ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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第三十三話 胸の内 ~絶望と希望~ 

 

 1

 

 カイ王国 クロガネ城

 

 私が竜の一族の住処へと旅立ってから一週間経ち城へと帰還すると城は既に戦場に変わっていた。とはいえ、半包囲で攻撃を受けている状況でも固く閉ざされた城門と余裕の見えるカイ兵の様子を見ると戦況は悪くなさそうだ。外で大きな音を立てて守備兵の士気を下げようとする試みも余り効果が出ている様子は見えない。

 それを見て思うのはブルガンツに残してきた王宮騎士団と残敵掃討に送り出したブレグの部隊の状況がどうなっているか。ここに来てからは戦況は全く見えないままだったので、悪い状況になっていない事を願うばかり。私がここで時間を余計に使ってしまう事は計算していたので、想定できる事に対策を施して対策しては来ているけれど…心配事は尽きない。

 もう少し時間が掛かると思っていたが、カガミ山脈を降りた所で〈金鵠武者〉のダイヤが連れて来ていた〈天馬武者〉と合流し、ここまで護衛付きで連れて来てもらったので帰りは予定よりかなり早くなった。

 広場では見知った仲間達が夕食を囲んでいた。

「お、ようやく帰ってきたか。お帰り」

 篝火の傍で焼いていた魚を食べながら、ハスタが手を振って出迎えてくれる。内戦の初期から行動を共にしてきた面々が無事だった事に安堵していると同時に香ばしい焼き魚の匂いが鼻をついた。食事を囲む彼らの傍には大きめに握られたおにぎりも置かれている。久しぶりの再会だが、それを喜ぶ気分にも食事を羨ましく思う気持ちにもなれなかった。

「リクはどこ?」

「俺達の控室に居る筈だ」

 会話も殆どせず、控室に割り当てられた部屋へと戻る足に感情が乗り移る。すぐにリクの元へと急がなければと気が急いていた。

 城の廊下には迎撃の為に用意された武器の入った箱が積み上げられ、せわしなく動き回る兵士達と何度もすれ違い、彼らの挨拶にも応える余裕がなかった。

 そして最初に通された控室まで来るとリクはエリフと打ち合わせをしている所だった。

「戻ったかシーチェ」 

「待たせて悪かったわ。時間はあるかしら」

 打ち合わせをしているタイミングで割り込んでしまったので確認する。彼らは気にせず、順番を譲ってくれた。

「もちろんだ。何がいい話はあったか?」

 期待に満ちたリクの声。その期待には応えられない。そう思うと更に気持ちが暗くなる。

「ごめんなさい、残念ながらいい話は何も」

「そうか。だが謝る事はない。悪い話は?」

「それは…」

 どこから話せばいいのか分からない。私の知っている話も含めて全てを伝えるべきか?でもそうする事に意味はあるのだろうか。いや、私の知っている話と事実の全ては伝えずに居た方が絶対に良いに決まっている。少しずつ公表するものを選択して伝えなければどうなるか分からない。()()()()()()()()()()()()()()()絶対避けるべきだ。

「シーチェ?」

 リクが心配そうに顔を覗き込んでくる。目元に掛かるくらいに伸びている銀の髪がふわりと揺れ、その奥に見えた瞳が私の中の感情とかを読み取ろうとしている。

「ごめん…少し、整理させて。ちゃんと話すから」

 彼の視線を受けて少し動揺しながら考える。と同時にバラバラの言葉を繋ぐ。

 ハイゼルと話した事はこれは本当にそのまま伝えてもいいのか。しかしそれすら伝えないとなれば皆の時間を使い、無駄に待たせてしまっただけになる。

「マムクートの長と話をしたの。マムクート達が経験した本当の歴史について」

 言葉と事実を選びながら少しずつ切り出す。何を伝えるか決め切れていないのに会議に臨んでいる時みたいに整っていない言葉が並んでいく。

 人間とマムクートは以前は友好的であった事。

 黒竜が前に世界に現れた時はその危機に対して共闘した事。あの時見たハイゼルの記憶の映像を思い出しながら言葉に変換した。 

「嘘ではないんですか?竜は元々人間を下に見ている種族である、と今は誰でも知っている話ですが」

 エリフは顎に手を当てて勘繰る仕草を見せる。確かに言葉で聴いただけでは疑わしい事でしかない。

 世界の人間の殆どはシューレ教の教えを信じ込んでいる。幼い時に行く学び舎で“先生”と呼ばれる人々は歴史を全てこの様に子供達に対して教え込む。マムクートは人間を嫌い、寿命の自分達より短い人間を下に見ていると。先人の教えに疑問を持つ事は許されても、それを暴こうとする事は禁忌とされ、数多の学者が禁忌に触れた事で国によって粛清されてきた。

