ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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 軍師として生きてきたシーチェは初めてその責任の重さを抱えきれなくなった。
 この国の人間ではない自分が未来を背負っている事に限界を感じつつあったある時、アリスの助言を受けてリクとぶつかり合う。
 軍師として生きてきたシーチェと国王として生きるリク。“この国の全てを背負う、そこにはシーチェも入っている”と宣言したリクにシーチェは本音をさらけ出す。孤独である事から戻れるのではないか、と感じたシーチェはリクの説得もあり再びシリアン公国の軍師として国に尽くすことを決意した。
 
 
 その後シューレ教の持つ聖教騎士団の参戦を伝えたフランシスカと邂逅。
 ゲランから解放すべき公都へと至る道の前に広がるコルテス平原。趨勢を決める戦いが始まる。
 


第十四話 死の道 

 

 1

 

 力いっぱい抱き締め合うなんて初めてだ。

 気持ちを伝えたり言葉にするのが苦手だって、たとえ怖くたって、伝えたら分かり合える。そんな事、人間にとっては当たり前かもしれないことだけど私はそれを思い出すことができた。

 伝えなければ伝わらない。そんな簡単な事も私は忘れてしまっていた。

 リクの真っすぐな言葉は突き刺さった。いつもは難しい事は分からないと言うリクの素直でありのままの言葉と私の体を包む彼は温かかった。温もりを感じながら私は決意する。

  

 ―私はもう一度この国と共に生きよう―

 

 人の為ではなく私のため。この国を護ろう。

 温かい人々を護るためなら私の心を凍らせて立ちはだかる相手すら凍り付かせよう。

 脅かす者を冷たい恐怖に引きずり込むのは私の役目。

「リク…貴方はどうか、温かいままで居てね…影の役は私が引き受けるから」

 先代陛下のように温かく国を見守れる様に。陰で私が冷え切っても温もりを忘れないように。その血をしっかり継いでいる彼が一緒ならきっとこの先に降る注ぐ雨だって私は少しも冷たくない。

 これまでそうだったようにこれからも。

「…立てるか?」

「うん。ありがと」

 立ち上がりながら手を引いてくれたリク。彼に掛けて貰った深紅のマントをぎゅっと握りしめたまま私は歩くその隣を付いて行った。

 

 2

 

「これ、温かかったわ。ありがとう。洗って返すから」

「使うなら持ってていいぞ?」

「リクのマントを私が使ってたらまた色々疑われるでしょ?気持ちだけ貰うわね」

 そう言って濡れてしまったマントを手に私はリクと別れた。

 自分の部屋の扉を閉めて気配が離れたのを感じてから鼓動を落ち着かせる為に深呼吸する。

 心臓が破裂するかと思った。

 さっきは冷静さを欠いていた所もあったけれど、今思い出すだけでカーっと顔が火照る。前からお互い馴染みのある人間。それもデリカシーもこれっぽっちも普段ないのに不覚にもドキドキしてしまった…

「こ、これは、そうよ。アレよ…」

 誰に言い訳するわけでもないのに1人でブツブツ言っている。あぁどうしよう。とりあえず落ち着け私。服も何もかもびしょ濡れだからまずは体を拭いて着替えよう。そしたら次の戦いの事を考えないといけないんだ。やるべきことはたくさんある。

 手折ったマントを広げて室内に干しながら私は思考する。コルテス平原の第5軍を倒すのは容易ではない。まずはその対策が最優先だ。

 髪と体を拭いてテキパキと着替えをしていると不意に鳥の鳴き声が雨音の中から聞こえた。

 狩りをしているのだろうか。こんな雨の中でも1羽の鳥が木の幹を何度も何度も突いている。窓の目の前の木なので突くその音も聞こえた。

 コンコンコンコン。コンコンコンコン…

 啄木鳥か。こうして反対側に獲物の虫を誘き出して食べるという…啄木鳥。

 これを戦場に置き換えられないか?と私は考えた。いや、この立地では出来ないか。部隊を背後に回すために隠れられる場所がない。敵本陣の背後を奇襲して敵が陣地を出てきた所を本隊で仕留める。

