グラーヴァ城砦を陥落させたリクたち国王軍は1度軍備を整えるため、そのまま城砦に駐屯していた。捕えられていたシーチェも新しい仲間の活躍によって助け出され、傷の治療を受けた。
グラーヴァの兵士たちにはまた安息の時間が訪れる。
対して圧倒的優勢から劣勢に立たされた宰相ゲラン率いる反乱軍は反撃を企図する為、状況を打開すべく第5軍の出撃を決定する。
第5軍を率いるのはゲクランに並ぶ名将のイエリツ。自らの軍略に絶対の自信を持つ彼は公国に忠誠を誓う将であったが今敵として立ちはだかろうとしていた。
唯一超えられなかったシーチェから軍師の座を手に入れる為に。
1
〈シリアン王城 軍議室〉
グラーヴァ城塞陥落ー
その報せは軍議室に控える面々に衝撃を与えるには十分だった。堅牢な守り、攻めにくい地形に豊富な兵力。どれをとっても陥落どころか返り討ちにすると思っていた反乱軍からすれば城塞の陥落は一気に攻守が入れ替わった事を意味している。
グラーヴァは公都にもしも敵が攻めて来た時に最後の砦として機能すべく建造された拠点であり、プラマー伯爵領のカパダを本拠にして公都を目指す国王軍からすればもう立ち塞がるものはない。王城奪還を目指す敵にとってはチェックメイトを取ったのと同義だった。
そして後のなくなったゲラン率いる反乱軍の面々はその重苦しい空気の中で軍議を開いていた。
「さて、吾輩たちは窮地に陥っている訳であるが。諸君の中に名を挙げようと思う者はいるかね?何でも良い。申してみよ?」
軍議に参加している第5軍軍団長イエリツは“誰も意見などあるまい”と思った。
何せ元の国王であるリクや先代国王のシリアン王家に不満を抱いて居たもの等居ないのだ。ここに居る宰相ゲラン以外の重臣は何かしらの後ろめたい事実を握られて従わされているだけの存在だ。
それが知れたら自分自身が危ないー保身の為に国王を裏切った連中に命を懸けて戦おうとする者など居る筈がない。それが連戦連勝の国王軍との決定的な違いだとイエリツはわかっていた。
そして程なくしてここは奪還される。勢いに勝る国王軍に帰ってきた“フェイエンベルクの悪魔”。そして【黒鬼】ゲクランにシリアン一の実力を持つプラマー伯爵が組んでいる。兵力差は数字の話だけだ。
「くっくっく…案の定であるな。私欲を肥やすだけの下種貴族どもよ。当初の威勢は消えてしまったか。であれば」
「宰相閣下。私が参りましょう」
「ほう、イエリツ殿か。第5軍はこの王城を守る筈ではないのか?」
「グラーヴァまで落とされている今、早めに手を打たなければなりますまい。ここまで来てしまえばもう手遅れと心得まする」
イエリツはゲランを見据えていう。面白い、と呟いたゲランは手立てはあるのかな将軍?と尋ねた。どこまでも偉そうな態度だ、と内心昔から思っていたが、いざ話すと強烈にストレスになった。
それを我慢して顔色を変えずにイエリツは答える。
「はっ。出陣可能な全兵力で出陣し、コルテス平原でかの軍と決戦を挑みます。悪魔の奇策もここでは限られますゆえ」
コルテス平原は公都からグラーヴァを通る街道の真ん中に広がる。山も大きな河川もなく、小さな集落がいくつか点在しているこの土地には出陣すれば1週間程で布陣できる。
ここで拠点を作り、防御側に有利な土地で国王軍を迎え撃つ。食い止めるにはそれしか手立てはない。そしてここの誰よりもイエリツは自分の戦略に自信があった。
(今までは奇策続きだったが今回はその手立ては通じないぞシーチェ)
「良かろう。イエリツ殿、第5軍全軍に出撃を命じる。あとこの男を連れて行くとよい」
ゲランの傍に控えている長い外套を着てフードを被った男が軽く会釈する。
何時からか常にゲランの傍にいると思って居たが何者なのかは分からないままだ。密偵ですら正体は掴めなかった。
イエリツは戦場に連れて行くならと思い、思い切って訊ねてみた。
「貴君は何者なのだ?最近宰相閣下の傍に居られるようだが?」
「私の事はクロノアとお呼びくださいイエリツ将軍。私は宰相殿の小間使いに過ぎませぬ。大した存在ではありませんよ…」
雰囲気は不気味だが、声は大人の男にしては高いだろうか。それが合って居なくてまた怪しさを増やしているとも言える。
(俺の監視役…と言った所か)
