ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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 公都を奪還したシリアン公国王リクとシーチェの率いる国王軍。反乱を起こした宰相ゲランを討ち取った直後、隣国ヴィツワ帝国が侵攻を始めたと知らされる。
 体勢が整わずに敗走を続ける国境の部隊。攻め手となるヴィツワの大軍は凄まじい勢いで公国を蹂躙していく中で数少ない希望と待ち受ける地獄から国を救う為に切り開くべき道をシーチェは見出していく。
 


第二章 大陸戦争
第二十二話


 

 1

 

 人は生まれる場所を選ぶことは出来ない。だが大切なのはどこに産まれたかではなく、そこで何が出来るかである。

 座学の講師を勤める年老いた使用人の言葉はたった1人の生徒である彼には理解出来なかった。いつもはそんな余計な事を言う様な人物ではないのに、今日はやたら饒舌な気がした。

 いつも通りの知識の羅列であるつまらない座学。早く鍛錬に行きたいと思う少年の心をその何気ない言葉は離さない。

 少年はその意味を自分で考えてみた。俺は一体何この世で何が出来るのかを。

 その日は暇さえあればその意味を考えて、いつしか眠っていた。

 

 ヴィツワ帝国では少年が王族として産まれる前から兄妹の間で権力闘争に明け暮れ、領地は争いの影響で荒れ果てていた。同じ国内で互いの領地を奪うために血を流し騙し合い、領地を一歩外に出ればどこの派閥や勢力に属しているかで全てが決まるような混沌とした場所であるという事実を少年は知らなかった。

 ある日帝都の屋敷を離れて押し込まれる様に辺境のこの別邸に移り住んだその時も少年には何故ここに移らされたかを知ることはなく。ただ時間を思うままに過ごし… 

 そしてその日を迎えた。

 

 王族の血を引く者として少年はとても優秀で聡明だった。それは幸か不幸か、辺境の地に追いやられたという事実を幽閉だと理解した時、彼の親族に対する気持ちは明確に敵意へと変え、彼に独裁者としての才能を開花させるきっかけとなった。

 少年は力を欲した。何者をも屈服させる絶対的な力を。

 自らがまだ知らない成すべき事を探すため、成すべき事を成す為。少年には力が必要だった。

 力なき者が淘汰されるこの世界。この世の理が力による支配なんだと理解した少年はただ力を追い求め、彼は遂にその成すべき事を見出した。

 

 この国を正しく導く王として絶対の力を持ち、全ての脅威から自らを守るのだ、と。

 

 幽閉から暫くの時を経て、彼は帝都に舞い戻りやがて皇帝に即位する。本来末弟で彼には届かなかったであろう王位は他の王位継承者を消す事で自ら手繰り寄せた。

 そして圧倒的なカリスマ性を以て帝国を纏め上げた皇帝は覇道を歩み始めたのである。

 

〈帝国の都市ノヴィツ〉

 

 この街はいつだって賑やかだ。

 シリアンとの国境が近く、貿易をして生計を立てている市民が多く居る為に商店や宿、傭兵相手の武器屋や道具屋が幾つも立ち並ぶ。

 だが長閑な雰囲気…というには少し遠いだろうか。ちらほらと昼間から酒を飲んでは暴れる人間を取り囲む人間が居たり、喧嘩を始める者、そしてぶつかってきては金目の物を奪うスリ。

 生き抜く為なのか。最早生き抜く事にも疲れてしまったのか。どちらとも取れる人間がこの街には一定数存在した。彼らの顔はそのどれもが泥の人形の様で光を失い、それでも本能的に生き続けている。

「久しぶりに出てみたが変わらんな。何も」

「シリアンとの戦争が続けばすぐに悪化するでしょう。今も誰に何時襲われるか分かりませんから慎重に参りましょう兄上」

 服を外套で隠したクーゲルとオレーヌの2人はお忍びで前線都市となったノヴィツを巡察していた。近くには護衛を担当する親衛隊の〈アサシン〉が複数名潜んでいる中をいつもと変わらぬ様に歩く。

