ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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第十九話

 

 1

 

 コルテス平原から公都を目指す国王軍と聖教騎士団の行軍は日が暮れると同時に野営の支度に入った。先を急ぐ様に命じるリクに対してエリフやブレグを始めとした何人かの人間が食ってかかり、リクを抑え込んだ。言いくるめられたリクは不貞腐れた様子でその場を去り、エリフはリクを追い掛けて行ってしまったのでブレグが野営の指揮を継いでいる。

 的確に迅速に下される指示に従う兵士の士気は最低だった。ブツブツと口を動かしながら作業を進める彼らの作業速度は控えめに言っても悪い。

「貴様ら!それでも公国に身を捧げる兵士かッ?!!」

 芳しくない作業の進捗にブレグが痺れを切らして怒鳴り散らす。命令に不満を抱いてる、と口にする者こそ少ないが喜んでいる者は居ない。そこに降ったカミナリは彼らのメンタルにはマイナスに作用するだろう。

「ブレグ。やめなよ…貴方も将なら彼らの気持ちが分かるでしょ?」

「貴様まで私に指図する気か?!休息が必要なのは理解している!だから食い下がるリクと争ってまで野営の選択を取らせたというのにこれでは面目が立たん!」

「貴方がそこまでしてくれている事を知っている人は感謝しているわ。だけど、彼らに今足りないのは別のモノだと思うの」

 私は作業をのそのそと進める兵士達を眺めながら足りないモノについて見当をつけていた。

「今この軍に足りてないのは兵たちの元気と笑顔よ。皆気持ちに余裕が無くて戦う意思を呼び起こせないでいる」

「…元気と笑顔だと?」

 ブレグは歪んだ表情で私を睨む。何を言ってるんだという感じだ。彼らを地獄に進ませる決断をした私達に出来ることは多くない。

「必要な余裕がないままま戦い続ければ例え百万の兵隊も全滅するわ。だから兵を見極めて、心に癒しを与える。これも将には必要だと思うの」

「シーチェ…それがお前の流儀なのか?」

「誰が一番先に死んでいくのか。誰が一番長く、多く戦うのか…無限に居る様に感じる兵士達が最も沢山抱えているのは生きたいと言う願いだと思う。その願いを拒否するのが私の仕事。ただ、皆の願いを叶えたい気持ちは誰にも負けてない」 

 軍師は戦場での命の勘定をする。どこでどう動いてどれだけ敵を殺して、どれだけ殺されるか計算して…結果、最小限の損害でどれだけの損害を与えてどう勝つのかを導く。恨まれる仕事だと思う。

 だから私は皆と同じ場所に立って、同じ景色を見る。“死んでくれ”と命じる事になってしまったその時に皆が喜んで命を差し出してくれる様に。

「でも嗜好品の類は殆ど残ってない。近くの村から徴収でもしてくるか?」

「酒や煙草もあれば皆喜んだだろうけど…考えがあるの。ここ、宜しくね」

 私はブレグにその場の指揮を押し付けるみたいにその場を離れた。

 そして目的の人物を探す。

 城塞都市グラ-ヴァの酒場で歌っていた歌姫のライラであればきっと皆を元気づける事も出来るだろう。傭兵のくくりで参加しているからきっとアリス達と行動を共にしている筈だ。

 天幕を組み立てている兵士や傭兵に混じってライラは懸命に細い腕で天幕を張る為の縄を引っ張っている。 

「ライラ!もう少し引っ張れ!」

「は、はいっ!」

 本来だったら別の仕事をする筈だったであろうに。人手不足というのは全く適性のない人間の手ですら必要だと駆り立ててしまう。

 細い腕ではあの大型の天幕の一角を引っ張りきるのは難しいに違いない。私は彼女の手助けに入った。

「手伝うよライラ」

「あ、ありがとうございます…!」

 縄を力一杯引っ張ると天幕が一気に立ち上がる。引っ張った縄の先に付いている杭を地面に斜めに打ち込んで最後に槌で叩けば力仕事は完了だ。

「お疲れ様。大丈夫?」

「助かりました。私…全然手伝うなんて出来てなくてごめんなさい…お店で姐さんとシーチェさんにあんなに啖呵切ったのに」 

「慣れない事をしているのだから仕方ないよ。ちょっと相談なんだけど」 

 

