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この大陸の歴史は戦争の歴史だった…ゲランはそう語り始める。
ヴァルドラ大陸の北の人々は南にある豊かな国土を欲し、西に住まう人々は南と北の軋轢が自分たちに及ぶことを恐れ牙を研ぎ、南の人々は豊かな国土を持つ自分たちこそが大陸の覇者であると考えていた。それぞれの為政者が自国の発展と生存の為に競い合っていた群雄割拠の時代においてその時代に生きる人々の地獄は終わらなかった。
突如として姿を現し、世界を破壊し始めた黒竜オルヴァヌスの存在。
その出現によってありとあらゆる人間の営みは破壊され、ヴァルドラ大陸は滅亡に瀕していたその時、追い詰められた人間を救おうとする者が現れた。
唯一神シューレ。
女神として今も崇拝の対象となる彼女はその唯一神の名に相応しい力によって人間たちに黒竜と戦う力を授けた。
結果は人間の勝利だった。数多の屍を作り上げながら竜に挑んだ勇敢な兵士達によって平和は取り戻された。
誰もが知っているヴァルドラ大陸の伝説のあらすじだ。
「それが偽りの歴史だとしたら?」
得意げに話すゲランはまるでその真実を知っているかのような口振りで言う。
「歴史を書き換えようとでもいうつもり?」
何を言うかと思えばただの昔話…と思っていたら促してもいないのにゲランは言葉を続けた。
曾て大陸には“鎮めの一族”という呪術師達がある山奥でひっそりと暮らしていた。彼らには産まれたその瞬間から死ぬその時まで黒竜を人々から隠し、また黒竜が目覚めて人間に災禍を振り撒かないよう魂を鎮め続けることを生業とする者だった。
だが一族から裏切り者が現れ、その存在が何者かに知られてしまう。住処と黒竜の存在を知られた一族はその身の安全と引き換えに封印を解いた。その力を求めたのは神の力を騙って人間を支配しようとした宗教団体シューレ教でゲランはその“鎮めの一族”の末裔であるという。
黒竜の封印を解いた結果がこれだ。私にはこの男に復讐する権利がある事を確信した。
だが到底信じる事など出来る筈もないがそれでも耳を疑わざるを得ない話だった。
「馬鹿な。打倒黒竜の歴史がシューレ教の自作自演だったとでも言うの?」
「いつだって歴史を記しているのは人間だけだ。自らの行いを偽ることをする存在も人間だけだ。その時最も力がある者がそれを記す」
「…それについては一理あるかもね」
ゲランの言う事に思わず共感してしまった。ほんの少しだけだけども。
「歴史はその時代に生きた権力者の都合のいい物語に過ぎない。貴様もこの意味が理解出来るのなら歴史を創る側に立てるだろう。今からでもどうだ?手を組まないか?」
「あんた正気?お互い殺したくて堪らない相手同士なのに?」
「我輩は何としても我が一族を貶め世界を我が物にしたシューレ教に復讐する。“我輩を殺すのはそれからだ”」
その言葉を聴いて私は背筋が凍る思いがした。
この男は全てを知っていたとでも言うのか。今の言葉はカパダ城で最初にブレグに言い返した時の言葉とまるっきり同じだ。
全てを知っていてその上で負け戦を演じ、イエリツやゲクランを筆頭に沢山の兵士を殺す為の手段に過ぎなかった…
この男の目的はシューレ教への復讐。だったら国王軍を初めから倒していればシューレ教への復讐などすぐに出来たはず。
まだ何かを隠している事だけは分かった。
「おや、知っている言葉だったか?」
「…牙を誰に向けるのも自由だけれど、向けた相手からはそれ相応かそれ以上の事をされる覚悟を持って向けるべきだわ」
「やはり貴様とは意見が合わないな…ではこの腐った歴史に埋もれて消えていくがいい!!」
ゲランは私を睨みつけると右手を上げて魔法陣を描き始める。
黒色の陣…闇魔法!魔法陣から現れた3本の黒い雲の様なものがゆらゆらと漂ってきて私の周りを包んだ。
前にゲランを襲撃した時とは何かが違う…魂を吸い取られる感覚が強い。私はそれに捕まって逃げられなくなる前にその場を離れたが纏わり付いて来て一向に離れることが出来ず、思わず舌打ちした。
どうして?!バーンズガウンは発動後でも振り切れたハズなのに!
