ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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第二十六話 祝福を望む者 

 

 1

 

 恐れの森で夜を明かし、リク達は朝一番で野営地を出発する事になった。

 森の切れ目から太陽の位置を確認し、木の上から周囲の地形を照らし合わせて地図に現在地を落とし込む。カイ国境へ行ける最短の道、この恐れの森を抜けるルートで弾き出した行程は正規の街道を通るルートよりもずっと時間短縮になるとシーチェは言っていた。

「危険極まりないけどね。奇襲の危険が常にあるし」

「素早く移動してここを抜けてしまおう」

 リクの言葉にシーチェは小さく頷く。最近ゆっくり話す時間もなかったがある事に気が付いた。

 目の下にうっすらとだが隈を作り、肌荒れもしているように見える。表情こそ隠しているがふとした瞬間に疲労が滲み出ている。昨日の戦闘をまだ引きずっているのかもしれないと思った。

「具合はどうなんだ?良さそうに見えないが」

 リクが尋ねるとシーチェは僅かに声のトーンを落とした。うーん…と唸る様にして考え込んでから答える。

「絶好調」 

 キリッとした表情と回答の割りにはやはり顔色が悪い。自分の事になると途端にはぐらかそうとするのは昔から変わらない。  

「ウソつくな」

「無理があるか…少し寝れなかっただけだから安心して。傷も塞がってきてるわ。この体に感謝すべきかしらね」

 シーチェは包帯を巻いて吊っている腕を見ながら複雑な表情をした。   

 戦友が人外の存在に侵されていくのを見ていながら自分では何もしてあげられない事がもどかしい。戦いを終わらせる事が出来れば彼女の苦しみは終わるのだろうか?

 時間が出来る度にその事に思いを巡らせてみたが、黒竜オルヴァヌスに関して分からない事だらけの現状では打つ手が見えてこない。

 分かっているのはこのままいくとシーチェは持たない事だけ。

「あんたは黒竜を倒す為に何が最善だと思う?」

「…唐突に難しい質問ね」

 投げ掛けられた問いにシーチェはリクを見上げる。

 いつか、生きているうちに絶対に解決しなければならない問題である。国王として、仲間としてリクは出来る事をしたいと思っている。

 戦争を終わらせる事が最善ならその為に戦うだけだ。平和が訪れて黒竜が消えるのなら、と考えていたがシーチェは明確に答える事はせず、一言だけ呟いた。

「戦争をなくす事が最善かしら?」

 争いのない世界だなんて言葉が現実主義のシーチェから出てくるのは予想外だった。いつも戦争のリスクを考慮している人間がその可能性のない世界を口にする。  

「あんたが理想を語るなんて珍しい」

「…そうかも」

 戦争のない世界を実現出来たらどんなに素晴らしい事だろうか。誰もが羨む理想を語る口調は夢や希望に溢れる力強いものであるべきのはず。

 しかしその声はとても小さく、消えそうな声。それに合わせてリクの声も少しトーンが落ちた。

「戦争のない世界、どうやったら創れる」

「少なくとも夢と希望じゃ出来ない世界だとは思うけど」

 そう言ってシーチェはどこか遠くを見る。

 理想を語りながらも現実を見る事は止めない。正位軍師が積み上げてきたシリアン公国の平和はいつだってその現実に即した対処があったから。必要であれば相手にとって手痛い対応も躊躇なくしてきた。

 リクはそれを実際に知っている訳ではない。あくまで知っているのは享受する側として、そして全て結果としてのモノだ。   

 戦争という非現実だった日常が突然訪れ、指導者として国家を背負う立場にある自分はあまりにも無知であった。 

「リク」

 聞き慣れた通る声が呼びかける。 

「戦う事はそんなに悪い事なのかな」

 その言葉がどういう意味なのかをリクは理解する事が出来なかった。表情に出ていたのだろう、シーチェは言葉を続けた。

「だってさ、毎日生きるのに大変な事も危ない事もいっぱいあるじゃない?皆それを生きる為に頑張って乗り越えてる。極論だし、やってる事は違うけど、生きる為に戦う事は戦争と同じだと思うの。自分や家族が脅かされるから戦う訳でさ。私もそう。この国を生きる人を守るっていう使命もあるけど死なない様に戦ってる。生きる事は本能なんだよ。だから戦う事を止めるのはきっと出来ないし私はそれを否定出来ない」

 ここまで自分の考えを語るシーチェは本当に珍しいと思った。時間がない事もあるが、自分の考えの深い所まで周りの人間に開放する人物ではないのを知っているので、リクは黙って聴く事にした。

「私に出来るのは“戦争を起こさない”ようにする事まで」

 シーチェは現実主義者だ。夢や理想を追い求めすぎて出来ない事を言う人物ではない。

「戦う事を否定はしないんだな」

「貴方はどう?私のような考えが無くならない限り戦争は消えないと思う?」 

「戦争は当然忌み嫌うべきものだろう。だが自分を守る為に戦う事が必要だと言われればそれも納得だ。だけど力を持つ者だからこそ共存できる道を探していく。それが務めだと思う」