 2

 

 その日の夜の事だ。国王軍の天幕群の真ん中に兵士達が集められた。

 広場には少し高くなった人が乗れる位の台が設けられて布が敷かれ、その左右には真ん中を篝火が照らしている。各部隊長を通じて集合を命じられた兵士達はそこで何が行われるかすら知らずに互いに顔を見合って探りあっているようだった。

「勝手にこんな事して大丈夫なんでしょうか…?」

「へーきへーき。私のせいだって言えば皆黙るからさ。それに貴女はそんな感情を吹き飛ばすだけの才能がある。長丁場だけど頑張ろうね」

 不安げな表情のライラは服を舞台衣装に着替えていた。ここの兵が彼女のこの姿を見るのは初めてだ。

 普段ならグラ-ヴァの酒場でしか見ることの出来ない歌姫の歌唱ショー。名前が知れている訳でないにしても催しを企画して実行する事が大切だ。ここの誰にもない才能を活かして彼らに生きる力を与えて貰う。

「アリスも協力してくれてるから。彼女の案内が入ったらスタートね」

「えっ?!姐さんが!?そ、それじゃ、失敗出来ないよ」

「大丈夫。ライラがあの時酒場で聴かせてくれた歌声を…皆にも聴かせて欲しい。演奏はいつもと違うし怪しいけど、頼むわね」 

 私はヴァイオリン片手にライラに手を振る。演奏できる曲は少ないし、久しぶりに手にするけどやれない事はないはずだ。それでも受け入れてくれた彼女の為にも、兵の為にも全力でやらないと。

「さぁ皆聴いてくれ!なんで集められたのかさっぱりだっただろ?私も含めて皆は大変疲れているから、少しでも癒しになればと思ってちょっとした舞台を用意した!知らない奴はちゃんと覚えて帰れよ?グラーヴァの歌姫、ライラの登場だ!」   

 アリスの歯切れのいい口上が告げられる。それを聞いてライラは一瞬で切り替えて舞台に上がる表情を作った。

 舞台慣れしているだけあって流石だな…

 そう思いながらも私は演奏を始める。最初の曲は戦う人間に捧げる生きる気持ちを願う家族を描いた歌だ。ゆったりとした曲調に乗せられた歌声が夜の帳の中を透き抜けて行く。

 こうして即席の慰問公演は開幕した。

 

 数時間後、公演は大成功と言っても差し支えない程に盛り上ったまま幕を下ろした。拍手の鳴り響く即席の会場は熱気に溢れていて、それは舞台裏でヴァイオリンを奏で続けた私にも伝わった。

「最高の気分です!ありがとうございましたっ!」

「こちらこそ。急なお願いだったのに引き受けてくれて感謝してるわ。貴女の歌声で沢山の人がきっと元気づけられた。これで公都奪還も夢じゃないかもね」

 私はライラに笑いかける。皆が自分の歌を喜んでくれた事がよほど嬉しかったみたいで、ライラは満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。

「私は戦う事は出来ないですけど…こうしてお役に立てたのなら幸せです。姐さんも聴いててくれたかなぁ?」

 アリスは終了のアナウンスを終えると興奮冷めやらぬ兵士達に対して姉御肌と用心棒っぷりを存分に発揮していた。舞台裏まで聞こえてくる彼女の声が諭していたり強い口調だったりと随分忙しそうなのも伝わって来る。それでも舞台が終わるまでずっと特等席で聴いていたはずだと伝えた。