 人混みを流れる殆どは2人の王族を気にすることなく各々の方向へ進んでいくがその中に紛れて向かって来る人影があった。

「兄上」

 オレーヌのいつも透き通っている声が低く短く発される。

「任せる」

 答えたクーゲルはあくまでも歩む速度を変えず、やがて人影は2人とすれ違う。彼らがその場から離れて人混みに紛れる頃にはその向かってきた人物は地面に横たわっていた。

 人間の死に慣れている住民は取り乱すこともなく、人の波はそこを避けて流れ続ける。

「兄上。何故接近させたのです?態々危険を冒す事はなかったのでは?」

「…知りたかったんだ。この国に生きる俺の知らない人間が何を考えているのか」                        

 クーゲルのいつもとは様子の違う細い声。オレーヌは時折この兄が何を考えているのが読めない時があった。

 麒麟児と呼ばれ、外交と軍事を任されている自分ですらも読めない皇帝の思考。自分以外の人間の思考をその都度考えていては追いつくものも追いつかないと分かっていながらもオレーヌは兄クーゲルの思考だけは全て把握しておきたいと思っていた。

 それは兄を愛するから。兄の行く道を支え、兄の幸せを感じる事が自分の幸せであるから。

 その為には兄のすべてを知っておかなくてはならない。

「ふふ、兄上は時折哲学的になりますね。それを知って何をなさるのですか」

「国造りの在り方、それを得ようとした。物事に活かす知恵はどこにあるか分からないからな」

「さすがは兄上素晴らしいです。が、不用意に危険を冒す事はお控えください。もしもの事があれば私は、胸が痛くなります…」 

 オレーヌの表情はそう言いながらみるみるうちに曇っていく。今にも泣きそうになる妹を見たクーゲルは慌てて慰める。

「…俺が悪かった。だからそんな顔をするな」

 そのクーゲルの言葉を聴いてオレーヌは少し落ち着きを取り戻した。

 国の未来を思い、政治を考えながら傍にいる妹の機嫌を上手く取らなくてはいけない毎日をクーゲルはそれなりに気に入っているのだった。

 

 2

 

「はぁぁぁぁー…」

 ダメだダメだダメだ。全く纏まらない。

 机に散らばる紙にはそれぞれシリアンの現状を報告する事柄が書かれている。部隊の装備、員数、補給状況を基に今取るべき策を練っていたのだが全く進まない。

 指揮官不在の前線で兵士は戦い続けている。それが戦いの様相を呈しているかは分からないが少なくとも命を危険に晒しているのは間違いない。   

「ここにゲクランが居たら前線指揮官には彼が適任だったけど」

 たらればが無意味であることは疑いようもないがそう思わずには居られない。圧倒的な武力と統率力。他国に知れ渡るその勇名を以てすればヴィツワ軍相手に多少は時間を作ってくれただろう。

 今シリアンに必要なのが時間であることは疑いようもなく、それを捻出する為に必要な何もかもが足りないのが現実である。

 しかし民の救援という大義名分で強行した進撃は大きな犠牲を払う結果として功を成し、内戦の首謀者である宰相ゲランを討つと言う大戦果を挙げた。

 内戦は終わった。その後に大きな混乱と更なる戦火を残し、巨大な危機を私に預けたまま。

「何も終わってない。何も…」

 心なく呟くその言葉に力はない。

 私はのし掛かっているものの大きさを正直言って図りかねている。問題は既にこの国だけの事ではなくなっている事は間違いないが、大陸そのものを敵に回して戦えるのか?

 もしくは私1人の命を捧げればこの危機は去るのだろうか?解決するのだろうか?

 黒竜と言う存在自体がイレギュラーみたいなものなのは理解している。歴史では倒されたとされる存在があり自分の中に居る…

 頭が痛い。考える事を止めろと脳が暴れているみたい。ズキズキするこめかみを押しながら、天幕の中の机に無造作に置かれた紙を眺める。

「はぁ…」

「溜め息ばかりだと幸せが逃げるぞ軍師殿」

「アリス,,,今はちょっと冗談を言える気分じゃないの」

 ベネット傭兵団の副長を務める天馬騎士。何気なく入ってきたこの妖艶な女性騎士とは酒を酌み交わした仲だけど、仲がどんなに良くても乗れないタイミングはある。

「つれねぇ事言うなよ。アタイはいつだって朗報と共に来ただろうが」

「そのきっかけを作った事を含めてもね…今度も期待していいのかしら?」

 私は頭を抱える仕草のまま視線だけ声の方に向ける。視線の先に佇むアリスが腰に手を当てて自信満々、と無言で語る表情のまま後ろにくいっと頭を振ってみせた。

 聴こえて来たのはブーツが地面を鳴らす音。力強いその足音から感じるのは確固たる自信。一体誰だろうか。私には見当がつかない…その足音は天幕の前まで来ると止まり、勢い良く仕切りが跳ねあげられた。

