ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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 ー自分らしく生きるー
 その言葉の意味もしっかり分からないままだったがシーチェは自分らしく振舞いながらあの日以来歩んできていた。
 姿を見せないまま味方だと告げた謎の存在。その言葉をきっかけとして踏みしめた日々は確実に変化を起こしつつあった。しかし、もとには戻らない日常。それは自分でも分かっていた。
 戻らない日常と変わらない役割。その狭間が起こす歪みは確実にシーチェを蝕んでいく。その感情は遂に限界を迎えた。
 それと同時にシリアン公国に迫る他の勢力の影も少しずつ確実に動き出す。


第十二話 二人 再び

1

 

 久しぶりにアリス姐さんが店に来た。

 スローバラード調の歌を歌いながらお客をもてなしていたライラは駆け寄りたくなるのをぐっとこらえた。自分のことを知っているアリスの方は歌っている最中に寄って来るような事はせず、ウィンクをすると空いている席に向かって行ったのでウィンクを返した。

(今日はお連れ様がいるのね)

 舞台女優の様にばっちり決めたメイクとドレスのような服を着たアリスに連れられているのは目つきの鋭い茶色の髪の女性だった。戦いに身を置いている人なのは見れば分かったが、彼女は他の人とはどこか違う。

 とにかく、歌い終わったら挨拶に行かなきゃ。ライラは奏者の奏でる音楽に合わせてその声で調べを奏で続けた。

 

 それが終わって拍手に身を包まれている時もアリスと連れの女性はまだ席で飲んでいた。食事はここで済ませたようで、空いた皿が残っているのが見える。食事よりも空いたボトルの数の方がライラは気になった。

 そして連れの女性は肩をずっと震わせているのだ。酔っ払った人が泣いてしまう事はよくあるが、彼女はその類なのだろうかと勘繰りながらテーブルに近づく。

 ふと見えてしまったノースリーブのシャツから出ている腕の傷。1つや2つではない。長年戦場に出ていた事を物語る強い人なのに、こんなに泣く事もあるんだ―とライラは思いながら声をかけた。

「アリス姐さん…この人、大丈夫?」

「あぁ。ちょっと息抜きが必要なだけだ…後でまた来てくれるか?」

「うん分かった。このお皿、片付けるね。注文はある?」

 ひっく、ひっくと泣き方は半端じゃない。机に顔を埋めて号泣する女性への挨拶は諦めてアリスに尋ねる。今は大丈夫だ、とボトルを指差して笑った。

 この店の一番強い度数のお酒をロックで飲む女性は姐さんだけじゃなかったんだ。

「潰しちゃだめだよ姐さん」

「自分で頼んでんだ。酒強いって言うし平気だろ」

 ガキじゃねぇーんだ、と自分もグラスに入った酒をグイっと飲み干して、お代わりを入れる。今はアリスもこの人の相手でいっぱいの様だと感じ取ったライラは空いたお皿を手にその場を離れた。

 

 

 どれくらい泣いていただろう。満足するまで泣きまくったら少し気持ちが落ち着いた。目は腫れているし、嗚咽がまだ止められない。アリスが黙って出してくれたハンカチを借りてとりあえず目を拭いた。

「大丈夫か?落ち着いたか」

「えぇ…ごめんね、取り乱してしまって…」

 黙って見守ってくれていたアリスには感謝だ。気持ちを落ち着けるのに何か飲みたくて、近くにあったグラスの酒を煽った。ゴクッと喉が鳴ると同時にくうっ、と息が漏れた。度数が高いのをすっかり忘れてた。喉が焼けてしまいそうだ。

「いいけどよ。それはそうと、リクとは自分なりにケリは付けとけよ?あんたのマスターなんだろ?」

「マスター?う…うん。そうよね」

 マスターという立ち位置かは分からないが、近いうちに話をしないといけないのは間違いない。これまで私は逃げていたのかも知れない。人と付き合うことが怖かったから…けど今日、アリスがその勇気をくれた。

