反乱軍の輸送隊を襲撃し、馬車を奪ったシーチェ達。そこで現れた元は人間であったであろう異形を葬りグラーヴァへ発とうとした時、志願兵のハボックがシーチェを問い詰めた。
“貴女には人の心はないのか”
しかし、悲しんでいる暇はないシーチェは彼を叱責した。
“悲劇を終わらせるために戦っている仲間がいる。その邪魔をするなら容赦しない”
沈んだ空気の中を馬車は走る。難攻不落の城塞攻略は彼女たちの双肩に掛かっていた。
移動を始めた馬車の中でハボックは張られた頬を抑えて床をじっと睨んでいた。親友の魔道士ラスティーも隣で座って同じように床を眺めたまま馬車に揺られていた。
憧れの存在だった人間から言われた言葉とあの氷の様な表情は一生忘れる事はないだろう。人間の死を見続けてくるとあのように皆なってしまうのか。自分で答えを出せそうにはない。そのせいか、“戦場で死にたい人間を守ることは出来ない”と言われた時、彼女に強烈な反発心が芽生えた。
「誰が態々戦場に死にに来るんだよ…」
「分かるぜハボック。あれは、ねぇよな」
志願兵だと言って歓迎されていると思っていた。この国の為に戦う仲間が来たと。実際も蔑ろにされたわけではない。少なからず戦果も挙げたはずだった。
しかし、ロハスの事は悲しいことであるはずだった。
それを悲しむ時間すら与えられず、あの人は“支度を急げ”と怒鳴ったのだ。
「辛気くさいぞ新人。生き残ったのにそんなに落ち込んでどうした」
「ベネットさん…」
兜を外して立膝を立てている傭兵だと言っていた男が話しかけてきたので、ハボックはさっきの話をしてみることにした。
ことの顛末を茶化したりせずしっかりと聴いた上で、ベネットはポケットから煙草を取り出すと、咥えて火を点けた。
「お前らの言ってる事は間違っちゃいない。ただ悲しいのはロハスだけか?自分らの悲しい出来事を否定されたから間違えだ、人の心がないと騒ぐのか。それは違うぞ少年」
「僕が間違えているんですか?」
「大体感じ方は人それぞれだろう。そもそも君が大きな間違いをしているのは、感情云々ではなくてそれをシーチェに強要しようとしたことだ」
煙草を吹かしたベネットは咥えたまま言葉を続けた。“1度だけ言うぞ”と切り口にして。
「あの人がこれまでどれだけ人の死を見てきたと思う?この国の端から端の軍人の命を預かって、自分の言葉一つで敵も味方も含めて何千何万も命を消すんだぞ。しかも作戦中の今、1人の敵に思いを馳せる余裕があると思うか?それでもあの人は少なくても君らを守ろうとしてる。だがな…その感情を鑑みて待ってくれる敵は居ないんだ。これからも戦うつもりなら悲しむのは終わってからにしろ。あと、敵の事は考えるな。思い入れもなしだ。じゃないと死ぬぞ」
「僕らを守ろうとした?どうやって…」
「少しは考えてみろ。彼女が配置変更してなんでハスタや他のメンバーと前線に出たと思うんだ」
そう言ってベネットはまた煙草を吹かす。薄い煙が幕の隙間から外に流れていき、ベネットは幕を閉めた。雨はまだ強く降り続いているみたいで彼の腕の鎧が雨に濡れている。
ハボックとラスティーはベネットの言葉を考えた。何故前線に出たか…?少しして答えを出せなかった2人の思考を打ち切ったのはベネットだった。
「シーチェからお前らは寝ておけと言われたろ。着いた時に眠そうにしてたら知らんぞ」
詰まらなそうに言い捨てたベネットは最後に大きく吹かして吸い切った煙草を外に投げ捨てるともう1本取り出して火を点ける。
「あのベネットさんは…」
「…次はないぞ坊主」
「す、すみません」
質問したいことは山ほどあるが今は許してもらえなさそうだ。確かに初陣を戦った体は思ったよりも疲れている。大人の言う事をここは素直に聞いておこう。
「ラスティー…?」
「………」
親友はもう夢の中だった。同い年だと喜んでいたアイゼンという青年も壁に寄り掛かっていびきをかいていた。
自分も寝よう。箱の中の新しい外套を貰って身を包んだだけで強烈な睡魔がハボックを誘い、彼はそのまま落ちていった。
