ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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 夜闇の中から現れた異形の突然の襲来に混乱する国王軍。
 混戦にもつれ込む戦場で単身孤立したシーチェを見ながら自分を守ることで精一杯の仲間たち。本陣も奇襲を受けて行方不明になるリク。
 すぐ隣の仲間と戦い、命を繋げる国王軍と守るべきはずの存在と知りながら己の道を進み続ける第5軍団長イエリツ。本陣に辿り着いた時に立ちはだかるかつての友。
 お互いに守るのは祖国シリアン。だが違えてしまった道はもう戻すことは出来ない。

 数多の願いが交差するコルテスにそれぞれの命が光る。


第十五話 願い

 

 1

 

 光に包まれてから目を開けると確かにそこは敵本陣の真後ろだった。

 怪しげな術を使う戦術など信用していなかったが、成功したのならこの戦いは決着したも同然だ。

 突然現れた部隊に対応する手段などない。注意が向いていない方向からの攻撃であれば対処には時間を必要とする。その指揮はあの国王には荷が重い。このまま一気に叩き潰す。

「行くぞぉお前らァ!」

 手綱を振って愛馬を一気に加速させる。重装甲に身を包んだ騎兵が束となって突き進むその先に国王陛下がいる。自分とモートンだけが知る、本来守るべきの本当の国王。

 軍師の座を得る為に嘘に嘘を重ねた自分の末路。肩書の為に忠誠も誇りも投げ打った今、部下を巻き込んで進んだ道を引き下がる事はもう出来ない。

(道は前にしかない、か。下がることが出来りゃぁもう少しはまともな道だったのかねぇ)

 馬を走らせながらイエリツは考えた。この先に待っている地獄から抜け出すには何をすべきか。モートンをはじめ、部下たちやこの国が受ける誹りや苦痛を少なくする為にこれから出来る事。

 

「将軍」

「どしたー」

 並走する騎士が話しかけてくる。面甲を上げたのはまだ若い青年騎士。20そこそこの年齢で〈グレートナイト〉を冠する事が出来るほどに実力のある有能な人材だ。

 真っ直ぐな瞳で騎士は迷いなく言う。

「我らで歴史を創りましょう」

「歴史を創るか。でっけぇ夢だな」

「夢でしょうか?現にこうして陛下を騙る敵の目の前にしているのです。将軍の“夢”も歴史に残ります。現実に我らは歴史を創っていますよ」 

 その言葉を聴いてもイエリツには返す言葉がなかった。歴史を創っているのは間違いない。だけどこれから創るのは裏切り者による反逆の物語だ。輝かしいものなんかじゃない。もし輝かせる事が出来たとしてもそれは紛い物の輝きだ。

 それでもきっと俺以上に輝いてくれる筈だ。

「おい」

「なんでしょう将軍」

「絶対生きろ。そして光ってくれ。この国を照らし続けられるように。お前たちは間違いなくこの先輝ける」

「有難きお言葉です!」

 敵の陣が目前に迫る。こちらの蹄が地面を叩く音に反応して混乱している様子が見えた。奇襲は成功だ。

「さーて、行くかぁ。歴史を創りに」

「はっ!付いて行きます将軍!」

 彼の他にもこの後ろには沢山の部下が続いている。皆、優秀なこの国の未来を担える宝物だ。栄光すら本来なら持て余すだろう彼らを率いて目指す先は勝利だ。手段を選ばず、目的を違えたとしても、勝たなければ何も残らない。

 

「重てぇなぁ…本当に」

 

 呆然としている国王軍兵士に向けてトマホークを投げつける。回転しながら飛んで行った斧は反応して突き出した盾を壊して〈兵士〉に牙を立てた。それをすり抜けざまに回収して立ちはだかる敵と刃を交わすイエリツ本人を含め、隊の士気は最高に高く保たれていた。

「国王陛下の名を騙る愚か者を残すな!必ず殲滅せよッ!」

「反乱軍に好きにさせるな!陛下を守れッ!」

 互いの想いが交差する戦場。向かってくる兵士は全員が国王を守ろうとする一心で命を捨てていた。

 突進する騎馬。それも普通の弓程度なら弾くほどの重装甲の騎馬に一歩も退かず、その場で各々の武器を振るう兵士たち。彼らの表情には決死の覚悟が滲み出ている。

 