「妙案だと思ったんだけどなぁ…」

 今回は無理だがまた使えるかもしれない。そう思って窓を閉めた。今日の狩りの成功を祈るよ啄木鳥さん。私も仕事しないと。

 濡れてしまった普段のブーツに変えて替えの靴に足を通して部屋を出る。目指すは軍議室。地図や報告の類は全てそこに集まっている。

 赤い絨毯の上を歩いていると兵士の1人に呼び止められた。

「お疲れ様です。シーチェ殿にお客様がいらしております。シューレ教の司教フランシスカ様との事ですが、お聞きでしょうか?」

「司教のフランシスカ?いえ…初めてね。私に用事なの?」

「はい。軍師シーチェ殿とまずお会いしたいとの事でして、お待ちいただいておりますがいかがいたしますか?」

 シューレ教の司教と言ったら司祭たちを纏めている幹部だ。支部ごとの長を務めている人物だと思ったけど、そんな人物がなんの用事だろうか。

 時間はないが、追い返すわけにもいかない。私は彼に案内するようにお願いしてフランシスカの待つ部屋へと向かった。

 

 シスター・フランシスカ。

 最初の印象は表情のない人だなと思った。灰色の瞳と黄色の髪の頭に司祭帽を被ったシスターは挨拶しても眉一つ動かさず、淡々と自己紹介するその口調も感情らしいものは感じられず司祭服を着た人形のようだった。

 シスターらしい丁寧で落ち着いた所作がその雰囲気をより一層強くしている。

「お忙しいところ恐縮です軍師シーチェ様」

「大丈夫です。司教様こそ、お足元の悪い中よくお出で下さいました」

「いえ。雨といえどもこの世の全てには女神様のご加護があります。たとえ急な雨でも私達はありがたいと認めないとなりません。どうかご理解頂きたいと思います」

「は、はぁ…失礼致しました。早速ですが今日はどのようなご用件で?」

 敬虔な、というか妄信的というのだろうか。雨天の挨拶にこういう風に返しが来るとは思わなかった。これまで色んな人間と相対したから表情は崩れていないが心の奥で“知るかそんな事”と思った。私は生憎シューレ教信者ではない。

「それでは。私共シューレ教の持つ軍事力についてはご存じ頂いておりますか?」

 シューレ教の軍事力といえば聖教騎士団の事だ。彼らはこれまでの歴史において弾圧された事をきっかけに自営の為に出来た組織だ。この大陸のどこで何があろうとも自らを守るためだけにその武を発揮する。

 知らない人間の方が少ないだろう。戦闘も多くなく、自分の国の騎士になるその次に高名で安定した職業でもあるのだから。

「もちろん。詳しくは存じあげませんが」

「結構です。大司教様より私の管轄しているこの周辺の聖教騎士団はこの国の反逆者ゲラン宰相を討伐する任を与えられました。私が今後指揮を執り聖教騎士団がシリアン公国の反乱軍に対して攻撃を行います。つきましてはお赦しを頂くため、国王陛下へご謁見致したくお取次ぎをお願いできますでしょうか」

「…フランシスカ様。事情は分かりました。ですが陛下はご多忙であらせられますので、私からお伝えするという事で今回はご容赦頂けませんか」

 話していると淡々と話しているし表情は相変わらず動かない。

 正直な話、聖教騎士団が勝手に動いて反乱軍を攻撃する事はこちらには利益しかない。どのみち彼女たちと連携を取ることなんて出来はしないのだ。制圧地域の統治権を寄こせだの信託統治領にするだの言い始めたらそれこそ国王が話す事になるが、この程度の話は私の伝言で事が済む。

 フランシスカは私のその言い分で随分とあっさり納得したようだ。

「そうですね。なにぶん突然の訪問ですので…ではシーチェ様。ご伝言の程何卒宜しくお願い致します。…次はコルテス平原でお会いするかもしれませんね」  

 それを聴いて私は彼らが情報もしっかり集めているのだと確認した。目の前で盗賊に民が襲われていても動かないが、腐っても軍隊か。

「それでは国王軍の皆様に女神さまのご加護がございますよう。失礼致します」

 フランシスカはゆっくりとした丁寧な仕草で一礼すると応接室を去っていった。 

 聖教騎士団と司教フランシスカ。味方というよりは敵の敵、といった方が近いだろう。目的こそ同じだが味方と位置付けるのはやや不安が残るというのが私の見解だ。

 この話は早いとこリクやエリフ達に伝えておこう。フランシスカを見送った私はその足で軍議室へと向かった。

 