俺より監視が必要な連中がいると思うがな、とは言わないでおいた。貴族連中はそういう事を言われるのが一等嫌いな連中だ。こんな私腹を肥やす下種どもとこれからは肩を並べなくて済むなら御の字だ。
「それでは第5軍はこれより集合を始め、揃い次第出陣致します」
「イエリツ、出陣の支度は出来ているのかね?」
(バカめ。第5軍は即応軍だ。そんな事も知らないからあいつの居なくなった後骨抜きにされるんだ)
訊いてきたのは元老院の院長を勤めている貴族のマーシャル候だが長年この国の中枢に居てそんな事も知らずにこれまで正位軍師に口を出していたのかと思い知らされた。
まぁいい。それよりも時間が惜しい。イエリツは軍議場をあとにした。もうこれ以上聴いていても無駄だ。
情報では北の国境でヴィツワ帝国軍が妙な動きを見せているとも言っていた。時間がかかれば奴らが侵略してくる。国境を守る筈の各軍は指揮官達が軒並み拘束されて身動きが取れなくなっている。
国王が誰であろうとシリアン公国は守る。だがどうしても超えるべき壁がイエリツにはあった。
(後には引けないんだ。悪いけどあんたを超えさせて貰うぜシーチェ)
〈第5軍指揮官室〉
ガチャリと扉が開かれた。開け方と足音で誰かは分かったので誰何はしない。代わりにお疲れ様ですと言うとおーう、と軽い声が返ってくる。
「どうでしたか軍議は?」
「下らん下らん。あんなものは軍議ではない。しかし喜べモートン。いよいよ出撃だ」
それを聴いてモートンは胸が高鳴るのが分かった。いよいよ先代国王を殺し、リク陛下を騙る者を率いて攻め寄せた憎き悪魔を討てる。そこ傍にプラマー伯やゲクラン殿が付いている事は想定外だがそれはまた別の話だ。
「第5軍は準備が完了次第即座に出撃する。目標はコルテス平原。そこで陛下を騙る敵軍を討つ。決戦になるぞモートン」
「望むところです将軍。貴方の軍略であれば何物も恐れることはありませんよ」
「いや、超えるべき相手がいる。先代の正位軍師シーチェ・フェイエンベルク…あいつを倒さねばな」
「必ずやあの女の首を取って見せます。この国を混乱に陥れた元凶だ…!」
副官のモートンはこの国に忠義を誓う崇高な騎士だ。忠義も実力も全く疑うべくもない素晴らしい人物でもある。イエリツは彼を心から信頼している戦友でもある。
そんな彼だからこそかもしれない。ゲランのウソには気付けないまま。彼は疑いもなく先代正位軍師と本当の陛下を殺そうとしている。
それを伝えるべきか否か。今更と言えば今更だ。しかし今なら正す事も出来る。彼は俺の嘘を信じ続けている。そのせいで彼は殺す必要のない同胞を何人も手に掛けた。
(部下を正しく導いてやるって思っていたがここまで来たら後には引けねぇよな)
「…ぐん?将軍?」
「お、おう。すまん」
モートンは静かに珈琲の入ったカップを差し出した。彼の入れる珈琲は格別だ。公都はおろか、公国中を回ってもこんなに美味い珈琲は飲めないと思っている。
湯気の上がる黒い液体を有難く啜る。疲れた体に活を入れるような苦みが魅力的な味だった。これは飲んだ事がないなと感じた。
「新しい豆を入れたのか?」
「はい。出店に外国の豆が出ていて思わず買ってしまいました」
「お前の腕ならば店が開ける。これから開いたらどうだ?」
半ば冗談、半ば本気で言ってみた。モートンはそれを聴いて笑っている。
「買いかぶりすぎですよ。それに私はシリアンの騎士ですから。この国に忠誠を誓っているんです。だから死ぬまで騎士でいるつもりですよ」
「そうか。…そうだな」
「将軍…?」
予想した通りの答え。彼ならそういうと思っていた。
であれば益々悩みは深くなる。早くも少し後退し始めた生え際から髪を後ろに撫でるように頭を掻いた。
本当の事を伝えたら彼は軽蔑するだろう。もしかしたらこの場で殺されるかもしれない。そうされても仕方のないことをした自覚はある。
しかしモートンには隠せなかったようだ。先に口を出されてしまった。
「将軍。何かをご存知なのですか」
「………」
この優秀な副官は将来この国に必要になる。シリアン公国を守ろうと思うのであれば、彼は死なせてはならない。
特に自分の我儘の為に失うには惜しい人材だ。
「いいかモートン。これから言う事はこの国で起きている事の真実のほんの一部だ」