「彼らの住処で彼の記憶を見たの」

 その教えはあくまでも人間側の主観に過ぎない。何故彼らは忌み嫌われる対象になったのか、その事実は普通なら手の届かない所に隠されたままのはずだったその場面を。

「記憶を見た…?マムクートはそんな事が出来るのか?もしくは竜同士のコミュニケーションなのか?」  

オルヴァヌス(こいつ)を宿して化身出来る今の私ならその理屈も通用するのかしら。出来た理由に関しては分からないけど、少なくても記憶は嘘をつかない」

 言いながら右手に視線を落とす。カバーをして隠している手の甲には禍々しい痣がまるで呪詛のように刻まれている。日に日に色濃くなる痣に影響されて私の右手はもう殆ど肌色が見えない。この痣を見られた人には適当にはぐらかしているが私が巨大な竜になる事は敵味方問わず大多数の人間にバレている。その竜が黒竜であると知っているのはごく一部の人間だけ。

 実はマムクートの血を引いていた、という理由では苦し過ぎる。

 この問題と紐づく真実。それをどうするのかなんて1人で決められるはずがない。だけど、今私が密かに考えている事が正しいのかと言われると絶対に間違っていると思う。

「ごめん、暫く1人にしてほしいの。出発の時には合流するから」  

「…明日の夜、マサカゲ将軍の出撃に合わせて城を出る。少しばかり城から打って出て時間を稼いでくれる。夕刻、この控室に集合してくれ」

「分かったわ」

 私はそそくさと踵を返すと、不意に肩を掴まれた。見なくてもリクなのは分かって顔だけを彼に向ける。  

「1人で背負いこむなよ」

「…ありがと」

 感謝を示しはしたが、それは本心から出た言葉じゃなかった。

 世界を壊せる力が自分に宿っている。誰かに話して楽になるような軽いモノじゃない。誰が分かってくれるものか、と私は内心ムカついた。

 

 2

 

 部屋を退出していくアスマはどこかへと移動しながらすぐに軍師のカンクロウを呼んだ。

 すぐ後ろを付き従う右腕は呼ばれた事に返事したきり口を開かない。昔から必要以外の会話をしないタイプの人間なのは良く知っている。今も自分が口を開くのを待っているのだろうと思い、いざ話そうとすると珍しくカンクロウの方が早く言葉を発した。

「アスマ様。シーチェ・フェイエンベルクが戻ってきたようです」

 その報告を聴いて思考の全てがそちらに向いたのが分かった。

 彼女がその体に宿しているという黒竜(オルヴァヌス)が出現した当時の事を知り、知見を深める為に向かったカガミ山脈にあるマムクートの住処でどんな話を聴いてきたのか。そこで知り得た情報はひたすら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その何かに近付いたものと踏んでいた。

「戻ってすぐシリアン国王の下へ行ったようです」 

「やはり真っ先に行ったか。さて、彼女が帰ってきたという事は即ち、賽は投げられたがどちらに転ぶかな」

 この1週間ほど離れていた間に何を聴いてきたか、何を考えたのか。

 転んだ方向によっては自国の行く末や大陸の未来さえ左右しかねない。3年前のままのシーチェであるなら最悪の決断はしなさそうだが、それは自分自身の希望的観測に過ぎない。その事をアスマは理解しており、アスマはその対処をカンクロウに命じた。

 軍師として対等に渡り合えるのは恐らく父以外にはカンクロウしかいないと考えて。

「奴は何を考えていると思う?」

「自身を貶めた敵を滅ぼすか、その力を以て祖国に仇なす帝国を滅ぼすか、もしくはその力を秘めたまま姿を眩ませるか。暫くは帝国との戦争を終わらせる事に専念するでしょう」

 シリアン公国の正位軍師シーチェの採る行動や考える事は国が方向性を決断するという重みが常にある。シリアン国王リクに近く、大黒柱として支えている彼女の決断は今や国そのものの決断になり得る。とはいえ、カンクロウがここで口にしていることでさえ推察の域を出ない。他国の人間に隠している力の事で相談などする筈もないが、それでも対応を考える時間はありそうだと考えてアスマは言葉を続ける。

