ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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第三十四話 帰路

 

 1.

 

 私は走り続ける。もうどれくらいの時間をそうしているか意識はない。目の前の巨大な竜を目掛けて、屍を超えて進み続ける。周りには見知った仲間が居て、共に武器を手に同じ場所を目指していた。

 先頭に立つ銀の装いのリクが真っ先に斬り込んでいく。倒さなければならない敵に私もフェイルノートを射かける。

 距離はほぼ至近。私にとっては外しようもないくらいの距離。引き絞る弦の感覚が指先で解放され、矢が翔け抜けた。

 だがその矢が敵に命中する事はなかった。外した理由を考える暇もなく、迫る敵を狙い直して矢を番えようとして、今度は全く弦を引く事が出来なくなる。

(なんで?なんでこんなに重たいの?!)

 弓を引く力が全く無くなったみたいにびくともしない重たい弦。私は諦めて接近戦に持ち込もうと矢を捨てて敵の軍勢と距離を詰め、フェイルノートを振りかぶる。敵の隙を完全に衝いており、貰ったも同然だった。その一撃すら私は外した。何もない空間を刃がすり抜け、その瞬間私の思考は完全に止まった。

 こちらを向いたリクが叫んでいるが言葉を聴きとる事が出来ない。

(何を言っているの?!)

 そして目の前に現れる黒い影。地面から一瞬で姿を現した()()は手にした武器をそのまま突き出し、切っ先が胸を貫ぬいて…

「はっ…!?」

 音が聞こえる。荒く掻き込む様な呼吸音と何かを鳴らす音が私を現実に引き戻し、そこで初めてさっきまでの光景が夢だったんだと理解した。

 胸に手を当ててみると暖かく、赤い液体も流れていなければ痛みもない。鼓動が早いペースを打ち続けているのを掌で感じて、自分が寝ているうちに殺された訳じゃなかった事を確認する。私はまだ生きている。

 それにしたってなんという悪夢だろうか。寝る前に着替えた服は汗でぐっしょり濡れ、額にも汗が残っている気持ち悪さに耐えかねて私は用意されているタオルと持ってきた着替えを出す。

「…はぁ。まっったくもう…」 

 部屋の窓の向こうにはカガミ山脈に連なる山の頂上が見え、そこから更に視線を上げると煌々と輝く月が浮かぶ。早く床に就けたから、久しぶりにしっかりと睡眠を摂って明日にそなえるはずだったのに。

 着替えに手を通して、汗を拭いに行くうちは覚醒してなかったからかぼんやりと済ませたが、床に入った瞬間さっきの夢の事が脳裏に蘇る。

 やめろ。考えるな、寝ろ……寝ろ…。

 だが、念じれば念じる程脳は動き出す。横になったまま結局さっきの夢の事を考えて始めてしまった。どうして敵に攻撃が当たらなくなったり攻撃出来なくなったりしたのか。最後のアイツは何だったのか。

 夢なんてなんの役にも立ちはしないのに。そんなものに心を揺さぶられるくらいに私は…なんだと言うんだ?

 痣の広がる右手を月明りに照らしてみる。私がこんな事になった全ての元凶。白かった筈の肌を侵す黒く禍々しい血管の様な模様が持つのは世界を破壊する力。公都を奪還する途中で突然現れたあのひょうきんな奴が残して行った乱世を生き抜く力。思いを巡らせていると、ふとあの時の言葉が蘇った。

「自分らしく生きる、ね」  

 

 次の日の夕方。リクに言われた通り、装備を身に着けて私は応接室に入った。

 いよいよ今日カイを離れる。戦線を支えている王宮騎士団やブレグ達に朗報を持って帰れる。様々な不安が胸を締め付けていたが、ここで少し痞えが取れたがまだまだ課題は多い。寧ろ戻ってからが本番だ。

「この先の展開だけど、まずは敵の進軍能力を奪う」

 シリアンとヴィツワの国境付近の地図を広げて私は策を伝えた。

「このまま敵の侵攻を受け続ける訳にはいかない。かと言って逆侵攻する余力はない…ならば時間稼ぎをする」

「どうするつもりだ?敵の兵力はこちらを圧倒してる。正面から補給線や兵糧拠点は狙えないだろ」

 隣で地図を見ているリクが問いかけて来る。私は勿論、とまず答えてから詳細を説明した。

 こちらの前線拠点のブルガンツと示された地点と国境を超えた先の敵の都市ノヴィツ。帝国の物流の拠点でもあり、規模も大きな都市である。その近くに軍用の拠点を設けていると私は予想を立てていた。

「敵が侵攻の為に用意した軍が総勢20万。全てが前線に居ないにしても、かなりの数が居る以上兵糧の数もかなり用意されているはず。ただでさえ食料不足の帝国からしたら兵糧を焼く事が出来さえすれば、進軍能力は大きく低下する。その隙にこちらは回復する事が出来る」

