ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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第二十八話 カイ王国

 

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 カイ王国 クロガネ城 

 

 

 馬車に揺られてから3日。これまで人を見かけないままだったが、山の中を幾つか抜けて少しすると少しずつ人の流れが増えてきた。

 シリアンとは大分雰囲気が違うのが国境を超えた事をより感じさせる。レンガ造りの建物が多い我が国に比べ、カイの建物は木造のものが殆どで自然と一体となっている感じがすると言えば伝わり易いだろうか。

 国境からここまで、村人が居なかったが、目的地に着いたというカイ兵の言葉と、ここまで続いていた街道の向こうに見える人の列を見て私は察した。

 既にカイ国境の民は前線の砦に避難している。相変わらず動きが早い。カイとヴィツワはまだ開戦していないというのに、もう戦争に備えている。

 カイは早くからヴィツワの情報を掴んでいたのか?シリアンは内戦していたから情報も統制も混乱していたけれど。こちらは公都奪還前に国外の勢力の話が入った段階ではまだ各軍とも連携が取れていないままだったから、その辺りは封殺されていたのかもしれない。

 だがこれは仕組まれていたと見ていいだろう。少なくともゲランは本気で大陸全土を戦争に巻き込もうとしていた。黒竜の力を蓄える為に。全てを奪ったシューレ教に復讐するため。

「クロガネ城です。陛下と軍師様にはこのまま本城でアスマ様にお会いしていただきます」

 クロガネ城は東部から来る外敵への防衛を主眼に建築された城塞である。周囲を山に囲まれた土地に互いに重なる8重の支城、そして最後に城下町と本部施設を備えた本城で構成されたまさに難攻不落の要塞。

 軍人にとっては“最も相手にしたくない”と言われるほどの防御力を誇る。

 櫓や壁の上、道に並ぶ兵士、兵器の間、避難してきた民たちの間を抜けて私はリクとエリフと共に本城の天守に案内され、そこで待つ指揮官に会いに行く。

 シリアン国王を迎えるカイの儀仗兵達の間を抜けて、大きな門を潜った先。カイの正装に身を包んだ一行が私達を出迎える。

「国が大変な中、よく御自らお越しくださった陛下。我々は皆様を歓迎する」

「アスマ殿。変わらない様で何よりだ」

 先頭でリクを出迎えるのはカイの王子であるアスマ。茶色の長い髪を全て後ろに流し、大柄の身体を颯爽と揺らしてそっと近付く。

「久しいなリク…今は陛下であったな。疲れているはずだ。少しの間かも知れないがゆっくり英気を養ってくれ」

「済まない。お言葉に甘えさせて頂く」

 アスマ、少し見ない間に随分と体も大きくなったし、存在感も増した。山の様な雰囲気は父親であるテンゲンにそっくりだ。

 などと思ってアスマを見ているとふと視線が合った。

「生きていたなシーチェ」

「殿下もお変わりないようで。カイの忍が助けて下さらなければ危ない所でした。殿下の采配に深く感謝致します」

「うむ。攪乱陽動は彼らの十八番だ。間に合って幸いであった。お館様に会う前に死んでは何を言われるか分からん」

「テンゲン様も息災でいらっしゃいますか」

「当然。いつ出陣するかと今頃陣羽織を掛けて、刀を握りしめているはずだ」  

 戦好きのテンゲン様らしいですね、と笑って答えておく。彼の言う刀を握りしめてソワソワしているテンゲンの姿を想像するのに全く苦労はしない。   

 昔話で盛り上がたい所だが、話過ぎてはリクの機嫌を損ねるかもしれない。実際自分が知らない話を聞かされて面白くなさそうな空気が伝わってくる。表情にこそ出てはいないが読み取る事が出来た。

 私達の間に流れる微妙な機微を察したのかここでアスマが話を打ち切った。

「長旅、しかも逃避行で疲れているだろう?話はあとでゆっくりするとしよう。客間に案内させよう」 

 

 

 アスマの傍に控えていた巫女装束の女性の案内で私達はそのまま客間へと通される。

 カイ様式の畳の敷き詰められた部屋に細かい模様の机が置かれた先には、窓から見える庭園に青空がとても良く映える。季節ごとに彩り鮮やかな木や花を風景として楽しめるように心遣いのなされた景色がまるで楽園の様に映った。   

