ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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第二十九話 覚醒 ~悪魔~

 

 1

 

 決断するという事において、それが正しいかなんて一体誰が分かるというのだろう。少なくてもその判断基準には明確に差がある。一方においての正義が相手にとって悪であるように。

 曖昧で、矛盾していて、身勝手。人が考える正義なんてものは、それこそが巨大な虚構だと思っている。それでも殆どの全ての人間はそれを求めて生きているからだろうか。

 クロガネ城で過ごす夜。中庭の美しい自然の中から月を見上げる。

「答えなんて見つかる訳ないのに」

 自分のしている事そのものが正義の皮を被った大罪だ。そんな事をしていてもこの期に及んでまだ私は正しいのだと信じたがっている。国を守る為だ、と。

 極端に言えば選んだもの以外は残らない。選んだ以外のものは捨て去らなければ残すことが出来ない今の現実。私の手元には何も残らないかもしれない。私が私であった記憶や姿形さえ。黒竜に完全に取り込まれたら自分の意思はきっと消えてしまうから。

 変色した右腕に目を落とす。

 この腕を切り落として元に戻せるのなら…切り落としてしまおうか。

 三角巾を外したら痛いかと思ったがもう肩の傷は塞がっている。あれだけの傷だったのに。恐ろしい体にされてしまったものだ。だったら…

 私は腿のホルスターからナイフを取り出す。

 

 もしかしたら腕も生えて来たりしないだろうか?

   

 左手で右上腕の辺りにナイフを押し当てる。ナイフを持つ手の震えを抑えようと右腕に突きつけると冷たい刃に触れただけで皮膚が裂けて血が流れる。

 …痛い。

 少し刃で切っただけなのに、いつもの何倍も痛覚が反応している。この程度の傷でいつも何かを感じる事がないから困惑した。

 そこまで取り掛かってやっと気付く。ここで間違える訳にはいかない。私の腕一本で世界が救える訳でもなければ、この腕がなくなったら今度こそ何も救えない。

 溜息が出る。かなり大きいうえに周りが静かだから余計に大きく聞こえた。

「小娘…無駄ナ事ハスルナヨ。モウ我ト貴様は繋ガッテイル。我ガ奴等ヲ滅ボスソノ時ハ貴様モ一緒ダ」

「オルヴァヌス。お見通しって訳?腕一本であんたが殺せるなら、確かに誰も苦労しないわね」

 オルヴァヌス()は突如として人類の前に現れて、世界を滅ぼそうと大地と人を焼きまくった。人類は互いの争いを止めてオルヴァヌス討伐に団結したが、人の力では到底叶うものではなく、最終的に女神シューレが力を貸す事により人類は勝利した。

 数多の犠牲の上に、更に女神の力も使わないと勝てない相手。私がコルテス平原で使った時よりも比べられないくらい強い力を秘める…常人では止められない。

 その時、どうしようもないくらい愚かな事を思った。

 

 翌日。打合せで決まった通り、私は少数のカイ兵の護衛を付けてもらいクロガネ城を出発した。

 旅路を進んで、行程は順調に消化していた。クロガネ城から北に向けて聳え立つ巨大なカガミ山脈の麓に作られた街道で幾らかの避難民と行商、巡回と思われる兵士の一団とすれ違った。挨拶を、時折会話を交えて互いの旅路の無事を祈る。

「お嬢さんや。この辺りと言えど油断は努々なされるな」

 すれ違ったご老人にそう言われて私は訊ねる。何か危険な事が起こるところなのか、と。地域的に絶対安全な所など存在はしないが、そんなに危険な場所だとも思えなかったから。

