ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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公都奪還②

 

 1

 

 心臓の鼓動がいつもより大きく跳ねている。ドクンドクンと脈打つ音が凄く大きく聞こえ、体中が熱を帯びて熱い。

 赤く光る視界の中には異形を引き連れた一人の男が自信満々と言った表情で立ち塞がった。私の幼い頃、戦術や体術を私に叩き込んだ曾ての師匠クロノア。これまで何処かに消えていて姿を全く見せなかったクロノアがこの場に敵として現れた。

 私の昔の事はともかく、この黒の盾の事を知っている口振りで終始話していた彼から話を聞き、倒して知っている事を洗いざらい話してもらうしかない。

 弓を引くと引き絞った矢が黒と紫の色の炎を纏い始める。

“殺セ…殺セ!悪魔を殺セ!”

“あいつは悪魔だァァァ…”

 炎の中から声が聞こえる。私の死を願う何者かの怨念が幾つも重なり、炎は骸骨を作り上げると私の腕に吸い込まれていく。その度にズキズキと腕が痛む。

 だがそれに構わず矢を放つ。真っ直ぐ伸びていった先にはクロノアの眉間があったが躱された。距離を詰めようとしてくるクロノアに私は弓で迎撃した。素早い動きと魔法壁で命中はなし。そうしている間にフェイルノートの刃の間合いまで入られた。

 片手で切り上げるとクロノアは目の前まで来て距離を取り、口笛を吹いておどけた。

「おおっ危ない危ない。随分と溜め込んだねぇ。いい感じだ」 

 彼の法衣の端を切り裂いていたフェイルノート。相変わらずの余裕を見せているのは何なんだろうか。曲がりなりにもゲランを一応守る役割だと言っていたが…

 しかし体を黒竜に渡している今話すことは出来ない。私に分かるのは周囲の話していることと音、見えているものだけ。

「………」

「…もしかして黒竜に意識を渡しているのか?そんな事が出来るのか!すご…!」

 問答無用に斬り掛かる私。クロノアにとっては黒竜に体を使わせる事が出来ることというのは驚きの事であるらしい。

 ただ振り抜いた刃は彼を捉えず、後ろの建物の壁を崩しただけだった。身のこなしは流石と言うべきか、私の斬術でも捉える事は出来ない。流れるような動きですり抜けては楽しそうに笑っている。 

「さァ君の力…もっと見せてくれ!」 

 クロノアは叫ぶと同時に反撃に出る。繰り出される打撃技の一撃が物凄く重たかった。腕や足を使って防ぎ、躱しながら私も体術で応戦する。

 拳の突きを躱しながらカウンターで繰り出した後ろ回し蹴り。踵が顎を捉えて、相手を吹っ飛ばした。派手に吹っ飛びながらも受身を取ったクロノアは余裕の表情を崩さない。

「イタタ…効くねぇー。流石黒竜の力を得た愛弟子だ」

 口の血を拭って立ち上がりながら彼はまだ戦うつもりのようだ。 

「その力を使っていると君は話は出来ない様だね。でも声は聴こえてるんだろう?」

「……」

「僕に一撃加えたご褒美に1つ教えてあげよう。この城の拘置所にこの国の将軍たちを捕らえて拘束している。彼らを救いたいなら急ぐんだね。もうすぐ処刑が始まる」

 この国を守る其々の軍勢の長達が既に囚われている?そうか、ここまでプラマー伯と少数の手勢の他に援軍が来なかったのは指揮系統が機能していなかったからか。各軍と連絡が取れなかった理由がここで分かるとは…

 だがそんな事信用できるわけがない。

「アヤ!サミー!部隊を率いて拘置所へ行ってくれ!将軍たちを救出しろ!」

「承知致しました!」

 私の考えに反してそれを聞いていたリクの指示が後ろで飛んだ。後ろは後ろでクロノアが連れていた異形と戦闘している様だ。

(ここで部隊を分けるのは下策と言うのに…!そもそも何故信じた?!)