「…仰ることがイマイチ分からないのですが」
きょとんとした表情でイエリツを見るモートン。イエリツは顔を合わせることが出来ないまま続けた。
「反乱をしたのはな、あいつらじゃない。俺たちの方だ」
「…!」
「言葉も出なくなるわな。お前には最初に知った時に言うべきか悩んだ。隠しちまったのは…」
「…プライドですか。良き将であるという周りの評価を失うのが怖かったとか?」
「違う。最初は超えるだけのはずだったんだ。だけどここまで来て、今更ながら怖くなったんだよ。間違えだと知りながら間違えたままの道をお前たちに示し続けて進んで行く事が」
ずっと隠してきた本音が出た。間違えたのはどこか分かっている。それを騙しだましでここまで来た。それが思わぬ形で進み、ここまで来てしまった。自分が正しいと思うことを同じように思い、成そうとする人間に剣を向ける未来。
この先もずっとそれが続いていくのは地獄以外の何でもない。
「誰もが憧れる軍師になりたいと仰っていましたね将軍」
モートンが静かに口を開いた。その目は感情が読めない顔をしていて、右の手が剣に伸びている。
あぁ、斬られるんだなとイエリツは覚悟した。ここで年貢の納め時か。まぁモートンに斬られるなら仕方ない。
しかし、彼が剣を抜くことはなかった。そして強い口調で言う。
「でしたら、それを信じて付いてきた我々を最後まで導いて頂かないと困ります。事情は分かりませんが、軍師になるのであればシーチェ殿を討たないとならない。そして道を正すのはその後でも出来る。違いますか?」
「付いてくれるのか。俺に……」
「逆にここでほっぽり出すと言ったら斬りかかるところでしたよ。将軍の道は私も微力ながらお手伝いさせて頂きます。後の事は終わってからにしましょう」
イエリツはこの瞬間決意を改めて固くした。必ずコルテス平原でシーチェを破る。
涙が頬を伝う。部下の前では少なくとも初めてだった。
2
〈グラーヴァ城〉
私に割り当てられた部屋のベッドの上。動くなと軍医に言われて丸2日が経った。
なんでもあばら骨がひびが入っていたらしい。その後で戦ったから悪化してしまったとの事で無茶をするなと口を酸っぱくして言われた。
「黙って言う事聴いとりゃ早う治るんじゃい。ほれ、もう平気じゃ」
「流石ね。もうどこも痛みがないわ!」
「当り前じゃ。わしゃ国王付きの医者じゃ嘘はつかん。もうワシの世話になるなよ」
「善処するわ~」
伸びた髭と禿げ上がった頭の白衣のおじいちゃんが治療に来たというので胡散臭いと思っていたが思い違いだった。国王付きの名医の噂は軍師の時から聴いていたが、 ご本人登場は初めてだ。まさかこんなおじいちゃんとは。
腕は本物のようで確かにひびが入ったと言われたあばらも殴られた顔もすっかり痛みも引いて元通りになった。口の中の切り傷ももちろん治っている。水を飲んでも傷まないのがその証拠だ。
荷物を纏めたおじいちゃん先生はいつの間にか部屋から去っていた。お礼くらいちゃんと言えば良かったと思いながら私は久しぶりに立って体をぐっと伸ばす。
縮こまった筋肉が程よく伸びて気持ちいい。今日は久しぶりに外に出よう。服はあれから着替えさせられているが寝室用の寝巻だ。
「着替えはクローゼットに入れてくれたってリシアが言ってたわね」
私が応急処置を終えた次の日に運び込まれた時、やけに笑顔だったな。
“お洋服絶対似合いますよ!”と言っていたが何をしたんだあの娘はと思いつつクローゼットを開ける。そこにはこれまで着ていたシャツとは違う種類のシャツがいくつか架けられていた。
そういう事か。どこで買ったか知らないがよく私が居ないのにサイズ分かったな。体の上から合わせて見た感じは着れそうだ。
寝巻の上衣を脱いでノースリーブの白色のシャツに手を通す。程よくフィット感があって生地もしっかりしていて柔らかい。激しい動きにも耐えてくれそうだ。
ただ…胸元が締められないタイプで空いているのはもう仕方ない。前のシャツみたいにはっきり浮くよりマシだと思うことにした。リシアはわざとそういうのを選んでいるんだろうか。
スカートは前と同じものが架かっている。下衣を脱いで履き替えようとした所にノックがされた。
この格好はマズイ。ノックに対して大きめの声で答える。
(リクじゃありませんように!)