「だぁーっはっはっはぁー!!!」

 突然の高らかな大声に私は思わずビクッと震えた。

「この私グライフがここに参じたと言う事は即ち!!決戦を勝利で飾るべく突撃の!命を!下すと言う事だなっシーチェ!」

 輝く白銀の鎧。靡かせるマントもまた白い尾を引いている。高貴な身分と気高さを示すその装いからも本人の自分への自信の強さが窺えた。

「団長、それはないです。今ヴィツワに突撃したら全滅しますから行くならご自身だけでどうぞ」

 少し後ろを付いて来た青い鎧の騎士は団長と呼んだ男に比べるとずっと落ち着いた印象だ。目元まで掛かる前髪とこの話し方がそう見せているのだろうか。彼は言葉を発する時眉1つ動かさなかった。

 この温度差の激しい2人組は知っている。と言うよりも腐れ縁と言えるかもしれない。

 王宮騎士団団長のグライフと副団長のヘッツァー。軍師時代から戦場を共に過ごした仲間でもある。

「久しぶりね2人とも。この時に王宮騎士団はどこで油を売っていたのかしら」

「陛下が公都を奪還されると聞いて急いで戻って来たが、少しばかり遅かった様だ」

「それでも王宮騎士団の到着は朗報よ。詳しい話を聴きたいけど陛下には会ってきた?」

「真っ先に行ってきたぞ!私の帰還を王は感激して下さった!」

 相変わらずグライフの声は大きい。耳がキーンと鳴りそうになりそうだ。

 対して副官のヘッツァーはボソボソと話す。普段からグライフと共に居るせいで相対的に声が余計小さく聞こえるが、彼はそれを迷惑がっていた。

 本人曰く“俺の声が小さいのではない。団長が大きすぎるだけだ”との事らしい。

 それは置いておいて、私は本題に入った。

「なら話は聴いてるわね。王宮騎士団の力を存分に発揮してきて欲し…」 

「任せろっ!!このグライフ、戦場は選ばぬ!!」

「騎馬が使えぬ土地では騎馬突撃は出来ません。せめて屋外かつ平野を選ばれますよう…今回の我々の戦場は勝手知ったるシリアンの地。そして平野の多い北部国境地帯です。我々は存分に働けるでしょう」

「それは素晴らしい!!早速兵を纏め、北部へ出立する!!」

 テンションの上がったグライフは細かい打ち合わせもせずに高らかに宣言してその場を去ろうとする。私はその白い鎧の肩を掴んで止めた。

「…話の途中よ」

「…へ?」

 目を丸くするグライフ。癖のある黒い髪が揺れて頭が傾いだ。

「座って。そこに、今すぐ」

「今すぐ、ここに、座るんだな」

 私の言葉に彼は迷いなく従う。天幕の中にある椅子にどかっと腰を下ろした団長に話を理解させるのは中々に根性が要る。このやりとりに慣れているヘッツァーが気を利かせてコーヒーを淹れてくれていた。

 お礼を言って一息入れた所で気を取り直して本題へ。地図を開いて把握している現状のすり合わせを行った。

 2人が持っている情報は私が掴んでいるものと大差は無かった。入手出来たもので書き換える事は2つ。

 王宮騎士団は北部の都市ブルガンツを拠点に戦闘を継続している事。

 カイ王国軍がヴィツワ帝国との国境線に展開して睨みあっている事。

「やはりこれしかない。戦力を分けてくれたのは幸いだった」

「…北部地域で足止めを行い、カイと連携して侵攻軍を叩く」

 グライフの言葉に私は頷く。勝機はブルガンツに展開している騎士団と敗走中の正規軍部隊を纏めてから、リクがカイ王国と話を付けるまで戦線を維持するかに懸かっている。

「問題は敵は外だけじゃないって事ね」

「どういう事です?」 

「マーシャル伯とソールズベリー伯はゲラン派になって姿を消している。彼らの討伐を行わない限りシリアンは側面に脅威を抱える」

 公都を奪還する戦いの最中、マーシャル伯は既に姿を消し、ソールズベリー伯は執事と愛娘アヤを対決させて自らは領地に戻ったと聴いている。

 執事を手に掛けさせられた上で負傷したアヤは父親を仇敵と見なし、“あの男に必ず報いを受けさせますので”と事あるごとに声に出し、父であるソールズベリー伯を討つと語っているという。