 それを訊くとご老人はふむぅ、と唸ってから教えてくれた。

「このカガミ山脈の麓の天気は滅多に落ち着かない。故に、この様に恵まれた時は“奴等”が現れる前兆なのじゃ」

「奴等?」

 勿体ぶってはなすご老人の代わりに従者に扮した忍が答えてくれる。

「アラハバキです。蛇と人を合わせた様な物の怪で、わが国ではその様に呼んでおります。翁、アラハバキはこの前相当数を駆除したはずだが?」

「ふむぅ?そうじゃった気はするが。近頃妙な姿の物の怪も増えておる。良くない気がするわい」

「アラハバキ以外の物の怪…注意するとしよう。何かあれば巡回の兵に助けを求めると良い。我々は失礼する」

「ふぉふぉっう。ではな若人たちよ」

 重たそうな荷物を持って杖を片手に歩いて行ったご老人の忠告はありがたい。

 しかし、なんという健脚なんだろう。思わず振り向いてみてしまう。

「不思議そうだねシーチェさん。あの人はただの爺さんじゃないよ。剣術の師範だからね」

 誰も気に留める人が居ないからか、余所行きの仮面を外したクレハが話しかけてくる。それはそうと。

「…え?って、えぇっ?!」

 サラッと言ったがそんなことがあるの…?

 戦場を歩き続けて、裏稼業を齧った私ですら少しも気付かなかった程に気配を消せる人間だというのか。そんな人間がふらふらと歩いている。よく見れば確かに足取りも軽く、姿勢もきれいだが…?

「えぇ…?」

 従者に扮した忍の男もこの表情だ。信じられないと言いたげな目で去っていくご老人を見送った。

 気を取り直し、私は先ほどの話をさらって再度尋ねる。訪ねたいのはアラハバキのこと。

「アラハバキは凶悪な化け物だと聞いているけど」

「人を見れば食べるために襲ってくるわ。しかもただ襲ってくる訳じゃない。集団で、狡猾に、手負いの個体が自らを犠牲にしても仲間のために狩りを続ける事だってある」

「油断できない相手ね。物の怪の類を見たことがない訳じゃないけど、ほとんどは群れで動かないもの」

 実際に見たのはこちらでは“異形”と呼んでいる化け物だがそう違いはないだろう。人間に牙を剥いて襲い掛かってくる。その事実さえ同じであれば。

「奴らは雨の日に活動的になる。襲いやすいのを知っているから…早く進もう。シーチェさん」

 クレハに促されて、私は再び目的地へと歩みを進める。

 

 城を出発して1週間が経った。山も険しくなり、山道を頂上に向けて進んでいるので気温も下がり、私は荷物から外套を取り出している。吹き抜けていく風が肌を刺し、雲が空を覆っているせいで太陽は地上と少しばかり疎遠になっている。

「もう少し進むと山間の村があるの。そこで夜を明かさせてもらおうよ」

「さんせ。寒くて風邪ひきそうだわ…」

 山に入ってから外套をがっしり掴んで体を小さくしている私には、暖を取れる場所に行くことは嬉しい提案だ。そろそろしっかりした食事も摂りたいところ。

「シーチェさんはさ、昔は食事係もやっていたんでしょ?」

 ふと思い出した様にクレハが声を掛けてくる。食事を作る軍師なんてのは確かに物珍しいんだろう。

 軍師というのはただでさえ激務でハードなポジションだ。私の場合は前線にも立つし、疲労はいつも半端じゃなかった。誰かがこの話を聞けば疑ってかかられても無理はない。 

「うーん、まぁ。食事係が“人手不足だ!”って騒いでいたから手伝っただけだし、いつもじゃないよ」

「軍師って大変なのに凄いよね~。私もさ、実はやってみたいんだ…料理」

「教える事は構わないんだけど、シリアンとカイの料理じゃ大分差があるよ?味も違うし…」

 私が作れるのはあくまでもシリアンの一般的なものばかり。しかもどちらかと言うと、短時間で大量に作れる様なものが多く、レパートリーも戦場で兵士ウケするものばかり。綺麗な料理と言うより、豪快な料理が私の特徴だ。

「食べ物の違いは分かってるけど…ぎゃ、ぎゃっぷ…?っていうのを見せつけたいの!」

「そう言う事か」

「カイの女性はさ、皆料理が出来るんだよ。軍人も巫女も…出来て当たり前、みたいな空気で私だけ出来ない。戦う才能だけ、って言われて悔しいんだ」

 彼女なりに苦しんでいるのが伝わる。国の文化はそれぞれ異なるがそれは他の国の人がとやかく言う事ではない。それでもそこに馴染もうとしているのだから私は出来る事をしてあげるだけだ。