「アリス、ありがとう。ちょっと話してみるわ彼と」

 空いたグラスに酒が注がれ、私はまたくっと喉を通す。

「おう。でも、シーチェが酒が強いってのはホントだな。顔色まったく変わらないもんな」

 アリスは足を組みながら悪い笑顔で私を見ている。私は確かにまだまだ飲めるが、そういう彼女も素面と殆ど変わっていない。

「そうね。まだ全然て感じ」

「なら今日は飲み明かすぞ!さっきここの歌姫が来てたんだ。紹介していいか?」

「前後不覚になるのは困るよ…さっきの人のこと?」

 私が泣いている時に来たのは知っている。少し会話してそのまま気を利かせてくれたのかどこかに行ってしまったが。

 尋ねてみると彼女はここの専属の歌手兼踊り子として勤めているとの事でおそらく着替えだろうとの事だった。酒場であればこれから一稼ぎする時間だが、ここはやはり少し酒場とは違うみたいだ。

 

 それから酒と注文した軽食をつまみながら他愛ない話に花を咲かせた。

 他人に心を開いてこんなに楽しく話すのは久しぶりだった。酒の力もあるのかもしれないけど、飾っていない自分がこんなに笑えるのかと思い出すことができた。  

 戦争や勝敗、駆け引きや国益。そんな事をこれっぽっちも考えずに過ごす時間。酒が進んで進んで仕方なかった。

「あ、お連れ様。もう大丈夫みたいですね」

 話で盛り上がっていると青い髪と白いメッシュを髪に入れた女性が声を掛けてきた。ドレスは脱いで私服姿だが、さっきの歌姫なのはすぐに分かった。

「さっきは見苦しい所をごめんなさい。私はシーチェ。素敵な歌だったわライラ」

「わぁ名前まで憶えてくれたんですね!嬉しいです!」  

 まるで飛び上がらんばかりに喜んでくれて、私の手を両手で握った。なんて可愛らしい子なんだろう。近くで見てみると顔もかわいい顔をしている。

 揃った前髪と真ん丸のブラウンの瞳が印象的だ。

 そう思っていると突然ライラは立ったままのその位置で私にぐっと顔を近づけた。顔の輪郭が見なくなる位には近い距離で話しかけてくる。

「今反乱軍を倒そうとしているんですよねっ!?」

「ま、まってライラ落ち着いて!そうだけど…!」

「私も連れてってくれませんか!」

 それを聞いてアリスが噎せた。ちょうど酒を飲んでいる所だったらしく、ゴホゴホしながら手をブンブンと振って拒絶していた。ダメだという事らしいのは分かった。

 それを見てむくれるライラ。“何でですか!私も姐さんたちの為に出来る事がしたいんです!”と口をへの字に曲げた。

「姐さんがダメって言っても今回は私付いて行きます!マスターには休暇頂きますからっ」

「バカ言え遊びじゃないんだ!シーチェあんたもなんか言えよ!」

「えっ?でも本人の意思がそうなら私は止めないわよ…許可が出るかは別として」

 前線に出て戦いたい訳ではないだろう。危険がないとは言えないけど、兵士も彼女の踊りと歌を聴いて士気が上がるのであれば軍としては有難いとも言えるだろう。

 けど今の私にはその権限はない。問題は自分で入隊を希望する旨を届けて貰わないと…エリフに口添え位は出来るかな。

 ただ、それに対して収まらないのはアリスだ。

「…っざけんな!せっかく掴んだ夢だろうが!わざわざ危険を冒すことないだろ!」

「戦う事は出来なくてもお手伝いは出来ますよね?!私決めたんですから!」

 そう言ってライラは行ってしまった。見た目からは分からなかったが芯はかなり強いようだ。何がなんだか、私には掴めなかったがとにかく仲間になるからなって事でいいのかな。