 武器が折れたならその体を武器とし、時に仲間を守る盾として体を差し出す。

 倒れても最期の瞬間まで喰らい付く。この先へは進ませないと。 

「陛下の脱出まで時間を稼ぐ!ここが死に場所と心得ろッ!」

「退くなァ!進め!進めぇぇぇぇッ!!!」

 戦列も統制も取れていないのに恐ろしく戦闘力の高い敵兵士。奇襲されたというのに動揺はもう見られない。向かってくる全員が恐怖を克服しているかのようだった。

 なぜだ。非現実的な状況に置かれている筈なのにこんなに戦える理由は。

「怯むな!押し切れェぃ!!」

 トマホークを掲げ部下を鼓舞する。すぐ脇を駆け抜けていく部下たちも敵を倒していくが直ぐに騎馬の勢いが死んで囲まれて討たれていく。それをまた別の部下が崩してまた討たれて…戦場で繰り返され続ける光景。 

 堪らず前に出る。自身のトマホークを振るいながら戦場を駆け抜けていくその先に黒い人影があった。長い柄の戦斧を振るう鬼気迫るその姿、角が生えたような兜と黒の鎧。見間違える筈がない。

 【黒鬼】ゲクラン。かつての戦友。そしてこの戦場の最大の敵。

 2人はお互いを見つけると自然と対峙した。その周りでは戦いが続いている。 

 

「ゲクラン…」

「ここで会えるとは幸運だイエリツ」

「俺にとっては想定外だ。計算ではあんたは今頃足止めを喰っている筈だったんだが」

「ここは戦場。誰かの思い描いた様に動いた試しはないだろう。〈悪魔〉ですらこれは描いていない筈だ」

「ほーう。それなら俺はあいつを出し抜いた事になるな」

「まさかその為だけに陛下を裏切ったとは言うまいな?」

「3年前から…いやずっと前からだ。お前が武を極め、俺が知を究めると言った時からの夢だったのをぽっと出の小娘が追い抜いて行った。俺にとっちゃ屈辱だった。お前に分かるかこの気持ちが!?」

「愚かな…!」

「今更言うなよゲクラン。違えた道、どうせ戻れはしない。だけど俺にも抱えてるもんがあるんでな、愚かでも卑怯でも勝たせてもらう!」

「お前の道は…どこで違えたのだ…イエリツッ!!」

  

 

 2

 

 

 敵の群れの中で1か所だけぽっかり穴が空いた場所がある。そこにいた人の姿は果敢にも戦い続けていたが時間の問題に思われた。押し寄せる敵をひたすら倒しながらその単身戦う軍師の仲間は救出に行こうと行こうと試みたが、前に行く事は叶わなかった。

「バカ野郎…!生き残れってお前が言ったんじゃねェかよ!」

「今は自分の事だけ考えろアリス!お前も死ぬぞ!」

 武器を手に攻め寄せる異形の群れは戦列を整えようと集まる国王軍の野営地に雪崩れ込み、混戦となっていた。

 すぐ隣の仲間と戦う。お互いを守るために。そこには身分や性別、目的の違いなど些細なものでしかなかった。指揮を失った部隊は頑強に抵抗出来たのは出された指示が明確だったからに過ぎない。

“生き残れ”という指示を最後に本人は敵の波に呑まれた。

 ぽっかりと空いたその穴が徐々に縮まって行く。異形に立ち向かうその人影は見えなくなった。

「クソッ!」

「シーチェさん…!そんな!」

 

 悲鳴に近い仲間から上がる声。それでも容赦のない異形は殺すためだけに押し寄せて来る。誰もが“シーチェは死んだ”と思った瞬間、彼女が戦っていた場所から黒い焔が上がった。それは旋風と共に広がり異形をなぎ倒していく。その焔が消えた時、それは姿を現した。

 空気を震わせ大地を揺らす咆哮。見たものを恐怖に陥れる規格外のサイズの巨大の黒い体躯が羽ばたく。それは空で悠々と地面の敵を見据えると口を開き、黒い焔を吐いて自分の周りを一瞬で焼き払った。

 “黒い竜”というべきその生き物はその焦土に降り立つと自分の周りを見回し、最も近い異形の群れに視線を向ける。

 夜闇の中で光る4つの紅い眼光。竜は再び舞い上がると、戦い続ける国王軍の目の前に降り立ち自らの尻尾や翼で地面を薙ぎ払い始めた。兵士を傷つけないように暴れ回る姿は敵味方を理解しているようですらあった。

 

 

(司祭様の教えだと竜は世界を滅ぼす存在の筈なのに、どうして)

 右翼側の異形の群れを瞬く間に一掃した黒い竜は目の間にいるだけで山のような存在だった。ゴツゴツとした表皮に鋭い爪、牙。本来なら恐れられる存在である竜。伝説では人を滅ぼそうとした筈の存在が人を守っている。

 リシアは自身が学んだ歴史と違う事に困惑していた。異形を一掃した竜は力強く跳ね上がると羽ばたいて今度は中央の異形の群れに突っ込んで行き、暴れ回っている。その動きは明らかに意思を感じるものだった。

(まさかシーチェさん…?)