「ちょ、ちょっと待ってー!」
「あ、すみません!待ってます!」
あの声は。
いけない。私の命の恩人にお礼を言わないといけなかった。ただどうやら探す手間は省けたみたいなのは偶然にも感謝かな。
スカートとタイツを履き、ブーツに足を通して私は小走りで扉を開けに行く。
「ごめんねー着替え中で。いい所に来てくれたわ。入って」
外で並んでいたのは私を勇敢にも〈ダークナイト〉の敵将から救ってくれたアイゼン、ハボック、ラスティーの新兵3人組だ。アイゼンの顔が少し赤いのは私の着替えを想像したからだろうか。子供だなと思いながらもそれが本当か分からないからとりあえず無視する事にした。
失礼します…と入ってくる3人はどこか覇気がなかった。アイゼンに然り、ハボックとラスティーにも。そんなに沈まれて黙られていても困るので、とりあえず落ち着かせることにする。
「ま、まぁそこに座ってて。お茶淹れるからさ」
ここは客間だと言っていたので茶道具くらいあるだろう。探している間に考えてみたが彼らが沈んでいる理由はすぐに察しがついた。
おそらくは門でのミスの事だろう。それに加えてベネットかエリフ辺りに怒られたか。そんなに怒ることはないだろうにきっとこの感じを見ると怒りの稲妻が雨あられと降り注いだに違いない。
そんなに気にしなくてもいいよとはその場にいれば言ってあげられたが、時すでに遅しだ。せめて気晴らしになるように出来たらいいけれど。
そう思いながらお茶を淹れる準備を進めた。
「遅くなってごめんね」
人数分のカップに紅茶を注ぎ3人に勧める。皆お茶を勧められた事がない様でどうすればいいのか顔を見あって探り合っているのが面白い。
「気にせず普通に飲んでいいんだよ」
私が言うとようやくカップに口をつけた。私も遠慮せずに頂く。
すーっと音を立てずに飲めたのは私とハボックだけだった。その辺りの常識もそのうち誰かが教えてくれるだろう。今教えてあげるのは構わないが、タイミングが悪い気がしたのだ。
普通に飲んでいいと言った手前で注意されたら“なんだよ”となるのが普通だ。私だってもしかしたら噛みつくかもしれない。
彼らの表情はお茶を飲んでもあまり晴れて来ない。ここは話題を切り込む前に和ませるとするか。
「ねぇアイゼン。この間の私の料理どうだった?」
「あ…めっちゃ、美味かったっす」
「良かった!久しぶりに作ったから自信は無かったんだけど、食べれたんなら合格ね」
「食べれた所か、美味いからお代わりしようと並んでたら糧食班の人が“俺達のが無くなるからダメだ!”って怒ってお代わり出来なかったんですよ」
「それは災難だったわね…」
あの時は量があるから沢山作ったつもりだったのにな。もしかして違う班の人間も混じってたのかもしれないと思ったが言わなかった。
ここでハボックとラスティーの方を見るとそんな事があったのかという風にあんぐりとして聞いている。
「私が料理するのが意外だった?」
「いえ、シーチェさんも確か貴族の方だから料理とかは使用人の人がやるものだと思って意外でした」
「私の家はそんなに広くなかったし、使用人の人にお願いしてたのは庭掃除と草木の剪定くらいだったわ。特に料理とお茶は母が自分でやらないとうるさくてさー。だから一通りはこなせるの」
家事であれば大抵の事は出来る。今となっては帰る家もなく、宝の持ち腐れだけど。
そんな事を話しているうちに彼らの表情も解けてきた。もう少し解そう。
私は3人に生い立ちや軍に来た理由を訊ねてみた。
アイゼンはノクタス村で家族を殺されて守る為の力を付けるために志願した。あれから訓練も頑張って体格も大きくなった気がする。そう言えばツェーゴルに私が捕まった時、彼が馬に体当たりしたと言っていたっけ。大の大人を乗せた馬を体当たりで動かすなんて大した力だ。
彼が入隊した時に匿った妹というのは救出された後、カパダ城下のシューレ教会が引き取って面倒を見てくれているらしい。
ハボックとラスティーは初めて会った時同郷だと言っていた。私がラスティーに“深緑の秘境”って何?と聞くと答えに悩んでいる間にアイゼンに“ただの田舎じゃねそれ”と言われていて私の笑いのツボに入った。
「はっはっはっは…!あーおもしろ…!田舎じゃんって…!くふっ!」
笑いが止まらない。しばらく思い出し笑いで引きずりそうだ。
当のラスティーは何かを言いたそうだったが皆の爆笑に気おされて顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。いかんいかん、笑いすぎてしまった。
「ごめんね。馬鹿にするつもりは全くさ…ふふっ…ないんだよ…?」
「嘘ですよね笑ってるじゃないですか!」
怒り出しそうな感じになる前に笑いを抑え込む。発言はともかく、彼の魔道の実力は本物だ。磨いたらいい魔道士にきっとなるだろう。高位の実力を持つものしかなれない〈ダークナイト〉と魔道で渡り合えるのだから折り紙付きとも言っていい。
