ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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 国王軍は第5軍を破った後、シューレ教聖教騎士団と共闘して反乱を起こした宰相ゲランを討伐するためいよいよ公都に迫った。これまで様々な想いを抱えて戦って来た兵士達はリクの演説に心を躍らせ、城門を破り平和を取り戻す為にと前進する。
 シーチェも自身に宿る黒竜に支配されている事を認識しながらかつての仇敵の元を目指す。全てを奪った男を殺すと固く決意した“悪魔”は全てをなぎ払う。


第二十話 公都奪還 ①

 

 1

 

 国王軍と聖教騎士団の連合軍は国王リクと指揮官フランシスカの命に従い正午頃、前進を開始した。熱烈な士気が天を穿つほどに意気軒昂な国王軍に引っ張られる様に淡々とゲラン討伐を目指す聖教騎士団が続き、城壁の上に配備された弓兵やシューターなどの攻撃を受けて仲間が倒れようと先陣を切る彼らの士気は下がらなかった。

 国王リクの陣頭指揮と自ら先頭を進むその姿に兵士は勇気を見ていた。

「進めーッ!」

「「「オオォォォォォォォッーーーー!!」」」 

 騎兵を先頭に歩兵が続き、青空の下に旗手の手にするシリアン国旗が翻る。その旗の向こうからは放たれた弓矢が真っ黒な影を作り、矛先を向けて来る。

「来るぞォォォォ!防御陣形のまま、現状の速度を保て!」 

 隊列を組む兵士達が密集して盾を重ねて攻撃から身を守ろうとする。私とリクもその中に入れて貰った。

 ヒューッと風を切る音が近付く。やがてすぐ近くでヒュンという音をさせたかと思うとドス!ドス!という盾や体、地面に突き刺さる音に変わる。嵐の雨が地面を叩くよりも硬い物が金属を叩く音。それはともすれば命を簡単に奪う雨。

 ただ、私には見抜けた。相手は斉射のタイミングを揃えられていない。どこかで足並みが乱れている。そこを目掛けてこちらの弓兵の射撃を集中させたいところだ。

 私は伝令を要求した。

「各射撃部隊に連絡!敵弓兵の足並みが乱れている部分に目掛けて攻撃を集中せよ。射撃指揮はこちらの煙矢を以て指示する!」

「御意!!」

 伝令を務める兵士が弓の雨の間隙を縫って戦列を離れていった。

 兵士の隙間から見える城壁は少しずつ近づいている。弓と少数の魔法攻撃による損害は思っているよりもずっと軽微だった。

 迎撃の部隊が出て来ないのは折込済み。問題は城壁の向こう…

 偵察を出したいが、貴重な飛行兵であるアリスとリアは後方の上空に居て戦場全体を監視してもらっている。

 ただ2人とも不満を隠さないで“戦わせろ”と言ってきかないので壁上の敵を掃討する任務を同時にお願いした。多数の弓兵を同時に相手する危険があるが、その前に懐に入ってしまえば良いという事で快く引き受けてくれた。

「あとはこちらの射撃方向…任意射撃が止んだなら伝令は務めを果たした、か」

 前進する隊列の中で、壁上の敵に対して行っていた支援の任意射撃は止んだ事を各部隊は待機に入ったと私は判断した。

「敵射撃、来ます!」

 兵の叫びに私は耳と目に意識を集中させた。

 歓声。歩く音。悲鳴。馬の蹄の音。風の音。金属のぶつかる音。

 仲間の背中。盾を持つ兵士の腕。疾走して射撃を引き付ける騎馬隊。その上の城壁に並ぶ黒い頭巾の兵士達。

「見えた!」 

 敵の放つ弓はこちらの左翼側に対して右翼側を攻めている部隊の射撃が緩い。

「奴らの左翼に向けて煙矢を使う!ラスティー!左翼城壁に向けて私の合図で炎系の魔法を撃って!」

「分かりました!俺の秘められた力を解き放って…」

「集中して!」 

 近くで戦列に並ぶ若い魔道士に命じて私は何本か作った煙のよく出る草を巻いた矢を手にした。矢を番え、敵の着弾が終わった瞬間に命じる。

「撃て!」

 魔力の込められたファイヤーが城壁へ向かって放たれると彼の高い魔力で放たれた炎はここからでも十分に煙矢の草に火を点けることが出来た。私の放った弓矢は炎を抜けて敵左翼の城壁に向かって白い煙を曳きながら飛翔し壁に突き刺さった。