どれだけ急激なステップで動いても追い掛けてくる死の雲。これにばかり気を取られていては反撃ばかりかもう1つの魔法、トロンを回避する事もままならない。
ゲランは私の心を読んでいるかの如く、再び詠唱を始める。
「天空に宿る理よ 我が怒りを映し出し この心のまま敵を葬れ 大地を切り裂く雷の剣よ…」
このままではどちらかの魔法の餌食だ。だけど、こいつだけは例え相討ちになってもこの手で殺すと決めている。フェイルノートをゲランのいる前方に突き刺し、それを支えにして私は上に跳ねた。
「トロン!!」
完全な形で放たれた雷の剣が私の真下-正確には空中で前に回転する私の背後を抜けていった。強烈な電撃の名残で全身が痺れるのを感じながら、私は矢を手にする。
矢を番えて弓を引けば、再び右腕に浮かぶ怨嗟の炎。
“オォォォォ…クルシイ……”
“アクマメヨクモォォォ…!”
瘴気みたいな渦が腕を包んで、引き絞る矢にも宿る。
「私が積んだ屍を無駄にはしない。誰1人として。全てはこの国の為!」
矢を放つ。一矢目は防がれた。もう一度!
「貴様だけは!貴様だけはッ…!」
私の全てを奪ったこの男だけは絶対に許さない。絶対に。絶対にだ。
着地と同時に迫ってきたバーンズガウンを矢で打ち払い、そのまま前に突っ込む。刃の届く所まではまだ距離がある。ゲランは懐に入られるのを嫌い下がろうとする動きを見せている。
私は更に地面を踏み込んだ。このまま斬撃の射程まで捉えるつもりで走った。
そこに吹き付けた強い向かい風。ゲラン自身の魔力が放つ波動の起こした風に勢いを僅かに殺された。
「我輩を倒すなどと言う戯言はあの世で言うのだな!」
右手をこちらに向けたゲランは距離を取りつつ恐らく魔法を放とうとしている。私の姿勢は完全に前のめり。回避するのは難しい体勢になってしまっていた。
「今度こそ死ぬがいい!!」
「戯言かどうか決めるのはお前ではないッ!!」
魔法を放垂れる瞬間、横から割って入りそれを阻止したのは“クルバルカ”とその持ち主。銀の髪を持つこの国の国王。
ゲランは咄嗟に魔防壁を作り防いだ。だが生成の遅れた強度不足の壁は振り抜かれたクルバルカの前に砕け散る。そのまま腕を切り裂いた。ゲランの左腕に作られた大きな切り傷から滴る血を見て奴は舌打ちした。
「バカな…あの魔法で死んだ筈だ」
「勇敢な兵士が守ってくれなければな」
ゲランと対峙したリクは槍を構えたまま答えた。勇敢な兵士が誰の事なのか分からないがリクを守るために身を捧げたという事なのだろう。
「死ぬ前に彼と約束した。俺も加わるぞシーチェ」
私に投げられた視線。私もその一瞬の視線に頷きで返した。その瞬間、ゲランは再び動く。
「逃がすかァ!」
僅かに感じた取った怯えに近い感情。魔法陣を張ろうとするゲランに私は矢を射掛け、リクは斬り込む。
「我輩とてこうするだけの理由と!覚悟があるのだ!!今ここで命を擲つ訳にいかなくてな!」
ゲランの野太い叫び声に続いて白い光が天まで伸び、幾つも地面に降り立つ。光が瞬き終わると異形の群れがゲランを囲む様に出現し、それらは甲高い叫び声や低い呻き声を出すと無秩序に攻め寄せた。
ゲランに対して有利に立ったのもほんの僅かな時間。一気に形成がひっくり返され、私とリクは防戦に回ることになった。
「今度こそ守ってやる!」
連携も戦術も無くただ乱暴に振り回される異形の武器を躱しながら次々に仕留めていくリクの槍術。立ち回り方はこちらに背を預けるのでは無く、四方を自ら回るように動いている。この人数相手にそれでは長く持たない…!何を考えているんだ。私は戦いながらリクに呼びかける。
