ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

36 / 48
第三十一話 昔話

 

 1

 

 我々をこの様に無様にした本当の存在に心当たりがある。

 目の前で体を砕かれそうになりながら人間の小娘がそう叫ぶ。命が惜しくて懇願する命乞いはこれまでも何度も聞いた。生死の境に追い込まれた生物は生存本能に駆られて様々な行動を起こすものだ。今回もその類に違いない。竜の一族(マムクート)の男は耳を貸そうとせず、そのまま力を入れ続ける。この小娘がどの様に反応するかはじきに分かる。

「ほざくな…!本当の存在だと?貴様ら人間以外の誰がそんな事をするというのだ?!誰であろうと我らを追いやったのは人間共だ」

 これまでの歴史が思い出される。これまで歩んだ辛酸を嘗めて耐え忍んできた永い永い月日。謝罪一つで許す事など到底出来る訳もない。

 どれだけの同胞が殺され、苦しめられ、蔑ろにされ、種族の生存の為に犠牲にならざるを得なかったか。一族の心と記憶に刻まれたこの恨みの深さを人間に計る事など出来るものか。

 思いが募る度、指先に力が入る。掌の中でなされるがまま耐え忍んでいる小娘の額から脂汗が滴り、息も細くなっているが抵抗しようとする気配はない。

「ダメだ!今行きますよシーチェさん!」

「動くな…動くなッ!ねぇ、信じてよ!」

 仲間が救出に動こうとする事すら止め、ひたすらに話をしようと語り掛けて来る。竜の一族(マムクート)の男にとっては初めての経験だった。ここまでして死地においても対話を試みて来る人間の存在。

 全ての元凶(黒竜オルヴァヌス)を宿している人間を“人間”と呼べるのならの話だが…それがこうしてここに現れた事もそんな存在があることも考えてみればこれまではなかった。

 話を聴く価値はあるかもしれない、と思ったのは気まぐれ、というやつだろう。根拠はないがそうしてみたいと思った。

 指先の力をゆっくりと緩めていき体との間に余裕が出来ると、人間の小娘はドサリと地面に落ちて崩れた。激しく咳き込みながら息を貪るのを眺めながら男は一度ゆっくりと周囲を観察した。奇襲してくる様子やここにいる人間以外の存在はどうやらなさそうだと判断してから男はゆっくり化身を解く。

「お前の話を聴こう。手助けはしないがな」

 地面に倒れている人間と彼女を介抱する彼女の仲間達に声を掛けてから、男はゆっくりと踵を返す。

 霧の向こうで周囲を囲んでいた同胞も化身を解いて話を聴く態勢になったが決して歓迎している訳ではない。人間たちに向けられているのはただただ酷く冷たい視線だった。

 

 2

 

 私は1人、男の家に招かれた。男はハイゼルと名乗り目の前に腰を下ろした。外に居た時は霧の中だったうえ外套を身に着け、フードを被っていたので顔を見る事も出来なかった。思ったよりも若く見えるが、私達より遥かに長寿である竜だからきっと実年齢はずっと上なんだろう。その経験からなのだろうか多くを見てきたであろう彼に目を向けられるだけで自分が見計られてしまいそうな気がする。

「先に言っておくが、我々はもう人間とは関わりを持つ気はない。お前の話が例えどの様なものであったとしてもな」

「…分かった。早速だけど私から。どうしてこの身に黒竜を宿す事になったか」

「待て」

 ハイゼルは私の言葉を手で制する。そのまま額に向けて手を伸ばしてくるので、私は何をされるのかという理解出来ない恐怖から体が防御の反応を示しかけた所でまた制される。

「竜は声に出さずとも記憶の疎通が出来る。お前の過去、それを見て判断する」

「人間の言葉は信じられない、という事なのね?」

「そうだ。その時に私の記憶も流れ込む。しかと見ておけ」

 彼は間髪入れずに答えた所を見ると少しも私、いや人間そのものを信用していないようだ。ハイゼルが彼の方法で私の意思を読み取りたいというのならそうするしかない。私は姿勢を直して彼の手を受け入れる事にした。

 同じ人の形をした大きな手が優しく額に触れるとその瞬間、電撃の様なものが脳を走り抜けた。

 奥の方から現れては流れて消えていく自分の見た事のない景色。ハイゼルの記憶だと気が付くのにそんなに時間は掛からなかった。

 