「リク!右翼に部隊を移動させて!そこで門を突破する為の拠点を築くわ!」

「分かった!歩兵隊は右翼側に集結させてくれ!騎馬隊は引き続き左翼側で敵射撃を引きつけろ!俺たちは門へ急ぐぞッ!」

「承知しました!」 

 敵の矢が盾を叩いてはガン!ガン!と音を立てる中、隊列はリクの指示でこちらの右翼側に移動を始める。その号令の直後、私達の頭上を味方の矢の影が幾重も弧を描いて飛んでいくのが見えた。

 

 2

 

「逆賊共と聖教騎士団を止めるのだ!奴らは寡兵なのだから城壁の兵だけで何とか出来ないのだ?!」

「現在射撃を継続しておりますが、敵の勢いが強くもう城壁直下まで来ていると…現場指揮官から増援を求める声が多数です!」

「馬鹿者ッ!蜂起した連中もすぐそこまで来ているのだ。奴らはこの門を目指して攻め寄せているのだ!こちらはその対処でめいっぱいなのだッ!!」

「…!承知致しました!」

 攻撃を受ける部隊からの増援要請を指揮官である男は思考を深めることもせずに一刀両断した。彼の本陣には自分だけが使える瓶や装備品がズラリと並んでいた。

「ブバゼ隊長!第3中隊が抑えていたコルテス街道に続く大通りが破られそうです!先日、民を処刑した事で住民の戦意が高まり部隊が包囲されています。もはや彼らは暴徒です!応援願います!」

「なぜなのだ…何故俺がこんな目に遭うのだ…!」

「急報!壁上左翼、射撃部隊が壊滅しました!敵射撃が集中しています!」

 ブバゼと呼ばれた大男は頭を抱えて己の不幸を呪うばかりで兵士の言葉を聞いてはいなかった。それを見かねた副官が苦虫を噛み潰したような顔をブバゼに向けてから伝令に指示を出した。

「ちっ…予備の第8小隊を出す。彼らを連れて暴徒の進撃を阻止しろ!門に来たら敵の侵入を許す事になる!そうなる前に…」

「貴様!俺を差し置いて指示を出すのかァ?!越権行為なのだッ!」

 それを聞いたブバゼは激昂した。指揮官は自分だ、という矜持だけが生きる取り柄になっている彼にとっては自分を差し置いて指示を出される事や意見される事を激しく嫌い、また彼に従う兵士も自己顕示欲の塊でしかない彼を激しく嫌っていた。

 副官の男はそれでも兵士の務めだとして着任からずっと彼を補佐し、兵を宥めて回った。自分の務めだと心を鬼にして公都の民衆に武器を向けた。その結果がこれか。

 みすみす部下を死なせ、守るべき民を手にかけて、最善を尽くすことすら叶わない。

「貴様聴いているのかぁ!?」

 豚野郎、と部下がよく言っていたが今なら良く分かる。豚の鳴き声そっくりだ。声も見た目も低くて太くておまけに足まで短い。見た目なんかを悪く言うのは決してしてはいけないと子供にも教えていたが今日ばかりは我慢出来そうもない。

 副官の男は怒鳴り声に対して正面から立ち向かい、そして思うままに怒鳴り返した。

「あんたが部下の話を聴かないからこんな事になってんだろうがッ!?」

 抵抗した民を処刑するなと何度も伝えた。

 壁上の兵士は新兵が多いから補充か配置替えをする様に意見した。

 そのどちらも貴様が俺に意見するな、の一言で終わらせられた。長く公都を守り、公都の民と関係を築いて来た時間も労力も何もかもがたった1人にぶち壊された。

「俺たちはなぁ…お上の指示に従って動くしかできねぇ。今はあんたがそのお上で、あんたのお上は宰相ゲランなんだろう?何が正しいか悪いか分かっても思い通りには動けねぇのが軍人だ。だから従った!その結果がこれか?!」

「俺やゲラン様を侮辱するなら拘束するのだぁ!」

「質問に答えるおつむもねぇのかよ豚野郎!」 

 副官は目を血走らせて怒るブバゼを睨みつけて凄んだ。それに気圧されたのかブバゼは1歩下がると兵士に拘束を命じたが動くものは誰1人いなかった。それに怒りを覚えた副官は更に言葉を叩きつける。