「実は…緊張して周り全然見えてなくて。歌うことに精一杯だったんです。だから姿を見る余裕が無くて…」

「大丈夫よ。全員が聴ける様に手配はしたから聴いてない人は居ないはず。今夜はゆっくり休んで、明日からも宜しくね。困った事があったら私にも言ってね」

「はい!」

 手をギュッと前で組んで答えるライラ。真ん丸の瞳がキラキラしているのが本当に可愛い。小動物系?と誰かが言っていたが改めて見るとその意味も分かる。

 そんな彼女が急に神妙な顔つきになって恐る恐る尋ねてくる。

「あ、あの…こう言ったら失礼かもしれないですけど、シーチェさんって思ってたよりずっと優しい方で、なんだか安心しました!」

「アハハ…優しいかぁ。そんなの言われたの産まれて初めてかも!ずっと悪魔呼ばわりされてたしなー。でもね…多分間違いだよ」

 そう答えるとライラの顔がきょとんとして表情を失った。

 いや…彼女の素直な感情に対して本音をぶちかますのはやめよう。そのまま受け取っておくべきだろう。

 これが計算されている事だなんて言ったらどんな風に思うのだろうか。彼女の歌に対する想いを踏みにじるような事を出来る訳がない。彼女もこの軍で戦う仲間なのに。

「嬉しいよ。ありがとねライラ。また一緒にこうやって何か出来たらイイね」

「は、はい!その時は宜しくお願いします!」

 こうやって久しぶりにヴァイオリンを弾いて、誰かがそれで歌って…なんてのどかなんだろうと思って私も凄くいい思い出になった。人との関わりは悪い事ばかりじゃない。それを改めて思い出せるような時間だったのは間違いない。

 擦り切れて、荒みきって、濁った私の心が洗われた。だけど私は数日のうちにまた彼らに現実を突き付けないといけない。いつだって私は影の部分。誰かがやらないといけない所がまた待っている。

 さて。地獄に向かう彼らへの手向けとして屍で作る勝利を描くとしよう。

 

 3

 

〈シリアン公国 王城〉

 

 

 敵の靴の音が聞こえてくる。夜の公都に響き渡る。見える。公都は火に包まれ、人々の悲鳴が木霊する。それを望んだ人間は居ない。この国に生きている民は皆、そんな戦いは望んでいなかった。

 戦争という狂気の道を進ませるのはいつも権力を握る一握りの存在で、常に握られている者を駆り立て、正義の名の下に地獄を歩ませる。この世界では権力を握る者が己を守る為、己の私欲の為に戦争を起こす。

 そんな世界に救いはあるのだろうか。

 壁に閉じ込めた民衆が暴れ始めている。自由を寄越せと叫ぶ声がここまで聞こえてくる。呪文の様に、何度も何度も。何度も何度も…限界なのは知っていた。

 だがそんなことはどうだって良い。この国の存在も民の命も、王位さえ、使命に比べれば瑣末なものだ。だから統治もせず、ただ戦争に興じた。国王リクとの戦争に。

「全ては計画通りかクロノア」

「はい。国王軍は聖教騎士団と共に進撃して来ます。数では圧倒的に負けていると言うのにみすみすゲラン様の罠に嵌ったようです」

「そのようだ。民衆を蜂起させればあの国王は見過ごす事はしない。そこを討てばこの国は改めて我々の支配下になる」

 気持ちとは正反対の言葉もするすらと出て来る。ここまで来ると対した詐欺師だな、ゲランは自分でも心の中で感心した。

「悲願達成…ですかな?いや、貴方はここで終わる人間ではありますまい」

 傍に控えるクロノアが少しばかり愉快そうに言う。ここで終わる人間ではない、それは解釈によっては正しく、間違いでもある。彼には本心を話したことは一度もない。それはここでも同じだった。

「この国を礎にして大陸制覇に乗り出すか?クーゲルの様に」

「いいえ。貴方はそもそも国なんてものに興味などない…違いますか?」

「ほう?面白い事を言うな?」

「貴方の反乱は国を得るためのものではないのでしょう」

 クロノアの緩んだ口元覗く。フードを深く被っているので目元は相変わらず見えないままなのが不気味さを増している。そしてその不気味さがこれまでの出来事と重なり、ゲランは警戒した。

(此奴。吾輩の真意に気づいているのか?そうだとして、何故協力する?) 

 黒竜の力を呼び覚ます研究は彼も知っている。これまで何度も仕事をした仲である。

「ふん。吾輩の思考を読もう等と思わぬ事だクロノア」

 僅かな怒気を孕んだ口調で彼の言葉を制するとすぐに頭を垂れて話を終わらせようとした。

「大変失礼致しました。私はこれより兵と共に民衆の鎮圧に参ります。国王軍襲来の際には前線におりますので」

 クロノアはつかつかと歩き始めると珍しくそのまま歩いて部屋を出ていこうとした。それを見送っていると不意にその歩みが止まる。

「“楔”の件ですが…面白いものが見れるかも知れません」

 意味深な言葉を残してクロノアは再び歩み始めた。 

 

 4

 