「そんな戦い方無茶だわ!背中合わせに互いを守るの!」
「ここは俺の堪えどころだ。あんたは奴を討て!」
「貴方を死なせる訳にいかない!」
「あんたがゲランを討たなければそれこそ終わりだ!奴を討て!」
リクが少し敵から間合いを取った合間で投げられた言葉。その口調には私を突き動かすだけの力があった。奴は無限にこの異形を繰り出せるとしたらこれに手間取っている間に回復されて逃げられてしまう。
それでもこの数の異形を単身で相手するのは不可能だ。いずれは力尽きてしまう。
国王の命を守るか。宿敵の命を奪るか。私は判断に迷った。
「グァゥゥゥォォォ!」
思考のせいで動きが止まった私の脇から迫る剣の存在に気付けなかった。これは死ぬかも知れない。体を突き抜ける激痛と己の最期を覚悟した。
だがその剣の持ち主は強力な騎馬の体当たりによって文字通り蹴散らされた。そのまま単身で異形を切り裂きながら進む騎士の姿。リクの側近を務めるエリフとその愛馬だった。
「我々の存在を忘れて貰っては困ります!陛下をお守りするのは我が使命です!」
「貴様は進め!自分の過去を否定し、貶めた俗物と決着を付けろ。ここは私が引き受ける!」
「私も援護します。…ここでは兄と共に戦いましょう」
更に馬上から弓を引くブレグに、空からは〈ドラゴンナイト〉のリアを始め、ここまで共に戦って来た仲間達が集結していた。彼らは号令もないまま、異形の軍勢にぶつかると激戦を繰り広げる。
彼らが居ればリクは死なないかも知れない。最悪の可能性は大きく減った。
だったら行くしかない。
「行けシーチェ!ゲランを討てッ!!」
「えぇ!必ず!」
右足を思い切り踏み込んで仲間の切り開いてくれた道を駆け抜ける。周りの戦闘には目もくれず、目指すは手負いのゲランの首!
「何度も何度も…いつも我輩の邪魔をしおって……!」
「この国に仇なす者がいる限り私は何度でも立ちはだかる。何度でもねッ!」
放たれたトロンを躱し、踏み込む。時間がまるでゆっくりに感じる…視界に映る全てが手に取る様に把握出来る。
私の息遣い。仲間の戦意。声。そして得物を振るうその軌道。無秩序に動く異形、それらがどこからどの順に私に迫るか。そしてゲランの攻撃の意思。今必要なものが一瞥するだけで脳に入り込んでくる。
ゲランが左手を向ける。その手の先に光る黒い術式が放たれる前に私は弓を引く。視線の先に狙うはゲランの心臓。右に斜行しながらの狙いなのでやや左に向けて…
ピシュン。と僅かな音を残して翔ける弓矢。バーンズガウンを放とうとしていたゲランはそれに対処して攻撃を止めた。そこにフェイルノートを振りかぶりながら私は一気に突っ込んだ。
弓の能力に加えて先端に刃を装着した、槍の様に長い弓のリーチを最大に活かして両手で振り抜く。ゲランは明らかに体勢を崩している。魔防壁も間に合わない。
ゲランの視線と私の視線が絡み合い、勝ち誇った表情を浮かべると血走った目が見開かれた。
「目覚めよ黒竜ゥ!その女の魂を食い破れッ!!」
ゲランの咆哮が耳に入る。ただの大きな声ではなく胸の奥に響き、突き抜ける様な鋭さと重みのある声。なんだって言うんだ?いや最初からこれが狙いだったのか!
私に黒竜として目覚めさせるためにここまで戦いを長引かせ、私を引き込んだ。まんまと嵌められた。私の中の黒竜が目覚めてしまえば制御は出来ない…!
波の様に響くその声だったが、私の中に眠る黒竜はそれに反応する事はなかった。竜に変身した時の様な焼かれる感覚は無い。これなら!