「お前が兵に示してみろ!規律を!忠誠を!正義を!示せない者に俺たちの上に立つ資格はないッ!!」

「貴様…ッ!許さんのだァッ!」

 振り上げた拳が副官の頬を捉える直前に彼は拳を片手で受け止めた。これまで抱えた様々な思いを力に変えてその拳を握り潰す勢いで思い切り力を込める。ブバゼはその痛みに顔を歪め、副官はそれを好機とみて高らかに告げた。

「お前達!隊長殿はお疲れの様だ。これ以上疲れないようにして差し上げろ!鳴かないように口には雑巾でも突っ込んでおけ!」

「了解致しました!」

 ブバゼの指示の時とは全く違い機敏な動きを見せた兵士達は慣れた手つきでブバゼを拘束した。口には指示通り雑巾が突っ込まれ、その上から更に猿轡を巻かれて話す事は完全に不可能になった。

「この後は…どうしますか?我々はまだ、その、逆賊共と戦いを…?」

 指揮官を上司の命で拘束した兵は明らかに自分の行動の行く末を案じている。震えるような声で出された問いに副官は迷いなく答えた。

「俺たちが忠誠を誓ったのは誰にだ?この豚でも無ければ宰相殿でもない。答えは1つだろ。ただ、これは俺の判断だ。今後の行く先は各自に任せる。従う者は国王軍と民との戦闘を停止し、開門の支度をしろ。さもなくば逃げろ。急げ」

 そう言い残した副官はブバゼの装飾品の棚に敷かれていた白い布をひったくると静かに天幕を後にしたのだった。

 

 3

 

 敵の攻撃が緩んだのが分かった。統制を失った壁上左翼の部隊から射られる矢はほんの数える程度にまで少なくなり、私は門を打ち破る支度を急がせた。

 丸太を兵士達で抱えてそれを全力でぶつける。攻城兵器がない今、門を破るためには策は必要だったが、こんな原子的になってしまうとは。聖教騎士団の力自慢達が集いその丸太を掛け声と共に揺らし始めた時だった。

「シーチェーーー!聞こえっかァッーーー?!」 

 空から女性の声が降って来る。聞き覚えのある声の持ち主はアリスの声だ。敵を目の前にしていると言うのに何をそんなにのんきに…!

「何してるのッ?!死ぬわよ!」

「こいつら降伏して門を開けるって言ってるぜー!どうする?!」

「バカな…!」

 降伏するにしてはあまりに脆すぎる。何かの罠じゃないのかと勘ぐっていると左翼側で射撃を引き付けていた騎馬隊も動きを止めて壁上を見上げている。

「本当に降伏すると思うか?」

「門を開いて一網打尽って策かしら…」

 私は思わず隊列を離れて壁を見上げた。

 空の下で確かに白旗が見えた。それを振っているのは黒頭巾のシリアン兵だ。武器は下げた、門を開けると大きな声で叫んでいる人物が見える。その人物が開門!と叫ぶと破ろうとしていた大きな門が内側からゆっくりと開き始めた。

「なんだ?!開門してるぞ!皆構えろ!」

「待って!」

 困惑する聖教騎士達に私は叫んだ。任務に忠実な彼らが勢いで切り込まない事とこの降伏が誰かの欺瞞工作でないことを願いながら私は開く門を固唾を飲んで見守る。

 そしていよいよ向こう側が見え始める。そこには武器を捨てたシリアン兵が両手を挙げて投降の意思を表明していた。その正面には猿轡を噛まされて両手を拘束された指揮官らしき男が跪かされており、その姿を見て私は既視感を覚えた。

「この男どこかで…」

 男は涙ながらに何かを喚こうとしているが猿轡のせいで何も言えないでいる。こんなに太って綺麗な鎧を身に纏う男…

 あ、思い出した。ノクタス村を襲撃した部隊を率いていて、離反したハスタに殴られて気絶している間に兵に見捨てられた指揮官だ。この様子を見ると今度は部隊ごと離反されたみたいだ。この男の天才的な人望の無さを鑑みればこの状況も納得出来る。