 アリスは頭を抱えている。マジかよ…ってぼやいている所を見ると説得は諦めたみたいだ。

「くっそ。仕方ねぇ、あいつは言い出したら話を聞くタイプじゃない。悪いけど伝えといてくれ。ここを出るまでで構わねぇからさ」

「わ、分かったわ」

 酒が入ったアリスのグラスが一瞬で空になる。ちっ、と舌打ちしたアリスはウェイターをまた呼び出すと今しがた私たちで開けたボトルと同じものを2本頼んだ。

 1本は飲める気がしないなぁ…とはとても言えそうにない。これ、1人1本てことだよね。度数もさることながら量も結構な量が入っている。

「ライラの事は頼んだぜ。さ、飲むぞ!ぶっ倒れてもここなら大丈夫だろ」

「前後不覚はまず…」

「ちっ」

 うわ。なんて凶悪な顔なんだ。これは睨まれたら逃げるわ、入店前の民間人に納得した。今にも噛みついてそのまま私を引き裂こうとする狂犬の様な顔のアリスをなだめる。

 今日はお付き合いさせて頂きます。

「…な、何でもないわ。今日は朝まで飲みましょ?」

「そうだよなっ!」

 こうして酒盛りは朝方アリスがテーブルで酔い潰れるまで続いた。

 この後私がお代を払い、ふらつく足取りで夢の中のアリスを抱えて天幕に行った後の記憶はない。

 

 次の日、私が目覚めたのは馬に与える干し草の上だった。

 

 

 

 2

〈シューレ教 中央大聖堂 神託の間〉

 

 

 ヴァルドラ大陸唯一の宗教団体であるシューレ教は大陸各地に教会と支部がある。そこで日々、神官や司祭たちが教えを説き布教をしているが本部といえる施設はシリアン公国と西の大国『カイ王国』との国境に存在していた。

 長きにわたって互いを友好国とする『シリアン公国』との国境は安全が確保されている事に加え、覇権国家である北の大国『ヴィツワ帝国』の攻撃から逃れるための措置でもある。そんな大聖堂にも各国から参拝の人間が今日も数多く訪れていた。

 教会の中では祭司が信者に向けて同じ説教を繰り返す。

 

 神の力を以て望むのは“不変の世界”であり続けること。万物は生まれ、営み、そして死ぬ。生物が生物としてあるべく以上起こりえる全てを是として認めそれを守る。

 女神シューレの加護の元 人間に繫栄と再生の輪廻を

 生まれ 営み 去り行く日々を愛し 自らを認めよ 認めることこそ救いである

 すべての営みは女神によって愛されている 

 

 その側を1人のシスターが歩いていく。

 教団内でも絶大な力を持つ司教会の一員であるフランシスカは大聖堂のある通路を進みながら物思いに耽っていた。

 先日の定期会合はシリアン公国でのゲランの反乱の話とヴィツワ帝国の怪しい動きについて報告がなされただけで、大きな決定はなかった。布教についても各支部とも問題なく進んでいる。

 しかし。司教が各地の本拠に戻ろうとしたタイミングでの再集合、しかも緊急の呼び出しだと言う事は何かの決定が下るという事だけはフランシスカは理解していた。少し進むと司教以上の人間しか入れないエリアが存在しており、そこには完全武装の〈ジェネラル〉クラスの衛兵が並んでいた。

「シスター・フランシスカ。お待ちしておりました」

 衛兵の守る扉が彼らの手で重たい音と共に開かれる。

 女神シューレを象った白い像を正面にして広がる広い空間。その中には円卓と6つの椅子が等間隔で並んでいる。空席は3つ。大司教の他にもう1人まだ来ていないらしい。

「遅かったじゃないかフランシスカ。君の所も大変そうだな」

「コンラッド司教、特にご報告すべき事は御座いません。全て先日の会合でお伝えした通りです」

「シリアン公国での“持たざる者”の件は消せそうなのか?」

「あれは倒れれば影も形も残りませんから。どこかに漏れる事もありません」

 隣の席の神父が他人事の様に尋ねて来たのでフランシスカは前回会合で話した事と全く同じ事を伝えた。このコンラッドという司教はカイ王国を本拠としている司教なので面倒事が少なくて羨ましい、と思いながら無表情を貫く。

「大司教様ご到着です」

(マルラン司教はまた遅刻のようですね)

 自分の左隣の空席を見てフランシスカは視線を大司教の方へ向けた。長い法衣に顔を覆うローブのせいで顔を見る事は出来ないが神々しい雰囲気はいつもと変わらない。

 大司教が円卓の中央の椅子に座るのを確認して司教たちは着席した。

「マルランはまた“狩り”であるか…」 

「申し訳ございません。大司教様」

「あやつの務めの主たる部分である。諸君本題だが…『黒の盾』がゲランに盗まれた。これにより我が教団はシリアン公国の内戦に関与せざるを得なくなった」

 司教たちが騒ぎ始める。表情は崩さないままでもフランシスカも衝撃を受けていた。『黒の盾』は大陸のどこかにある聖廟で大切に守護されて奉られている物だ。大陸のいくつかの場所に建てられた聖廟のどこに本物の『黒の盾』があるかは司教たちですら知らない。