「でやぁぁぁぁぁぁーーーーッ!!!」
自然に声が出ていた。意識は集中しきっているからこそ、目的を達成できるその瞬間だから、ごく自然に腹の底からの想いが溢れ出た。
「何故だ…!?何故応えぬ黒竜貴様ぁぁぁ!」
叫びも虚しく肩から入った刃は反対の腰まで一気に切り裂く。吹き出す鮮血に体を抑えるその手も顔も真っ赤に染めて、ゲランはよろめきながらその場に跪いた。大きく肩で息をする仇の姿に私は不思議な事に哀れみを感じていた。
最後のあの叫び。“鎮めの一族”として黒竜を祀ってきた歴史を持つ正統な末裔である筈の彼の呼び掛けに応えなかった黒竜オルヴァヌス。自身の多くを捧げて来た筈の存在に救いを求めても沈黙を以て応えられる最期。尽くしてきた存在に最後に裏切られる事の悲しさだけは私にも分かった。
「黒竜は最後の切り札だったのね」
「…貴様に、楔を打ったとは聴いていた…だがそういう事だったのか……」
力が入らず、正座の体勢になったゲランは力なくうっすら笑う。何かのやりとりを思い出しているみたいだ。止めを刺す前に尋ねてみる。
倒れかけたゲランの胸ぐらを掴んで起こす。
「何の話?楔ってのは黒竜の事?」
「くくく……神に、挑む…か…」
「神に挑む…?」
その言葉を残し、ゲランの眼は完全に輝きを失った。手を離せば骸になった体が地面にどさりと崩れそのまま血溜まりを広げていく。ピクリとも動かなくなった坊主頭は血の気を失い、首の紅い模様も薄れていった。
「それでも…」
思わず口を突いて出た声。私は思わず笑みすら溢れた。
確かにこの手で斬った。3年間ずっと狙い続けた宿敵をここでついに倒したのだ。ゲランの絶命と同時に周りを取り囲んでいた異形の群れも砂の人形みたいに崩れ去り、その場には生き残った国王軍の兵士が残された。
「なんだ!?敵が消えたぞ!」
「やったんだ!シーチェがゲランを殺った!」
誰かが発したその言葉。実感としてやっと湧き出てくるその事実。何人もの人間をこの手で自分の言葉で殺してきた私だったが、この時初めて自分の涙腺が目の前の死に反応した。
「やった…私、やったんだぁ……!」
この時私はどれだけ無防備で、どれだけ幼稚で、どれだけ勝手な振る舞いだったんだろう。
だけど周りの状況も忘れ去って、頬を流れる涙も、込み上げる喜びにも、自分の感情全てに支配されてしまう程に私は私自身を解き放っていた。
2
鍔迫り合いになっていた異形が姿を消した広場。もしやと思ってリクは薄い煙の漂う広場を走る。折り重なる死体の中にリクは探していた人物の姿を見付けた。力なく座り込んだ黒い戦闘服姿の軍師は両手で顔を覆い、肩を震わせていた。
その胸に秘め続けた復讐の目的を見事に達成した証明としてゲランの骸の前で。
「シーチェ…」
少し離れた所から呼びかけてみたが返事は返って来ない。ひたすらに嗚咽を漏らして肩を震わせる茶色の髪と黒いシャツの軍師は感情を爆発させている。
「リク様。今はそっとしておいてあげましょう…気持ちの整理に時間が必要な時もあります」
傍で戦っていたエリフの言葉にリクは短く答えてその場を離れる事にした。
シーチェに掛けてあげられる言葉は自分の中には存在しない。それは自分が当事者であるから。
これまでこの国の為に全てを差し出してきた彼女。そんな人の初めての救いの声を無視し、その想いを踏みにじった自分に寄り添う資格などあるはずもない。ましてや慰めの言葉なんて、この世の言葉の天才が考えた言葉でも自分が言う事は許されないと思った。
ここへの道すがらいつか約束したこの国の為にもう一度生きるという約束が果たされたとしても、絆は元には戻らない。自分に出来るのは…なんだろうか。
ふとリクの脳裏にそんな事がよぎる。だが、エリフの声で現実に引き戻された。
「陛下。ここから勝利宣言を。同時に反乱軍に投降を促し、この戦いに決着を付けましょう。陛下にしか出来ないお役目です」
「…そうだな。行こう」