「出来ない事があるのは当たり前だと思うけどね。シリアン流だけど、私で良ければ今度時間を取るわ」

 そう伝えるとクレハは馬の上で嬉しそうに顔をくしゃくしゃにした。そうして緊張感もなく旅路を進んでいたのだがそれは長くは続かなかった。

 先行していた忍が木々を伝って戻って来ると、空気が変わる。

「報告!前方の村にてアラハバキが暴れており、民に被害が出ております!現在駐屯部隊が戦闘中!」

 アラハバキ。その姿を実際に見た事はないが、凶悪な化け物で人間を襲っている以上見過ごすわけにはいかない。

「シーチェさん!!」

「分かってる!急ぎ救援に向かうわ!」

 

 2 

 

 ~カガミ山脈山間の村 上空~

 

「ポルドナ。ホントに奴等引っかかるんだろうなぁ」

「引っかかるかどうかは奴等の脳みそ次第っすわ。ここを放置しておけば我々竜騎士団の前線拠点が出来、来るクロガネ城攻略に打つ手が増える。兵も運んでくれば拠点になるってもんです」

「フン。てめぇの戦術とやらがここではどう出るかな?しかしカイのバケモノに村を襲わせるのは上出来だ」

 ジュギウは満足そうに作戦を立てた部下―ポルドナを褒めた。対してやる気のなさそうな部下の反応は特に嬉しそうでもなくあざっす、と返しただけである。

「なんだてめぇ嬉しくないのか?あァ?」

 ドスの効いた低い声に僅かに混じる怒り。慣れているポルドナは普段通りに答える。

「ありがとうございます。っていーましたよー」

「なめんな。そんなに長く喋ってねぇだろ」

「まぁいいじゃないっすか」   

 数日前、カイとヴィツワは正式に戦端を開いた。クロガネ城包囲の為に進発した約7万の軍勢と、援護するのは、この山間の村の上空と後方に待機する3000騎の精鋭竜騎士隊。ここを確保してクロガネ城の戦力を割く事が目的である。

「ポルドナ、俺達の存在に気付かれる事なく化け物にカイ兵と村を襲わせた後はどうする?制御した訳じゃねえんだろうが」

「化け物の特性を利用しただけなんで。あとは煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」

「チッ、残飯処理とは食い甲斐のねぇ獲物だぜ」

「これも戦争っす。カイは開戦の支度を整えていたから慌ててはいないでしょうが、ここにうちらの拠点が出来ればさすがに驚くでしょ」  

 カイの虎を出し抜けるとは思いませんけどね、とポルドナは付け加え、両手を頭の後ろで組む。

「あー、戦いの音が小さくなってきたー…しっかし妙だな」

「なんだぁ?まさかカイの奴等が思ったよりやる連中か?」

「見えないんでそこまでは。でも戦場に動きがある気がする。20騎貸して頂けませんか?30分で戻らなければ作戦通りに進撃を」

「てめぇが言うなら好きにしろ。しくじりさえしなきゃ構わねえ」

 ジュギウはこれでもポルドナの軍略と腕を信頼している。

 生来の言葉遣いと素行の悪さで隠れてしまう部分が多いが、人をよく見ている。敵も味方も分析したうえで取り立てるのが“憤怒のジュギウ”の将としての姿勢だとポルドナは感じていた。

「では後程ー」

 20騎の竜騎士を率いたポルドナはゆっくりと山脈に沿って村へと進路を取った。

 

 ~山間の村 地上~

 

 初めて交戦したアラハバキという物の怪だったが、噂の通りかなり狡猾で獰猛だ。

 敵を弱らせてからじっくり狩りをするスタイルなのか、兵士が連携しているうちは決して止めを刺さず、集団を行動不能にしてから、食事に入る…そんな連中だ。

 既に村人、兵士にも多くの犠牲の出していて至る所で体を貪られている地獄の様な光景が広がる。

「どっから湧いてきやがったんだッ?!」

「考えるなッ!見敵必殺じゃ!!気合を入れろ!」

 村に駐屯していた兵士達が咆哮して、必死の抵抗を続けるが限界が見えていた。戦況を見て直感的に“ここはもうだめだ”と感じた。私達が入った所で撤退の時間稼ぎが出来るかどうか。だけど、後戻りはできない。

