肩を踏み台に大きく背後に回った私。体を向けなおすと奴は目標を私に向けた所だった。

 これでいい。後は出来たら足を止めたい。

「ゲイガン!隙を見付けて足を狙ってみて!」

 藍髪の戦士は斧を構えながら静かに右手を挙げた。見えている拳から“心得た”と意思を感じ取る。

「オンナ...テキ...?テキ、コロス!」

「悪いけどあんたはここまでよ」

 私は矢立てから矢を2本取り出して番える。まだ奴の射程には入らない。

 

 

「穿て フェイルノート」

 独り言の様に呟くと向けている矢が黄緑に光って、私を中心に風を起こす。私の少ない魔力と弓を共鳴させる私の奥の手だ。

 極限まで魔力を送り込み、強烈な風を起こしながら飛翔するフェイルノートの矢。

「ママ?ナンデ」

「ママ?何を言って...」

 矢は狙い通りに怪物の目玉を貫いた。 

「グウオォォォォォォ!イダァイョォォ!」

 視界が急に失われたのと痛覚はあるのだろう。頭を押さえている。

 ただ、私はヤツの言葉に心を奪われていた。私を見て言った、“ママ”という言葉。

「フンッ!」 

 足元に駆け込んだゲイガンはその勢いを殺さないよう斧を振りかぶって、足首目掛けて叩き付けた。さすがの怪力と言うべきか。びくともしなかったヤツの皮膚を半分ほど断ち切って見せた。

「む...浅いか」

 離れてきて隣に並んだ彼が不満げな表情で敵を見据えているがおそらくダメージとしては十分だ。大量に出血し、骨まで見えている断ち切られた足首では重い体を支えられずに千切れる様にして巨体が崩れた。その衝撃が地面を大きく揺らす。

 遠くで魔導書を手にして怪物に手を向けているラスティーの姿が見えた。ここでも感じられる濃い魔力の渦。

「止めだ!ギガンティック・バーニング・ファイヤーッ!!」

 彼の声と同時に怪物を包み込む劫火。雨をものともせず燃え上がる焔から聞こえる怪物の断末魔。

 

 ウギャァァァァァッ!アツイョォォママァァァァ!!!

 シニタクナイィィィィィ!イイコニスルカラアァァァ!

 

 その声を聴いた瞬間、全身を寒気が走った。びっしりと鳥肌が立つほどに。

 あんな姿なのに、やはり子供の感情があった?

「どういう、こと。ロハス、君は人間の子供...?」

「何を言ってる...」

 隣にいるゲイガンが訊ねてくる。私は答えた。ママと呼ばれたこと。

 人間が焼ける臭いが立ち込めるが炎は止まる気配がない。焼かれ続けるロハスという存在は人間にはない強靭な生命力で生きながら焼かれ続ける。叫び声は止まらない。

 あの姿に仕立て上げられた存在だとしたら。

 

 それはロハスが持っていた馬ほどの大きさのハンマーが玩具の小さい木槌に変わった瞬間確信した。

 

 何者かによって弄ばれた命。戦いの為に作り出された悲しい存在。本当はきっとまだ幼かったに違いない。 

「シーチェ」

「止め、任せていい?これ以上は聴けない」

 私は離れているラスティーにも止めるよう合図した。魔力の開放を止めると炎は消え、黒焦げになったロハスが蠢いている。

 私には苦しみから逃れるように見える。そんな彼の所に静かにゲイガンは近付いて、斧を振り上げた。

「...せめて苦しくないようにする。安らかに眠れ...」

「ア............」

 私は最期まで目を離すことはなかった。

 ゲイガンの斧が彼の首を切り落とし、その血飛沫が上がる瞬間とその遺体が灰の様に消える瞬間まで。

 ごめんねロハス。弔う事も出来なくて。

 大人の都合に巻き込んで君の人生を台無しにして。

 私は忘れないから。 

 

「...皆、準備を!時間がない。すぐに出るわ」

 何とも後味の悪い、嫌な終わり方になってしまった。だが終わったのならすぐに移動してグラーヴァに入らなければならない。待っているものがこの先には沢山あるのだ。

 それでも皆の動きがかなり鈍っていた。無理もない。あんなものを見てしまった後では気持ちは萎える。

 気持ちは分かる。それでも私は仲間を叱責した。

「いつまで引き摺っているつもり!?急ぎなさい!」

 それを聴いた大人達は理解してくれた。睨んできた者もいるが、ここでは私がそれを受け止める役だ。

 まっすぐにぶつかってくる少年の相手も。

「シーチェさん貴方は何も感じないんですかッ?!」

 ハボックがラスティーと共に私の前に立ち塞がった。ハボックは怒りと軽蔑の混ざった視線で私を睨みつけているがラスティーはどうしたらいいか分からないという顔が浮かんでいる。

「何を感じるの。彼の死を悲しむ心?可哀そうだと思うの?」

「そうです!彼の叫びを聴かなかったんですか!」

 涙を隠そうとしている彼の目尻から一筋涙が零れた。

 彼のロハスを悲しむ心を私が怒鳴って行動を急がせたせいで爆発させたのかも知れない。それでも私は感情を殺した。

 全力で、だ。

「聴いてたわ。一番近くでね。だけどそれと前進を急ぐのは別の話よ!今は作戦行動中なの」

「それでも怒鳴る事ないんじゃないですか?!人の心が貴女にはないんですかっ?!」

 ハボックは力任せに私の胸倉を掴んだ。昂り過ぎた彼の感情が突き動かす手は私の首の皮膚まで爪を立てる。

 人の心がない、か。それは正直刺さった。心臓を抉られる位に心が痛かった。

 ダメだ。堪えろ私。

 指揮官としてのシーチェがまた個人としてのシーチェを殺した。

「付いてこれないなら家に帰れッ!!ここは戦場だ!待ってる仲間がこの先に居て、少しでも遅れれば死ぬ人が増えるんだ!」

「それでも...!」

 尚も食い下がるハボックに私は彼の頬を張った。加減はしてない。吹っ飛んで地面に倒れこんで泥まみれの彼に現実を突きつける。

「戦場で死にたい人間を守ることは出来ない!いい?こういう悲劇を終わらせる為に戦ってる人間が沢山居る。その邪魔をするなら子供でも容赦しないわ」

「...分かりました」

「次にこの事で突っ掛かって来たら覚悟する事ね」

 ラスティーに引き起こされて立ち上がったハボックは私を仇の様に睨んで踵を返した。

 その背中を見ている私を雨は変わらず叩き続ける。掴まれたシャツの首の部分に手を当てると血が付いていたが雨ですぐ滲んだ。 

 

 一連の光景を見て見ぬふりをしていた仲間の皆が支度をしてくれて、声を掛けられた。声の主はハスタだ。

「準備、終わったぜ。ベネット達も馬車に乗った」

「...ありがとう。なら行きましょ」

「なあ」

「今は話し掛けないで」

「...悪かった」

 

 誰とも話したくないんだ今は。

 1人で居れば起こらない事なのに。こんなに酷く気持ちが落ちるのも久しぶりだった。

 

 

 

 




いつも皆さんありがとうございます。
今回はPCで投稿しました。

完全オリジナルで色々ガバガバです。執筆ももちろん初めてです。
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引き続きよろしくお願いします。
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