 リクの言葉に迷いはない。抽象的だが自分なりに平和を思っている事を語っているのはシーチェにも伝わった。彼女は少し笑って見せると無事な方の手を握り、リクの胸を叩く。  

「心意気は良し」

 次の瞬間、その拳がぐっと押し込まれる。拳の主の表情は戦場に立っている時のものだった。

「でもその理想の裏にはいつだって犠牲がある。そして理想を追い過ぎれば現実は見えなくなり、現実を見過ぎれば理想を描けなくなる…思い通りにはいかないものね」

 それを言い終えるとシーチェは拳を離してリクから離れようとした。

「待て」    

 シーチェは振り向かないまま歩みを止める。リクはその背中に語り掛けた。

「戦う事は生存本能だと言ったな。だったらどうしてあんたは“生きたい”?本当に国の為にだけなのか」 

「…考えた事もなかったわ」

「国を守る為だけに命を懸けられる訳じゃないだろ。守る為に戦うのは理解出来る。ではあんたが守りたい“国”には何があるんだ」

 リクの問い掛けは純粋な疑問と反発から来ていた。沈黙を守るシーチェを許さず、リクは言葉を続ける。 

「理想の追い過ぎは現実が見えなくなると言ったな。だったらどうして苦しい現実を生きる俺達は理想を描いて夢を見るんだ?それに近付く事で生を実感するからじゃないのか?理想も夢もない、戦う事だけが生きる事ならただの戦闘狂だ」 

「戦闘狂…?私は理想を描く前に現実に生きる事しか許されなかっただけ!」

「どんな人生だって生きていれば理想を追う権利がある!今からでも遅くない。あんたはまだ生きてる」

 語り掛けるリクの口調はいつになく柔らかい。

 一方通行でもいい。せめてこの真っ暗な日々の先に自分自身の希望を持って欲しい、と願っていた。 

 果たして伝わっただろうか。こんな時に気の利いた言葉でも言えたら良いのだろうか?不安は消えない。

すると、不意にシーチェの肩が震えた。振り向いた彼女の顔には笑みが宿っている。純粋な笑顔でなく、どこか含みのあるその笑顔で言う。

「そうね」

 短い言葉には、それ以上追いかける事を許さないという強い意志が込められていた。 

 

 2

 

 しかし戦闘狂、かぁ…そんな風に言われるとは思ってもみなかったな。

 森を進んでいる間、私はらしくもなくリクの言葉を引き摺ったままだった。負傷も相まって気分は凄く落ち込んでいる。

 戦争をなくすだなんて、実際理想が過ぎて考えた事もない。ただ今回この話をしてみて、もしかしたらと思わなくもなかった。

 実際それを出来る人間は本当にごく一部の人間だけだ。私にはそれが出来るといのは凄くおこがましい話だし、1人ではそうもいかないが幸い仲間に居るのは一国の主。

 それに覇道ではなく、王道に生きている人物だ。謀略に巻き込まれ、図らずも戦乱に身を投じる事になった彼が戦争の現実を見ても憎しみに捕らわれずそれを止めたいと思ったのだからこれは好機だ。

 しかし疑問が生まれる。憎しみを生まない様に戦いを終わらせる方法とはどの様な方法なのか。

 私が立った戦場で戦いを終わらせる方法はその全てが敵を討ち果たす様なものばかりだ。多くの命を犠牲にして、シリアンの為だけに勝利を勝ち取ってきた。

 それで果たして平和は来るのだろうか。人類の負の連鎖の中で同じ歴史を繰り返す事だけがその理想に繋がるのか?

「愚かな…」

 私は頭を抱えた。だってそうだ。そんな事が成し遂げられる可能性、人間に自我がある限りありえない。

「人の行動を抑制出来る最後の手段はやっぱり…」

“ワカルカ小娘。コレガ人間ダ”

 突然声が頭に響く。低い鐘が鳴り響くように。

“何度デモ繰リ返ス。永久ニ平和ハ訪レナイ”

「それでも諦めたら何も残らない。世界を消し炭にはしない」

“貴様ガ諦メズトモ世界ハ何モ変ワラン。ソシテ貴様モソノ1人ダ”

 その言葉にはっとする。オルヴァヌスは更に言葉を続けた。

“戦イヲ否定シナイ貴様ノ言葉ヲ信ジテ、果タシテ人類ハ戦イヲ止メルトデモ?思イ上ガルナ”

 言い方は兎も角、オルヴァヌスの言ってる事は正論だ。積極的に敵を討ち取っていく私が平和を説いたところでもう誰も聴かないだろう。守る為の戦いだったとしても、多くの人間の命を奪った事に違いはない。

“ダガ貴様ハ他ノ人間共トハ違ウ”

「…何の話」

“貴様ハ全テヲ終ワラセル事ガ出来ル” 

 その言葉を残して、オルヴァヌスの声は聞こえなくなった。

 何やら先頭のハボック達が嬉しそうに声を上げている。殿を歩いていた私は先頭の和やかな空気よりも先に違和感を感じた。

 オルヴァヌスと話していた時は分からなかったが何者かに付けられている。狙われている感じはしないけど…複数で隊列の後ろを塞いでいる。

 