 側面の脅威について述べた所でへッツァーが訊ねる。

「ソールズベリーとマーシャルに派遣出来る部隊はあるのか?」

「プラマー伯の軍と再編成した旧国王軍部隊がコルテスから真っ直ぐこちらに向かっているの。今動かせる最後の兵力よ」

「こちらも兵力を分けざるを得ないのか。で、あれば!やはりここは速度が肝要ではないのかっ!」

「団長殿ご名答。増援到着後は足の早い部隊と遅い部隊に分けてソールズベリーとマーシャルを目指す。ここも体勢を整えられたらもう戦線は支えられない」

 メモ書きの沢山添えられた地図に私は赤と青の筆で部隊の展開図を記す。

 がら空きになった味方の側面に展開して来る敵の図が容易に想像出来る配置だった。そしてその側面に移動する事を遮る物は何もない。

「待ちたまえ!であればそれこそ、我々王宮騎士団が反逆者共の成敗に向かい、そのまま前線に合流した方が速度は出るのではないか?!」

「ダメ。今ヴィツワとの戦線を支えられるのは王宮騎士団しか居ない。騎士の頂点たる王宮騎士団が兵士に与える影響は大きい。特に貴方達の戦いであれば、ね」

 グライフとヘッツァーの戦いぶりは凄まじいの一言に尽きる。コルテス平原で戦死したゲクランにも劣る事のない猛烈な攻め、特に突撃に関しては大陸一と言えるだろう。その勇猛果敢な姿を見て勇気を貰う兵士は多い。今はその姿を敵味方に示して貰いたかった。

 私の意図を2人は黙って頷いてくれた。と思ったが。

「心得たッ!!!」

 一瞬間を置いてかはグライフの一際大きな声が天幕に轟いたのだった。

 

 3

 

 公都奪還から数日経った朝。私達は誰にも見送られる事なく静かにカイ王国へ向けて出発した。

「王サマが御自ら話し合いに行くんだ。もう少し見送りがあっても良い様な気もするがな」

 傭兵剣士のハスタがつまらなそうに城壁を振り返りながら呟いた。

「私達がカイを目指しているのは一部の人間しか知らない。帝国にいずれバレるとしても少しでも時間と行程を稼がないといけないの」

「分かってるさ。だから俺達はあくまで“旅人”になりすましているんだろ?」

「国の未来を背負う王族を守るのはたった十数人の兵士…その責任の重さは計り知れないぞハスタ」

 鎧や兜などの装備を馬車に預けたベネットが槍を肩に担ぎながら歩いている。

 傭兵である彼等に、国を背負うほどの任務を託さなければならない状況が果たしてどれほど深刻であるのか。本来であれば叙勲を受けた腕利きの騎士を護衛に付けるべきなんだろうけど、と思い返した。ただ、ベネットやハスタ、ゲイガンやリシアといった騎士では無い人間が隊の殆どを占めるのは私とリクの希望による。

 私達の見解は“戦場でお互いを守り合い、人となりを知っている点では身分の差など瑣末なものだ”と言う事。

 傭兵であろうと、騎士であろうと、シューレ教であろうと、良く知る人間で固める方が安心出来る。特に内戦直後で反乱軍にいた人間が大多数の中にどれほどいるか分からず、またヴィツワが攻め寄せる現状で、この旅の最中に寝首を掻かれる様な危険を冒したくはない。 

「王族の護衛を成し遂げたら土地まで貰えるかもね?」

「それはカネにならねぇだろミッシェル」

「あんたバカね。それをどうするかを考えて行くのが人生の醍醐味でしょっ!」

 トルバドールのミッシェルが得意げに鼻を鳴らす。声が上ずってとても楽しそうだった。土地を貰って一体何をするつもりなんだろう。それに土地の隆盛が人生の醍醐味とは一体…?

「お前の言う事はいつも良く分かんねぇ」

「なっ…!いつも分からないってどういう事?!」

「あっ、わりーわりー。“今の”発言は分かんなかったわ」

 何かに気付いて今の、の部分を強調して言い直したハスタだったがミッシェルのぷんぷんした可愛い怒りを収めるには至らず、2人は周りを取り残して言い争いを始める。

 小さい体ながら長身であるハスタに食ってかかるミッシェルは大した胆力の持ち主だ。ぐいぐいと自分の意見を繰り出しては頭の良さを活かしてハスタを言いくるめていく。ハスタがしどろもどろになる頃に漸く見かねたアリスが姐御っぷりを発揮してその舌戦に割って入った。

「はいはい!仲が良いのは分かったから。傭兵だったら王様の前でみっともない真似をするんじゃないよ。アンタ達の雇い主を不安にさせるような仕事で報酬が貰えると思うのかい?」