「『黒の盾』については各司教とも最優先でこれを捜索、発見次第奪還せよ」

「大司教様。その務め、私が背負わせて頂きたいのですが」

 奪われた『黒の盾』と反乱を起こしたゲランはどちらもシリアン公国内にあるのは手のものから聴いている。自分の管轄で起きた事件に対して行動を起こすのは司教としては当然のことだ。しかし、それをこの場で言うと他の司教が煩い。

 それに自分で動けば色々な事に片が付くかもしれない。フランシスカは『黒の盾』の件を聴いた瞬間に判断し発言した。

「…よかろう。シスター・フランシスカ、そなたにシリアン公国における件を委任する。必ずや教会を守り抜くのだ」

 畏まりました、と頭を下げる。

 灰色の瞳を持つ彼女の表情はここでもピクリとも動くことはなかった。

 

 3

〈グラーヴァ城塞 軍議室〉

 

「いよいよ動いたのね。イエリツの第5軍本隊が」

「数は1万7千。こちらに向かう訳でもなくコルテス平原に布陣して陣を築いたみたいだ。王城奪還の為には避けては通れん。厄介だがどうする軍師殿?」

 机の上の紙を見て私は記憶にある限りのイエリツの戦術と得意陣形を考えた。しかし3年も前の話だ。私がその記憶に頼って対策をするのは非常にまずいと思いながら偵察の情報を尋ねた。

「陣形は…なんだこれは。前衛に重装兵部隊、中段に本陣と弓兵部隊、後段にまた重装兵。攻撃の手段が陣にないなんて事があるのか?」

「第5軍は重装兵と騎馬部隊の混成のはずだ。全隊出撃で騎馬が居ない事はあり得ぬ。某であればどこかに伏せていると考えるが、相手はイエリツだ。何をしてくるかは分からん」

「ゲクラン殿、教えて欲しいんだけどイエリツはどんな戦場ではどんな性格?」

「うむ。とにかく攻撃的だな。そして本能的に何かを察知しては柔軟に動いてくる。コルテス平原であればあいつの最も得意とする野戦だ。敵を知るには情報が足りなさすぎるかと」

 ここにあるのは着陣したという情報と配置を記されたものだけ。陣の形は想像できるが、平原での戦い方を見直す必要がありそうだ。

 真っ向勝負で勝てる見込みはない。となればいつもは奇策に頼ってきたが、今回は活かせるものが周囲にない。そこまで読まれていることもイエリツの目的は私だと言う事が分かった。

 こんなに私を研究しているなんて…そんなに私を潰したいかイエリツ。

 戦場で誰かに挑まれるのは初めてではない。幾多もの将を挑まれる度に破ってきた。今回もそのつもりだ。彼を破らなければ公都への、ゲランを討つための道が拓かれない。

「策はあるかシーチェ?」

「うーん…少し時間を貰えるかしら」

「分かった。だが…」

「ヴィツワ帝国が動いているんでしょう?早く戻らないとね王城に。そして玉座に」

 内紛の最中に動いてくるとはかの国らしいやり方だ。幸いなのが彼らとゲランの繋がりはないと言う事がはっきりしている事だが、今後は分からない。

 自分に関係ない、と思えるほど私はもうこの国から離れた存在ではないような気がしていた。 

 

 