「扱いやすいねぇ。お陰でこっちも仕事はしやすいけどね」

 時間がない。罠だったらアヤ達が危険だ。だが、この人は…!

「癖が出たね。命取りになるよ?」

 かなりの距離があった筈なのにもう目の前にクロノアが居た。気配も音も無くこんなに早く…!

 視線は頭を見据えている。反射で頭を防御するが逆手に取られて左脇腹に思い切りパンチを入れられた激痛が走る。さっき蹴りを喰らって吹っ飛んだ時とは段違いの痛みに意識が一瞬フワッとした。

 どうして。黒竜の体なら打撃程度で動じない筈なのに。

 そのまま鳩尾に二擊、顔面に一撃を連続で叩き込まれた。物凄いダメージで体がふらついている。それでも私の体を操る黒竜はクロノア対して痛む体を振り回して接近戦を繰り広げる。

 私の攻撃も幾つかヒットし、相手を少し消耗させているみたいだった。繰り出す攻撃の全ては本来の私のものよりずっと強い。それをこんなに耐えるクロノアは異常だ。

 それから少しばかり打ち合いを続けると不意にクロノアが距離を取った。何か魔法を繰り出すのかと身構えていると彼は笑った。

「君との戦いは十分だよ。いやーいいものが見れた!じゃ、くれぐれもまだ死なない様にね!バイバーイ!」

 そう言い残して指を鳴らすクロノア。待て!と私の意識が叫ぶが、私の体は声を発せないまま、慌てて追いかけようとしたが地面に魔法陣が浮かび上がりその中に吸い込まれて何処かへと消えてしまった。

 追い詰めた感覚は無い。まだ余力があるはずなのに何故逃げた。分からない。考えれば考える程に謎だった。

 だがそれを考える時間はどうやら私には与えられなさそうだ。

“敵ハ何処ダ…殺シニ行クゾ…!”

 黒竜がクロノアに逃げられた不完全燃焼で怒り狂っている。体の中のダメージが重たくて血を吐いてもお構いなしだ。フェイルノートを手に直感的に人数の多い方へ向かって走り出そうとした所を突然私は何かに拘束された。足元を見ると魔法陣が展開されてそこから発される光が私の体を捕まえているみたいだった。

「シーチェ様。やはり貴女が『黒の盾』をお持ちでしたか」

 この声は突入してきた門を守ってる筈のシューレ教のフランシスカだ。ゆったりとした足取りをこの場でも崩さず、目の前に来ると私の首から右半身を見定める様に上から見ていき、優しい手つきで私の右手を握った。

「フゥゥゥゥッ!グゥゥッ!」

「暴れても無駄ですよオルヴァヌス。フリーズの杖で暫くはその場を動けません」

 フランシスカの相変わらず淡々と語られる言葉に私は待て待て、と突っ込んだ。私は一応味方だし、それに今は交戦中なのに!その私の感情を読んだ訳ではないのだろうが私の体を使う黒竜は凄い力で拘束を解こうした。

「シーチェ様。この件については後ほどお聴かせ下さい。今は貴女の手当と意識を元に戻します。長く黒竜に体を渡してしまうと元に戻れなくなりますから」

 フランシスカも何かを知っている様な口ぶりだ。シューレ教司教会の人間なら何か知っていても当然か…彼女からは何も語られなかったとリクは言っていたが。

「邪悪なる黒竜よ 我らが御名に於いて鎮り給え」

 フランシスカが小さく呟くと暖かい光が私達を包んでいき、私は眠るように意識を落とし…

 だが体に走る痺れる様な激痛にすぐに覚醒し思わず悶絶した。

「痛ッッたぁぁぁぁ…」

 クロノアの体術を受けた衝撃で中身を揺らされた痛みが今更になって来た。黒竜はダメージを受けたという感覚はないのか?体が私だったから痛みを奴は感じないのか。

 しかしよくもやってくれたな…先生。

「意識が戻りましたね。今から治療しますから我慢してください」

「ハァ…治療できるの…?」

「司教会の肩書きは飾りじゃありません」

 そう言うと動かない私の体をそっと倒し、フランシスカは手を翳して治療を始める。異形と仲間が戦い、どこから反乱軍が来るかも分からない道の真ん中でだ。だが、翳す手からじわじわと溢れる魔力がみるみるうちに傷を元に戻していく。 