「これは…」

「さすがカイの庭園ね。ここでお茶会をしたらどんな感じになるかしら!」

 初めてこの庭園を見た者も見た事がある者もその景色に目を奪われている。いつも饒舌なハスタは言葉が失い、ミッシェルは久しぶりに上機嫌になる。

 あちこちで上がったりする声を聞きながら、私は弓を降ろしてすぐにリクを呼び出す。私達はすぐにでもシリアンに戻って前線を守っている王宮騎士団の救援に戻らなくてはいけない。

「リク、分かってるよね?」

「ここからが本番だ。カイの救援を得て俺達は本国に帰る。問題はどうやってカイを引き込むかだな」

「戦好きのテンゲン様と臆しない性格のカイ国民でもさすがにただシリアンの為に戦いはしないでしょう。さすがに手出しされないとカイにも大義名分が出来ない…」

 先代から続いてきたカイとの同盟を続けてこれなかったのは大きな痛手だ。恐らく変な理由付けをされて同盟を解除する方向に唆されたのだろうと思うが、それは先方にどう映っているかは今の私には測りかねる。

 カイに仇なす意思あり、と見られていれば同盟どころではないだろう。そうなればもうこちらはどこにも助けを求める事は出来ず、ジリ貧の戦争を続ける事になる。今のシリアンでは単独で守り切る事は不可能だ。

「あ、あのー…」

 申し訳なさそうに呼びかける声に私とリクは声の方に視線を向ける。先ほどの巫女が立っている。

「お話し中すみません…お席のご用意が整いました」

 私とリクは巫女に案内されて再び部屋を移動する。

 部屋の中には2人分の席と小さめの食器が幾つか並べられていた。

「すぐにお茶をご用意させて頂きます」

「いまは…」

「ありがたく頂戴するわ!喉が渇いていたの」

 席に着くと巫女たちが淹れてくれるお茶とお菓子が並べてくれた。

「この辺りの名産の小豆を使ったおはぎになります。お茶とご一緒にお召し上がりください」 

 リクの切り出し方で察し、言葉に被せる様にして席に座らせてお茶を頂戴する事にする。

 茶碗から中身の暖かさが指先に伝わり、口に含むと煎茶特有の香りと渋みが口に広がっていく。余裕の失われかけた心に風景とお茶が薬みたいに溶け込んで思わず息が漏れた。淹れてもらったお茶を断るなど野暮も良い所だ。この男には全くそういう所が足りていない。

 上座の席ではリクは恐る恐る茶に口を付け、すっと飲み込んだが顔で“苦い”と語っていた。

 私は隣の小皿に添えられたおはぎというものに興味が引かれた。シリアンでは見られない。お茶は何度かごちそうになっているがこれは初めて出された。

「これは、どうやって食べるの?」 

 食べ物を切ったり刺したりする程度に加工された木製のナイフの様なものを使って食べると巫女に教わり、その通りにおはぎに木のナイフを刺して口に入れる。

 柔らかい。もちもちした口当たりに僅かな豆の感触。舌を包み込むような優しさの後から来る甘さはしつこくなく控えめで、淹れて貰ったお茶ととても良く合う。

「おいし…」

「はっはっは!甘味に目を輝かすとは“悪魔”なんぞと言われた軍師殿も人の子じゃのう!」 

 愉快愉快じゃ!と入ってきたのは黒髪を髷に纏めた大柄で派手な竜の絵の着物を纏った初老の男性。どこかで会った事がある、感じながら記憶を当たってみるがピンとこない。最近入ったアスマの臣下なんだろうか。と考えていると。

「父上おやめください!若様の客人ですよ!」

 入るなりきっとその男性を睨みつけながら入ってきたのはここまで護衛をしてくれていたクレハだった。

軍人の正装に着替えた彼女は二口の刀を腰に提げて、部屋の入口に立つ。すみません、としおらしく頭を下げる彼女に私はそっと手で“気にしないで”と答えた。

 これで合点がいった。マサカゲ。この国の精鋭部隊“赤備え”を率いる名将。甲冑姿しか見た事なかったせいで少しも分からなかった。それにしてもこんなに雰囲気が変わるものなのか。