 

 3

 

〈2週間後 コルテス平原〉

 

 攻撃を決意した私たちの部隊は正面に待ち受ける大部隊を目前にして熱気は最大に達していた。イエリツの陣のがら空きになっているなっている側面目掛けて突き進む国王軍部隊に対して反乱軍は前後の部隊をこちらに向けて展開することで対処した。

 反乱軍は『偃月陣』から『方陣』に変わり、横一線に並んだ敵集団を目指す三角形に展開したこちらの戦列『魚鱗陣』の先鋒。

「”悪魔”が道を切り開く!屍を超え、前だけ見て進め!!」

「「オォォォォッーーー!!!」」

 地ならしのような歓声を背中に感じながら走る。立ち並ぶ人の壁…そこに全速力で駆け込み、〈アーマーナイト〉に一撃を叩き込む。突き出された槍は脇腹の側を抜けていき、速度を乗せて振るうフェイルノートは頭部の鎧を潰した。倒れる騎士を超え、相対する次の敵も一撃で葬る。

 その次も一撃。その次は2合打ち合ってから。

 返り血を浴び、屍を超える私に続いている味方をチラッと確認して更に前へ進む。並み居る敵を全て斬り伏せて血の雨と叫び声の中、進路を切り開く。

 恐怖しろ。私と戦場で相対したことを。

「なんて奴だ!あいつを止めろ!」

「あいつ…笑ってやがる…!」

 そうだ。私が怖いだろう。ならば退くといい。私が歩む道は常に公国の影であり、血と屍の道だ。この先にある公国の勝利を掴む為に私が切り開く死の道には救われることのない地獄が待っている。

「こいつ速いっ!?」

 〈兵士〉の槍の矛先を掻い潜り刃を真っ直ぐ突き立てる。鎧と胸を貫いたまま進み、その体を他の敵からの盾がわりに。前後から貫かれた敵から刃を抜いてから矢を番える。崩れる死体の陰から見えた敵。向け合う殺意の念が私と交差した。

“悪魔め…!ぶっ殺すッ!!!”

 牙を剥き出しにして迫る敵の攻撃が迫る。振り下ろされた槍を受け止めて力比べ。 ギリギリと近づく鋭い切っ先、槍の柄を引っ掛けるて捌き、そのまま斬りつける。手応えはあるが致命傷ではないらしい。

「死ねぇぇぇッ!!」

 体を切り裂かれてなお、向かってくる〈兵士〉。短剣を手に突っ込んでくる男を躱しざまに蹴りを顔に見舞うと、グシャという音と共に男は宙を1回転して倒れた。

「シーチェ!出過ぎだぞ!」 

「ちゃんと付いて来て!」

 傍で剣を振るうハスタが教えてくれたが、まだまだ切り開かなくてはならない。それにここはまだ最前線。この先に幾つもの戦列と陣地が待ち構えている。最初の攻勢でどこまで破れるかは分からないが、勢いは付けておきたかった。

 だけどどこか変だ。

 説明はできないけれど、私の中での違和感は確かに存在した。戦場の中で感じる独特のモヤモヤとした霧のような、それでいて味方を蝕んでくるようなプレッシャー。攻めかかる国王軍を跳ね返そうとする敵兵たちの発する意思の中に紛れ込むその存在の正体に、私はこの時気付く事が出来なかった。

 

 

 4 

 

 初日の戦いを終えた夜、私は休息をしながら報告を聴いていた。

 今日の戦いでは敵の戦列を崩す所までは至らず損害は敵味方とも同じ程度だったとの事。残念ながら敵陣地の防御力は強く、こちらの攻撃は弾かれてしまった。歩兵の突破力だけでは力不足だったという事実が突きつけられる。