ハボックは父親が元兵士で私の指揮下で戦ったことがあると言っていたな。例の事件が国民に知れた後も“そんな事はありえん!”と肩を持ってくれたらしくてそこで彼は私に対して最初こそ好意的だった。
ロハスの件があるまでは…
その話をするべきか悩んだが。それは1人の時がいいかも、と思ってやめた。
お茶のお代わりを皆に淹れながら忘れかけていた本題を訊ねてみる。やはり、門でのミスの事だった。私の答えは決まっている。
気にしなくていいよ‐それを言うと3人とも目を丸くしていた。怒られると思ったのだろう。
「シーチェさん死にかけたのに俺らになんも言わないんですか?」
「戦場だもの。切られたり刺されたり、殴られるなんてしょっちゅうだしね。いちいち自分のせいだなんて思ってたら心が持たないよ」
「でも俺らがあの時…!」
「過ぎた事だし。謝る気持ちがあるのなら次はそうしないように気を付ける事ね。私にも責任があるしさ。揃って訪ねてくるなんて誰かに言われたんでしょ?」
3人の首が同時に縦に揺れた。誰かというのは聞かないでおこう。
「そう。もし報告するように言われているのならちゃんと謝りましたって言っとけばいいわ。きっとそれで収まるでしょ」
「「「はい!」」」
いい返事だ。彼らの気持ちもきっとすっきりしたのだろう。
3人は揃ったお辞儀をすると部屋をあとにしていった。私もこの後は特に予定はないので一通り考えを巡らせて、行動を決めた。
「片付けたら久しぶりに鍛錬でもしようかな」
丸2日寝ていたから体が若干重い気もする。こんな時はフェイルノートの斬術の型を確認するのが私のルーティンだった。
3
〈グラーヴァ城下 訓練場〉
「何を仰いますの!必要なのはどんな得物でも相手を打ち砕く力ですわ!」
「違うな。必要なのは相手を翻弄し急所や弱点を突く技術だ。力があったとしても、当たらなければ意味がないだろ」
「くぅ…埒が明きませんわね。ここは1つ、決闘で決めましょう」
「臨む所だ。今日こそ分からせてやるぜ」
国王軍の騎兵隊を率いるアヤとサミーの言い争い自体は特別珍しいものではない。下らない事からお互いの大事な事に至るまで言い争いの絶えない2人。その結末は様々で、和解することもあれば喧嘩別れして何日も口をきかない時もあり、時にはこうして決闘になる事もある。
剣と槍。それぞれの武器を手にした2人がバチバチと見えない火花を散らして対峙する。
「ふふふ。今日は冴えているんですの私。ケガしても怒らないでくださいね?」
「この前みたいに痣作っても俺のせいにするなよな“お嬢”」
「その呼び方で…!舌嚙んでも知りませんわ。ついでに腕の一本でも頂こうかしらッ!」
一気に駆け込んだアヤの両手での薙ぎ払いを受け止めたサミーは後ろに弾かれる。下馬で良かったとサミーは思いながらじんじんと痺れる腕とそうさせる程の一撃を放つアヤに改めて舌を巻く。もし騎乗していたら馬が足をやられていたかも知れないと思った。
(ったく。分かってるつもりでいたけどなんて威力だ。下馬の方が強いんじゃないか!?)
アヤは既に瞳が濁って口角が上がり完全悦楽モードに入っている。とても貴族の一人娘とは思えない暗殺者のような顔に勝敗が付くまでは止まらないとサミーは理解した。外してはいけない人間の理性の箍を外してしまったらしい。
対して、アヤはサミーが冷や汗を流したのを見逃していなかった。
(今日こそは決着をつけさせて頂きますわサミー。私を怒らせるとどうなるか思い知りなさい)
薙ぎ払いで打ち、体ごと弾き飛ばしたが終わりではない。そのまま攻め立てて止めだ。相手がよく知る相手でも油断と手加減はしない。
それにお嬢と外で呼ばれた事は軽い気持ちでも許せなかった。
打ち込む剣に普段以上の力が入る。槍と剣がぶつかる度に響く金属音がいつも以上に重い音を立てている。ガン!ガン!という音は見ている兵士たちも引くほどの異様な音だった。
「ちい…!槍が折れちまう」
「槍を折られては技も役には立ちませんね。自分を守る刃を失うのはどんな気分かしら」
強烈な一撃に加えてしなやかな身のこなし。時折反撃を繰り出すも圧倒的に押されているのは自分だとサミーは分かっていた。こちらの動きは読まれているかのように躱されている。
(槍のリーチが使えん状態ではアヤには手出し出来ねぇか!)
「甘いですわ」
「うおっっ!?」
胴の下に沈み込んでから入ってくる切り上げ。体を仰け反って躱したサミーはそのまま後転して距離を取ったがアヤは攻撃を緩めない。何とか鍔迫り合いに持ち込んだ所で問いかける。
「お前俺を殺す気か!?」
「ふふふふ!手加減が通じる相手だと思ってらしたなら尚の事許せませんわねぇ…そうでしょう?」
「あんたの腕前は知ってるさ!ただ訓練で死にたくねぇだけだ!」
サミーは渾身の力でアヤを押し退けた。片膝を付きながら着地したアヤは剣を上段に構えて再度距離を詰める。
(寄らせねぇよっ!)