「フランシスカ。なんで、ここに居るの?」

「…暫しお待ちください。敵が来たようです」 

 彼女が治療を中断して立ち上がると確かに反乱軍の黒頭巾を被った集団がこちらに迫ってきていた。〈グレートナイト〉が率いている騎兵の小隊を前にしてもフランシスカの動きは早くなるわけでもなく変わらなかった。

「何を悠長に…!ッ!」

 騎馬隊は猛スピードで突っ込んで来てフランシスカと私の命を狙っている。それでも彼女は左手の魔道書を持つ手をゆっくりと上げた。

「女神の御名に於いて命ず 我等の神と大地に贖罪せよ 裁きを下せ テスタメント」

 空に浮かび上がる黄色い三重の魔法陣から光の粉のようなものが敵集団に降り注ぐ。粉雪の様に舞い散ったそれが円を描くと光の柱が現れて閃光を走らせる。あまりの眩さに私は目を閉じたがそれでも光が抜けてくる。

 やがて光が消えると敵集団の先頭兵士が糸を切られた操り人形の様に事切れた。主を失った馬はそのままどこかへ逃げるように走っていき、他の馬は眩しさで暴れて戦列が乱れた。

「命が惜しくば立ち去りなさい。私はシューレ教司教会の1人フランシスカ。我々シューレ教は宰相ゲランに肩入れする者に裁きを下します。罪を受け入れ、贖罪の心を持てば女神様も救って下さるでしょう」

「ちいッ…!あの司祭、かなり手強い。ここは退け!拘置所で味方と合流する!」

 残された騎兵が襲撃を諦めて引き返して行く。先頭の〈グレートナイト〉の男が指揮官だったのだろう騎馬隊はフランシスカの魔法の一撃で10騎を葬られ、その余波で更に10騎近い騎馬と騎士を戦闘不能に陥れられていた。 

 戦場でも崩さない彼女の大人しい行動は自分本の来性格だけでなく、圧倒的な実力から来る自信もあったのか。傍で感じたが凄まじい威力だった。魔道書の威力とフランシスカの魔力が織り成す攻撃はレベルが違う。

 敵には回したくないな、と普通にそう感じた。

「中々やるじゃないの…」

「貴女の戦歴には及びません。治療を続けます」

 私の言葉にフランシスカは少しだけ微笑んだ様な気がした。彼女の治療に身を委ねているといつしかフリーズの効果も消え去り、体の傷もかなり回復してきた。少なくとも中から来るあの激痛は収まっている。これならまた戦える。私はお礼を述べた。

「ありがとう。助かったわ」

「お気になさらず。貴女を死なせたくありませんから。個人的に、ですが」

 個人的に、という言葉。それは心から出た言葉なんだろうか。それとも私に近づく為の何からの策なんだろうか。

 …どっちでもいいか。どのみち私が黒竜を宿している事は彼女に知られてしまった訳だし。 

「ねぇフランシスカ」

「なんでしょうか」

「私をこれからどうするの?」

 シューレ教の伝える歴史では竜という存在は大陸を滅ぼす存在だと教えられ、人々はその歴史を信じきっている。つまり私は彼女達にとっては絶対に許せる存在ではない。自分の生活を破壊し、家族を殺す存在に他ならない。