 ここの守備隊は間違いなく誰かの意思で降伏した。

「我々はこのとおり降伏する!」

 先頭の兵士の声に同じく投降の意思表示が相次ぐ。かなりの数の兵士がいるがそれを率いていたのがあの太った男であった…と。しかし彼が降伏を命じて拘束されているのは明らかに不自然な状況だ。

「こいつは何故拘束されている?誰が命じた?」

 私の問いに城壁の上で叫んでいた男が勢い良く階段を下りながら答えた。彼は自分をこの部隊の副官だと名乗り、こちらに駆け寄って来ると説明を続けた。

「その男は我々の指揮官だった男だ!この辺り一帯の指揮下にある部隊は武装解除を命じて現在もその途中にある。貴女は先代軍師殿とお見受けしますが?」

「そうよ」

「国王陛下にお伝え頂きたい義がございます。恐れながら国王陛下に楯突いた事については私とその男の首を以て処断をお願い致したくここに申し上げる所存であります!何卒投降する兵士達にはご容赦を…!」

 そう言って彼は深々と頭を下げる。見事なまでに潔いその心意気は正しく騎士であり上官足るも者の姿だった。部下を守りたいという心が誠心誠意伝わって来る。

「あんたの言葉、確かに聴いた」

「陛下…?!」

 副官と名乗った男もまさかこんなに近くに国王が居るとは思って居なかったのだろう。慌てて跪き、臣下の礼を取ろうとしたのをリクは制すると一言だけ告げた。

「俺が不在の中、よく公都と兵を守ってくれた。あとは任せろ」

 赤いマントを翻したリクは指示を投げた。

「全軍!作戦を継続する!投降した兵士は丁重に扱え!我々はこのまま城門を目指す!聖教騎士団は予定通り動いてくれ」

 指示に反応した国王軍と聖教騎士団は素早く反応し、開け放たれた門から続々と入城を始める。作戦に従い聖教騎士団は城門周辺を固め、国王軍はここを拠点に王城を一気に目指す算段だ。

 この門が自発的に開門されたのはすぐ知らされる。降伏した門の守備隊は敵の総兵力のほんの一部で戦いはこれからが本番だ。だけど時間が彼のお陰で稼げたのはありがたい。殆ど交戦する事なく開門したことで多少敵も混乱するだろう。

 いろいろと考えを巡らせていると副官と話していたリクが私の傍にやって来た。

「シーチェ。彼の部隊を組み込もうと思うんだがどう思う?」

「指揮官はともかく、副官と彼の部隊はそれなりの期間を共にやって来ていると思う。仲間になってくれるのであれば猫でもなんでも味方にしたいのが私達だけど…今は時期尚早じゃないかしら」

 彼は信じても良い、と思うが難しい今は余計なリスクを負いたくない。現に戦列に加わりたいと言ってる訳ではないのだから、ここは必要な情報を貰うだけでも十分だと答えた。リクもその答えに納得してくれたみたいだ。そして私達の視線は拘束されている方の男に移る。

「問題はコイツだな」

「私がノクタスでぶっ飛ばした男よ。戦場で会うのは2回目ね」

「俺がカパダで尋問したのもだ。ゲランの推挙で登用されてるからシリアン人かどうかも怪しい。どうしようか…」

「…そしたらここの民衆に決めて貰うのはどう?」

 我ながら考えついた事に末恐ろしくなった。やっぱり私は優しくなんて少しもない。人の尊厳というモノは投降した捕虜には保証されるべきだが、戦いを理由に考えつく事はどれもこれも…

 ブバゼに静かに近寄った私は上から声を降らせる。

「また会ったわね。お互い会いたく無かっただろうけどさ。なんでまた指揮官なんてやろうと思ったの?センスなんか欠片もないんだから、止めとけば良かったのに」

 答えは怒りと屈辱に塗れた憤怒の視線だった。ここまで追い込まれても自分のプライドをぐちゃぐちゃに踏みにじられた事に怒れるのは逆に関心した。言葉が発せない分更にそのストレスが掛かっているはずだ。