反乱の首謀者であるゲランを倒し、公都で戦闘を行う反乱軍にはこれで戦う理由が完全になくなった。これ以上抵抗する者は居ないだろうと踏んでいる。ゲランに手引きをしていた貴族は既に公都を離れていて引きこもっているという情報も入っているから貴族軍との戦闘は考えられないし、国軍の兵士はその殆どが指揮官不在により戦闘不能の状態だ。拘束されている指揮官たちは先ほどアヤとサミーの率いる部隊が解放したと報告が入った。
戦場の張り詰めた空気が心なしか少しだけ和らいだ気がした。緊張で張り詰めていた神経を少し緩める。
腰に付けている携帯用の水筒の水に口を付けて喉を通すと体中に水分が染み渡っていく。
「はあ…ようやく生きた心地に戻った」
「張り詰めるのも無理ありませんが、何卒お気を付けください。貴方の代わりや国王を継ぐ者は存在しないのですから」
「全く。俺が成すべき事は山積みだな」
「ですが我々がおります。我々が陛下を全霊にてお支え致します」
「エリフがそう言ってくれれば安心だ」
これまで何があっても傍で支え、守ってくれた忠臣の穏やかな言葉にリクは頷いた。エリフ以外にも自分を信じて付いて来てくれた仲間たちは大勢いる。
自分は1人じゃない。そう思ったら力が湧いてくる。皆の為にもこのシリアンを立て直さなければ。父が愛し先人が築いて来たこの国を。
「如何致しましょう?」
「少し、待ってくれ。あいつが戻らないと」
リクは決断を先延ばしにしようとしたが聴き慣れた声によって遮られた。
「彼女を待っている時間があるのかリク」
共に戦い続け、幼少から競い合ってきた戦友ブレグだった。
「リク、行くべき所があるだろう?」
「仲間を置いてか?何処へ行くと言うんだ?」
ブレグの言葉の意味を正直測りかねてリクは眉間に皺を寄せる。だが、ブレグは怯まず言葉を続けた。
「ここに来る全ての兵士は、民と共に生きる王の為に命を捧げたんだ。その民が待ってる。仲間の死体と、傷付いた私達の向こう側だ。進め、最後まで。君が今、終わらせて来るんだ」
仲間達の緊迫感で張り詰めた声が飛び交っている。命の奪い合いから命を救う戦いへと舞台は変わりつつある王城の前。同じ忠臣であるエリフとブレグの言葉の持つ意味は少し違っていた。
あくまでも臣下としてその命を忠実に実行しようとするエリフと同じ臣下でも戦友として、幼い頃から苦楽を共にしてきたブレグ。2人ともリクの言うあいつが指し示す人物を理解していた。前に進む上でその人物を今は頼りにしていることも。
ただ、前へ進むことを疑いもしない彼らはそのどちらもリクの考えを第一にしている。
シーチェを頼る事を受け入れてその決断を待つ事もやぶさかでないエリフ。
その場の状況鑑みて自分で考えて決断を迫るブレグ。
「拘置所の中から各軍の将軍達が出てきた!あとアヤが負傷してる!大至急で衛生兵を回してくれ!」
「さっきの戦闘で民にも大勢負傷者が出て、押し寄せてきている。聖教騎士団にも助力を頼め!人助けならやってくれる!お前達急げ!」
「アタイは上空から警戒を続けるよ。おかしな動きがあったらすぐに伝えるからね!」
「あ、はいぃぃぃ!そっちに今行きます!え?こっちの方が重傷…?!ちょっと待って下さいぃぃぃ!」
「リシアさん!僕たちも手伝います!出来ることをしたいんです!どうしたらいいですか!」
「ミッシェルさんを呼んで下さい!この人の傷は手持ちの医療品だけでは処置出来ないんです!私はアヤさんの所に行きますっ!」
「ベネット殿!聖教騎士団への伝令は私が受ける。そのまま民を誘導します」
エリフとブレグの並ぶ向こうから聞こえる声と見える光景はこれから自分が立て直すもののほんの一部に過ぎない事は理解しているつもりだ。だが、それを自分は全て決断していけるのか。
何も決断出来ないという事実だけがリクの脳裏を駆け抜けた。誰かが居ないと自分は進むことはできないのか。
「待ってくれ…決めるから…」
そう答えるのが精一杯だった。
3
手に残る肉と骨を断つあの感覚。今となってはもう感情なんて湧かない、そう思っていた。
相手が知らない人間だから。顔も名前も知らない人間だから。私の敵だから。