 戦力が多い分、統率も難しくなり特に補給は困難なものになる。十分な量の食料を確保するのに苦慮している帝国において、そこかしこからかき集めてきた貴重なそれが焼き払われたとなれば軍にも民にも与えるダメージは大きい。

「よし、今後の目標はシリアンに向く軍勢の兵糧を焼き払う事にしよう。しかし、それをどうやって実施する?」

「私が行けばいいわ。空から拠点ごと焼き払う」

 黒竜はまだ私の制御下にある。今ならいつでも姿を入れ替える事が出来る自信もあった。

 突飛もない策を用いて警戒されればもう二度と好機(チャンス)は訪れない。一回で確かな効果を出せなければ、攻勢を急がれそのまま押し切られる。敵が数の差に油断して緩い攻勢を続けている今しかない。

「詳細はブルガンツに戻ってから。時間を有効利用する為にもね」 

 私が話を切り上げたのとほぼ同じタイミングで、扉が開かれる。現れたのは兜が赤く塗られたカイの騎兵装備を纏った【騎馬武者】と全身真っ赤の甲冑姿の男性。顎に蓄えられた髭と髷でマサカゲだと分かった。その後ろにはクレハや巫女も付き添っていた。

「国王陛下、ご支度は整っておられるか?」

 兜を小脇に抱えたマサカゲが最初に会った時とは全く違う雰囲気で確認する。

 彼の発する戦場に臨む武人の威圧感で肌がピリピリしてくる。リクはマサカゲに正対して力強く答えた。

「勿論だマサカゲ殿。“赤備え”の戦を見れるこの時を楽しみにしていた」

「それは僥倖。我々の戦と武名をシリアンの皆様方へお伝えして下され。それでは、出陣の儀式を行うとしましょうぞ」

 後ろに控えていたクレハが、皆様どうぞこちらへ、と掌をゆっくりと導きたい方向へと動かして私達を誘導する。

 先導される形で向かったのは広場で、そこでは赤い鎧兜を纏った兵士達が“整列休め”の体勢でずらりと整列していた。数は五千は下らないだろう。

「あの盃…カイの出陣の儀か?」

 リクが兵士達に配られている赤い盃を見て問いかける。問いかけられたクレハは肯定し、由来を解説し始める。

「はい。我が国では開戦の際には勝利を祈りゲッケイジュの葉を巻いた餅を食し、出陣の前は“この世に未練を残さず戦える様”にと盃の酒を飲み干してその盃を叩き付けます」

「戦場に行く前に酒を飲むのか。大丈夫なのか?」

 ぎょっとした顔で尋ねるリクにクレハは笑って答える。

「我々の験担ぎでもありますから」

 前にカイでクレハと戦闘を共にした時は酒を一口飲んだだけでも真っ赤になっていたが…いざ戦闘に入ったらそんな事は存在しなかった事の様に凄まじい活躍をしていた。

 そんな事を思い出しているうちに私達は彼らの前で、兵士達に正対するように横に列を作って並んでいた。

「始めます」 

 整列が完了したのを確認したクレハが、合図を出す。 

「「「気を付けぇぇぇッ!!」」」

 各所に居るだろう指揮官からの号令に応じてザッ!という足音が見事に揃い、直立不動になる“赤備え”の兵士。

「者共聴けぇィ!!これより我らはクロガネ城を発ち、包囲している敵の先陣部隊に対して一撃を加える!これはこの戦が始まって初の攻撃となり、我ら“赤備え”が殿下より栄えある一番槍の栄誉を賜ったァッ!!」

 マサカゲの演説が始まり、作戦の詳細が伝えられる。打合せでは、赤備えの戦っている中に続いて進軍し、私達だけそのまま恐れの森方面へ脱出して森に沿ってシリアンを目指す算段である。この何重もの包囲を抜けて突破しなければならない難しい作戦だが、迂回している時間はない。敵が混乱しているうちに戦列さえ抜けたら夜闇に紛れてしまえば良い。その間敵の目を引き付けてくれる役割を赤備え(彼ら)が引き受けてくれる。

「敵はこの扉が開かれる事も、そこから我々が出て来る事も予想していない。そして敵の想像を超える武を見せ、敵の気勢を挫き、シリアンの方々の帰路を拓く!赤備えの力、シリアンの方々にとくとご覧に入れろッ!!」

「「応ッ!!!」」

「盃を持てい!」

 マサカゲの号令に従い、兵達は顔の高さまで盃を持ち上げ、私達もそれに倣った。

 私達が揃うのを待ってからマサカゲは盃の酒を一口で飲み干し、赤い盃を叩き付ける。乾いた音が壇上に鳴り、その後に私達がバラバラに叩き付ける音が続いた。 

「出陣じゃぁぁぁ!!」

「「「うおぉぉぉぉッーーー!」」」

 歓声が轟き、山を伝って木霊する。その場の空気が震え、熱気が溢れる。騎馬兵、天馬兵は相棒に跨り、号令に従って並んだまま移動を始める。

 マサカゲの演説と出陣の儀の効果なのか戦いを前に気持ちが引き締まっている。下士官として戦列に加わっていた時の事を思い出した。あの時も指揮官の檄に胸を高鳴らせ、戦場の恐怖を前に勇気を貰い、いつか自分もと思ったものだ。フェイルノートを握る手に自然と力が籠る。