〈グラーヴァ城塞 城門前広場〉
「補給部隊だ!門を開けろ!」
門番の声が聴こえる。まずは疑われる事なく侵入出来たようだ。
襲撃を派手にやりすぎたから馬車を見て何か言われるかと思ったが、あの雨が消してくれたかな。それだけは感謝だ。
「そこに止めてくれ!すぐに荷物を下ろすんだ!」
城門を抜けた先、馬車は右に曲がった所で止まった。そんなに門からの距離は離れていない。あとは適当に作業をしつつ、この場所を確保しておけばいい。
「行動開始は私が合図を出してから。それまで下手しないでね」
静かに頷く仲間たちを見て、私は真っ先に馬車を降りた。その後ろに兵士に扮装した傭兵たちが続き、如何にも指示待ちの兵士を装っているのがバッチリハマっている。これなら疑われないだろう。
2台目の方はどうだろうか。
気になって見に行こうとした所を現場の長らしき人物に捕まってしまった。
「あー、そこの女性。リフ殿はどうした?」
「…リフ殿は戦死されました。夜盗の襲撃を受けて。私が代理で隊を預かっています」
「そうか…それは残念だ。すまん。運んできた物資は全てこの先の部屋に纏めて置いてほしい。あとで仕分けはさせよう。雨の中ご苦労だったな」
「ありがとうございます。それでは作業に入ります」
私は会話を区切り、さっさと仲間の元に戻って作業の指示を出しつつ自らも物資を指定の部屋に運び込んだ。戦闘になる前に近くの様子を把握しておきたかったのだ。
先のピアラ大橋の戦闘で生還した負傷兵が建てられた天幕の中に大勢待たされている。衛生兵や回復の杖を使える看護兵も全く足りていないのはみて分かった。
大きな拠点として様々な設備や部隊を備えているはずだが…と考えて止めた。別に私たちが不利になる事はないのだ。放って置けばいい。
「なんだね貴様達のその装具の着け方は!」
(やばい!あの子たちか!?)
放って置いてはいけないのがこちらにもいたのをすっかり忘れていた。
慌てて荷物を置いて部屋を出ると騎乗したスキンヘッドの男が補給隊に変装した私の仲間を捕まえている所だった。どうやら装具のつけ方にまずい所があった様でそれをつぶさに指摘しては3人を詰めている。捕まっているのは案の定アイゼン、ラスティー、ハボックの3人。
頭より先に体が反応していた。スキンヘッドの男と3人の間に割って入る。
「も、申し訳ありません!」
「君が彼等の責任者か?この装具の着け方といい、服装といい規律が弛んでいる!決戦を前にして分かっているのか!」
「申し訳御座いません!彼等には私よりきつく指導いたしますのでこの場は何卒ご容赦を…!」
「ならん。貴様の失態として罰を言い渡す。憲兵!この者を捕らえよ!」
えっ…?嘘でしょ?と思わず呟いた。このままでは私無しで作戦が始まってしまう。それは全く予想外だ。
もしもの時の指揮はベネットにお願いしてあるがこのまま離れるのは不安しかない。私はイチかバチか、頼み込むようにして話を戻した。
「彼らの装具についての責は私にありますので咎は私が背負います。しかし、彼らには指示が終わっておりませんのでその時間だけ頂けませんか」
スキンヘッドの男は少し考えたように私を睨むとよろしい、と静かに呟く。間髪入れずに私は言葉だけ礼を言い、先ずはやらかした3人の元へ歩み寄る。
距離を詰めるたびに泣きそうな彼らの顔を見て怒る気が失せるが言うべき所だけ言わないと怪しまれる。“ごめん。気にしないで”と小さい声で言ってから大声で怒鳴る。
「馬鹿者!装具を着け方を間違えるとは何を学んできたッ!さっさと直してこい!あと作業している彼だ、〈アーマーナイト〉を呼んで来い!」
「はっ、はい!すみません!」
「早くいけ!」
このやり取りだけ見れば疑われる事はないだろう。あとはベネットと打ち合わせを確認するだけだ。
鎧の音を相変わらずガシャンガシャンとさせながらベネットがやってきた。兜を着けたままだが、僅かに首が左に振られた。