 それを殺す訳でも捕獲するでもなく、助けたフランシスカ。私には分からなかった。

 彼女は味方なのか、敵なのか。

「黒竜は殺すべき存在です。あれは存在してはなりません。それでも貴女とは別の存在だと私は信じています」

 その言葉にまた心が救われた気がした。私は私で居続けてもいいんだと、許して貰えた様な開放感。

「黒竜と私は違う存在、か。お陰でもう少し、人生頑張れるかも」

「頑張りましょう。神は貴女の存在を認めてくださっていますよ。シーチェ・フェイエンベルク」 

 神官という存在が本当に神々しく、そして人間を導いてくれる存在なんだと認識したのはこれが初めてだった。

 

 2

 

 シリアン公都 拘置所

 

 

「まさかここで父上にお会いする事になるとは思いませんでしたわ…これは一体どういう事ですの?」

「わが娘アヤよ…私も同じだよ」

 リクの指示に従い部隊を率いて囚われている将軍たちの解放の為に進撃してきたアヤはそこを守る〈パラディン〉達と対峙していた。

 彼らはシリアン軍の物ではない旗を揚げて国軍の物ではない装備を纏っており、その全てがアヤにとっては馴染みの深いものばかりだった。

 自分の生まれた故郷の領主と彼の率いる騎士達。面甲を下げているが、今話している父親の回りを固める人間の事も全員知っている。

「貴方達も…」

「お嬢様。我々の任は死ぬ時までホズエン様をお守りする事なのです。何卒ご理解を」

「アヤ。私は迎えに来たんだよ。お前は今からでも城に戻りなさい。望むものは何でも与えてきただろう?」

 確かに望んで手に入らない物は何もなかった。城で飼っている愛犬も、ドレスもティアラも。美味しい食事に広い部屋。温かい布団。一言声を掛ければメイドが紅茶を淹れてくれるし、何も煩わしい事がない優雅な生活…

 懐かしい。とアヤは思った。思えばそんな生活をしていた事さえ忘れていた。

「私は確かに甘えて育ちましたわ。何不自由なく育てて頂きましたし、困った事は全て周りの誰かが解決してくださった。父上やお世話してくれた方々には感謝しておりますわ」   

「だろう?全てはお前の事を想っての事だ。愛するお前が幸せに生きて欲しいと私も妻も願っていた。アヤ。お前は私達2人の宝物で、希望なんだ」

「同じ事を思っております。お城の皆様にも良くして貰って、毎日遊んで貰って。父上と母上にも愛情を沢山注いで頂いたと思っております」

「だったら言う事を聴いてくれ…もう戦いなんて危ない事はやめるんだ。命があるうちに戻ってきてくれ。さぁ帰ろう。ソールズベリーに」

 ソールズベリー伯ホズエンは手を差し出す。幼い頃に転んだ自分を起こす為に差し出されたのと同じ筈の手が違って見えた。篭手のせいではない。

 白の篭手に血液らしきものはよく目立つ。まさかと思いながら恐る恐るアヤは尋ねた。

「…お待ちになって父上。教えて下さる?」

「どうしたんだ?」

「父上の篭手にはどうして血が付いていらっしゃるの…私を迎えに来たのなら、どうしてこんな所に…?」

「公都は今こんな状況だ。暴徒になった者が襲ってきたりもした…身を守る為には仕方なかった」

 アヤには父が嘘を吐いているのが手に取るように分かった。家族でなくても分かりそうな嘘に様々な感情が沸々と沸き立ってくる。だからこそ言葉は真っ直ぐだった。

「嘘は吐かないでくださいまし。暴徒になった者を手に掛けたのでしたら少なくとも私達より前にここに来ていたという事になります。それはつまり公都に出入りする事が出来た、と言う事になりますね?」

 感情が驚く程込もっていない声が出た事に自分でも驚きながらアヤは答えを待った。もう何を言われても納得出来ない。それでも最後は父の本心をしっかり聴きたいと思った。だが返ってくる答えは思っていた通りのものだった。