 解散となった軍議の後、私は思案を巡らせようとその場に残った。

 そして誰も居なくなった軍議室に戻ってくる人物が居た。扉の開ける音に振り返るとゲクランがいた。

「シーチェ、少し時間を貰えるか?」

「いいけど……イエリツのこと、かしら」

「そうだ。あんたに話した方が良いかと思ってな」 

 彼は私の傍の椅子に腰掛けて、“まぁ座ってくれ”と言うので言われた通りに従う。長い話になりそうかな…彼とイエリツの関係は私も知っている。

 同期でもあり、武の道で騎士に成り上がった2人。ゲクランは武を究め、イエリツは知を究めた。

 少し間をとってからゲクランは語り始めたが、その言葉は短かった。

「シーチェ…出来たらでいい。今度の戦、イエリツを討つ役目を某にやらせてくれないか」

「貴方には先陣を…と思っていた所よ」

「陣を敷いている重騎士共に突っ込めというのか。中々無茶を言う。毎度の事だが、な」

 はっはっはと小さく笑うゲクラン。いつもはそんな風に笑う事なんて殆どない人物なのに…しかも彼とは王城を脱出した当初から上手くいっている訳でもない。私はその笑いの意味を考えた。

「貴方の力に助けられている部分はかなりあるわ。それに、【黒鬼】が笑う所を見られるなんて幸運なのかしら?」

「これでも人の子だよ。しかしいつもそなたの才には恐れ入る。某ですら臆する事無く利用し、戦をひっくり返す。勝利のみを見ているシーチェには邪魔になるかもと思ったが、某の今生で唯一の戦場での我が儘だ。だがそなたでなければ聞き入れて貰えんだろう」

「それは計算して何とかなるものでもないんだけど、分かった。とだけ言っておくわ」

「頼む。奴には聞いておきたい事もある。そしてイエリツは某が必ず討つ」

 ゲクランの傷のついた厳つい顔が真っすぐ私を射抜いている。軍師になった時も戦場でいつも無茶を聞いてくれた彼がこんな事を言うのは初めてだった。

「分かった。でも間違っても刺し違えようとか考えない事よ。貴方が死んではこの国の未来は不安だもの」

「覚えておらんか。鬼と悪魔の組んだ戦は常勝無敗、此度も同じよ。だが、油断はするなシーチェ」

 難しい顔をしているゲクランに分かっているわ、と答えると彼は言いたい事を伝え終えたのか席を立ち“ではな”と去っていった。

 

 これも私が生きてきた証を守る事になるのだろうか。

 不意に独り言が零れた。私はゲランを討つためだけにここに居る筈なのに。いつの間にか沢山の人の命を抱えている。この一言、一挙手一投足には未来が懸かっている。

 私には結局この生き方しかないのだろうか?

「自分らしくって…結局こういう事なの?」

 右手に痣を付けられたあの日言われた言葉を思い出す。私のしている事は前と何も変わっていない。私らしく生きる事イコールは軍師として兵を、国を導くことなのか。

 誰かの為に屍を積み上げてその上に生き、血と怨嗟の道を歩む。それが出来たのはこの国の為と信じられていたからだ。

 円卓で頭を抱える私を冷たい風が撫でていく。開け放たれた窓の外はどんよりとした雲が見えた。雨が降る前に閉めよう。

 席を立って窓を閉めに行くと階下の広場で佇むクルバルカを振るうリクの姿が見えた。

 

 

 4

 

 軍議の解散後リクはクルバルカを手に人気のない広場に来た。

「…ッ!ふっ!」

 振るう槍の軌跡はいつもと変わらなく鋭い。迷いを断ち切り、戦う理由は見つけた。それを邪魔するものを倒す。その道を切り開く為に民である自国兵を殺めている。

 肉と骨を断ち、鎧ごと貫く感覚にはもう慣れた。人を殺す事に躊躇いはない。敵の意志が強い分、自分も強い意志で立ち向かった。

 ただそれは敵に対してである。リクには超えるべき問題が存在していた。

(俺は…なんて言えばいいんだ。あいつが無理しているのは分かっている。これでいいのか?)