 その日は酷く目覚めが悪かった。というよりも殆ど眠ることが出来ずに気がついたら外から兵士達が動き出す声や音がしていた。

 大きな欠伸をして視線を下げて私は後悔した。

「あーまたやっちゃった…」

 机の上に散らばるメモ紙に報告書。私の殴り書きしたものから軍議で使う書類までが飛び散り、私が机に突っ伏して潰したせいでぐちゃぐちゃになっているものもある。

「おいシーチェ、起きてるか?」

 この声はリクか。

「あーおはよ。今起きたよ」

「おはよう。支度が終わったら出てきてくれるか?」

「分かった…ひょっほまっへへめ~…」

 大きなあくびを抑えきれずに答えて私は顔を洗うための瓶に向かう。そこで初めて自分の右腕の異変に気が付いた。

「なに。これ…」

 紋章の様な痣は確かに広がっていた。右の鎖骨の下から腕全体に渡って右手の甲まで現れていた黒い痣の一部が腫れていた。形を見る限りは血管の様にも見えるけど…

 流石にこれはそのままひた隠しにしておく事は難しい。黒竜を野放しに出来ないと宣言したフランシスカに見付かれば目を付けられる。

「ここでこんな変化をするなんて。このままだと私は本当に…」

 黒竜に取り込まれてしまうのか?水瓶の中の綺麗な水に映る私の顔が別のモノに変わっていく様子が見えた気がした。

「おい、大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫…!ちょっと待ってて」

 手の振るえを落ち着けようとしてその水を飲んでみるが当然それくらいで落ち着く訳もない。

 この感覚は恐怖だ。私の中に居る魔物がいつこの身を食い尽くすのか分からない恐怖。止める手立てが分からない恐怖。克服できなければ私はこのまま進む事になる。

“今更我ヲ恐レルカ小娘。ソノ身ヲ喰ワレル恐怖ヲ受ケ入レロ…”

「冗談じゃないわ…私はあんたに勝つんだから。大体私が死ねばあんただってオシマイなんじゃないの?最悪その覚悟だってしてるわ」

“オ前ノ命ガ消エタ所デ我ニハ関係ナイ。既二オ前カラ溢レル業ヲ喰ラッテヤッタ。オ前ガドンナ二痛ミニ苦シモウト我ニハ無意味ダ”

 私の業を食った…?確かに私が重ねたものは重く、決して逃れられないものだ。それを糧にして黒竜は成長しているというの?だったら…戦争をする事が黒竜に力を与えて、タダでさえ圧倒的な力を更に増すという事になる。それを制御する事は大陸に於いて絶対的な力を持つという事。

「ねぇ黒竜。貴方、何が目的なの?」

“我ガ目的ナド知ラヌ。燃ヤシ、喰ライ尽クシ、薙ギ払ウ。死ヲ見セラレルト、オ前ハ誰ヨリモソレガ出来ルト言ッタ。ダカラコウシテ宿ル”

「戦えればそれで満足って事?」

「おい…シーチェ?誰と話してるんだ?」

 リクがすぐそこに居たのをオルヴァヌスが珍しく話しかけて来たせいで失念していた。会話は聞かれて居るんだろうから後でかいつまんで話をしておこう。

「戦いの時以外は大人しく寝てなさい。戦いになったら愉しませてあげるから」

“ソノ言葉、忘レルナ…”

 そう言うと黒竜はまた眠りに就いたようだ。私は急いで支度を整えて外に出るとリクが腕を組んで仁王立ちしていた。

「…お待たせ」

 いざ会うと気まずくて私は待たせた事を詫びる所から入る。だがリクはそんな事で目を背けてくれる様な人間ではない。さっきの会話について質問された。

 誰と話していたのかと。私は隠さずに黒竜だと答えたがリクは驚く事はなかった。

「奴はそもそもどうやってあんたと会話するんだ?姿を現したりするのか?」

「ううん。意識の中に語りかけて来る感じ。なんだろうねー、思念的な」

「そうなのか。奴が世界を滅ぼす様な事を言っていたか?」

「戦わせろってさ。私の業を喰って成長したから私と共倒れる事もない、ただ戦わせてくれるから宿ってるんですって。彼は目的なんてないって言い方だったけど」 

「だとすると奴は自分の満足の為に大陸を滅ぼそうとしたって事になるな」

「圧倒的力で全てを焼き尽くしてしまえばあっという間に目的も達成できそうだけどね…それより私に用があったんじゃないの?」

 私はこんな朝早くに訪ねてきた理由を質問した。彼は答えを迷った素振りを見せ、キョロキョロとしている。

 これは何かを隠している。と長年の付き合いの勘がそう言っている。だけど万年寝不足で貧乏暇なしの私にとって睡眠とは財宝よりも価値のあるもの。リクが起こす前に目を覚ましたから怒ったりはしないが、正直もう一度寝れるのなら寝たい。