“後ろにいるぞ”というのは分かった。
「悪いが兵長。補給隊各員は作業完了後所定の位置に待機。兵長は所定の作業を滞りなく完遂せよ。兵長、君の指揮で頼む」
「承知致しました」
面甲から表情は見えないが視線は離れない。私は離れる前に“何とかするわ”の意思を込めてウィンクしてみたが分かってくれただろうか。
確認する暇も与えられず、私は拘束されてしまった。後ろ手にされて掛けられる手枷と歩く分の自由しか余裕のない足枷まで着けられてまるで犯罪者だ。
と、同時にあの日が思い出された。執務室で拘束されたあの日…
「来い!貴様の規律の弛みを正してやる」
これから耐え忍ばないといけないのにもう既に手が震えて冷や汗も出始める。全身の震えを力では抑えられない…私は脳裏にあの時の恐怖が思い出されていた。
ーその日の夜ー
城塞の警戒が何人も松明を持っているのが夜の闇にはよく映えた。松明の明かりの中には数人ずつの監視の姿も見えている。これまでより人数が増えている様だ。
補給隊が侵入してもう半日が経っているが合図はまだない。合図がない場合は夜に攻撃するようにシーチェは去る前に言っていたがリクは悩んでいた。
もししくじって捕まっていたら攻撃した際に殺されてしまうのではないか。いやすでに全滅して補給隊は本来の反乱軍ではないか…とか出てくるのはネガティブなものばかりだ。
「陛下。そろそろ攻撃を命じますか」
「………」
「待つばかりでは兵の集中力も欠けます。それにシーチェさんも…」
姿を茂みに隠すリクとエリフの元へその時伝令が現れる。静かな声が嬉しそうに伝えた。
「合図が来ました。壁の上をご覧ください…!」
目を向けると確かに城壁の上で1つだけ松明が円を描いた。その松明は2回円を描くと消えていった。
シーチェ達は動き始める。こちらも合わせて素早く動かないと彼女たちを見殺しにしてしまう。リクは攻撃開始を命じた。
森の中から一斉に放たれる矢が壁上の監視の兵士に降り注ぐのと同時に歩兵隊が壁を上る班と門の前の広場を制圧する班に分かれて前進する。敵の反撃はまばらだが、壁の向こうからは敵襲を兵士に伝える銅鑼が鳴り響いていた。
「混乱していますね…門が予定通り開いてくれれば流れはこちらに向くのですが」
梯子を運んだ工兵が兵士の援護を受けながらそれを組み上げて架ける。素早く登っていく兵士を援護するのは〈アーチャー〉や〈魔道士〉の遠距離攻撃だが、反乱軍の組織的抵抗が始まった壁上を巡る戦いはまだまだ時間がかかりそうだ。
「エリフ。難しい顔してどうした」
「門の向こうですが、嫌な感じがします」
「…お前の勘は当たるからな。ならどうする」
「全軍突入の前に先遣隊を出します。アヤ、サミー。2人で先行して門の広場を制圧してください」
「心得ましたわ。まさに一番槍…!ぞくぞくしますわ」
「あんたのお守りをする身にもなれよアヤ。命は商店で売ってねぇんだぞ」
「あら分かっていますわサミー。だから今まで背中が不安でしたの」
「…分かってりゃいいけどよ」
先陣を命じられた事に喜びを感じ、嬉しそうに剣をうっとりと見詰める赤い騎士と今日は生きて帰れるかな、とがっくり肩を落とす緑の騎士。緑の装具で固めた騎士のサミーは守りの戦いに長け、攻めの戦いを得意とするアヤとのコンビはシリアン軍でも名が知れていた。
それでもサミーは弱弱しくエリフを呼んだ。
「エリフ様。もし俺が死んだら…」
「君は殺されても死にませんから安心してください。ですが油断は禁止です」
いつものやり取りだと思ってリクは見て、アヤに至っては聴いてもいない。
「意味分かんないすよそれ。あーあ、死んじゃうよこんなの」
「ぶつぶつうるさいですわ。貴方も騎士でしたら私に負けず功を競ってはいかがかしら!」
「功なんて生き残れば付いてくるから死ななきゃいいだろ。俺は大変なんだよ色々…」
おふくろがどうとかぶつぶつ独り言を始めたサミーの話はもう誰も聞いてはいない。彼のループを打ち破ったのは伝令の“開門!”の一言だった。