 人が黒竜に変身するなんて起こり得る訳がない。そんな事があったら…

 女神の存在そのものが危ぶまれる。黒竜を人類の敵とし、女神の力の下に人類が勝利した歴史が変わる。

 

「おい!フェイルノートが落ちてるぞ!」

「じゃあシーチェは死んじまったのか?!」

「死体はないんだ。そうなるとあの竜が…」

 

 全員の視線は黒い竜に釘付けになったままだった。

  

 

 3

 

(もう少し…皆を守るんだこの力で…!)

 頭に響いた声に従って願ったら、私は受けた刃を生身でへし折っていた。それどころか翼も生え、牙も生え、尻尾まで生えて炎を吐く事まで出来るようになってしまった。

 その後は異形を一掃する事だけを考え、それに反応するように体は勝手に動いた。空を飛んでも炎を吐いても私は不思議な事に違和感はなかった。まるでやり方を知っているみたいに。だからこの姿に変わっても動きは思考に付いてきた。

 着地した時に異形から足に攻撃を受けたみたいだが、何とも感じなかった。頑丈な肌、というか表皮は武器の一切を通さず弾く硬さだった。羽ばたく力強さも人を簡単に吹き飛ばしてしまいそうだったから跳ねてから羽根を動かした。

 平伏せる程の圧倒的な力。 この“身体の持ち主”が言ったその言葉は確かに間違っていなかった。私は自分がその力を手にしている事に興奮している。

 誰もが恐怖するこの力は正しく私が望んでいたもの。だが、その圧倒的な力を使うのに耐えるだけの能力が私にはまだ備わって居ないみたいだ。 

 そんな時また頭の中で声がした。

“サァ見セロ。オ前ノ死ノ道ヲ”

“はぁはぁ……!”

“足リヌ。我ガ力ヲ以テシテモソノ程度カ小娘” 

“…!”

“サァ見セロ!死ダ!”

 この身体を使っている間はどうやら力尽きるまで自分で解くことは出来ない仕組みらしい。そしてこの主はさっきからずっとこのやり取りをしてくる。私はとっくに疲れ果ててクタクタになっているのに敵を殺す事を止めるな、死の道を見せろ、と言う。

 空で羽ばたきながら息をいっぱいに吸い込んで、最後の一団に炎を吐き出す。

(ッッッッッッ…!) 

 何とか焼き切った。焼き切ったがもう飛んでいるのも辛い。4つの目で見える範囲は人間のそれを大きく超えていて、後ろまで手に取るように見える。その視界の端では第5軍の本陣とそこにいる兵たちがこちらを見てオロオロしている。視力も人間の何倍もある。1人ひとりのの表情まではっきり分かった。

“次ノオ前ノ敵ハアッチダナ”

 主は私の思考が読めるのか?確かにあれは私の敵だ。それを伝えた事はないのに…

“オ前ト我ハ繋ガッテイル。オ前ノ敵ヲ全テ滅ボス。イケ” 

“ごめんなさい…も、もう無理、です…”

 私は主に伝える。もうこれ以上は動けそうもない。それを聞いた主は低い声でつまらなそうに吐き捨てた。

“情ケナイ小娘メ。精々死ナナイ所デ落チロ”  

 死なない所…死なない所…念じるように私が残された力と根性で向かったのは右翼側。すぐそこに味方が手を振っているのが見える。

 無事だった。私、守れたんだ。だけど、もう……

“所詮ハ仮初ノ身体デアルカ…”

 ほっとした瞬間、意識がすっと離れていった。 

 

 4

 

 あれだけ力強い姿で暴れていた竜は最後に力尽きるように空から落ちてくる。その巨体は出現した時と同じ黒い焔を身に纏い、最後は人の姿になって地面に倒れこむ。倒れている華奢な体からは熱気による湯気が上がっていた。

その様子に真っ先に駆け寄ったのはリシアだった。

「そこのシスター!出るなッ!」

 怒鳴り声も無視して一目散に目指す場所に茶色の髪の女性が倒れていた。

 激しく上下する胸の動きで呼吸は確認できるが貪るように空気を取り込むその様子にリシアはすぐに治療の為にライブの杖を掲げた。黄緑の優しい色の温かい光が周りを包み込む。