 数日間攻撃を続けた結果でその先はもちろん変えていくのだけれど。ブレグとゲクランが率いる左翼、中央の部隊もこの日は同じような戦況で終えたとの事だった。  

「今後も作戦は変えずに行くわ。夜襲に注意してね。敵の攻撃がなかったから」

 兵士に指示を出す。私は野戦食を食べながら野営地の一番前、敵陣が見える所まで来た。

 向こうも特に変わった様子はない。松明を持つ哨戒の兵士がいて、食事を作る火とその薄い煙が空へと幾つも立ち上っている。休息をしっかりとって明日の戦闘に備える算段だろう。

 今日の野戦食を食べながら敵陣を見据えていると後ろから声を掛けられた。

「食事中悪いね。敵さんの伏兵や奇襲の予兆はない」

「そう。ありがと、アリス」

「おつかれさん、っと1つ朗報だ。心強い仲間が加わってくれたぜ。プラマー伯爵の妹君だ」

「ブレグの妹ね…って」

 えぇ?!っと振り向くと全身を赤い鎧に身を包んだ女性がアリスの脇に立っていた。

「そんなに驚く事もあるまいシーチェさん。兄が居ると聞いて居てもたっても居られず来てしまった。これからお世話になります」

 そう言って兜を外すリア。頭を振ってショートボブの短い真っ赤な髪を自由にすると小さく笑ってみせた。

「久し振りね、心強いわ。ブレグが何を言い出すか分からないけど」

「本当は領地の守備を言い付けられていたのですが」  

 そうは言いつつも頬を掻くこの女性はプラマー伯爵家の長女であり、当主ブレグの実の妹である。彼女は名の知れた〈ドラゴンナイト〉で大陸では希少な飛竜を相棒とし、戦場を翔けるその姿から兄にも劣らない武勇を持つと言われている。

 領地守備という大事な任務を置いて来てしまった事をあの細かい性格のブレグが許してくれるのかは私には分からないけれど。と考えているとその不安を払拭するかのようにリアが口を開いた。 

「先日のグラ-ヴァ攻撃において兄が戦果を挙げられなかったと聞きまして」

「えっ?」

 ブレグはあの時は別の任務をしていたので確かに攻城戦には参加していない。それを伝えたら何と言うだろうか。リアは兄が戦果を挙げられないから来たと言った。この兄妹の仲の悪さは折り紙付きだ。前から変わっていないのであれば…

「愚兄に代わって私が武を振るわんと思い参じた次第。私を是非先鋒に組み込んでください」

「ちょっと待ってリア。ブレグはあの時は…」

 私は誤解といらぬ争いを防ぐ為、当時の状況を説明した。最初こそ穏やかに聴いていたリアだったが、その話を聴き終わる頃には苦虫を噛み潰すような表情をしていた。

―兄を超える領主足り得ると、皆に示す機会と思ったが―

 ギュッと握り締めた拳を見ながら呟いた彼女の根本は変わっていない事は再確認できた。ブレグとリアの仲は良くないが、お互いを純粋に好敵手として見ている事を知っているから安心して私も話が出来る。この2人は何も知らないと変な噂になりかねない関係だ。

「ですがここまで来てしまったのも事実。このまま暫く戦わせて頂いてもよろしいですか」

「貴女ほどの武人が手を貸してくれるのは有難いわ。ただ、領地の件はちゃんと話ししてね」

「ご迷惑はお掛けしません。私も貴族の娘ですから」

 そう言ってリアは踵を返して何処かへと歩いて行った。彼女が部隊に加わるのであれば戦力も上がる。それに〈ドラゴンナイト〉の戦場での存在感はやはり圧倒的だ。

 同じようにリアを見送ったアリスがドラゴンねぇ…とつまらなそうに言った。

「ドラゴンがどうかしたの?」

「別に。なぁシーチェ。それなんだ?」

「ん?干し肉。胡椒効いてて美味しいよ」

「干し肉か…アタイも飯行ってくっかな」 

「ちょっと待って」 

 腕を天に伸ばして欠伸をしながら言ったアリス。じゃーなと手を振って踵を返すその背中を呼び止めた。

 彼女にはお礼を言っておかなければ。

「ありがとう。貴女には背中を押してもらったわ」

 それだけでもアリスには私の言いたい事が伝わったようだ。立ち止まった派手な装いの〈ペガサスナイト〉はそうかい、とだけ答えた。

 きっとこれ以上の言葉はいらないだろう。後は私とリクの話だから。

「それだけ。呼び止めてごめん」

「気にすんな。アタイは行くぜ」

 離れたアリスを少し見送り、また敵陣に目を向ける。

 