「一番槍ですわ!騎兵隊突撃!」
待ってましたと叫んだアヤが停止状態から一気にトップスピードへ愛馬を走りださせる。剣を手に進む姿からは貴族の一人娘である事を全く想像させない。
「俺の話をっ…!ちっ、アヤ隊に遅れるなっ!」
サミーも我に返って愛馬を一気に加速させていった。
蹄が地面をたたく音はあっという間に小さくなり、弓や魔法の攻撃を躱しながらあっという間に城門の中に吸い込まれていった。
ただ、聞こえてくる金属音からでは戦況は読めない。
眼前の壁を上る部隊は既に壁上で戦いを繰り広げている。【黒鬼】ゲクラン率いる南門攻略隊はまだ戦闘中だと言い、事後の報告はないまま。1番動きがあるのはやはりこの正門になる。
一方を破りさらに南から圧力を加えれば敵は中に押し込められ混乱する。そこを突いて司令官を討つ。リクは檄を飛ばした。
「ここを破り敵を一気に崩す!全軍、俺に続け!グラーヴァを奪還する!」
「ぐっ…!」
いったぁ…容赦ないな。
5発目の拳を腹に打ち込まれて咳き込みながらツェーゴルを睨みつける。
「貴様…この難攻不落のグラーヴァに敵を誘い込んだな!」
「私は知りませんよ…それより、指揮を執らなくて良いのですか?」
兵士の振りをして話を続ける。しかし既に装具一式は奪われ、私はもう服しか着ていない。正体がバレていてもおかしくない。そしてやはり、私の正体はツェーゴルにバレていた。
「しらを切れているつもりか?“悪魔”め」
「…ふふ。知っているのなら早く殺した方がいいかもよ?私って結構執念深いの」
私はやられっぱなしのシュミもないしね。やられた事もなんなら覚えているクチだ。今この部屋で何発殴られたか。しっかり覚えている。
ただ、今回は判断を誤ったかもしれないな…ここはグラーヴァ城内なんだろうけどどこなのかは見当がつかない。助けが来るという確証も持てない。この拘束具を力で破れるほどの筋力もない。助けが来てくれるまでは私は只の玩具だ。
「先代国王を殺し、この騒ぎを起こした貴様を宰相に差し出せば私にも1軍を授けてくれよう…!」
私の顎を持ってぐっと持ち上げられる。奴はこの戦いの事よりも自分の事しか考えていないようだ。今も戦っている兵士の指揮よりも戦果になりそうな私と遊んでいる方が大事だと。
私はその言葉を聴いて鼻で笑った。
「何がおかしい?」
「くくく…おかしいわとても。今は笑わせてほしくないのだけど」
お腹も顔も殴られたせいで痛いんだ。
大体、私を捕らえて1つ軍を預かった所で全滅させるのがオチだ。こんな将の部下になった兵士はたまったもんじゃない。生きるも死ぬも地獄の部隊。軍備の無駄にしかならない。
「ほう?反逆者共を率いた自分のほうがまだ将として相応しいというのか。リク王子の偽物と一緒にいるそうだな。そこまでして返り咲きたいのか“悪魔”」
「少なくとも私の方が将として優秀なのは確実ね。そろそろ来るわよ?あんたの言う偽物の王子と私の仲間がね」
私は何とか余裕を取り繕おうとして笑みを見せた。口が切れているので上手く笑えていないかもしれないと思いながら。ツェーゴルは動けない私を尚も見下した目で見ている。
「貴様らが勝てたのも偶然の産物だ。ここに来た以上偶然は起こりえない!」
「そうね。全ては結果だもの。結果が出るまでどうする?私と遊んでるの?」
顔に一撃叩き込まれた。これで5発目だ…痛い。
「思い上がるなよ裏切り者が。結果とは自分で掴むものだろう?さぁ来い!お前の仲間がいる前で切り刻んでやる!」
ツェーゴルが部下に私と柱を繋ぐ鎖を外すように命じる。
この瞬間に逃げ出すか?と思ったが足枷が邪魔だ。奴は私を前線に連れていきそこで処刑するつもりだろう。
だが、私に忠誠を誓う兵などいないのだ。それすら計れない奴には将など務まる筈もない。
「本当にいいのね?そこがあんたの墓場になるかもよ?」
「減らず口を。連れてこい!」
(こんな所で死ねないのに!どうする?どうやって生き延びる…?)