「我がソールズベリーは今回の件については何の関係もないんだ。だから入城が許された。お前を探すには公都に…」

「それが答えですか父上…」

「頼む。全てお前の為にやっているんだアヤ!全てだ!誓う!」

 ホズエンの言葉に力が入っている。娘を思う気持ちは嘘偽りではないのは分かるがそれ以外は何もかもが嘘で塗り固められている。その気持ちを汲む事はもう出来ない。 

 自分の後ろには自分を信じて戦う人々がいる。自分にも戦うのにそれなりの理由が出来ている。    

「私は戻りませんわ。そこを退いてくださる?父上こそ関係がないのなら脱出して戻るべきですわ。全ては戦いが終わってからお話しましょう」

「だめだ…戻ってくれ。すぐにここを離れるんだ」

「しつこいですわ!私は今は戻れないのです!父上こそ…ここを離れられない理由がもし拘置所に関係しているのなら許しませんわ…私は陛下からここに囚われた人の救出を命じられていますから。それを邪魔するのであれば逆賊になりますわ」

「……」

 ホズエンの傍で様子を見守って騎士が何かを耳打ちした。その様子を見てアヤは直感で攻撃してくると悟った。

「アヤ。許し…」

「父上!!私と勝負なさい!」

 ホズエンの言葉が終わる前に剣を掲げて力の限り叫んでいた。手綱を走らせると愛馬が前脚を高く上げて大きく啼いた。

「いいのかアヤ!」

 サミーの忠告にアヤは言い切った。

「父とて武人ですわ!覚悟はしている筈ですもの!」

 そうである事を心から願って言い切る。戦いたくないと、言葉とは矛盾した心を感じながら愛馬を駆り、剣を向けた。

「ホズエン様をお守りしろ!お嬢様は殺すな!」 

 周囲を固めていた騎士達が抜剣して立ちはだかる。あそこで構えているのは騎士の中でも歴戦で実力のある者ばかりだ。誰よりも忠実にソールズベリー家に仕えて来て、いつでも支えてくれた者達。

 一つ一つの思い出が剣を向けることに後ろ髪を引いてくる。 

「お嬢様ーーー!お止め下されーー!」

「爺…!そこをどいて下さい!私は。私は…!」

 どうして。どうしてそっち側に行ってしまったの?正しいのがどっちかなんて分かりきっているのに。戦う選択をしたのは自分だ。後悔はもちろんしていない。ただ…ソールズベリーの未来を違えたのは父だ。