「なぁ…少し付き合ってくれないか」

「鍛錬でもするの?」

「いや違う。少し気晴らしになればいいなと思って散歩にでも行かないか?」

「えっ…?」

 私は固まってしまった。

 あのリクが私に気を遣って気晴らしをしに行こうだって?そんな言葉が出て来る事が考えられるのか…?いやそうやってまた私を殺そうとする暗殺者の類じゃないのか?だって、だってあのリクがそんな他人を気遣えるようになるなんて!

「嫌だとか、忙しいならいいんだ。あんたには作戦を任せてしまっているから」

 そう言うとリクが珍しくしおらしい顔をした。

「そんな事ないよ?確かに策が出来てないって事はあるんだけど、どうにも手詰まりと言うか、中々厳しくてね…」

「なら、聞かせてくれないか?あんたの考えている案を」

「ありがと。じゃあ、行こっか」

 リクはしおらしい顔からいつもの表情に戻すと口角を挙げて同意してくれる。私達は並んで目的もなく歩き始める。

「昨日の舞台は大成功だったな。勝手にやったとは言え、兵士の士気も少しは上がったなら良いんだが」

「舞台自体は大成功よ。ただ士気については中の下って感じかな。旺盛には程遠くて、このままじゃ門の前で敗走してもおかしくない…」

 歩きながら状況を訊いたのでそれに思っている事を答える。

 このままじゃ籠城する敵を倒すどころの話じゃない。戦いになる前に終わってしまう。だから策云々の以前の問題だ。聖教騎士団と共同前進する事は選択肢としては数ある中でも最悪だと言わざるを得ない。それを打開する事が私の仕事…と言われてしまえばそれまでなんだけど。

「それで、私の中で選択肢は3つあるんだけど」

「言ってくれ」

「1つ。聖教騎士団に正面で敵を引きつけている間に王族の逃げ道の所から進撃して玉座を抑える。2つ目は応援が来るまで壁外で待機してその間に民を先導して門を内側から開けさせる。3つ目は時間を掛けずに門を破り、包囲殲滅される前に場内に侵入する」

「聴いた中じゃ1つ目が一番良さそうだが?」

「一番実行しやすく、早い策ね。問題は恐らくかなりの敵が待機している事に加えて罠がある可能性もあるという事。そして退路は確保出来ないから一発勝負になるかしら」

 リクが強行進軍したのには武装蜂起した民を一刻も早く救援したいという思惑に囚われたからだ。その選択を殺さない方法は彼の言う通りの方法しかない。それはとても危険なもので、やり直しも当然効かない。失敗がそのまま死を意味するし、下手したら入った途端に塞がれる可能性だってある。

「…その道が使えなかった時はどうする?」

「策その3を進言する」

「それは策、なのか?」

「策とは言い難いかしら。特に何かがあるわけでもないから。あらゆる選択肢を使って戦い抜く文字通り総力戦。攻城兵器が無ければ丸太で門を打ち破り、槍が折れれば敵から奪い、四肢を斬られれば噛み付いて少しでも長く戦う。それをさせるには意気軒昂、士気が天を突き抜ける程に昂ぶっていないとダメだけどね」 

「門を策なしで破るのは問題がありそうだ…」

 大問題だ。ここにいる兵士は全滅する可能性の方が遥かに高い。危険すぎるし、事に及んでただの力押しするには兵士の数が足りなさすぎる。

 ただ、私の読みが正しければゲランはそれを強いてくる筈なんだ。私達を確実に殺してこの国を奪う為に。ここまで負け続きの奴でも最後に勝てば勝者になる。だからここの場を決戦にするならそれぐらいの支度がされている。