 だが敵対すると言う事はそういう事だ。負ければ全てを失う。それが戦争だ。私達は紛れもなく戦争をしている。

「1度ならず2度も敵対したんだから分かるよね?あんたに相応しい処遇をそれなりに考えたの」

 私は敵に恐怖を与える。対峙した後二度と立ち向かって来ない様にする為に。

 髪を耳に掛ける仕草をしながら私はブバゼの耳元で囁いた。

「後で一緒に来て」

 それを聴いたブバゼは何かを察した様に首を勢い良く左右に振っている。勿論それを聴き入れる私ではない。今度は鋭く睨みつけて言い放つ。

「…選択権があるとでも?」

 そう凄むと彼は諦めたのかガクリと項垂れるのだった。

「さ、進みましょ」 

「あ、あぁ…行くか」

 若干引き気味のリクは思い出したかの様に言う。それを眺めていたらしいアヤが面甲を上げながら馬と共にやって来て私を諭した。

「あまり怖がらせるとリク様が逃げてしまいますわよー?」

「リクが怖がる必要はないんだけどね…それよりもアヤもいい加減楽しそうに戦うの止めなよ」

「シーチェの言う通り戦場で笑うな。心配になるから」

「私にとって戦いは悦楽ですもの…でないと負けてしまいますから」

「楽しみ方のベクトルを間違えないでよね。冷静で居てよ」

「分かってますわ。次は一番槍頂戴致しますね。お二人もご武運を」

 赤の鎧が目立つ女騎士は言いつつ面甲を下ろして剣を抜いて前線に向かう戦列に向かって行く。

 彼女が率いる部隊はこの後歩兵と共に敵の待ち構える中央の街道を前進して真っ直ぐ王城を目指す予定だ。私達もそこに続き、包囲される前に決着をつける。

 後ろには沢山の仲間が号令を待っている。ここを出た時から共に戦ってきた兵士に、最近入ったばかりの新兵。志を重ねる国民と自分の生活の為に力を貸してくれる傭兵まで。主義主張も立場も違う人間が手を取り合っている。

「どうしたんだシーチェ?俺たちも行くんだろ」

「あんたは黙ってシーチェさんと陛下と私を守ればいいの!雇われ側が指図しない!」

 剣を肩に乗せてにやりと笑うハスタの言葉に反応した相棒のミッシェルの小言。

「いよいよですね…私も一緒に行きますよ!」

 杖を手に持ち、鞄を背負っているリシアもグッと両手で拳を作る。ここを脱出した時は泣きながら逃げ回って付いて来た彼女もとても成長した。

「僕らも負けませんよ。必ず奴らから取り戻すんです!」

「あいつらぶっ飛ばして平和を取り戻さないとな!」

 ハボックやアイゼン、そしてラスティー。

「俺たちの報酬も忘れるなよ。団丸ごと一生分生活保証の報酬だ」

「食う寝る所に住む所。酒も仕事も困らないし、王家御用達の傭兵団になりゃアタイも楽出来るってな!」 

 そう言うのはベネットとアリスだ。彼らの率いる傭兵達もいい仕事をしてきてくれた。

「私も何か出来ることを…頑張ります!」

 グラーヴァから付いて来てくれた歌姫のライラ。彼女の歌は皆に活力を与えてくれた。他の誰にも出来ない立派な仕事をしてくれた。

「私はいつかあの領地を兄上から…いや…。ここで名を挙げて陛下からプラマー領の割譲を…」

 しれっと恐ろしい野望を語るリア。恐らくブレグが生きている間はあの領地は割譲はされないだろう、とは返さずに黙って聴いていた。

「………」

 ゲイガンは相変わらずの沈黙を守っていたが蒼い長髪の頭が静かに、意図を持ってこくりと僅かに揺れた。戦意は問題なしみたいだ。

「漸くここまで戻りましたね。随分と長い事離れて居た気がしますね」

「お前達何時まで突っ立っている?遅れるな。公都奪還はこれからだぞ」

 王の側近として護衛として。そしてここまで軍の維持に奔走し、自身の貴族軍を率いて戦って来たエリフとブレグ。ブレグの今の指摘は正しい。そろそろ行くとしよう。

「皆、覚悟はいいな?ここを出たらもう後戻りはしない。王城まで進みゲランを倒す。もう一度力を貸してくれ!」

「「「おう!」」」「「「はい!」」

 リクの檄にそれぞれが応える。それを受け取ると彼は歩みを前線へ向けた。

 建物の向こうに見えているグレーの城。あそこに居る倒すべき敵の姿、私の仇の姿はまだまだ見えない。その姿の見えない明確な存在に私はこれまでの決意を改めて述べた。

「待ってなさい。必ず後悔させてやるわ…」

 フェイルノートを持つ手が震えていた。

 