 小さな子供だった頃、父と母に連れられて赴いた人間の大きな集落。そこで仲良く会話をする人間と父母に混ぜてもらって優しく声をかけてくれる髭を蓄えた初老の男性。髭の男性と何かを話すと彼は満面の笑みで品物のリンゴを1つ手に取って渡してくれた。“いつもありがとう”と言っていた。

 何に対しての“ありがとう”なのかはここからは分からないが、常に感謝をされるほどお互いに良好な関係性を築いていた事は窺える。

 別の場面では山間にある竜の一族(マムクート)の村に来た人間の旅人を囲んで宴をしている場面も。一族は一晩明かせる場所を提供し、旅人の話を楽しそうに聴いている。部屋に響く大人たちの笑い声が耳にいつまでも残っている。

 人間と竜の日常はそれぞれがお互いに交わりあっていた。見た目に違いがあってもそんな事はお構いなし。会話が成り立ち、お互いを尊重しあえる種族として垣根のない生活を営むことが出来ていた…

 

 電撃と共に再び場面が切り替わる。

 少し成長を感じる視線の高さになった頃、人間の村から大きな火の手が上がっている光景が映る。人々が逃げ惑う中、その流れに立ち向かう兵士の集団に混じって竜の一族(マムクート)の仲間が何人か続いていく。走って彼らに続く視界は揺れ、壊された建物の周りでは倒れている人間の姿も見える。

 視線を奪われていると仲間が肩を叩いた。“集中しろ”と言う強い口調から感じられる緊張感、それに大きく頷き応える。

 兵士たちと共に村の入り口に辿り着くとそこでは戦争をしている。人間と対峙しているのは()()()()()()()()()()であり、お互いが武器を振るい合う。

 “始めてくれ!”という兵士の言葉で一族の仲間が一斉に竜へと化身する。炎の中から轟くいくつもの咆哮に人間たちから鬨の声が上がる。化身前より遥かに大きくなった視界、ゆっくりと歩みを進めていき戦列に加わる。

 圧倒的な力を以て戦場を蹂躙し人間の手助けをした竜の一族(マムクート)は何度でもその力を発揮し続けた。敵は黒く巨大な竜だと聞かされても尚、自分達の一族とは違うという事を示す為に人間の傍で共に戦いを続けたが、いざ黒き竜の討伐に挑む際は呼ばれる事はなかった。

 仲間達も人間に対して決戦に参加させて欲しい、と違う記憶の場面で声を上げているが自らを人間側の使者であると名乗った白いローブ姿は顔も出さないままに告げる。

“我らは神の力を以て黒竜を葬りこの世界を再生する。これは我らの聖戦である”

 使者が何を言っているのか仲間は誰も理解できなかったらしい。ただその言葉を残して集落を去っていくローブの後ろ姿がいつまでも消えなかった。 

 

(異形との戦いには参戦し大きな戦力になった彼らを決戦である黒竜との決戦には呼ばなかった…?) 

 

 そして再び場面が切り替わる。

 戦争が終わったあとで人間の村を訪れた竜の一族(マムクート)達はこれまで感じたことのない憎悪を人々から向けられていると感じた。声を掛けても邪険に追い払われるばかりか、石まで投げつけられる。叩きつけられる罵詈雑言、向けられる謂れのない敵意に困惑して対話を試みる。彼らの誤解を解かなければ、と一族は必死になって話をしようとした。だがそれは最早叶わないものだと思い知らされた。

 人間の側に送った一族からの使者は死体になって送り返されて来たのを見た時に生まれ支配したどす黒い感情。彼らは“奴ら”へと変わり、明確な敵となった。しかし報復を叫ぶ一族の仲間に対して対話を説き続ける者も存在した。ハイゼルの父がそうだった。ハイゼルの父は人間と対話をする為に少数の仲間と共に再び人間の集落へと向かった。

 数日後、ハイゼルの父はたった1人ボロボロの姿で戻ってきた。力の入らなくなった体を支えて何があったのか尋ねると涙を流しながら“人間を信用するな”と言葉を遺し父は腕の中で逝った。

 対話に向かった彼らの死を弔っていた次の日には今度は人間の軍勢が押し寄せる。見たこともない旗印を掲げて。

 青色の中に金色で祈りを捧げる女性を象った旗印の人間達は問答無用に一族の村を蹂躙し、戦った男たちも女子供も容赦なく殺して回った。口々に“女神の沙汰が下った!”と叫びながら。