 軍師だった私を謀った男がこの為に何年も掛けて準備を重ねてきたのだ。

「リク。覚悟はしておいて」

 ここまでの戦いとはレベルが違いすぎる戦いになるだろう。私の策通りに進む訳が無いが、私は必ずゲランをここで倒さねばならない。

 

 5 

 

 そして私の読みは残念な事に的中していたと知らされるまで、その朝食からは僅か半日しか経っていなかった。

 その情報をもたらされたすぐあとの軍議の場。私は一点集中突破の戦術を説いた。

「門を攻城兵器もない中破れる訳がないだろう。やはり後続の部隊を待つべきではないか?」 

 ブレグの意見は尤もだ。普通は戦力を整えるべき状況だ。だがそれを許さない存在が軍の長で国の王であるリクだった。頑固に彼は民の救出を訴え、それを巡ってブレグとリクで論争に発展した。

 聖教騎士団からフランシスカや隊長達も膝を付き合わせている中で始まった2人の激論を敢えて止めずに私は聴いていた。こうなっては他人の話など聴かない2人だから、気が済むまで言い合えばいいと思う。

「お止めにならないのですかシーチェ様」

「無理じゃない?生きるか死ぬかの話合いなんだから。それに陛下もプラマー伯も意地っ張りというか頑固だし」

 隣に座るフランシスカの言葉に返す間にも2人は言い合っていて、衛兵は手が出せず立ち尽くし、リクの側近のエリフとブレグの妹のリアが割って入って収めようと奮闘している。

 私は淹れて貰った暖かい紅茶を飲みながら一息入れた。あれから私なりに頭を使って考えた結果、答えは1つしかなかった。

「お前は大体突っ走りが過ぎるんだッ!今回の強行進軍だって何故独断した!」

「民が苦しみ戦っていると言うのに待ってなど居られるものか!自分の領地で同じ事が起きてもそう言えるのか?!」

「軍議中です兄上!落ち着いて下さい!」

「ふざけるな!これが落ち着いて居られるか!私の兵士やこの国の兵士をみすみす死なせるのを黙って見過ごせるものか!」

 このまま進めば大量の死人が出る。それはブレグの言った通りだし、誰しもが理解している。でも兵士がみすみす死ぬという事は違う気がした。

 怒鳴り合いを聴くのもそろそろ飽きてきた。これ以上は平行線で動かないだろうと踏み、私はそこそこ大きい声を出した。

「兵士が死ぬのなんて戦場じゃ当たり前じゃないの?何人死んでも私達は何時だってそれで生き永らえている」

「シーチェ!貴様…!」

「私間違っているかしら?兵士にも命はある。けれど戦場に出れば尊さも重みも失われる。なら彼らが私達の命令に従って死んでいくのは何故?守りたいものがあって、その存在に許せない事をしようとしている連中がいるからでしょ。誰かがやらないと大切なものが奪われてしまうから、命を懸けてまで戦地に行くんでしょうが。彼らをみすみす死なせるのは貴方がそうさせているに過ぎない。指揮する私達がそうさせているに過ぎない。兵士達が死んだ先に意味あるものを築き、彼が守りたかったものを受け継いでいくのが私達の務めでしょ?!」

 ここまで一気にまくし立てて、私は更に言葉を続けた。

「だから勝つわよ。沢山の命を犠牲にするんだから」

 その言葉の後に異論を唱える者は居なかった。軍議はそこから再び更に進み始める。

 聖教騎士団は突撃するシリアン軍の援護として門の開門と周辺の確保を担って貰い、その後シリアン軍が攻略目標である王城を目指す。

「我々シリアン軍の退路は確保する必要はない。聖教騎士団がもし離脱される時はフラシスカ殿のご判断で離脱を。陛下やプラマー伯のもしもの時の脱出手段は私の方で用意します」 

「シーチェ、俺は退かん。脱出の方法なんて考えなくていい。ここで失敗すれば所詮終わりなんだ」

「陛下のご意向は最大限汲ませて頂きたいと思っておりますが、それだけは出来かねます。王無き国に未来はありません。陛下はここで戦死されてはならないお方。最悪の場合の想定させて頂きます」

 リクが撤退はしないと言う以上、この戦いで撤退を余儀なくされた時も恐らく自分だけ逃げることは拒むだろうと言うのは想像出来るが。国王リクを失ったらそれこそゲランは好き勝手をする様になる。この戦いがもし失敗しても、彼が生きていれば旗頭になって再び兵を興す事も出来る。