「和ませるつもりが余計な事をしてしまったかのう…?老兵の気まぐれじゃ。どうか許して下され」

「気にしないでくれマサカゲ殿。今度是非、シリアン料理も食べに来てくれると嬉しい」

「おお!それはまた一つ年寄りの楽しみが出来たわい!」

 がっはっは!と彼が口を開いて大きく笑っている所で兵を従えたアスマが入室してくる。マサカゲのその様子を見てアスマは困った様に笑った。  

「マサカゲがまた年寄り節を炸裂させたな?」

「なんの!某もシリアンの皆様をお、おもてなし?しようとしたまでですわい」

「普段言い慣れてないのがバレているぞ」

 アスマの指摘にマサカゲは後頭部に手を添えて“一本取られたのう”と言うと少し部屋で笑いが起きた。昔からこんな感じだが、これがカイ流の和ませ方なのだろうか。

「まあいい。食べながらで良い。早速“話”をしようじゃないか」

 言いつつアスマが対面の上座に着いただけで雰囲気がきゅっと引き締まる。彼もさっきまでおどけていたマサカゲも笑顔は少しも見られない。おはぎを食べる手を止め、改めて2人に向き直る。

「結論から言おう。カイはヴィツワと戦に入る」

 民が避難していたのは危険だったからではなく、開戦していたからだったのか。ヴィツワが攻め込んだという話はまだなかった筈だから睨みあっているだけと思っていたけれど。

「そなたたちがこちらに来ると報せが届いたのはいい頃合いだった。我らとしても帝国と真っ向からやり合う恐怖はなくとも、戦友がいるのは心強いものだ」

「では帝国の脅威に対して共に立ち向かおう。シリアンも内戦の直後で纏まっていない。カイが戦ってくれるのなら百人力だ」 

「だが、懸念がある」  

 アスマは戦う決意を述べた後、リクの言葉に返した。

「これまでの事か?」

「それもだが。リク、率直に訊こう」

 一度言葉を切るアスマ。視線を一瞬交錯させるとすぐに言葉を続けた。

「シーチェに宿る黒竜をどうするつもりだ」

 ああ、なるほど。と私は思った。

 共闘しところで更なる災禍になる存在が傍にあっては逆に大義名分を敵に与える事になり得る。

 世界にとって忌々しき存在(黒竜)と手を組んだカイ王国は人類の敵である、とシューレ教が聖教騎士団を動かす事になれば、それこそ世界は混沌とした戦に支配された世界になってしまう。そうなれば勝者は居ない。

 カイとしては強大な軍事国家であるヴィツワ帝国と対峙する戦友は欲しいが、敵からヘイトを受けたくない。あくまで理由は自らを守る為の戦でありたい―

「共に戦うのであれば、私の首が欲しい。そう言う事でいいのかしら?」 

 欲しているのはテンゲンか、アスマか。もしくは王族にも影響力を持つシューレ教の大司教か。

 世界にとって災禍になる存在が目の前にのこのこと現れている。討ち果たしておくなら今は絶好のチャンスだ。私は今は手負いの身だし、これが現実になった時に対処する策はない。

「それは違うなシーチェ・フェイエンベルク。そなたの首を取ればそちらの国王は黙っていまい。それこそ、この地上には異形とやらしか残らないかもしれんな」

 ふぅん…と思わず声が漏れた。私を殺したい人間は山ほど居る。カイの人間だって少なくともそう思っているのは幾らかは居るだろう。しかしアスマはそうではないらしい。

「正直言って、黒竜をどうにかする手がかりは全く掴めていない」

 アスマやテンゲンは恐らく解決策を期待して言ったのだろう、と読んで先手を打つ。私自身をダシに交渉するのはそれ自体が面白い話ではないけれど、国の未来に加えて世界の命運も掛かっている。個人的な感情の事を考慮する余裕はない。

「時間に猶予はあると思うか?」

「ないでしょうね」

 沈黙が再びその場を包む。ここは隠し事をする場合じゃない、と踏んで本音で打ち明けている。

 黒竜が復活するまでの時間は分からないが、戦いの度に奴の鼓動は全身を蝕んでいくのは分かるのだ。戦場に立つ度に頭に直接響いてくる死者たち怨念の声。手の甲だけだった痣も今ではかなり広がり、指先から肘くらいまで発現している。最近は黒竜()が私を支配しようとしない日が続いているけれども。好きに使え、と言った言葉が最後だ。