 そのせいで皆を死なせてしまう。愛する者たちと仲間を殺し合わせなくてはいけなくなった。剣を向ける先は父以外には居なかった。そうなる前に父を倒せば終わらせられる。

「父上!お覚悟をッ!!」

「させませぬ…!」

 馬の勢いの乗った一撃をホズエン目掛けて叩きつけるがそれを防いだのはアヤが爺と呼んで慕っていたツィーダという騎士だった。

「退きませぬ。私はソールズベリー伯爵家ツィーダ。家中一の騎士としてお家をお守り致します。我が忠義、ここにあり!」 

 そう叫ぶとツィーダはアヤの剣を受け止めた盾を腕の力で弾き飛ばした。体勢の崩れたアヤは体勢を立て直して次の攻撃に備えたが彼はその場を動く気配を見せなかった。

「私はお嬢様に剣を向ける事など出来ませぬ。それゆえ、私からは反撃のみとします…お嬢様どこからでも参られよ」

「爺!これは私と父上の問題です!貴方は下がりなさい!」

「領主様をみすみす死なせる訳にもいかないのです!」

 ツィーダは自分で言ったらその通りに動く人間だ。言ったのなら本当に反撃しかしてこないのは分かった。それでは決闘にはならない。

「見くびり過ぎですわ爺。反撃だけで私の相手が務まると本気でお考えですか?私を殺す覚悟がないのならそれこそ下がりなさい!」

「最後に戦う相手がお嬢様になるとは…」

 それでもツィーダは意を決して剣を胸の前で掲げると迷いを振り払うように剣を振った。

 その瞬間、纏っていた空気が別人のものの様に変わり、感じたことの無い殺気にアヤは寒気すら覚えた。これがあの優しかった爺の本気。

 愉しめ。怖くなる前に。命の遣り取りをいつもの様に愉しめ。自分を出し切らなければ絶対に勝てない。皆を守る為に爺を倒さなくてはいけないのだ。

「お嬢様。いえ、アヤ様。お相手願いますぞ」

「いいですわ…!その殺気、ゾクゾクしますわ!」 

 馬を走らせたのは同時だった。速度の乗った一撃を突きに乗せて繰り出そうとアヤは脇を絞めて真っ直ぐツィーダの首を狙う。

 双方の騎馬の速度が増し、距離がみるみるうちに近付いていく。カウンターを狙っていた時、不意にティーダの持つ剣の切っ先が盾で見えなくなる。

(隠した?!狙いが見えない…!)

 自身を守るように盾を構えた体勢。こちらからは何処にもスキが見えなかった。

「でぇぇいやァァァ!」

 怒声が殺気を帯びている。このまま行ったら死ぬと感じた。しかし馬の勢いを止める事は叶わない。大筋で私は死ぬ。

 

 “死を恐れず恐怖に立ち向かう事。それが出来たらきっとお嬢様はもっと強くなれますぞ”

 

 こんな時に城での最後の稽古での言葉が思い出された。訓練用ではなく初めて真剣で立ち会ったあの日、恐怖に負けて動けなくなった体に爺の言った一言で変われた。

 そうだ切り開け。恐怖に立ち向かえ。恐怖に飲まれる前に!

「はぁぁぁぁぁッ!!」

 手綱を手放して両手で剣を振りかぶる。突きの体勢から手首を返して薙ぎ払いに。これで防御も次の攻撃も出来ない。全てをこの一撃に込める。

 視線が交差した瞬間。アヤは剣を押し出すように出し、ツィーダは真っ直ぐに剣を突き出した。 

 到達は相手の方が早かった。左腕の腕甲を抉った切っ先はそのまま上腕部を切り裂き、左胸に向かって来る。その痛みを感じながら持っている全ての筋力を振り絞って剣を押し込む。

 歯を食いしばって顔を歪ませながら、

「ぐぅぅッ!」

「ぬう!?」

 僅かに軌道が逸れた切っ先が左肩を貫く。

「お見事です…!」

 すれ違いざまに良く知るいつもの優しい声がアヤの耳に入った。だが、肩を貫かれた衝撃で落馬し、肩に刺さった剣が生々しく血に染められて墓標の様に突き立つアヤには答える事はおろかその言葉の意味を理解出来なかった。

「アヤッ!」   

 駆け寄ってきたサミーが酷く慌てている。この傷がかなり深いのは何となく感じていたが、思ったより良くないのだろうか。どうなっているのか気になって動かそうとしてみたが左肩は動かそうとする度に激痛を走らせた。

「動かすな。血が止まらなくなる」

「私…死ぬのですか…?」

 視界いっぱいに映るサミーに尋ねる。薙ぎ払いの選択は間違いだったのか?手応えを感じる前に落馬した感覚しかなかったアヤの疑念は払われた。

「大丈夫だ。この傷では死なない。大丈夫だ」

「爺は…?爺は…?!」

 返って来た答えは即ち爺が死んだと言う事を暗に伝えていた。サミーの首が静かに左右に揺れたのだ。

 それを理解した瞬間、あらゆる思い出が頭の中を駆け巡った。静かに溢れる涙で空がぼやけ、胸が悲しみで穴が開きそうになるくらいの悲しみがアヤを包む。 

「こうなるのは仕方なかったんだアヤ。お前がやらなきゃ誰も出来なかった…」

 仕方なかった。誰かがやらなければならなかったんだ。そうでなければきっと皆が死んでしまった。サミーの慰めの言葉に今は頷く事しか出来ない。感情を整理する余裕は今はとてもなかった。

 自分が殺めてしまった爺に対しても。いつの間にかそそくさとその場を離れてしまった父に対しても。

 