「起こり得る最悪の結末はなんだと思う?」

「黒竜が彼女の制御下を離れて復活する事でしょう。もしくは彼女自身がそれを望むか」

「封印する手がかりは未だ分からんままだったな。帝国との戦争を()()()()()続けるとして、その間にあらゆる対応を考えねばな」

「仰る通りです。いずれにしてもカイが滅亡する事だけは絶対に避けなければなりませぬ」

 アスマは強く頷く。そうだ、それだけは避けなければならない。

 たとえ何を敵にしようと、どんな困難に飲み込まれようとも。この国に生きている全ての人々とこれから生まれて来る命の為に戦ってきた自負と、王の一族としての誇りがアスマの心の奥底に根付いていた。

「明日はリク達が城を発つ日だな。最後に彼らに聴いておく事はあるかカンクロウ?」

「私は何も。殿下はいかがでしょう?」

「聴くべき事、という大層な理由付けが必要なものはないな。彼らとただ話がしたい。他愛もない話をな」

 アスマは新しく国王になったリクのことを知らなかった。名前ではなく、中身のことを。そして交流のあったシーチェがあれからどうしてシリアンに戻る気になったのか。単なる興味と言えばそれで説明がつくくらいのものだ。  

 彼はカンクロウと別れるとリク達を通した部屋へと向かった。

 軍議を終えた頃にはすっかり夜も更け、城の廊下から見える広場では籠城を支える使用人や集まってきた民たちが一丸となって炊き出しや治療をしている。天守のある場所から最前線の城壁までは幾つかの拠点があり、ここはまだ最前線の雰囲気は出ていない。敵は居なくとも、戦線を支える為の部隊の交代や負傷兵の入れ替えなどここにはここの戦いがある。

 戦いは全く素人の彼らだが、役に立ちたいという意識は強い。出来る事をしようと奮闘してくれており自ら炊き出しなどの手伝いを申し出てくれた者ばかりで、そんな彼らを巫女のナナが束ねて指示を飛ばしているのが見えた。ここに来るまでは臆病でいつも自信なさそうな態度や言動が目立っていたが、軍に入って過ごすうちに色々と成長してきたようだ。

 その景色を見ながら歩いて数分。ここに至るまで何人かの兵士や将と言葉を交わしつつ、アスマは目的の部屋の前に着いた。

 ノックをしようとすると不意にノブが回ったので思わず手を引っ込める。ゆっくりと開かれた扉の向こうから現れたのはシーチェだった。彼女はアスマに気が付き、慌てて頭を下げる。

「アスマ様これは失礼致しました。陛下は中にいらっしゃいますよ」

「それはちょうどよかった。君はどこへ行くのだ?少し話がしたかったのだが、改めてにした方が良いかな?」

 ()から戻ってきたシーチェの整った顔をよく見ると、疲労を感じる。目元がこけて表情も暗いようだ。

 話す内容は全くの雑談である。無理をさせるのもどうかと考えたが、彼女は踵を返して部屋に戻る素振りを見せてアスマを誘った。

「私は大丈夫です。そう時間が取れる事もないでしょうし、どうぞこちらへ」   

 見慣れた客間の中ではリクと側近の騎士エリフが何やら話していた所だった。  

「アスマ殿、こんな時間に急用か?」

「いや交流の時間を、と思っただけだ。お互い、これより向かうは戦場…最後の晩餐にならないとも限らないからな」

 我ながら物騒な事を口にしている。少なくともここにいる誰もが死ぬつもりなど毛頭ないと知っていながらそんな事を言うなんて無粋過ぎただろうか。

 しかし言葉の端を感じ取ったらしいシーチェは固まる男子2人を差し置いて動き始める。

「晩餐の品目(メニュー)は決まっていらっしゃるので?」

「ふっ…いいやまだだ」

「最後の晩餐にふさわしいメニューは知り得ませんが?」 

「誰もがそうだろうな。ところで、君の淹れる茶は格別だと聞いたぞシーチェ」

「煎茶には嗜みがありませんが…今あるのでしたら、紅茶(ダージリン)で良ければご用意します」

「そちらの国の名産品の一つだったな。ありがたい。お二人は?」

 アスマの問いにリクとエリフも同意したのを確認するとシーチェは奥へと消えていった。

「こうしてしっかり腰を据えて話す事は初めてだな陛下、いやリクと呼ばせてくれるか?」

 向かい側に座っているリクに対して友好の意を込めて問い掛ける。

「勿論構わない。俺もアスマ、と呼ばせてもらうぞ」

 あぁ、と頷くとお互い自然と手が伸びていた。同じタイミングで伸びた互いの手を見て、2人に笑みが零れ、その手を強く取り合った。

「しかし、お互いに空いた時間など無いに等しい。こんなに長い時間、ここに居たのにも関わらずゆっくり話す事も漸くだ」

「全く…背負うモノが大きいと犠牲にするものが増える。自分の事なんてその最たるものだと思わないか?」

「いつでも後回し。その通り」

 緊張が解れたのか、椅子でリラックスしているリクの姿はもの珍しいのかも知れない。傍で控えているエリフが目を丸くしているのが見えてその様子も面白かった。見た感じ生真面目で表情に感情があまり出なさそうだと感じていたがやはり人は見た目だけでは分からないものだと思った。