「シーチェさんお先に失礼!」

「彼らの指揮もお願い!」

 刀を抜いたクレハがひらひらと手を振って合図を返すと、馬を早駆けさせて戦場に斬り込んでいく。

「お前達待たせたな!赤備えマサカゲの娘、クレハが遅ればせながら加勢に参ったァ!!」

 急な敵の出現とそのスピードに対応出来ないアラハバキ達があっという間に肉の塊に変わっていく。容赦のない斬撃は急所を捉え、一撃で獲物の命を刈り取る。

「散開した兵士はすぐに村の入口に集結!時間がないぞ!手が足りないなら私が時間を稼ぐ!」

「く、クレハ様だ!クレハ様が来られた!」

 敵を切り伏せながら村の各所に散らばった兵士に声を掛けていくクレハの姿には確かに将としての気質が備わっていた。冷静に分析し、それでいて苛烈に戦うその姿は父の姿に瓜二つとも言える。

「シーチェ殿、貴殿はこちらから援護を。クレハ様の護衛に幾らか部下を付けさせて下さい」

 刀と手裏剣で武装している忍が集まって長である彼の指示を待っている。申し出に否はない。私は二つ返事で了承する。

 まだまだ戦場は混戦している。敵味方が入り乱れてる中なら乱戦に入った方が私は戦い易い(やりやすい)んだけど…

 息を吐いて弓を構える。本来の戦い方でないが、誤射など論外だ。落ち着いて定めた敵に対して矢を放つ。

 命中。姿勢が崩れた敵は対峙しているカイの〈侍〉の槍の餌食になって貫かれた。そのまま次の敵を探して視線を巡らせると視界の端で何かが映った。

「アラハバキ接近!」

 忍達が迎撃の構えに入る。まだギリギリ弓の射程、こちらの間合いだ。

「どいて!」

 射線に入りそうな忍に声を投げ、そのまま射る。アラハバキは反応して腕の爪の様なもので矢を弾き、そのまま距離を詰めてくる。

 もう弓は射程外。体勢を入れ替えて接近戦の構えに移る。まずは護衛の忍がたちはだかる。

 素早い動きで懐へと潜り込み、細かい斬撃をアラハバキに加えていく。筋肉を切られて思うように動けなくなった所に止めの一撃を叩き込む。

 人ならざる断末魔の叫びを耳が捉える。心は痛まない。

「敵をシーチェ様に近付けるな」

 2体目のアラハバキを死体に変えた忍達の長が檄を飛ばす。

 互いに程よい距離を保ちながらアラハバキの進撃を食い止める忍を援護した。

 そうして暫く戦っていると戦いが起こす騒音が小さくなった。現地で戦っていたカイ兵や逃げ遅れた民も村の入口に集結してきている。隊で救援の先陣を切ったクレハも兵士を纏めて戻って来るのが見えた。

「周囲を警戒しろ!まだ残っているやもしれぬ!」

「視界が悪いぞ!奇襲に気を付けろ!」  

 単騎で混戦に突っ込んでいったクレハを見て息を吹き返したのだろうか。散らばっていたカイ兵が隊に合流しながら互いに声を掛け合ってアラハバキの残党を警戒する。集合地点になっている村の入口辺りにいるが周辺にも背後にも気配はない。

 戦闘の喧騒が消え始め、私も弓を持つ手をそっと下に下した。視線を四方に向けて僅かな異変も見逃さないように。

 空は厚い雲に覆われた曇天。雲の切れ目から薄っすらと空が覗いている。

「ん…?」

 違和感を感じて雲の切れ目を凝視する。何かが飛んでいる。鳥の類…?けど、鳥よりも大きく見えた。それならこのどこかで感じた事のある感覚はなんだというのだろう。

 記憶を辿り、違和感の正体を突き止めようと思考が巡る。 

 視線を外すことなく空を見つめたままだから気付けた。僅かな閃光が幾つか瞬いた瞬間を。

 …雷じゃない!