「まだ敵がいるかも知んねぇんだぞ!てか、ホントにシーチェだったのか?!」

 追いついてきたハスタが覗き込みながら言うがリシアは厳しい口調で制した。

「そんな事より今は治療が優先です!水を一杯にした瓶と綺麗なタオルを持ってきてください!」

 体を冷やさないと。傍にいる人間が発されている熱気だけで汗をかくくらいには暑いのだ、本人は地獄の様な熱に苦しんでいるに違いない。現にリシアが体に直接触ることを躊躇うくらいには熱が籠っていた。

 激しかった呼吸が急に静かなものへと変わる。ハッ…ハッ…と細かく切るような息遣い。

(こんなに命を削って…あの時と同じ)

 初めて出会ったあの夜。“宰相ゲランを殺す”と言い続けていた顔には憎しみ以外の感情がないような無表情だったのに。命を助けられてこの人は嬉しかったのかな、と考えた事もあった。

 否、この人は死なせてはいけない。目的がどうあれ、それ以上の事を与えてくれる人だ。

“シーチェさん死ぬなーッ!!”

 誰かが戦列から叫ぶのが聞こえた。ここにいる人たちは少なくとも命を救われたと思っている。戦う術を持たない自分ももちろんその1人だ。

 皆が戦って守ってくれたからこうして誰かを助けられる。絶対救ってみせる。命懸けで皆を守ったこの人を。

「シーチェさん聞こえますか?」

 後ろから聞こえるシーチェを呼ぶ大合唱。誰もが生還を願っている。

「この声に応えて下さい…!」

 ありったけの魔力を杖に込めて願う。

 帰ってきて。

 帰ってきて!

「シーチェさんッッ!戻ってッ!」

 苦しそうな息を繰り返すシーチェはまだ意識が戻らない。そこに水の入った瓶とタオルを手にしたハスタや衛生兵が到着した。

 

 5

 

 竜になる、か。本当に何をしでかすか分らんな“悪魔”よ。

 夜空に響き渡る“シーチェ”の大合唱は本陣で鎬を削り続ける兵にもイエリツと戦うゲクランにも届いていた。異形の軍勢とやらを単身で一掃した“黒い竜”の存在に意識がお互い取られてしまったが決着はまだついていない。

「これでもあいつを超えようと言うのか」

「クックックッ…はっはっはっはっはッ!!面白い!!だから戦は止められねぇなぁ」

 戦に生きてきた十数年。これまでにも遭遇してきた出来事だったからショックよりも高揚が勝った。高らかに豪快に笑ったイエリツは馬上で肩を竦めた。

 完璧な軍略は存在しない。時として絶対に勝てそうな戦いでさえ時の運で負けることも起こりえるが、目の前で策は敗れ去った。物語でないと起きないような逆転劇のせいで。

 異形の軍勢による各軍の足止め、本陣奇襲による国王の殺害。手段を選ぶことなく決戦に挑んで悉くひっくり返された。必勝の筈の戦場。頭も下げ、矜持も誇りも捨てて挑んだ“裏切者”の末路には相応しいのかも知れない。

 窮地に置かれてもイエリツはまだ闘争心を失っていなかった。頭では勝利を描いていた。

「だけどなぁゲクラン。お前も知ってんだろ、“上に立つ者”は最後まで導いてやらないといけねぇんだ」

「…それが答えか」

「俺は最後にお前と決着を付けたい」

「決した戦いだ。このまま某と戦えばお前の部下は皆最後の1人まで戦うぞ」

「あいつらは宝物さ。この国にとっても、俺にとっても。あいつらはずっとこんな俺を信じて戦って来た。こんな戦いで死んでいい奴らじゃねぇ!だけど俺がここで投げ出したら死んだ奴らは犬死にだ!こいつらはどう思う?!」

 イエリツの抱えていた想い。名将として名を挙げ、祖国への忠誠が厚かった彼がたった1つ違えてしまった判断。ゲクランは同じ国の将として、また友人としてもその叫びを噛み締めた。

 兵は将を信じて命を懸ける。信じるに値する将の下であれば勇敢な兵が揃う。第5軍はそれを体現した集団だった。 

 イエリツは闘志を剝き出しにトマホークをゲクランへ向けた。

「決したかどうかは俺が決める!最後に勝つのは背負うものへの想いの強い方だ!!」

 

(変わらないなイエリツ。真っ直ぐで、誰よりも部下想いで。違えてしまった道を正せないまま歩んで来た苦しみから楽にしてやろう)

 

 ゲクランは盾と戦斧を打ち鳴らして咆哮する。

「ならば負けん!この国の全てを陛下が背負って下さる限り、某はそれを支える柱である!!【黒鬼】が戦、思い知れ!」

 

 再びぶつかる両雄。経験の差はなく、武器の優劣もなし。力の差は全くの五分。振るう武器に込められた想いが打ち合い、火花となって散る。

 一騎討ちの行われる周りにはそれぞれの勢力の兵士が円となって声援を送っている。自分の代わりに命を懸けている将軍に向けて彼らもまた想いを言葉としてぶつけた。

 

(ひっくり返すにゃあ最高の舞台だ!後は勝つ!)