そんな短い言葉でそれはもう説明も弁解も悪気無く出来てしまう。 もっと言えば戦争だから。その一言でこの世の殺人のほぼ全ては罪の形を変えて正義になる。
じゃあ私は正義なのか。そうだ。私の全てを奪った男への復讐の為に行ってきた全ての事は正義だった。
私の生きる意味は終わった。これから私が死ぬまでの間に評価が決まる。
すなわち英雄か罪人か。
それを決めるのは権力者であり、国である。私のこの力を必要とするのかを決めるのも。もしもの時はもう潔くこれまでの事を受け入れて命で償おう。それだけの業を積み重ねて来たのだから。
どれだけの時間をこうしていたんだろう?だけどもうそろそろ行かないと、と思って立ち上がる。流した涙を拭い、なるべく普段通りに見える様に繕って…
“コッチニ来イ…我ガ下へ……”
だけど気付いたら世界は真っ暗だった。私の元居た場所ではない。ただ知らない場所と言う訳でもなく、見覚えはあった。
黒竜オルヴァヌスと初めて会話をした場所。コルテス平原で“盾を持つ者”として覚醒した時に来た事があるあの場所。来た事がある場所に怖気付く事はない。私は呼び掛けてみた。
「オルヴァヌス、何か用?」
叫んだ訳でもないのにどこまでも広がっていく私の声。その声に返事があったのは少し間を明けてからだった。
“ナンダ小娘?随分ト偉クナッタナ”
「あんたが私を呼んだんでしょうが」
私は呼び出された。この右腕、正確には体に宿った黒竜に。オルヴァヌスが私に対してだけなのか性格なのかは分からないその高飛車な態度で語りかけて来たので私も腕を組んだままむっとして返した。
“貴様…コノ後ハドウスルツモリダ?”
「…戦いから離れてのんびりしようかしら。各地の銘酒を巡る旅なんてのもいいかもね」
“フザケルナ。我ト交ワシタ契約ヲ忘レタトハ言ワセヌ!”
やっぱりその事か、と立てた予想通り。このまま戦いから離れる様な何かを察したのだろうか。心は読めないにしても雰囲気を感じる事は出来るのは奴の能力なのか、それとも別の何かか。いずれにしても、オルヴァヌスは戦いの気に触れられなくなる事を恐れているみたいだ。
それを見越して適当な事を言ってみたが見事に引っ掛かってくれた。こんなに扱いやすいのは人間でも稀じゃないだろうか?
だが暴れて苦しめられる前に私は前言撤回した。
「冗談よ。私と一緒にいるならこれくらいは多めに見て」
“……人間如キガフザケルナ…!”
「まぁまぁ。それより私の道がこれからどうなるか私にも決められないのよ。これも人間界のルールみたいなモノでね。貴方の希望と私の成すべき事はまだ重なっている。けれどそれをやっていけるかどうかは王様次第なの」
私の最大の懸念はそれだ。黒竜を宿したまま追放されたりしたら何がどうなるか…。黒竜の言った事が本当なのかどうかも私はまだ分からない。奴が世界を滅ぼす力を持つ事が出来る存在であるならばこのまま戦いを離れてしまって弱まらせるなり共倒れした方が世界の為になる。
ただ本当にそんな力がなくて強大な力をただ持つのならシリアンの盾となり、私のいる限り平和な時を過ごす事が出来るだろう。
私はコルテス平原で後者に賭けた。死ぬまでにその決着を付ける事まで決意して。
“人間共ハ争ウ事デ己ノ欲求ヲ満タシテイル。ソノ性ヲ変エル事ナド出来ハシナイ。故ニ貴様モソノ渦カラ逃レル事ハ出来ヌ”
「ご尤もで。だから私は貴方の力を求めた」
“ナラバ我ガ願イヲ叶エ続ケヨ”
「…私の話を聴かないのは相変わらずねー。私がそれを決められる立場じゃない」
“我ガ望ミガ叶イ続ケル限リハ貴様ニ自由ヲ与エテヤロウ…サモナクバ……”
「ちょっとそれどう言う事?体を乗っ取って暴れるってんならこの腕も切り取って共倒れしてやるわ」
怒りを込めた口調で啖呵を切る。死は怖くない。ずっと前から覚悟はしている事だ。そこに黒竜の命が乗っかろうとそれは少しも問題にならない。
“ナラバヤッテミヨ。我ハ最早貴様ノ奥深クニアル。片腕程度デ止メラレルト思ウナ…”