 4

 

 私は立ちはだかる敵を片っ端から屠った。

 私達は向かって来る敵に容赦しなかった。

 その場に居る全員が決死の覚悟で道を切り拓く。数で圧倒する反乱軍兵士を国王軍は公都奪還への激しい戦意で強引な突破で破り続けた。

「我々ァーーー!この街を奪還する国王陛下の率いる軍であるッ!!勇敢なる国民諸君!我等に続けェェッーー!」

 私は力の限り叫んだ。この声を聞いて1人でも応えてくれる人が増えてくれれば戦いが楽になる。既に蜂起している民衆を鼓舞し、こちらに取り込んで少しでも反乱軍にプレッシャーを与えたい意図があった。

 壁周辺の兵士達からは中央を進む私達は見えないから、押されていると錯覚させられれば更なる投降や離反も促せるかもしれない。

「国王陛下を騙る逆賊共を許すな!ここで食い止めて城を守れッ!」

 敵の隊長の声が部隊を動かしている。

〈兵士〉〈ソシアルナイト〉〈パラディン〉〈ボウナイト〉〈アーマーナイト〉〈ジェネラル〉〈魔道士〉〈賢者〉〈ペガサスナイト〉と様々な兵種の人間が壁になって立ちはだかる。

「守備の硬い敵には連携して攻めて!目の前の向かって来る敵だけ…相手をッ!」

 言いつつも私は戦いの気に触れたオルヴァヌスに体を取られつつあった。意識はそのままに体が熱くなり、もっと戦いたいという衝動が溢れ始める。

 もっと先に。更に多く。血と臓物が彩る死体の飾られるこの道の先へ。

 進め。進め。進め。敵は殺せ。殺し尽くせば楽になる。

 フェイルノートの刃が鍔迫り合いになった剣をまた粉砕しそのまま敵兵の首を刎ねる。吹き出す血飛沫に目もくれず前に進んだ。それを何度も何度も繰り返す。

「シーチェ出過ぎだぞ!あんたがそんなんでどうする?!」

「………」

 それは自分でも分かってる。だけど前に出ることを止められない。敵を欲する欲望に近い何かが理性を拒んでしまう。

「〈悪魔〉が来るぞ!防御隊形!戦を1人で支配など出来るものか!」

 正面に展開している〈ジェネラル〉率いる重騎士の部隊が盾を構えて私を迎え撃とうとする。流石にこのまま行ったら死んでしまう!

“待って!”

“…進メ。殺セ。モットダ”

 頭が痺れるような感覚が走った直後、私は意思に反して前に突っ込んでいた。

「殺ったぞ小娘!!」

 並んだ盾の間からこちらを狙っていた槍の矛先が見える。それを見た瞬間、体が反射的に地面を蹴って跳んだ。宙から見ると元居た所を槍が何本も突き出されていた。そのまま〈ジェネラル〉の肩に乗った私は兜を足で挟むとその場で回りながらフェイルノートで周囲を一閃。ボギッ!っという骨の砕ける音と共に重騎士の首を斬った感覚が腕から伝わった。私は首を折った〈ジェネラル〉から離れて仲間の近くに戻って息を整える。

“私が死んだらあんたも道連れにしてやるから!”

 体勢を立て直しながら脳内でオルヴァヌスに毒付く。そんな事相変わらず気にも留めない黒竜様は久しぶりに触れた戦いの気にご機嫌なようで、低い声で高笑いしてから言う。

“破壊ト殺戮ハ我ガ至福。サア殺セ小娘。我ヲ満足サセロ!” 