「このままでは間違いなく、帝国を倒した所で黒竜と闘いになる。せめてそうなる前に情報を掴んで対策を講じておきたい…」

「黒竜について1つ心当たりがある。何をどこまで知ってるかは分からぬが」

「その人物はどこに?」 

「アキツから更に北に行った山の上だそうだ」

 アスマの言葉に思わず身を乗り出しそうになる。黒竜()に関する情報が全く無い現状ではそれを知る人物の重要性は計り知れない。

 祖国の前線が苦戦を強いられている中、すぐに戻らないいけないと分かりつつも私はその人物に会いたいという欲求が溢れ出る。

「シーチェ。シーチェ?」

 リクの呼びかけと同時に私は自分が視線を落とし、唇を噛み締めていた事に気付く。

 これまで自分ではどうする事も出来なかった最大の懸念を解決する為の僅かな希望が差し込もうとしている。答えにならなくともひも解くピースの一つになるかもしれない。だけど…

「私が…」

 行ってしまえば戦線が持たない。喉元まで出てきた言葉を飲み込ませたのはリクだった。

 柔らかく私の名を口にする。振り向くと困難に臨む前とは思えないくらい柔らかい表情をしていた。

「行ってくるんだ」 

「でも戦線はどうするの。私は自分でやるつもりで軍を分けた…この状況では打つ手を間違える訳にはいかない」  

「分かっている。だが、これ以上負担をあんたに押し付ける訳にはいかない」

 リクの表情が一瞬だけ揺らぐ。本当に一瞬だけ。

「俺達の為にも行ってくれ」    

「場所については見当がついている。クロカゲ衆から何人か腕利きを護衛と情報収集の為に付けよう。あとは…」

 アスマが部屋を見回す。そしてある人物の所で動きを止める。

「クレハ。お前もシーチェに付いていけ。部隊はマサカゲに見てもらう」

「は。若様のご指示とあれば」 

 返答に窮してしまう。気持ちとしてはそれはもう少し落ち着かせてから、と考えていたがこの場でこれ以上拒否の姿勢を見せればリクとアスマを信用していないように映ってしまう。

「分かりました」

 …切り替える事にしよう。戦争指導はその才があれば出来るが、黒竜の問題に関しては先延ばしにも人任せにも出来ない。 

「それでは明日にでも出発します。問題はありますか?」

 クレハはいつになく生真面目そうに問題ありません、と答えた。それを聞いたアスマが軽く頷く。

「では本題に入るとしようか…」

 

 

 カイ・ヴィツワ国境 帝国軍前線拠点

 

「将軍!ご、ご報告申し上げますッ!」

「あぁ?なんだ朝っぱらからうるせぇな」

 天幕に飛び込んできた兵士は自分が将軍と呼んだ人物の剣幕にも怯まず、申し訳ございません!と軍人らしい動作で素早く謝罪すると構わず続けた。

「シリアンの王族一行がクロガネ城周辺で目撃情報が出ました!」

「恐れの森から姿を消してた死にぞこない共がここで出たか…いよいよ死にに来たらしいな。おい!今すぐ越境してクロガネ城を包囲すんぞ!今すぐ出陣準備を整えろ!分かったな!!」

 怒鳴り散らして命令を飛ばした男は大きく舌打ちをすると自分以外に居なくなった天幕で独り思考を巡らせる。

(馬鹿野郎が話と全然違ぇじゃねぇか。聖教騎士団がシリアンの悪魔(シーチェ・フェイエンベルク)をとっ捕まえてから動く算段だったっつーのに!)

「クソがぁッ!」

 男は座っていた椅子を怒りに任せて蹴とばす。それなりに頑丈な木材で組まれていた椅子は音を立ててバラバラに壊され、破片が散らばるが微塵も興味を示さず、大股で天幕を出た。

 命令が伝達された部隊から急いで出陣の支度をしており、目の前からは兵達の声が聞こえてくる。 

「てめぇら!チンタラやってんじゃねぇぞ!さっさと終わらせろ!!」 

 そこに更に怒号を以て追い打ちをかける指揮官。返答もまた鋭い。

 ヴィツワ帝国軍の将軍の一人“憤怒のジュギウ”は額に血管を浮かべたまま天幕の前で仁王立ちを続けた。

 いよいよだ。カイの領土を奪い、目障りだった優等生気取りの虎をぶっ殺す。

「ったく、足止めだぁ?ぬるい事言ってんぜうちの王様もよぉ…戦なんてのは奪う為に始めんだろうが」

 得物の戦斧(ラヴァラート)を見てニヤリとしたジュギウ。

 今回も同じ、とことん良い思いをさせてもらうか。命懸けで戦ってやる報酬替わりにな…!

 

 

   

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