 突き、払い。クルバルカを扱う両手に力が入る。

 槍は空気を切り、その先には存在しない“敵”を斬る。それでもこれだけは切り開けない。

「俺は…本当は……」

 どうしたらいい?この答えは自分が出さないといけない事だけは分かっている。しかし出てこない。

 王として振る舞うのなら臣下や兵士の犠牲も時に受け入れなければならないことは分かっている。それでもこの問題をそれと同等に扱うことはリクにはずっとできなかった。

 

 ―キレが悪いじゃない。リク―

 

 不意にかけられた声に槍を動きを止めたリクは声の方を見る。さらさらとした茶色の髪を横で結んだ切れ長の目の女性が柱にもたれ掛かっていた。その手にはフェイルノートが握られている。

「何を迷っているのかしら。為すべき事が決まっている貴方が」

「あんたにはお見通し、か」

「えぇ」

「………」

「まぁ。答えは出ないわよね。ただ、そろそろだと思ったのよ」

 

 そろそろ、という言葉がリクの耳に残った。彼女の言うその言葉の意味はリクにも理解できた。

 軍師としてここにいる事の意味。この国を離れざるを得なかった彼女がいま抱えるこの国の未来。それを背負わせてきた自分。

 

 その問いに答えられない。それこそが答えの見つけられない問題だった。

 

 シーチェの表情は険しい。腕を組んでいる手が強く握りしめられているのも見えた。

 久しぶりに向けられるシーチェの怒りの感情。もたれ掛かっていた柱を離れるとシーチェはフェイルノートをリクに向けた。その切っ先に普段巻いてある布はない。銀色の鋭い刃は真っすぐにリクの心臓を狙っていた。

「今、時間あるわよね?」

「…どうするつもりだ」    

「勝負してリク。果し合いよ」

 シーチェの瞳がキッと敵を見る目に変わり、武器を向けながら歩み寄って来た彼女はリクから少し離れた所で立ち止まり、構えた。

「俺と戦って選べるのか。あんたの道は」 

「かつては仕えていた国に捨てられてもこうして戻ってそこで戦えるか。この国の為にもう1度立てるか。私がここで死んでいく覚悟が出来るか。私がそれを見極めるのには貴方と戦うしかない」

「…やはり3年前の事を?」

「リクのせいとは思ってないわ。ただ…もしこのまま残るのなら、自分とその過去にしっかりケリを付けたいだけ」

 ケリを付けたい。シーチェの言葉に乗った思いを感じ取り、静かに槍を構える。シーチェは手を抜かないだろう。あの目を見てリクはこの日が来てしまったか、と思った。

(俺のせいだ。全部…)

 やりきれない思いを抱えたまま自分の軍略を披露し、時に危険を冒して軍を支えてきたシーチェの気持ちは言葉通り限界だった。捨てられたはずの国の為に臣下でもないのに責任を負う立場となり、後ろ指をさされても孤独に戦ってきた彼女のやり場のない気持ちが静かに爆発している。

 せめて受け止めてあげなければ。自分でなくては出来ない役回りだ。

「いつでもいいぞ…」

「先に言っておく。…私は自分を全てを軍師としてこの国に捧げてきた。ここに立つ事がどれだけの覚悟が必要か…貴方には知ってほしい。だから…殺すつもりでいくわ」

 思いを伝える間、ほんの少しだけ表情を崩したシーチェは終えるとまた殺意の籠った表情に戻った。

 シーチェの軍師としての覚悟。戦いの口火を切ったシーチェの一撃は受け止めたリクの持つ槍を激しく揺るがした。

(重い…!これがシーチェの…!)

 続けざまに繰り出される連続攻撃。両刃のフェイルノートを手足のように扱うシーチェはまるで蜂の様に鋭く、攻撃的に舞う。視線が合うたびに感じる怒り、悲しみ。軍師としての矜持。それら全てが込められた前よりも洗練され更に攻撃的になったその動き。リクは防戦一方で反撃の糸口を掴めない。

 槍のような間合いの刃は持ち手の位置によって時折その軌道を伸ばしたり縮めたりしてリクを切り裂こうと狙い続ける。

「その程度で国王を名乗るの!?貴方に付いていく者への気持ちはそんなに軽いの?!」

「…っ!俺だってな…!決めたんだ!」

「なら私に負けない筈よ!国王の想いにはこの国の全てが乗っている筈だもの!」 

 言葉の通り、リクを圧倒するシーチェの攻撃は相変わらず鋭い。しかしリクも攻めに少しずつ転じていく。火花を散らす2人の武器が打ち合いの末、キィィン!と大きく鳴って止まった。ギリギリと鍔迫り合う刃はどちらも押し合いとなる。

 次は体術が来る―

 よく知る相手だから読んだ行動は反射的なものだった。しかし裏をかかれたリクがそのまま迫り合いに負けて押し込まれる。押し切られる前に払ってそのまま突いた槍の切っ先はシーチェの髪を少し掠っただけ。そのまま突っ込んでくる相手の体勢を崩すためにリクは1歩引きながら石突で下から打ち上げる。

 それも躱される。横に逸れてから、繰り出される薙ぎ払いを受け止めて前へ。

(俺は、決めたんだ!)