薙ぎ払いを難なく躱されるも返す刀でアヤの足を払う。
「きゃ?!ここで?」
勢い余って宙を舞う形になったアヤが地面に倒れた所を石突で突いてチェックメイト…のはずだった。
「させませんわ…!」
サミーの槍が石突で鳩尾を突く手前で止めるのとアヤの剣が胴を斬る手前で止まったのは同じタイミングだった。
すこしの間の沈黙の後、2人の顔に笑顔が戻る。
サミーは倒れているアヤを起こし、アヤもその手を取る。
「あんたがあの顔をした時はやべぇって久しぶりに思ったよ。また腕を上げたな」
「“お嬢”はここでは禁句とお伝えした筈ですのに。でも愉しかったですわ」
「悪かった。気を付けるよ」
「今日は引き分けですわね。さ、お昼に行きましょう。お腹が空いてしまいましたわ」
そう言って土汚れを払いながら剣を収めたアヤがさっさと歩き始める。いつもすぐに動き出す無鉄砲な背中を追い掛けていき、その背中を守る。
食事時に彼女の背中を追い掛ける事もサミーにとっては日常だった。
4
戦場に居れば“死”はすぐそばに付き纏う。
いつどこで誰が死ぬか。それは恐らく神様にだって分からない。だとすれば当然人間にも分からない。すぐ隣にいる仲間が死なないように戦うのは兵隊の話だ。自分が死んだら全てお仕舞。死んだすぐ隣の仲間の遺志を継いで戦っていくのは兵隊だけの話だと何度も言って聴かせた。
お前たちは自分の命を全力で守れ。金で命を奪る仕事には遺志を継いでくれる奴は居ないんだ。
いいか?危険を感じたら引き返せ。無理はするな。ただ目的の完遂のための準備は絶対に手を抜くな。金を貰っている事を忘れるなよ。
殺す事にはとっくに慣れ切ったのに、喪う事はいつまで経ってもなれないなー
ベネットは死んだ仲間の墓の前でその墓標を眺めていた。これで15人目か、という呟きは誰かが拾うこともなく消えていく。
「魂だけは迷子になるなよ…あっちの仲間によろしくな。俺はまだ行けないからな」
東西南北に向けられた剣や槍、斧の見ながらまた呟く。
ベネットが決めた仕来たりだった。団の仲間の死者は丁重に葬り、武器を故郷の方向に向けて添えるというものだ。神を信じているかは勝手だが、人間みな生まれ故郷はある。
せめて彼らの魂が故郷に戻ってからあの世に行けるようにと願って。できたら次は同じ地で幸せになれる事を願って。
「マスター。ここだったか」
副団長のアリスが隣で声を掛けた。
「弔っていたとこだ。これで15人目だ。“こども”が死ぬのは。また守ってやれなかったよ」
「自分を責めるのはやめな。皆覚悟はしているはずだし、決めたのはこの子達だよ」
「そうだな…」
ベネット達は戦場で孤児になってしまった子供を預かって育てている。団のアジトはカパダ城も近く、治安も食糧事情なども安定している事と、何よりベネットが始めた事だった。
“子供は戦場で守れるのは大人だけだ。戦場を知る者こそが彼らを救わなければ悲劇は止まらない”
それを掲げて仕事をこなしていくうちにアジトはいつの間にか人が集まり、集落のようになった。悲劇的な体験をした子供たちも団の人間には笑顔を見せ、元気に過ごしている。
無くなるかもしれなかった命と経験できなかった筈の体験。ほんの少し幸運から、未来を選ぶ機会を得たこどもたちが親であるベネット達の姿に憧れて傭兵を目指すようになったのはごく自然の事なのかもしれない。
成長を見てきたベネットはある程度の年齢になるとこどもたちが何になりたいかとその理由を訊いた。納得できればその考えを尊重し、できる限りの事で手助けをした。
外で違う仕事がしたい、と言ってくれた時ほど安心する。だがこどもの殆どは傭兵になった。
町で非難されることもままある。孤児を自分の手下にしていると聞けばいい事は皆言わないのは分かっていたがやめるつもりはない。
それでもそれに関して悩みが消える事はなかった。
「なぁ…やっぱり間違えているのか俺は」
「孤児を助ける事かい?アタイは立派だと思うけどね。他の連中には出来ないと思うよ」
「この子達を救っている振りをしているだけなんじゃないかと思う時があるんだ」
「…誰に何を言われようと自分の意思でやってるんじゃないのかよマスター。そのまま生きていたら野垂れ死ぬか真っ暗な人生しか生きられなかったこの子達に少しでも光を見せてあげたのはあんただよ。真っ暗な闇の中からあんたが手を引いて引っ張ってくれた。心配することない」
あんたは間違っちゃいないさ。とアリスはベネットの肩に手を置いた。
どれくらいここに居たかは分からないが冷えた金属の感触が大分長いこと居た事を告げていた。
「マスター。自分を責めるのはいい加減止めな。心配だし、これはマスターにしか出来ないことなんだから。それに疑問を持つならここに居る事は許されないし、アタイも許さない。分かってんだろ?」
「…ふっ。そうだな、いつもの悪い癖だ。悪かった」