 右肩の痣が突然ズキズキと疼き始め…その疼きは胸に達すると、そのまま何かに心臓を掴まれた感覚に襲われた。激痛に私は思わず膝を着いて胸を抑える。

「ううぅっ…!」

 息が出来ない位の激しい痛みに握り締められている心臓が悲鳴を上げ、強烈は吐き気に思わず手を口に当てた。吐き出した鮮血に手が真っ赤になった。

「シーチェさん?!負傷したんですかっ!」

 リシアが駆けつけて声を掛けてくれたが私はそれに答えられる状態じゃなかった。

 だが胸は苦しみから突然解き放たれる。それまで思うように吸えなかった空気を貪るように吸い込むと血に濡れた口を袖で拭った。

「だ、大丈夫…ですか?」

「ありがと。怪我した訳じゃないの…もう行かなきゃ」

 時間がない。この体は確実に黒竜に支配されつつあった。

 リシアは私に回復と治療を進言した。そのままでは危険だとも。だけど私は静止を振り切り戦列に戻る。

「この…!」

 3人を纏めて相手にしていたリクの相手に斬りかかりながら連携して集団を一掃すると私を見たリクが驚いたような表情をしていた。

「どうしたの?」

「あんたの右目…竜になった時に似ている…」

 私が竜になった時、どんな風な容貌だったかは自分では分からない。私は意識だけが残ってて自分ではない体の中に居て、竜の体を使っていたから。リクの反応を見る限り、暗殺しに来たヴィツワ人暗殺者と同じ反応だ。

「だったら…竜になって脅かしてやろうかしら。ゲランも大人しく首を差し出すかな?」

「……」

「冗談よ」

 我ながらバカな事を考えたと思って自嘲気味にフッと笑った。奴がそんな事で動じるハズがない。このまま道を切り開いて、殺し尽くす…

 殺し尽くして……?そんな事私は望んでない。私の狙いはゲランただ一人。そう、あいつを殺して必ず復讐を果たす。殺してやるんだ。

 そうだ、敵は殺すんだ。

「殺してやる…」

 体がまた理性を破ろうとし、発作に近い敵を殺したい衝動に駆られてまたその場を駆け出した。

「シーチェ待て!」

 リクの静止もこの衝動には勝てない。敵の攻撃を躱しては殺し、血に染まる度私の心は満たされて、そしてそれを糧にしている私の中の黒竜が力を与えてくれる。

 誰も私に手を出せる者は居ない。対峙する全ての命を消し去る行程は続く。

「ダメだ〈悪魔〉が止められないっ!」

「逃げろ!勝ち目がないぞ!」

 反乱軍の戦列が乱れ始め、その隙を見つけた私の体が迷いなく太刀筋を入れて斬り込んではそこに後ろからリクたちが続く。視線に入る敵の表情は皆恐怖で引き攣り、目には絶望が浮かんでいる。

 このまま突き崩す!私はフェイルノートを構えて地面を更に踏み込んだ時だ。

 彼らの後ろが白く瞬き、その直後に明らかに別次元の魔力の渦が一帯を飲み込む。

「諸君そこを退いて貰おう」 

 私は魔力を警戒して踏み込むのを止めた。腰の引けた敵兵が男の声に応じて道を開けるとその先にはフードを目深に被った何者かが異形を幾つか従えて歩いてくる。その男はクツクツと笑いながら、私の正面で止まると指を顎に持っていき、嬉しそうに語りかけて来た。

「実に素晴らしい!器として完璧に作用しているね…フェイエンベルクの娘よ。黒竜を宿し、力を得た感想を聴きたいんだ。教えてくれるかい?どんな気分だ?感覚は?」

「…私の事を“知っている”訳?」

「それは答えになってないなぁ!僕の知っている君はそんなに可笑しな答えを出す子じゃなかった。それに質問してるのは僕だ。質問で返さないで欲しいね」

 私はフードの男の言い草に眉間に皺が寄るのが分かった。黒龍を宿している事の他にも私の過去を知っている風な言い方。それも長い間私と共にいたかの様な物言いに私は記憶を辿ってみて一人だけ思い当たる人物を見付けた。

 私に体術と戦術を叩き込んだ師、クロノア。

「師よ、貴方なのですか…?」

「忘れられちゃったかと思ったよ。覚えててくれて有難うシーチェ。でも今の君はもう」

「ッ?!!」

 優しく言ったかと思うと被っていたマントを脱ぎ捨ててクロノアは一気に距離を詰めてくる。体は反射で射撃しようとしたが間に合わない…!