「前方、森の切れ目!所属不明部隊!」

 

 響いた鋭い声に和やかな雰囲気が一瞬で吹き飛ぶ。  

 光が差し、その眩さに慣れない中で姿がここまで見えなかったらしい。目が慣れてくると〈ジェネラル〉や〈兵士〉の戦列が展開され、森の切れ目の向こうに並んでいるのが確認できた。数はそんなに多くないが、それでもこちらの何倍も多い。

「どうする?!」

 駆け寄ってきたリクとエリフとすぐさま対策を協議する。私は頭の中で整理した状況で最善となる策を告げる。

「森の中に逃げ込みたい所だったけど、後ろにも何かいる。戦闘になったら勝ち目はない。まとまって後方に抜け、軍勢から隠れる」

「ここまで来て退くのか?」

「この差では戦いにならない!今は生き残るのが最優先よ!」

 突っかかって来るリクに強く逃げる事を告げると、森の向こうから大きな声が聞こえてきた。

 

「……れはァ!世界を混乱に貶める黒竜を討ち果たすべくゥ!これより司教会コンラッド様の命の下に諸君を討ち果たすものであるゥッ!!」  

 

 声を聞いて顔を顰めたエリフが覚悟を決めた声で言う。

「相手はやる気満々のようですね。これは逃げるしかないでしょう…私が囮になります」

「何を言って…」

 自分の側近の提案に驚いたリクが静止しようとするが、当の本人は首を振る。

「全員犠牲になるか、誰かの犠牲だけで済むか。どちらが最善はお分かりになりますね?」 

「エリフ、まだその時じゃ…!」

「確かに今ではありません。ですがじきにそうなります。その時は私が殿に残ります」

 言葉に詰まったリクを置いて私はすぐに指示を出す。

「…兎に角今は距離を取る!総員、後退!森の中に隠れる!」

 戦闘態勢を取ってその場に残ったエリフを背に、私はリクを引っ張って森の中に戻った。

 

 3

 

“その時は私が殿に残ります”

 戦闘はリク達が森の中に入っていく最中に始まった。

 押し込んでくる聖教騎士団の部隊を切り伏せながら、リクの逃げる為の時間を稼ぐ。練度は高くないが数が多いので早くも押し込まれ始める。

 森の中での戦闘の為、騎馬の速度を活かした戦い方もままならない。細かい移動と剣術だけで戦いつつ、馬上でエリフは仲間に指示を出しながら戦線を維持していた。

「あんたは行かなくていいのかエリフ!?」

「気にしないでください!ここで時間を稼ぐのが今は必要なのですッ!」 

「その口調、いけねぇなァッ!!腹括ったとでも!?」 

 隣で戦う剣士のハスタが流れる様な剣舞で敵を斬り裂く。鮮血を浴びながら、迷いのない太刀捌きは聖教騎士達など物の数ではないと言うかのように屍を積み上げていく。

「常に覚悟はしていますよ…今がその時であるのなら!」

 ハスタの働きに触発されたエリフも攻め寄せる敵を蹴散らしていく。普段の物腰柔らかな人柄からは見られないような鬼を宿して闘志を露わに剣を振るう。

 ぬううぅ、という声にならない気合も込められる。

 目の前の相手をただ向かってくるから殺していく。理由はただ守りたいから。

 敵に背を向けて、引っ張られるように逃げて行った自分の主を。    

 その姿がどんな姿であったとしても、自分が誇りをもって仕えた国王を最後まで守る自分の務めは変わらない。それは自分に定められた使命。

  剣を握る手に不自然に力が入る。力みなど感じたのは初陣以来だな、と思ったすぐ後に自分が今感じた感情についてふと思いが巡った。

「そうか。これが…恐怖か」

 戦場に出て、リクを守っていた時は感じる事のなかったこの感情は人間の奥底に隠しても隠しきる事は出来ないものだと知った。

 今はそんなものに吞まれる訳にはいかない。 

「うるぁぁぁあぁぁッ!!!」

 堰を切ったように溢れ出る声。自分でも何を言おうとしているのか分からない声が出続ける。

 もう言葉にするつもりもないのかも知れない。エリフはただ叫び続けた。

「あの騎士を討ち取れ!」

 雄たけびと共に振るう剣が注目を集める。聖教騎士の兵士が他からも集まり始めるのが見えた。エリフは返り血の付いた面甲を上げ、更に敵の目を引く行動に出る。

 馬の腹を蹴り前進を促す。エリフの意図を察し、嘶きと共にその場を駆け出し単身敵の戦列に突入した。   

「エリフさん?!」

「よせ、下がれッ!」

 後ろからハスタが静止するがその言葉は届かない。しかし自分の言葉だけは届と願った。

 迷わずに自分の信じる道を進め。リク。ただ真っ直ぐ。

 平和な世界を創るのは悲しみを知る者だ。繰り返すな。もう二度と。

 

「貴方の!望んだ世界に!祝福をーーーーーッ!!」  

 

 

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