 3

 

 クロノアが撤退してから戦闘を続けていたリク達は大型の異形を見事打ち倒して大広場と呼ばれる城の前にある開けた所まで部隊を進めた。反乱軍部隊は国王軍に公都中心部にまで入られた事が影響して半包囲された形になり抵抗も弱まっていると連絡が入った。民による武装蜂起が公都全域に広がり、猛烈な勢いで反乱軍を後退させているらしい。

 しかし武装蜂起した所で、民は民。戦う事を生業とするシリアン兵を相手に圧倒する…どこにそんな力があるのか?彼らが持つ最大の武器、それは数の力だ。同じ目的を持つ者が多数居れば人は恐怖を感じ辛くなる。そして彼らを結束させた最大の原因はゲランの圧政に加え、指揮官ブバゼの行いにあった。

 なんでもブバゼが指揮官だった時、救済を訴える為に来た市民を殺したのだという。それが原因で責任を問い仇を討とうと城に押しかける市民と、街から脱出しようと戦う市民がそれぞれ戦いを始めたのがこの武装蜂起の発端だった。

 話をしてくれたのは投降したブバゼ隊の副官だった男。彼もまたブバゼとゲランにに反感を抱いていた1人だった。彼は部隊を投降させた後、単独で国王軍戦列に加わり共に戦ってくれていた。

「ブバゼを市民の前に引き釣り出して断罪すればいい。正義がこちらにある事を示して民を完全に引き込む。これで公都での戦いそのものには決着がつくわ」

 私はブバゼを捕らえた時からそう考えていた。一度戦場で捕われてなお改心しない人間を生かしておく理由はない。それはリクやブレグも同じ考えだった。

 縛られて猿轡を噛まされているブバゼはもう抵抗する意思を失ったのか、大人しくしていた。

「投降した人間を…市民の前に引き出して処刑するのか?」

 リクの躊躇いが見える言葉に私は短く、そう。とだけ答えた。私には慣れているが彼は恐らくその手の事は初めてのはず。王族として強い意思を示し、立ちはだかる者に容赦せず戦うと言う強さも見せる必要があるとは思うのだが…

「…私がやろうか?」

「………」

 返事は返って来ない。彼の表情は困難にぶつかった時に見せる複雑なものだった。どうするべきか悩んでいるのが手に取るように分かった。その答えを自分の中には持ち合わせていないのも伝わってきた。それを感じ取ったのはブレグも同じだった様だ。 

「リク、今回は彼女に任せよう。上手くいけば戦いを終わらせられると…そこまで計算しているんだろう?」

「えぇ。ここで終わらせないとジリ貧になる。だからこの戦いは貴方が終わらせるの。言ったでしょうリク。私の全ての献策は勝利の為だと」

 少ししてからリクはようやく首を縦に振った。

 国王軍部隊を迎え入れる民衆の興奮は最高潮に達しており、リクを讃える掛け声が響き渡っている城前広場で私とリクはブバゼを引き連れて彼らの前に出た。集まっている人々の歓声が空を震わせていて、どこまでも人の陰が広がっている。沢山の民衆を前にしてリクは力強く語り始める。

「親愛なる民達よ!諸君を苦しめていた圧政を終わらせる時が来た!公都の殆どは我が手に戻り、反逆に加担していた者も断罪される!しかしまだ戦いは終わっていない。城の中にいる逆賊である宰相ゲランとその一味を倒すまでだ!我々はこの後、城へと突入し公都の奪還を完遂する!!」

「「「オオオーーーーッ!!」」」

 盛り上がる民衆は手にする各々の武器を掲げて気持ちの昂ぶりを解き放つ。沸き立つ熱気は決戦前の兵士達のそれによく似ていた。

「だが、ここで戦う者はその殆どが我が民であり、逆賊の中にも見知った人間がいる事を知っている者も幾らかはいるだろう。私はここで投降する者をその罪を免除しようと思っている。但しこれが最後の通告だ!この後立ちはだかる者は何人も許されず断罪される!諸君を圧し、罪なき民を手に掛けたこの男の様に!!」