「話してみないと分からないものだな。何事も」

 感慨深げにリクがぽつりと呟く。問い掛けられた訳ではなさそうだったが、拾うべきか迷っているうちに彼がそのまま話を続ける。

「話せる…会話が出来る、その機会がある。それは人生において大切だと思わないか?」

「そなたの言う事、良く分かるぞリク。その機会を失ったままで過ごしている事で失うものは多く、大きい。自分達で解決できる問題であるならば、会話の機会は決して絶やすべきではない」

「…帝国皇帝(クーゲル)もこうして話してみると思うよりも面白い人物だったりすると思うか?」

 明るい表情だったリクが少し神妙な面持ちになって今度は訊ねてくる。

 帝国皇帝クーゲルと話した事はないが、幾つか知っている事はある。彼の出立や思想のベースになりそうな出来事。話が出来るタイプかも知れないが、控えめに言っても話を聴いてくれる類ではない。

「幼少期の話を知る限りユーモアの類は興味は無さそうだが…話してみて学ぶ所は多いかも知れない。あの帝国をここまで纏め上げて、他国と戦争するくらいに持ち直した実力はかなりのものだろう」

「国を統べる王としての実力か…俺には届かない所ばかりだろうな」

 自分と見た事もないクーゲルを比較して肩を落とすリク。彼も知っているクーゲルの生い立ちと自分のここに至るまでの経緯を重ねたのかもしれない、とアスマは思った。彼を励ましたい気持ちと叱咤する両方の気持ちが出て、思わず口調が強くなる。

「他人の人生と自分を比べて何の意味がある?」

 その声に項垂れていたリクは頭を上げてアスマを見つめた。

「全く同じ人間など存在しないんだ。そなたがこれまで感じた事や学んだ事、こうしたいという気持ち、そこに至るまでの全ての経緯と歩む道程は君だけのものだ。他の誰もそれを体験しえない」

「アスマ…」

「その自分だけの道を歩む中で共に歩んでくれる、応援してくれる人間がいるからこそ、君の夢は輝く」

 リクの肩にそっと手を乗せて語り掛ける。自分を貶めるような考え、弱気な所を見せる事などあってはならない立場の(リク)が人間として本音を零している。

 不器用な人物なのだと、最初は思っていた。しかし、こうして話してみると様々な事を考え、苦しみ、もがいて、それでも前を向こうとしている人として逞しい人物だった。ある日突然国を背負う事になって、立場を追われ、他国の脅威を目前にしても勇敢に立ち向かっている。

 自分が不器用な事も彼はきっと分かっている。自分の言葉で言えなくてもその姿を見ている人々は彼の姿勢を理解している、とアスマは感じ取れた。

 だから指揮官不在の本国(リクの居ないシリアン)でも戦線は崩壊せず、耐え忍んでいる。誰もが王の帰りを信じている。

「…そなたの描く未来に、夢を託した人間はきっと自分が思っているより多いぞ。リク」

 優しく微笑むアスマの言葉はリクの心に染み渡った。

 自信のなかった自分だが、それでも付いて来てくれる人間が沢山いる。その人達は自分を信じてくれている。王座を追われたあの日から、蔑み続けていた自分の事をそう思えるようになっただけでも、心が解放されたようにすっきりとした。

 頬に一筋、涙が流れていた。それを拭い、リクは強い瞳をアスマに向ける。

「ありがとう…自信が持てた。話が出来て良かった」

「そなたの心情を全ては分かってあげられない。だが、寄り添う事はいつでも出来る。我々は友なのだから」

「平和になったら今度は是非シリアンに来てくれ。歓迎する」

「楽しみにしている」

 話がひと段落ついたタイミングでシーチェがお盆と茶器を持って戻ってきた。

 茶器をお盆から机に移して紅茶を淹れる間、彼女が自分から口を開く事は一度もなかった。 

 

 





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