 その時、敵陣の中心で何かが光った。この闇の中だからそれは特にはっきりと見えた。あれは…

「魔法陣?」

 白く光り続ける敵陣の中。その白い光が瞬いて空へと伸びていくと同時に光は見えなくなった。それを見ていた味方の哨戒班長と兵士たちも慌ただしくなる。

「各員状況報告!これより哨戒班は即応体制に移行する!」

 哨戒の人数を増やす号令を出す班長の声や答えるその部下の声、後ろから聞こえてくる休憩中の兵士たちの喧騒。私はそれを制止する事よりもその正体とその対処について気を引かれていた。

 様々な種類の魔道が研究され大陸中に普及しているがあの光は初めて見た。記憶の中の書物や戦場での過去を思い出してみてもあんな光は…

「軍師殿ご指示を!」

 とにかく今は備えておこう。攻撃がなかったとしても。

「右翼側各隊は戦闘準備、以後明朝まで三交代制で待機を。同時に狼煙を2つ上げて」

「はっ!」

 あれが私の感じた違和感の正体だとしたら攻撃はこれから始まるかもしれない。

 2つの狼煙は国王軍では部隊が“戦闘準備に入った”もしくは“要警戒”を意味する。それぞれブレグ、ゲクラン、リクが率いる各部隊を統制する為に講じた手段だ。距離があっても簡単な指示であれば狼煙の方が早い。

 戦闘準備の喧騒が包み込むがその雰囲気がどこか皆焦っている。急いでいるのとはまた違った“焦り”の雰囲気。このまま戦闘になったら兵が混乱してしまう。様々な状況が押し寄せてくる中、指揮には慣れているつもりだったけど…

 

 何故私はこんなに落ち着かない?

 

「紹介班報告ッ!敵陣内にてさらに発光!」

「観測班より報告です!左翼隊、中央隊より狼煙を視認!左翼“2つ”、中央“2つ”!」

 ブレグとゲクランはこちらと同様に動き始めた、心配なのは本陣の連絡がないこと。兵士が報告しなかったということは“反応がない”という事だ。

 頭を悩ませる私にさらに報告が舞い込んだ。

ー観測班より報告!本陣より“3つ”!!ー

 私は耳を疑い、兵に聞き直す。

「馬鹿な!?見間違えてない?」

「私も担当も3回確認しましたッ!本陣より間違いなく“3つ”狼煙が上がっています!」

 部隊が“戦闘中”であることを示している3つの狼煙。本陣でそれが上がったという事は奇襲されたという事だ。

 あの光は何かの合図だった?だけど答え合わせしている時間はない。最も本陣に近いのは中央のゲクラン隊。救援に動かすには時間がかかるがそれしかない!

「敵陣、再び発光!」

 再度早馬への指示を伝えようとすると哨戒の報告が飛び込む。そして私は確かに見た。

 

 言葉を失った。

 

 音も無く続々と地面から湧き上がって来る異形の軍勢。人間の形ではない“それ”がまるで呼び起こされたかのように現れては群れで迫ってくる。

 光の正体はこれなのか?

「敵襲ーーーーーッ!!」  

 至る所から響き渡るその叫び声。形状は悪いものの刃の鋭い斧や槍、剣を手に迫る軍勢。私はその異形を目にしたまま体が動かなくなっていた。まるで波のように押し寄せる群れと非現実な状況に脳は思考の容量を超えた。

「軍師殿!ご命令を!」

 縋って来るように命令を待つ兵士の声で私は我に返った。

 もう敵はすぐそこに来ている。だが明らかに統制はされておらずただ殺すために迫ってくるようだ。初めて戦う未知の敵、この決断が正しいと言えるかはこれから証明するしかなかった。