 前に進んだ直後に飛んでくるのはシーチェの右膝。その攻撃にわき腹を掠られながら当身を繰り出す。

「そうだ!俺が背負ってるのはこの国全部だ!だったらシーチェ、あんたもそのひとつだ!」

「くっ…!」

 腹の柔らかい所を突いた一撃に耐え、更に繰り出される斬術と体術の攻撃。

(当身で勢いが落ちてる。これなら…!)

 躱しながら隙を窺い、その時は来た。

 突き出された攻撃を狙って腕を槍で絡めとり、そのまま引っ張ってシーチェを倒す。フェイルノートを持った方の肩が極まったはずだ。腕を絡めとった槍の感覚で分かる。これ以上負荷を掛けたらシーチェの肩は外れる。現に苦痛に満ちた顔が下からリクを睨んでいた。

「痛ったっ…!なんで。どうしてよ!私はリクを…!貴方を……」

 シーチェの言葉は最後まで語られなかった。地面に転ばされて土のついた横顔にリクは問いかける。

「はぁ…まだやるか?」

「私の負けよ。殺して…」

「何を言ってるんだシーチェ」

「果し合いって、言ったじゃない。私は少なくともこれまでの全てを賭けてリクを殺そうとしたわ。貴方を見てると思い出しちゃってダメなのよ…戻りたいって思ってしまって。私はまだ…信じられない」

 怒りの表情は消えていた。いつしか降り出していた雨が地面と2人を濡らし、リクはそのままかける言葉を探す。

 

―戻りたい。けどまだ信じられない― 

 

 その想いに答える言葉はまた見つけられない。

 シーチェは地面で組み伏せられたまま動かなかった。リクに全て委ねるかのように。そのまま力のない表情でどこか遠くを見ている。

「シーチェ…」

 リクは槍での拘束をゆっくりと解く。どういうつもり?と怪訝な顔をするシーチェが起き上がり、上半身を上げた。黙ってマントを止めるボタンを外すと雨に打たれている彼女の体に自身の纏うマントを彼女の肩から掛け、そしてそのまま立ち上がる。

「リク?」

「俺には答えが分からない…だけどその気持ちは確かに受け取った。後は俺が全部背負う。だから…これからも一緒に来て欲しい」

「……」

 答えはなかった。もし、これを機にシーチェが去ってしまうならそれは仕方がない事だと自分に言い聞かせた。

 決めるのは彼女だ。ただ、この場で答えが出るのを待つのを許さないくらい雨が強く降りつけていた。

「風邪ひく前に戻って来い」

「…待って」

 座り込んだままのシーチェがマントを握りしめたままリクをの手を掴んだ。濡れて冷たい手が震えていた。

「…貴方に置いて行かれたら私は今度こそ…」

 俯いたまま絞り出される思い。リクは最後まで敢えて聞かずに力いっぱいに肩を抱きしめた。

「俺はもう離さない。誰が何と言っても…あんたは俺の大事な人だ」

「…それじゃ恋人みたいじゃない…でもまた私が貴方の軍師になってあげる。全力で支えるわ、この国の為に生きるみんなを」

「まずは解放しにいこう。俺たちの祖国を!」

 リクとシーチェはお互いを抱き締めながら、力強く決意を口にした。

 

 

 





 閲覧頂きありがとうございます。
 今話のポイント
・新キャラ登場 
 ライラ クラス【歌姫】 
・ゲクラン×イエリツは同期で騎士団入りした戦友
・シーチェ×リク 3年前の件について和解

 和解しましたがこれからもシーチェはダーティな路線で行きたい(女版ヒューベルト?)
 リクの影が余り立たないですがこれを書いてると「蒼炎」のアイクに近いかな、と勝手に思っています。


 
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