「大丈夫さ。アタイがついてんだ。真っ直ぐ行きなその理想を」
そう言ってしゃがみ込んだアリスがニカッと笑う。メイクのばっちり決まったアイスグリーンの瞳の持ち主はじゃあねと言ってその場を離れていった。
いつも彼女に話を聴いてもらうとこの笑顔に最後は気持ちが落ち着く。
今日もやけ酒をしなくて済みそうだ。ベネットも墓を後にした。
5
ハボック達が謝罪に訪れた日の夜の事だ。私のもとに珍しい来客があった。
シルバーのストレートヘアを靡かせてドレスのような服に入ったスリットから生足を惜しげもなく披露している〈ペガサスナイト〉の傭兵、アリスだ。
彼女と話したのは傭兵団のアジトで一騎討ちして以来だが、彼女の方はそんな事関係ないようで楽しそうにニコニコしながら扉の枠に寄りかかっている。
「どうしたの?」
「これからメシでもどうかなって思ってね。忙しくなかったら知り合いのいい店があるんだ。それに結構飲めるんだってなあんた」
「嗜む程度の話よ。まぁいいわ、行きましょう」
私を酒に誘って来るのは大抵酒場の酔っ払いくらいのものだが、こうして素面の仲間に誘われるのは却って新鮮な感じで私も普通に了承した。
私は自分で言うのもなんだが、酔わない自信はある。それもこれも先生に“軍師たるもの如何なる時も情報を話してはいけない。そのコントロールをする鍛錬”と称して酒場を連れ回されたせいだ。下戸でもなかった私はその鍛錬のせいで酔いが顔に出ない上に酔いをある程度コントロールするという変な技を身に着けてしまった。それでもやはりやらかした事は何度もある。昔の話だ。
外に出て、その知り合いの店というのは城の近くの通りの角にあった。途中で何人かの民間人らしき男に声を掛けられたがアリスが舌打ちしながらうっせーな、と睨みつけると皆退散していった。見た目はキラキラしてまるで舞台女優の様な女性が眉間に皺を寄せて顔に怒りを表せばそれだけで対象からは外れる。慣れてるね、と言うとアリス曰く誘い方が下手なんだそうだ。
「アリスは誘われ慣れてそうだもんね」
「アタイはね、安くないんだよ。誘ってるとか言ってくる奴いるけど好きな恰好してるだけなんだからジロジロ見んなって話さ。ま、行こうぜ」
そう言って扉を開けるとウェイターが出迎えてくれた。傭兵が言ういい店イコールで騒がしい酒場というのは偏見だな。その店は適度に明かりが調節されて落ち着く雰囲気を醸し出している事に加えて店内で演者が生の音楽と歌と踊りを披露していた。
スローテンポのバラードと踊りが店の雰囲気と絶妙にマッチしていて、気持ちが和らいでくる。
「あのダンサーがアタイの知り合いさ」
青い髪に所々白のメッシュを入れた巻き髪の女性。頭の上で後ろ髪を巻いていて前髪はふんわりと目の上で揃えられており、丸い瞳が印象的だった。彼女は歌と踊りをしている時にアリスの方を向くと、ウインクして見せた。
「行こうぜ。あっちの席が空いてる。そのうち来るだろうから紹介するさ」
「ありがとう。しかしいい店ね。てっきり酒場に行くかとばかり思ってたわ」
「ここも酒は出るぜ。ただし、一流ばかりだ。アタイらを誘うならこのくらいでないと!」
「それは楽しめそうね」
そう言ってアリスと私は角のテーブル席に座った。置いてあったメニューを手にして中を見たが、思ったより値は張らないなと思う。料理も酒も品数が、どれにしようか悩んでしまう。こういう時にすぐに決断できないタイプの人間である私は改めて自分が今を楽しんでいるな、と理解した。
「アタイは決まってるのがあるんだ。同じのにするか?酒はぴったりのがあるが、まずはカンパイだ」
「そうねぇ…じゃあ、任せるわ。お酒も同じで」
「へぇ、軍師でも決断できない事ってあるんだな」
「あ、あるわよ!自分の事は決められないのよ。こう言うことは特に…」
誰かと居るといつもそうだ。決まって自分の希望が出てこなくて相手任せになる事が殆ど。自分の希望を伝えた記憶すらあんまりない。
(作戦の事とか、部隊の動きとかならいつも自分で率先して意見できるのにな)
舞台の方を見る振りをして恥ずかしいのを誤魔化す私にアリスはふーん、と言って特に深追いすることはなかった。近くにいるウェイターを静かに呼んで料理と酒を注文すると、アリスがステージを見て呟く。
「あいつ、元気そうでなによりだ」
「知り合いなのよね?どこでの縁?」
「ライラって言ってさとある戦場の孤児の1人さ。うちで面倒見てた子で、歌と踊りがしたいって言って外に出たのが2年前。気付いたら町で一番の歌姫さ」
「そう…きっと凄い努力をしたのね」
「才能もあるんじゃないかなあの子には。努力もしてたけどなー」
そう言って最初に運ばれてきたグラスを手に取るアリス。乾杯と小さく2人でグラスを掲げて静かに喉へと流し込む。食前にはちょうど良い、度数の強くなくて甘い液体が流れていった。
アリスも同じタイミングで口に運んでいたが、物足りなさそうに一気に呷ってグラスを空けてしまった。