「ふーん。ちなみにどうするか訊いてもいい?その場合、私の体を使ってどうするのか」
“死人ニ言葉ハ要ラヌ。好キニサセテ貰オウ”
好きにさせてもらう、か。何と末恐ろしい言葉なんだろう。
啖呵を切ってしまった事を後悔した。私の片腕と命1つで食い止められると考えた私が浅はかだったのかも知れない。
だけど…
「好きにはさせない」
終わったと思った私の生きる意味がまた新しく見出された瞬間だった。
そして。
世界が元に戻った。
喧騒に包まれたその世界で私は相変わらず跪いていた。泣き崩れていたのは覚えている。それから余り時間は経っていないようだ。
返り血と私の涙でスカートが微温く湿っている。それを感じ取って、改めてゲランの死体に目を向けた。一度は諦めかけた目的がようやく達せられた。あれから2ヶ月程だろうか。
死にかけた所を救われ、懐疑の目を向けられながら策を弄してここを出たあとに友に殺すと言われて、それから何度も昔を思い出しながら悪魔を演じた。誰からも信じられていなかった私は命を奪うと同時に仲間の命を救うことで潔白を証明した。
これからもそれはきっと変わらない。私が私である限り。
「待ってくれ…決めるから…」
こんなにも喧騒が酷い中で、リクの声がやけにはっきり聞こえた。声で感情は読み取れた。迷いと戸惑いが力によって推し進めた道を隠している。彼の目的ははっきりしているのにそれを描くための何かが足りていない。
貴方にはもう決まった道があるのに何を悩むの?
私が居るよ?もう一度、私を傍に置いて。貴方が受け継いだ先代の志を描く為ならこの命も差し出せる。
だからお願い。
「リク!」
「シーチェ?」
私にもう一度…貴方の理想を描かせて。
私の声はもうちゃんと出ると思っていたのに全然声にならなくて…くもぐった。
心配そうな顔をしているリクと傍に居たエリフとブレグ。私が言葉に詰まる事なんてこれまであり得なかったからお互いに顔を見合わせて何か意思を交わした。
「どうした?」
尋ねて来るリク。私は意思に従っていつも通り声を出そうとした。
「貴方……を、いっ…に。描かせて」
声が出なくなっている。大事な所だけが抜け落ちてしまう…これでは何も伝わらない。その懸念はあっという間に現実になった。
「どこか痛むのか?衛生兵を呼ぶか?」
「違う…私も……に…」
戻りたいだけなのに。どうして私をこの国から離そうとするんだ。
この国の平和を願って、その為に誰かがやらなきゃいけない事をやるだけなのにどうしてそれを奪う?
平和を奪う奴らから守る為に戦っていただけなのに。
戦い続けろというなら死ぬまで戦ってやる。何度でも壁になってやる。
「お願い。私から……これ以上……」
「急報!国境からヴィツワ軍が侵入し、公都に迫っています!その数…およそ20万!!」
軍師としてじゃない。兵士としてでもない。ただの一個人、シーチェ・フェイエンベルクとしての願いはかき消された。
「20万…?!そんな数をここの兵士だけでは相手に出来ないぞ!」
驚きの余り声が大きくなるブレグだったが、その声すら私には音に過ぎなかった。
「………」
「シーチェ!おい、しっかりしろ!」
肩を揺すられてようやく意識が我に返る。
リクは真っ直ぐな瞳で私を見ている。表情は明るいとは言えない。強烈なプレッシャーを感じて強張っていた。
「シーチェ献策を頼む。この国の未来が懸かっている」
声はいつもと変わらない。戦わなければいけないという気持ちだけが彼の正気を残しているみたいに…その問いの答えは1つ。
「もちろんよ。誰にも好きにはさせない」
新たなる戦いに臨む決意だけははっきりと示すことが出来た。
読んで頂き有難うございます。
FE新作も沢山情報が更新されていますね。発売を楽しみにしながらこちらも楽しんで頂けたらなー(なんて公式のゲームに敵うはずないだろいい加減しろ)と思いながら執筆を自分でも楽しんでいます。
次回からは 第二章大陸戦争編 として投稿していきたいと思いますので引き続き宜しくお願いします。