 リクがクルバルカをブバゼに向けて宣言する。私はそれを聞いてブバゼの膝裏を蹴って跪かせ耳元で小さく呟く。

「罪を償う時が来たわ」

「この男ブバゼは逆賊ゲランに与し、一度我々の慈悲を受けながらも二度も行く手を阻み我が民を殺し、忠誠を誓う我が兵士達を蔑ろにした!」 

 広場中の人間から上がる殺せの合唱。力強く、けたたましく響く声にリクは応じた。

「では此処で断罪する!」

 私はブバゼから離れてリクの方に移動した。兵士達が周辺を監視する中でリクがクルバルカを振り上げる。

 

“今こそ我等の怨念を…我が一族の無念を晴らす。これはその幕開けに過ぎん…”

 

「誰?!」

 私がその声に反応して城門を振り向くと同時に一丈の光が奔った。突然現れた閃光は私の傍を通り抜けてリクに向かう。反応は間に合わないと悟った。

 そのまま稲妻は向こう側の建物を破壊した所で消え去ったがそれを目にしていた民衆は一瞬で混乱状態に陥った。逃げ惑う彼らを統制する事は出来ない。兵士達も状況を把握出来ていない。

 壇上でブバゼを処断しようとしていたリクの姿も破壊された元居た所には見えず、巻き込まれた何人かの兵士の遺体が転がっているだけだった。

「誰が…ッ!出てきなさい!」

「そんなに怖い声を出さなくとも我輩はここだシーチェ」

 黒い法衣を身に纏った坊主頭に首筋の赤い紋。見間違えるはずがない。私がこれまで狙い続けてきた全ての元凶。私の仕舞われていた復讐心が燃え上がる。そしてリクが殺されたかも知れないという事実が私の心を更に燃やした。

 うんざりといった顔のゲランは魔道書を手にある程度の所で歩みを止めた。 

「彼の話はいつも長い。そして理解に苦しむ…我輩には苦痛で仕方なかったがやっと静かになったな」

「…誰に向かって言ってるのか分かってる?」

「ん?あぁ。これはこれは先代軍師様。自分の居場所を失った後は守るべきものまで失ったか。貴様の築いて来たものも全て我輩が消しておいた」

「私の人生はあんたと違って未来があるからもう一度再建させてもらう」

「フハハハハハ!!貴様にどんな未来が残っていると言うんだ?この国を再建するか?自分がまたこの国の軍師に返り咲くか?貴様を認める国王はたった今死んだぞ?」 

 何がそんなに愉快なのか高笑いをしたゲランは両手を広げて勝ち誇った表情を浮かべている。

 奴の言う通りだ。私の未来なんてどんなものが残されているのだろうと何度も考えた。悩んで迷って、そして答えはすぐそばにあった。だけどそれすら消えてしまった。またしてもこの男に消されてしまった…

 どうしてそんなに私を苦しめたいの?と聴きたい。私はこの国を守りたいだけなのに。

 先代国王とリクが紡ぐこの国の未来を一緒に歩きたかっただけなのに。

「殺す前に1つ教えて。何が目的で行動してるの?この国を乗っ取るため?」

「フン。いいだろう答えてやろう…この国なんぞに興味はない。我輩も貴様と同じ復讐の為だ。その為に多くの血が必要だった。今、貴様の中にいる黒竜を復活させる為にな」

「あっそう。あのさぁ、メーワクなのよねぇ。勝手に私を巻き込んで」

「貴様に何が分かる?そもそも関係ないことだ」

「あんたに人生ぶち壊されたんだ!関係ないワケあるかぁッ!!」

 顔が真っ赤になるのが自分で分かった。盛大にブチギレて怒鳴ったのを見てゲランは仕方なさそうに口を開いた。 

「…昔話をしてやろう。復讐されるべきが誰なのか」

 

 

 

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