乱暴に掴まれて歩かされる中で、私は生還する方法を考えた。 私は自分の命の危険に初めて焦っている。良案は出てこなかった。
「聞け!反逆者共よ!」
戦闘が続いていた正門前広場で突然騎乗した男が声を上げ、それを聞いて戦闘が中断された。男の手には兵士の服を着た人物が一人掴まれ、その人物は手足を拘束されている。
茶色の長い髪。掴まれているものが見えた瞬間リクは叫んだ。
「シーチェッ!!」
距離が離れているがはっきり見える。この場を指揮していたベネットから話は聴いていたが、最悪の状態だった。救おうにも広場は制圧できていない。ここから敵将らしき男の所までは敵がまだかなり残っている。直接的に手出しは出来そうもない。
「この女の命を救いたければ今すぐ武器を捨てて降伏する事だ!」
「私に構う事はない!そのまま押し込め!こいつを討てば…」
良く透る声が途中で途切れた。更に髪を引っ張られて足が浮いている。敵将は剣の切っ先を首に押し当てているようだ。この状況で狙撃しようにもそんな事ができる弓兵はこの軍には思いつかない。
最も弓の腕が確かな人物はあそこに捕まっているシーチェだ。
「陛下…残念ですが」
エリフの声色で分かった。彼女を見捨てろ、と言うつもりだ。
「それでどうなる?俺は2度もあいつを死なせるのか。次は俺が護ると言ったんだ。見捨てることは出来ない」
「それは貴方の私情ではございませんか陛下。ここは戦場、勝つために何が最善かお分かりの筈です。シーチェさんだって勝つためだけに献策すると言っていたではありませんか」
「だが…!」
それでいいのか。この戦いに勝つためだけにその選択をする事は正しいのか。
彼女の功績は大きく、それは兵士たちにも浸透し始めている。軍師として戻ってき始めている彼女を失うことが軍にとっても正しいのだろうか?
「ご決断を。時間がありません」
「エリフ…お前…!」
「玉座にお戻りになるのでしょう。私だって救えるのなら…」
救出の為の現実的な手立てがない以上こうなる事は運命なのかも知れない。それでも諦められないリクたちの周り、敵も味方も凍った様に動かないまま。
そんな時、荷物の陰に何かが動いた。位置は敵将の真横。ここから一瞬だけ動いたなにか。
弓を持つ手が震えている。こんなに緊張して手元が狂ってしまったらどうしよう。
照準はシーチェさんの髪を掴んでいる左腕。敵将は腕甲も着けているから手首を狙うしかない。これまで小さい的で練習したことはあったけど…こんなに緊迫している事は的相手にはなかった。
だけどやるしかない。僕らのせいでシーチェさんはあんなに痛めつけられてしまってあまつさえ命すら危険に晒されている。
「いいぞハボック。外すなよ」
「うるさい…」
誰にも見つからずにここまで来れたことは奇跡としかいいようがない。だからきっとこれはあの人を助けろという女神の思し召しに違いない。
これまで何度も助けてくださったけど、女神様。もう一度僕に力をください。
自分を信じて矢を放った。真っすぐ空を切った矢がその左手を捉えて、シーチェを離した。
「おらぁぁぁ!」
次の瞬間アイゼンが物陰を飛び出して敵将の馬に思いっきり体当たりして距離をシーチェさんから離す。しかし、体勢を立て直した敵将は鋭い一撃をアイゼンへと繰り出した。
「てめぇは許さねえ!負けねぇかんな!」
「ぐうぅ、小僧共が!その命で詫びてもらおう!」
アイゼンと敵将は斧と剣で打ち合っているが、2撃目には弾き飛ばされてしまった。隙だらけのアイゼンに魔法を放とうとしている。
近くには倒れているシーチェさんもいる。このままでは2人とも…!