「敵直上!!魔法が降って来るッ!」  

 光の正体が魔法陣と判断して力の限り叫ぶ。その声に反応した兵士達がすぐに反応して散開しろ!と各々口にしながら密集を解いていった。

 空で奔る大きな閃光。幾つもの光が空から地上へと突き刺さり、落ちた周辺の兵士を吹き飛ばす。

 随分と正確な魔法攻撃だ。放っている奴がかなりの手練れなのは分かる。その魔法の隙間からまた少数の黒い影が動き出し、こちらに向かってきた。大きな翼、禍々しさがあるあの姿は帝国の翼竜。

 隊列を崩さず急降下で地上を目指すその後ろからは魔法攻撃が地上に降り続ける。空からの遠距離攻撃に対処手段がほとんどないカイ兵は連携を取れないまま蹂躙されていた。

 接近戦をしてくる敵は倒せても、あの空から撃ちまくって来る奴はどうする事も出来ない。

「シーチェさん!!帝国の〈竜騎士(ドラゴンナイト)〉が!」

「レヴナントナイトもよ!魔法を放ってくる集団は魔導士じゃない!」

「遠くの敵への対抗手段がないよ?!」

 このまま戦えば損害が大きくなる。こんな所に攻めて来る価値があるようにはとても思えない。ただの斥候だとすれば納得は出来る…

「アラハバキと戦ってる所だけど、奴等を相手出来るかしら?」

「何を!?空の敵への対処手段が弓しかない!雲の上までは届かないよ!」

「いや、手段なら…」

 だとしても、ここでそれをやるのは得策と言えるのだろうか?私は判断に迷った。

 背を向けて逃げたとして追撃される可能性もある。このままじゃ一方的に殺戮される。敵もそれは分かってるから斥候だろうときっと戦果を求めてそれを狙っている。

「急報!敵後方、更に後続の竜騎士隊らしき存在あり!数は2000以上!」

 村の中から戻ってきた兵士が大慌てで報告を告げる。

 それを聴いて、上の奴等がただの斥候ではない事がはっきりした。本気でここから国境を抜いていくつもりだ。狙いは王都アキツか、それともクロガネ城の挟撃か。いずれにしろ、放置すれば面倒な事になるのは軍師の直感で理解した。

 右腕を見つめる。私はここで黒竜の(この)力を使って…

 ここで救う事が出来る命は多くないが、ここを見過ごす事で失われる事の方が遥かに大きい。巨大過ぎる力は争いを生むが、守る為にはやはり力は必要だ。

「敵竜騎士直上ッ!突っ込んでくる!」

 兵の報告に体が反応した。

 大きな羽が風を切って落ちて来る。羽ばたく音はしない。真っ直ぐに私に向かう巨躯が首を取ろうと狙っている殺意だけが壁の様に感じられた。

 フェイルノートを構える。真っ向勝負。交わるのは一瞬だ。

 勢いに乗った敵の得物の戦斧が叩き付けられ、受け止めた私が後ろに弾き飛ばされる。腕が痺れるほどの一撃、辛うじて地面に足を付けたままでいられたのは幸いだった。

「真っ直ぐ受け止める根性だけじゃないってことかぁー。“フェイエンベルクの悪魔”」

 一撃を喰らわせた竜騎士が口を開く。面甲を降ろしたままなので顔は見えない。飄々と話しているが奴はかなりの腕利きだ。

「私を知ってて根性だけだと思っていたなら分析が足りないわ。大人しく国に帰る事ね」

「バーカ煽ってんだよ。昔からその減らず口が嫌いでね。シリアンであんたを血祭りに挙げてやるつもりでいたがちょうどいいや」

「…ナメてると痛いじゃ済まないけど」

「俺も相当やるぜ?遊んでみる?」

 そう訊いてきたくせに答えも聴かず手綱を操って竜を真っ直ぐ飛ばす敵。すり抜けざまに繰り出された一撃も相当に重く鋭い。体の目の前で交わった刃の作る火花を浴びながらチッ、と舌打ちする。

「そんな怒んなよ。おーこわこわ」

 おどけて見せてくる竜騎士の男に反撃を繰り出す。どれも弾き返され刃は届かない。相手は戦斧で柄の長い武器を使っている分リーチが長い。懐に入りたいが、騎士もそうさせないように捌き、竜の方も動いてくる。