 イエリツの馬上からの攻撃にもゲクランは少しも怯むことはない。盾で弾き飛ばしては打ち込み、という展開がずっと続いている。

「ごらぁぁぁぁッ!!」

「どりゃぁぁぁッ!!」

 ぶつかり合った得物。お互いの渾身の一撃でわずかにお互いの体勢が崩れた事も見逃さない。イエリツは馬上からそのままトマホークを振り下ろし、その刃はゲクランの鎧の角を砕いた。破片が飛び散り、また体勢を崩されたゲクランの姿にどよめきが起こる。

 更に振り下ろした一撃は盾によって受け止められた。鋼で出来た盾に突き刺さったトマホークを腕の感覚で感じ取ったゲクランはその盾を振り払うと反撃に出た。

 短く柄を持って最短距離で振りぬいた戦斧はイエリツの盾捌きにいなされ、そのまま抜いた剣と打ち合いになる。その動きはトマホークの時よりも早い。だが武器の威力は比べるべくもなく、先程までの重さは消えていた。   

 そのまま打ち合う。流石の剣捌きで堪えるイエリツ。

「はぁぁぁッ!!」

 気合と共にイエリツの右肩が上がった。  

 

 その瞬間一歩踏み込んで、顔を傾けつつ両手で戦斧を振りぬく。

 銀に光る剣の切っ先が砕かれた角の辺りを掠って行く瞬間はやけに動きがゆっくりと流れていき…自分の腕の先では得物の刃がイエリツの鎧と腹を切り裂く瞬間が映っていた。

 顔を少し上げれば友の顔。共に騎士を志した時から幾分歳を重ねた顔が、幼かった時の顔と重なる。 

“この国とあいつらを頼むぞ”

 視線で伝わる彼の意志。想いの炎を最期まで灯した瞳から託された願い、答えは1つだった。

“任せろ”

 

 伝わっただろうかとゲクランは初めて斬った相手に心を向けた。

 遺体となった嘗ての友人。殺めた自分の手に残る何度も経験したあの独特の感触。これほどに鮮烈な記憶は生涯忘れはしない。

「心置きなく休めイエリツ」

 

 

 6

 

 イエリツ戦死の報は程なくして第5軍の本陣にも届けられた。沈黙が包む天幕の中、イエリツの副官モートンは思わず天を仰いだ。

 尊敬する上官はもう戻ってこない。その夢を支えると誓った彼は先に逝ってしまった。 

「我々を残して逝かれるとは…罪なお方ですね将軍」

 着陣した時にイエリツが座っていた椅子を見て思わず呟いた。この先導いてくれる存在が居なくなって、真実を知らない部下を率いるのはまたしても“真実を知る”人間では何も変わらない。

 だが。それでもこの話をしたのはこの戦いに本気で勝つつもりで居たからだ、と信じることにした。決してイエリツは逃げた訳ではない。クロノアというあの呪術使いとは違う。

 

 その遺志は引き継がなければ。

 

「モートン副長…」

「すまん。いつまでも悲しんでいたら将軍にどやされてしまうな…」

「えぇ。あの方なら“死者に報いるなら涙じゃなくて勝利で弔え”と仰るでしょう」

「…違いない。諸君、それでは弔い合戦といこう…!イエリツ将軍と死んだ仲間たちの為、我らは団結して眼前の敵を討つ。最後の一兵が倒れるその時まで勝利へと進もうではないか!」

 揃っている第5軍の隊長陣は全員が敬礼で応えた。これまで見たどの瞬間よりも熱の入ったその姿は同時に覚悟を示した様だ。まだ誰も負けるとは思っていない。

 公都を護るのが我らの使命。第5軍は如何なる時、如何なる敵にも敗北を許されない公国最後の盾。だがこれよりは偽りの存在が蔓延る公都ではなく、託された遺志を護ろう。

「夜明けと共に攻勢に出る。夜明けまでに戦列を展開し報告せよ。皆の命を我が祖国の為に燃やせ」

 

 

 





 御覧頂きありがとうございました。
 
 また過去話含めて修正すると思います。この先も引き続きよろしくお願い致します。
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