 何が奴らをそこまで駆り立てているのか理解をする暇などなく、命からがら一族は追手から逃れた…

 

 額から手がそっと離れる。

 記憶を見ている間の意識はなくて終わったと同時に現実の感覚が戻ってくる。

「お前…泣いているのか」

 ハイゼルの言葉に指先を目元に添える。水滴が目尻に溜まっていて指先を濡らし、頬にもそれが伝って流れていたみたいだ。

「そうみたい。私と似ていて、つい…」

 人間に追われる立場になった彼らが歩んだ歴史とかつて国から追われる立場になった私。信じていた人々に突然裏切られる事がどんなに苦しくて悲しいことなのかを知っている人間だけが理解出来る感情の動き。

「お前の記憶も見せてもらった。嘘はない様だ」

 ハイゼルの表情は相変わらず固いままだが声は少し柔らかくなる。彼も自分の記憶を見せてくれた事で私は自分の仮説が正しかったという答えを手にする事が出来た。

「改めて問おう。我らを追いやったのは何者だ」

 表情を引き締めて尋ねてくるハイゼルに私も姿勢を正してから答えた。

「この大陸で唯一の宗教集団シューレ教…他の神や宗教は邪教と断じる傲慢な連中よ」

「宗教…?人間共が信じる“神”というものか。そんなものの為に我らは蔑まれ、迫害され、殺されたというのか…?」

 ハイゼルは頭を抱え、目頭を強く抑えたと思うと肩を震わせる。

「は、ハハハ…」

 小さく低く伝わる乾いた笑い声。これまでの憎悪、困惑、失望と並べられる負の感情すべてが込められた笑い声に久しぶりに恐怖を覚えた。

「そうか…我らは種族の垣根を超え共存の道を歩んできたつもりだったが、それすら奴らには感じられてなかった!自分達さえ良ければそれが全てで、他の種族や命の事などどうでもいいと微塵にも気にしない。これまで共に歩んだ軌跡の事など忘れ、その時都合の良い方へと逃げていく。竜が世界を滅ぼしかけ、自分達の生活を壊したから竜は全て敵だとかつての友の話を聴きもせず、全てを躊躇なく奪っていくというのだな…!我らは人間の危機に命を懸けて戦ったという恩も忘れて!」

 種族ごとの違いというものを理解し、相手を尊重してきた竜の一族(マムクート)からすればそれを蔑ろにして容赦なく奪う事の出来る人間が悪魔のように思えただろう。自分達の命を犠牲にして別の国家や種族の為に戦う、という決断がどれ程過酷で勇気ある決断だったかという事も私には理解出来る。それを手のひらを返して牙を向けたとあっては…

 どうして私達はそんなに残酷なことが簡単に出来るのだろうか。 

 誰かを救うとか、何かの為にとか、戦う理由はすぐに見付けられる。そして決まってしまえばとんとん拍子で事は進んでいく。それなのに共に生きる事に対しては凄く長い時間を掛け、複雑な感情と理論を絡ませてルールで雁字搦めにしないと進んでいけない。

 長い時間を掛けて築いた異種族同士の友好の道は一部の人間の思惑のせいで踏みにじられ、閉ざされた。ハイゼルや彼の父、竜の一族の先人たちが歩んできた想いを踏みにじり、泥を塗ってしまった…

 彼の怒りを止める事は出来ない。

「安心せよシーチェ・フェイエンベルク。ここでお前を殺したりはしない。竜の一族の矜持もある」

 吼えた事で冷静さを取り戻したのかハイゼルは話し始めた時とおなじ声色と抑揚で言葉を続けた。

「改めて伝えておくとしよう。“()()()()()()()()()()()()()()()()()()”とな」

「…私の胸に留めておくことにする。話をしてくれてありがとう」

「早くここから立ち去れ。そしてもう二度とここに来るな。次に人間を見た時は迷いなく殺すだろう」

 最後の最後でこれまでに感じた事のない、深く重い怨念にも似た殺気を全身に浴びながらハイゼルの家を後にした。

 外に出るとマムクートの監視を受けながら待っていたクレハ達と合流する。

「大丈夫だった?」

 この時、彼女の心配する言葉にも返すことが出来ないくらい私は頭がいっぱいになっていた。 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。