「突撃の先陣は私が指揮を執ります。後に続く本隊は陛下にお願い致したいのですが」 

「ダメだ。俺も先陣に加わる」

「…大変危険です。宜しいですか?」

「当然だ。ここまで来て俺が後ろからのこのこ行けるものか」

 この頑固バカ。と言いかけて私は口をつぐんだ。

 

 6

 

 平野の真ん中に巨大な壁がそそり立つ。その姿は生き物に例えるならさながら亀とハリネズミ。簡単に砕けそうにない壁に幾つも配備されたシューター。見張り台にも弓兵が詰めていて陸空の敵の存在に目を光らせている。

 シリアン公国の象徴。私が人生を語る殆どを紡いだ場所で、全てを失った場所。私はその場所を目にして、様々な思いに囚われていた。いつもみたいにはとても振舞う自信がないくらい、気持ちが昂ぶるのと同じくらい慄いている。 

 ここでゲランを討つ。絶対に逃がさない。本当は部隊なんて率いないでこのまま真っ直ぐ侵入して奴を始末したい。

 だけどそれはもう許されない。私はもう一度この国の為に立つと決めた。だから成すべき事だけに今は集中したかった。

 兵士達は既に整列して戦列を整えている。号令1つで飛び出さんばかりにピリッと張り詰めて、時を待つその姿からは歴戦の強者の雰囲気が溢れていた。

「シーチェ」

 兵士たちの前で待っていた国王が私を呼ぶ。

「リク…いよいよ決戦だけど覚悟はいい?」 

「あぁ。俺は切り拓くだけだ」

「…」

「どうした?」

 ここに整列している大多数の兵士は明日を見れずに死ぬと言うのに。この国の為に命を捨てろと、国王リクの命に従って突っ込んでいく。その前の演説を彼は譲らなかった。

「リク。大丈夫?」 

「は?いや、何も…」

「この国を導くのは貴方よ?…いいわね?」

 私が尋ねた覚悟の意味を彼は分かっているんだろうか?人の命を束ねる者として死ぬ事を命じる意味を。未来を望んで戦う彼らのこれからを否定し、命を棄てさせる方便を。

 いや、彼を信じよう。ここまで来てグジグジしてても仕方ない。私は舞台の傍で号令を発した。

「総員気を付けェ!国王陛下より諸君に向けてお言葉がある!」

 私の声が青空に響き渡り、それに続いて登壇したリクは上がるなり、大きな声を出した。彼の声は私の声より太く、力が入っていた。

「これから起こることはここにいる誰にとっても人生史上最も過酷な時間となる!この先に立ちはだかるのは諸君の命を奪い、家族を奪い、自由を奪い、尊厳を奪う者達だ。思い出に重なる人物であろうと、かつての友であろうと立ちはだかる敵は牙を研ぎ、弓を引き、万全の支度を整えてお前達を殺しに来る。それに立ち向かう我々は決して万全ではない。万全でないなら諦めるか?お前達はあそこで戦う家族や友を見捨てるか?我々が去ったその先に待つ地獄を見たい者と愛する者に見せたい者が居れば、この場を離れることも赦す」

 私はただ聞いている。この国を想う国王の気持ちがどれほどのものであるか。この場に聞こえる音は彼の発する声に秘めるモノを。

 私はそれを聴いていた。 

「諸君に問う!自分を救いたいか?家族を救いたいか?この国を救いたいか?大切なものを救いたいかッ?!!」

 リクはそこまで言うと一度兵士達を見渡すように視線を巡らせる。一人一人の表情を確かめるかの様に。ここから見える顔の表情にはいつも見せる人間らしい表情は消えかけていた。

「ならば戦えッ!!その心に秘めた想いを滾らせ、命のまま刃を振るえ!それこそが唯一これから起こる全てから生き残る術である!生きる為に戦い!倒すために叫べ!諸君の気概を見せよ!!」

 リクの演説は最後まで力強く続いた。手にするクルバルカが高く掲げられると同時に兵士達からけたたましい歓声が上がり空を震わせた。この声は公都の見張りにも聞こえているんじゃないかと思える程に高く轟き、私もその熱気に震えた。

「全軍前へ!これより公都を奪還する!」

 

 

 








 


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