この人もなかなか飲むタイプとは思っていたけど食前酒一気飲みかぁ…これは長い酒になりそうだ。と、思っていた時、私は不意に質問を受けた。
「そうそう。所でさ、リクとはどうなんだい?上手くやってるのか?」
至って真面目な顔で問い掛けてくる。思いがけない質問だったがその問いに答えるならNOだ。もちろん作戦やその他に支障になる様な事はないけれど、決して上手くいってるとは言えない。
その感じじゃ良くは無さそうだね、と見事に内心を読みあてたアリスは事もあろうか“まぁいんじゃね?”と言った。想定外の反応過ぎて“え?”と口から出た。
「何があったか知らないけど。あんたはもうシリアン軍人ではないから義理や忠誠は関係ない。ここに居るのは利害の一致、だろ」
「止めてって前に言ったでしょ。昔の事は」
「そうさ。昔の事じゃない、今と、この先の話だよ。あんたは自分の目的が済んだらどうする?それが大事なんじゃないかい?」
「大事なこと、か…」
私もグラスの酒を一気に煽って飲み干す。
私の大事なもの。それはシリアン公国そのものであり、その平和。そして王家に仕えることだった。それ以外の選択肢を与えられた事が無かった私に今更新しい道を探す方が難しい。
例えば今そこで歌っている彼女のような道は私にはきっと歩めない。人を惹き付けるには体はボロボロ過ぎるし、才能がない事を初め思い当たることはいくつでもある。
急に強烈に酔いたくなった私はウェイターを呼んでメニューも見ずに“一番強い酒をボトルで”と注文した。アリスがすかさず“氷とグラスは2つな”と加える。言い終えた彼女は頬杖を付いたまま私の目を見て続けた。
「少なくとも3年前の件でアンタがシロだって事はこの戦いが終われば分かるだろ。宰相をはじめ、手を引いた連中は反逆者の名のもと一掃される。呼ばれたら戻るのじゃダメなのか?」
「…騎士として仕えていたら、そうだったかも知れないわね…」
運ばれてきたのは私が頼んだ酒の方が早かった。グラスに氷を取り分け、琥珀色の液体を同じ分になるように淹れて1つはアリスへ渡す。残った私の分は一口で半分飲んだ。
喉が焼ける手前の濃さに思わず溜息が漏れた。
「立場の違い、か」
「そうよ。この国の為にこの国の人も他国の人も大勢殺した。殺すしかない、と言い聞かせてね。立派に勤めを果たしている筈だと信じていた私を皆は悪魔”と呼んで離れていった。そしていよいよ陛下からも見放されたのよ。それで呼び戻されたってもう誰も信じられない。それに…」
そこまで言ってまた酒を煽る。空になったグラスを置いた時にカランと音が立った。
「私が軍師として立っていられたのは才能じゃない。この国の為と信じていたからよ…!じゃないと、とても……!」
軍師の初めの頃、特に戦いの前後はよくプレッシャーに負けて吐いていた。正位軍師になってからも暫く続いたその現象を終わらせたのは人の死と言うものと戦場の空気に慣れてから。自分の言葉と振るう武で犠牲になる人間を“この国の為ならば仕方ない”と思うようにしてからだ。
同時に思った事が私の策で少しでも犠牲を少なくする為に戦う事ともう2度と私の前に立たない様に恐れられるくらいに敵を叩く事。この場での犠牲が無駄にならない様に願って、次は戦いなんて起きないようにと願って、立ちはだかる者を全て屠った。
その結果である“フェイエンベルクの悪魔”の2つ名は甘んじて受け入れた。
そして、寝る間も惜しみ、自分を殺し、人を殺し続けたその結末が“国王殺しの軍師”と言われて罪を被せられる事だった。
誰にも本音で話した事なんてなかったのに。気付いたら全部言葉にしていた。
もう、酒のせいにしよう。私は空いたグラスに酒を注いでまた煽る。こんな事を言っていいはずがない。私の考えている事は誰にも悟られてはいけないし、秘密にしないといけない筈なのに。
もういいや、と自暴自棄になった時、ふと頭を撫でられた。柔らかい手が私の髪に沿って動かされる。こんな感覚は生まれてからいつ以来だろう。誰かに認められた時のあの感覚。
「頑張ったなシーチェ。今度はあんたが守った国を悪の手から解放してやるんだ。誰かの為じゃない。自分が生きてきた証を守る為にその才を活かそう」
その言葉を聴いた瞬間、私を縛り付けていたものが解かれて心が軽くなった気がした。
「…っ!うぅ…!」
枯れたと思った涙がぽろぽろと、やがて頬を伝って滴るほどに溢れていた。
いつも読んで下さりありがとうございます。
ようやく緑と赤の騎士が揃いました。
9/1 追加
・新キャラ紹介
「サミー」 クラス〈ソシアルナイト(槍)〉
アヤとコンビを組むシリアン軍騎士の一人。アヤとは子供の頃から知り合いで長い間一緒に過ごしていたがサミー自体は貴族ではない。大家族である家族の大黒柱として稼ぎに出ている。実力は確かだが、命を大切にする考えが強く決して無理はしない。