「右翼各隊に命じる!“生き残れ!”」

「戦列はどうされるのです?!」

「指揮所を基準に横隊に展開!早く行けッ!」

 兵士に指示を出すと同時に私は駆け出した。

 戦列を整えるまで哨戒班と時間を稼がないと。どこまで耐えられるかは分からないけど…守らなければ。押し寄せる敵と立ち向かう兵の数は圧倒的だった。戦いになるかも怪しいくらいに。

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 浮足立つ味方に槍を構える異形に向けて矢を放つ。

「くっ!ごめんね…」

 間に合わなかった。矢は確かに異形を捉えて倒したが兵士の胸を貫いた後だった。彼に続いて哨戒班の兵士たちが敵の波に吞まれて行く。その波はあっと言う間に野営地の中に入り込み、混戦になった。聞こえる剣戟と悲鳴、それに呻く低い声。ゔうぅぅ、ぐぉぉ、と地鳴りの様に近づいてくる様子に鳥肌が立った。 

「下がれシーチェ!」

 そう誰かが叫んだが無秩序な攻撃に晒され、完全に囲まれた。攻撃を躱すのはいいが、異形はお互いを味方として認識していないのか同士討ちも全く気にせず攻撃してくる。これを躱し続けるのは無理だ。

 

 ここまでなの…?

 

 ほんの一瞬萎えた闘争心。荒れ狂う刃の嵐に呑まれて、無くしかけた生き残るための本能。

 まだ死ねない。私はまだ何も遂げていない。それに約束したばかりなんだ。止まっている場合じゃない。それなのに…!

 襲い掛かる敵の攻撃にあちこち体を斬り裂かれながら私は藻掻く。死の海から逃げ出すために。

「行くなアイゼン!ラスティーたちと身を守れッ!」

「だけどあの人が…!」

「“生き残れ”って言ったんだ!シーチェを信じろ!」

 近くに居るんだろう仲間の声がする。確かに生き残れと命じたのは私だ。でもこれでは果たせそうにはない…かな。

 

“生きたいなら君に力をあげよう…願エ”  

 

 高い声と低い声が頭に響いて割れるような頭痛が襲うと、足元が浮いた様な感覚に見舞われた。赤くなり揺れる視界、そして正面から迫る凶刃。見えた瞬間、世界がゆっくりになった。

 どうして。これじゃ…死んでしまうじゃない。その時、低い声がまた聞こえた。

 

“死ノ道ヲ生キルカ。ナラバ願エ” 

 しのみち…?死の、みち。死の道。

 私は改めてこの国の為に陰になると誓った。温かい人々を守るために敵を殺し、守るために最たる手段である“恐怖”を植え付けると決めたこの生き方は当然数多の死の上に成り立つ。

 恐怖は力の上に成り立つ。力ある者のみが恐怖を支配する。では人が恐れる力は?

 

 それは命を奪うための力。この世からある日、誰かに自分や家族や大切な人が消される恐怖をこの手で司る。

 全てはこの国を守るための力を。力を下さい。この身を捧げても得られる力があるのなら。皆を守り敵を恐れ慄かせる程の力を。

 

“願エ!”

 力を…下さい。 

 

“我ノ力ヲ欲スルカ!全テヲ平伏セル我ガ力ヲ!!” 

 私に力を下さい!全ての敵を屈服させる力を!

 

“デハ死ノ道ヲ共ニ歩ムトシヨウ!”

 

 ゆっくりと動いていた世界がその瞬間元に戻り、異形の刃が私を捉えた。

 

 






十四話ポイント
・新キャラ
 リア クラス 【ドラゴンナイト】
 プラマー伯爵ブレグの妹。性格は品行方正で温厚だが野心家。当主の座を狙い続け己のを研鑽している。兄妹の仲は悪いがお互いに命を狙い合うわけではなく、あくまで好敵手としてのもの。辛い食べ物が苦手。
 シリーズお馴染み赤の女ドラゴンナイト。

 フランシスカ 【???】
 シューレ教で司祭を纏める司教の1人。司教会に名を連ねる実力者。表情が全く動かない女性。
 
・シューレ教 聖教騎士団参戦
 シリアン軍とは連合せず、各々ゲラン討伐を目指す。
 
 
 
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