「僕の一部だ」

 耳元で囁く声と同時に頭を抱えられて勢いの付いた膝蹴りを腹にまともに受けた。

「うぐっ…」

 痛覚は体を貫いて時間が凄くゆっくりに感じる…見えている世界がふわりと浮いて……

 横から強烈な力で吹っ飛ばされた。そのまま自分では受身を取ることが出来ず、大きな音と共に建物の壁に叩きつけられる。倒れた私上に瓦礫が降り注いだ。

「うう…痛ったぁ…」

 崩れた建物の瓦礫に埋まって、体に残る鈍痛に頭がクラクラしている。

「ふうん。既に人間では有効打になり得ない程の強靭さになっているか。ただ…意識の面はまだまだ時間が掛かりそうだねぇ」 

 クロノアは私の首を掴んで瓦礫から引っ張り上げると興味深く私を観察した。暴れられる前に首をしっかり絞めている辺りは隙がない…脳に行くはずの血が止められて私は今度は意識を遠のかされる。その力の強さに声も出せなかった。

「教え子を殴る趣味はないんだ。だから答えてくれよ。黒竜を宿して“盾を持つ者”に生まれ変わった感覚は?人間離れした力が自分に宿っていくのはどんな感覚だい?」

「ぐ…ううっ…」

 クロノアの表情は変わらない。何がそこまで嬉しいのか嬉々として苦しんでもがく私を質問攻めにする。この調子では答える前に落ちてしまう…血の気が頭からすっと引いていくのが分かった。

「貴様ァァァァっ!その手を離せッ!」

 殺気を撒き散らしたリクがクルバルカを手にクロノアの後ろから突っ込んで来るのが薄暗くなった視界に映った。

(ダメ…来たら…)

 止めたかったが声は出なかった。

「邪魔はしないでくれ。時間は限られているんだ」

 クロノアは横目でその姿を確認すると手を振り魔法で彼を吹っ飛ばす。時間を取られる事と興味のあること以外に気が散らされた事に腹を立てる性格は変わってない。その腹立たしさは私にも向けられた。

 首の締めがすっと緩くなると今度は外に投げ出され、地面を何回か転がってから相手に向き直した私は大きく息を吸った。呼吸はすぐに回復したが意識は朦朧としている。立つのもやっとの状態で私はフェイルノートを構える。

「先生…私に何をしたんですか?」

「君はかつて言ってくれたね。“先生の困った時は私が助けになります”って。その約束を果たしてもらうだけさ。君はそのまま自分の人生を過ごしてくれていい。宰相様を殺すんだろう?」

「はい。ですが、何故私を、“盾を持つ者”と知っているんです?」 

「言うなれば神が君を選んだ、という事になるのかな。さ、おしゃべりはここまでだ。ゲラン様の所へ行くなら僕を倒して貰わないと。一応そういう役回りだからね」

 クロノアはぱんぱんと服と手の埃を払う仕草をすると通りの真ん中に来て堂々と構える。

 私は構えながら混乱していた。疑問は尽きない。聴きたい事があり過ぎて思考が纏まらない。だけど何を訊くにしても私は先生を倒さないといけないらしい。

「シーチェ…大丈夫か…?」

 吹っ飛ばされて頭から流血している姿が痛々しいリクが隣に並んだ。

「あいつを倒さないと進めないみたいだな。あの動きには見覚えがある」

「クロノア…私の師匠とも言える人だわ。ここに来てあの人と戦う事になるなんて…」

「戦えないなら下がれ。平気なら手を貸してくれ。恩人だろうと止まる訳にいかないんだ」

 リクはそう言いながら私より一歩前に出る。彼の肩がいつもより大きく上下している…クロノアの魔法をまともに受けて少なくないダメージを負ってしまったみたいだ。

 そう言う私も口をぱっくり切って血を流している。それでも不思議な事に体の痛みはもうそんなに感じていない。これも黒竜の力なんだろうか?

「大丈夫。それよりもあの人の相手は私がする」

「その目…!その目だ!いいぞシーチェ!赤い瞳が開いている!さぁ見せてくれ。遠慮はいらない!僕を殺してみろ!ハハハハハハ!」

「先生…もう話は通じないみたいですね。リク、下がってて!」 

 力ずくで聞き出してやる!

“力を貸して黒竜!”

“指図スルナ小娘。体ヲ寄越セ”

 意識の中で会話を交わし、私は自分の意識をオルヴァヌスに渡した。体中を迸る電撃の様な感覚と熱。世界は赤くなり私の体は黒竜に渡った。

 

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