 打ち合いを避けて弓での攻撃に変えようとするとそれを察知して距離を一気に詰めて打ち合いに持ち込まれる。

 一振りは早くない。けど恐ろしくムダのない斬撃に敵の腕前が見て取れる。

 隙があるようでない。このままじゃ相手のペースに巻き込まれて…

「ギガファイヤー」

 戦斧を向けて呟く竜騎士。下がっているタイミングで目の前に浮かびあがる魔法陣から炎の球体が一瞬で吐き出される。 

 躱せない…!私は迫る火球に、滅多に使わない魔法札を撫でてフェイルノートを振るう。

 斬り裂かれた火球は私の周りの地面に落ちて地面を炎で焼く。雨に負けず燃え続ける火を見て、更に敵が危険な存在である事を再認識できた。魔導の威力も恐ろしく高い。

 帝国四将の存在は前から知っていたが他にも脅威になるのが居る。

「ヒューッ!あんたやるじゃん。これで取ったと思ったんだが!」

 戦斧を下げた竜騎士(レヴナントナイト)が残念そうに、しかしどこか楽しそうに声を投げた。

「自分のペースに巻き込んでから予測不能な手で相手にダメージを負わせる…普通の敵ならそれで決着だったろうけど、残念でした。君の名は?」 

「よぉく覚えとけよ?帝国第1軍“憤怒のジュギウ”配下、参軍総長ポルドナ。あんたがここに来ることは想定外だったが、手負いだと聴いている。くく…好機到来だ。もうすぐ本隊のジュギウ様も来る」

 参軍総長はシリアンでは正位軍師(わたし)と同じようなポジションだ。1軍の将として軍の戦略・戦術・運営を立案・実行する。

 つまりこいつがこの村をアラハバキに襲撃させた張本人。

「シーチェ・フェイエンベルク。シリアン軍正位軍師。民への攻撃で勝機を見出す…」

 ポルドナの騎乗する竜が地面を蹴った。その動きを見せたと思うと大きな羽をひと凪ぎ。真っ直ぐ突っ込んでくる。

 戦斧の一撃を両手で受け止め、体重差で後ろに少し弾き飛ばされる。そのまま着地してから体勢を整え、弓を引く。

「あーうぜぇ…説教垂れんなよ!クソアマァッッ!!」

 放った弓矢は全て竜の羽ばたきで叩き落とされる。

 冷静さを欠きやすく、自己中心的。他人に自分を否定される事が許せず、プライドが高い、か。

 このままこいつを生かしていたら、カイの民もシリアンの民も大勢殺すだろう。道徳心というものは欠片もない。こいつの上に立つジュギウ共々、ここから先には進ませてはいけない。

 それが把握出来たことで私も決心する事が出来た。今ここで行動出来る人間が最大限出来ることをしなければ大勢が死んでしまう。

 ジュギウの率いる竜騎士隊はここで食い止める。

「オルヴァヌス」

「“来タカ。小娘”」

 問い掛けに対して低い声が直接脳に返してくる。オルヴァヌスからはどこか待ちわびていたかの様な高揚感を感じる。  

「やるよ」 

「“ナラバ存分ニ暴レテ見セロ。敵ハ滅ボスノミダ”」   

 間髪入れず、右腕の痣が闇魔法みたいに禍々しく光ってその奔流が空へと伸びる。その光の中でまた体を灼かれ、体が巨大な竜へと姿を変えていく。

 ポルドナが面甲を上げて驚いたまま口をぽかんと開けている。言葉を失ってその場に立ち尽くし、騎乗する竜も尻尾を下げ恐怖を感じているのが伝わる。

 辺りに視線を向ければ他の竜騎士も、カイ兵も忍達も、村人もこちらを見ている。誰もが恐怖に歪んだ表情で。

 これでいい。私が恐怖の対象になればシリアンは平和になるはずなんだ。これこそ私が望んでいた状況だ。

 オルヴァヌスの咆哮が山の向こうまで轟いて空を揺らす。それと同時に振り上げた前脚をポルドナ目掛けて振り下ろす。

「う、嘘だやめろッ!やめろいやだいやだぁぁぁぁぁッーーー!!!」

 断末魔の叫びは前脚が地面に叩きつけられたと同時に消え去る。いつもの様に人を殺した感覚は少しも感じなかった。

 

 






 
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