「俺もいるぜ!深緑の秘境から来たラスティー様もな!」
敵将から放たれた炎の渦はラスティーの得意とする風の魔法によって相殺された。さすが里で魔道の申し子と言われただけある、とハボックは思いながらシーチェの元に駆け寄った。
アイゼンと共に彼女を連れていく間、ラスティーが渡り合えていたこともすごいがもっと凄いのはシーチェさんだった。殴られて顔も赤くなって口から出血もしているのにニコニコして満面の笑みを見せてくれた。
「助かったわ!これ、切ってくれる?」
着けられていた手枷と足枷の鎖を外すとシーチェさんは弓を貸して欲しいと言った。断る意味もないし、敵将の相手は僕らには限界がある。ハボックは二つ返事で貸した。
「待っててね」
それだけ言うとシーチェさんは弓と矢立を持っておっかない顔でラスティーと敵が戦っているところに飛び出していった。
私はハボックの弓でツェーゴルの頭目掛けて矢を打ち込んだ。
子供の3人くらい、負傷しても相手できると高をくくっていたのだろう。私が戦線復帰すると慌てたような表情を見せた。矢は魔法で止められてしまったが、寸での所での防御だった。
「ラスティーよくやったわね!ここは任せてくれる?」
息が完全に上がっているラスティーが頷いて下がっていった。あの3人、本当に良くやってくれたわ。
ここからは私の仕事だ。
「貴様ッ!まだ動けるか…!」
「借り物が沢山あってね。それを返しに来たわ」
顔に5発、お腹に5発殴られたし。髪の毛掴まれたし首切られかけたし。
「ねぇあんた。楽に死ねると思わないことね」
一気に勝負を決めに行く。弓を3本放って距離を詰めた。
防いでいる魔法と攻撃は同時展開できない。そして奴の左手はハボックが使えなくしてくれている。それでも容赦はしない。ツェーゴルの攻撃の死角になる左に回り込み、無防備な左手を掴んで引き摺り下ろす。
もちろん右手の剣は倒した時に遠くに蹴飛ばした。
「ぐわぁぁぁっ!?」
「痛いの?勉強になって良かったわね。女の恨みは怖いって」
矢傷がそのままになっている左の手首を引っ張ったのでさぞ痛かっただろうけど知ったことではない。私は男に馬乗りになり、そのままお別れを告げた。
「あの世では優しくするのよ。女の子には特にね」
恐怖に支配された表情がツェーゴルから覗いている。でも私の方は特に殺すことに特別な感情はなかった。敵を殺すのはいつもの事だ。
私は矢の鏃で首の横を息絶えるまで何度も突き刺した。
ツェーゴルの死後、グラーヴァ防衛部隊は即座に戦闘を終結し武装解除の上投降したことで人的被害は双方に最小限で戦闘は終結した。城塞内部に残っていた民間人も家の中にいたことと戦闘が都市に及ばなかった事もあって被害はないという。
「私が殴られたのも無駄じゃなかったわね」
「ひやひやしたわ。あんな無茶してたらいつか死んじゃうわよ貴女」
救護室として開設された部屋で、私はミッシェルの治療を受けていた。ハスタの連れの杖使いだが、今回はリクたちと共に行動していて、ここの担当として回されたようだ。
無茶のし過ぎは確かに寿命が縮む。けど今回はどうすることも出来なかったし、あの時は作戦の事もあってああするしかなかった。
「今回はあの子たちに感謝だわ。色々あったけど、時間出来たらちゃんと話したいな…」
「何かあったの?」
「うーん。まあね…」
「込み入ってそうね。何をするでも傷をしっかり治してからにしてよ。私が言われちゃうんだからね!」
口をへの字にしながら腰を手に当てて宣言するミッシェル。衛生の担当者は治療の後で傷が開いたり治したと言った物が痛み出したりするとクレームを入れられることがあるという。私はそんな事を言うつもりは更々ないが、今日はもう動きたくない。彼女の言うことに素直に分かったわ、と答えて救護室のベッドで横になることにした。
※登場人物・世界観解説のシーチェのクラスを軍師に変更しました。