「何よ!仕事したら報酬を貰うのは当然でしょ!」

 柔らかい口調で諭すように入っていったアリスだったが、そのミッシェルの言葉に思う所があったようだ。途端に顔つきが変わり鋭い眼差しで睨み付けるとも言い難い強い視線で彼女を捉える。

「一流の傭兵なら、胸張って報酬を寄越せって言える仕事をしてから報酬の事で喧嘩しな」 

 名を馳せるベネット傭兵団の副長を務めているのは伊達や酔狂ではないと思い知らされる一言にミッシェルもハスタも気まずい顔をして俯く。

 アリスはそれ以降ムスっとしたまま自分から口を開くことはせず、沈黙が私達に流れた。

 そして沈黙は破られる。

「そ、そこの方っ!!!!」

 女性の甲高い叫び声が森の向こうから聴こえて全員の意識が向いたのが分かった。声から感じられたのは死が目前に迫っているということ。ここはシリアン領、しかも公都からはそんなに離れていない場所。

「助けて…助けて下さい!村が、村の皆が!」

 駆け寄ってきたのはまだ若い女性。顔を涙で濡らしながら息も絶え絶えにして私達の前に倒れこむ様に跪いて口早に助けを求めてくる。

 賊が現れて近辺の村から食料奪って女子供を拐っていく蛮行が行われているらしく、かなりの人数がその被害に遭っていると彼女は言った。

「助けに行きますか?」

「残念だけど、今は時間を取る訳にいかない」

 その女性の救いを求める声に私の発言とエリフの発言は同じタイミングだった。でも内容は真逆。

 私だって時間が許すのであれば、助けに行きたい気持ちはある。それでも何を優先すべきか間違ってはいけない。

 この行程には少しも余裕が無い。余計な戦闘をして姿を晒すリスクだってある。

「諦めて進みましょう。今から行く余裕は」

「いやダメだ。助けに行く」 

「本気なの?余裕は少しもないのよ」

「本気だ」

 声色で分かった。この時のリクは他人の意見を聴かない時のそれだ。

 しかしながら状況はコルテスの時とは全く違う。あの時は出来たからと言って同じくそれが叶うかは違う話。今は叶えられないと言う事を強く、強く話しなければ。

「残念だけど私達には余裕がない。残念だけど他を当たって」

 敢えていつもより厳しい口調でピシャリと言い付けた。我ながら融通の効かない性格の悪さが滲み出た生真面目な女、と言う人間に見せ掛けられただろう。

「そ、そんな…何とかお願いします!私で良ければ何でもします…!」

 縋る様に足元に平伏す女性。嗚咽で肩を震わせながら救いを求める姿に心を打たれながら、私は冷酷にその手を払い除けようとした。

「任務があるの。他の事に時間を割いて失敗させる訳にいかない」

「…いや、それも任務に込みだ。すぐに支度を」

「何を言ってるか分かってる?」

「あんたが言ってる事の方が俺には理解できん。取るべきリスクだってある」

 それを聴いて私はカチンと来た。

 理解できない?任務に込みだと言ったって今回の経路を考えたのは私だし、王宮騎士団がどこまで持つかどうかは誰にも分からない。問題はここで解決出来ない事しかない、まるで狭い通路をすり抜けて行くかの様な進み方をしていると言うのにリクはそこで手を広げろと言わんばかりだ。 

 大体、自分の為に命を賭けている人間がいるという自覚があるのか?

「取るべきリスク…?」

「どうした?」

 リクの怪訝そうな顔で尋ねてくるのを見て、初めて自分が堪えきれなくなった感情を口にしていた事に気付く。

 覚えたのは怒り。沸々と胸の奥から沸き上がる見過ごせない言葉に顔が強ばった。

「貴方ねぇ…!」

 思わず掴み掛かりそうになるのを一瞬働いた理性が足を引っ張り、手は出ずに済んだ。

 殺気を感じる事に慣れているリクや他の面々は眉を動かさなかったが助けを求めてきた女性は完全に腰を抜かしていた。その姿を見ても私は助けを出せなかった。

「…行くならさっさと行きましょ」

 どこまでもぶっきらぼうになったまま私は腕を組んでつん、とそっぽを向いて言う。  

 リクに引き起こされた女性の案内に従って進む私の背中に、仲間の視線が突き刺さり続けた。

 

 

 





 ここまで読んで頂きありがとうございます。
 久しぶりの更新となりました…遅くなってしまって待っていて下さった方、申し訳ありません。
 仕事が落ち着かず、そこに家事育児も重なりこれからも亀の様な更新が続いていくと思いますがコツコツやっていきたいと思っています! 
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