「リク」

 隣に並ぶ主君に声を掛ける。銀の鎧とクルバルカが装飾が目立つ(リク)はこちらを向き反応する。

「どうした?」

「必ず…帰りましょ。私達の故郷に」

 ありふれた言葉かもしれないけど、どうしても今言っておかないといけない気がした。理由は分からない。

「当たり前の事を言うな」

 そう言って彼は変わらない微笑みを見せる。何度も見たあの笑顔…それは不思議と私に勇気をくれる。

 絶望の淵にいたって何とかなる、そんな気にさせてくれるし、いつだってそうしてきた。

「さて、参りましょうぞ」  

 兜の緒を締めたマサカゲは得物である長槍を肩に乗せて慣れた動作で用意されている馬に乗った。特別な装飾の施された馬具と鬼を象った馬用の面甲を纏った馬からも普通の軍馬の何倍も威圧感が溢れる。

「開門ッ!!」

 マサカゲを先頭にして赤備えは堂々と戦場に向かう。その戦列に加わって、私達も故郷への旅路を進む。

 

 2.

 

 私達が最前線の門の前に来ると、城の塀に備え付けられた篝火が一斉に消された。   

 月明りだけが地上を照らす唯一の灯りとなる中で静かに門が開かれ、赤備えが一斉に飛び出していく。空に展開した〈天馬武者〉や〈金鵠武者〉の援護の下、城攻めで倒れた無数のヴィツワ兵の屍を超えてその後方の陣地を目指す。

 周囲は木に覆われ、道は狭い隘路。曲がりくねった道は射撃から身を守る天然の盾になる。どこまでも守りに向いているこの地形で、敢えて攻撃を行うという普通なら悪手であるこの作戦を敵は予想していないだろう。

 帝国軍陣地は隘路を抜けた先の平野付近に集中している。3カ国の国境が集中しているエリアで、補給線の側面をシリアンの晒している形だが、残念ながら今のシリアンにはそこを攻撃する余力がない。補給を襲う事が出来たら戦意を削ぐ事が出来るのに、と考えると凄く歯痒い。帝国軍の野営地や進軍経路近辺に恐れの森が広がっているおかげでシリアンへはそこから侵攻されず、守備兵を割かずに済んでいるというのはあるが、こんな油断した進軍を許しているのは自分の力量不足もある。

 ここまで敵戦線をシリアンで引き付けられたらブルガンツへの圧力も大分弱められたし、もしかしたらクロガネ城の包囲も無かったかも知れない。たらればは禁句だと知りつつも、思考が反省を止める事はなかった。

「者共!!敵の首を挙げ、敵陣を突き抜けよッ!!」

「「エイ!!エイッ!!!オーーーーーッッ!!!」」

 考え事をする私の意識を呼び戻した先頭を走る指揮官マサカゲの檄に兵士達が熱量と鬨の声を以て応じる。先陣はマサカゲ率いる騎馬隊。猛烈な突破力で敵陣の守りを突き抜けた後、歩兵隊が蹂躙する戦法自体は攻撃の基本形。捻りが有るかと思ったが、小手先の細工は不要だと言うプライドの現れだろうか。

 坂を下る時、敵の野営地が人の隙間から垣間見えた。食事を作っていただろう薪の燃える細い煙が幾つも空へ伸びたその下で、帝国兵が慌てふためいているのが分かる。騎馬隊はもう敵陣に突入し、空からの援護の下で歩兵隊は城への退路の確保と敵陣の攻撃に分かれた。私達も予定通り攻撃の戦列に続く。

 装備、態勢の整っていない帝国兵だが、乱戦慣れしているのか単体では対応して戦い始めている者が幾らか見える。見ていると戦い方は綺麗とは言えず元は野盗や山賊の類だったのだろうと予測出来た。兵力を集める為に各地のごろつきにも声を掛けていたとなると、奴等に国境を越えさせてはならないと改めて実感した。

 立ち向かってくる敵兵を倒しつつ前進を続け、いよいよ隘路の切れ目に出る。右側に広がる恐れの森、左側は帝国とカイを繋ぐ街道が見えたので私はリクに合図を出した。   

「リク隊はここで離れるッ!!カイ兵の奮闘に敬意を示し勝利を願う!」

 クルバルカが高く掲げられる。程よく高い声が戦場を駆け抜けリクの声に応じた兵の歓声に見送られて戦列を離れようとした時だった。

「上空二時の方向、帝国竜騎士隊接近!約二千!」

 赤備えの〈天馬武者〉が地上に伝令を持って降り立つ。その報せを受けて無意識のうちに頭は対策を講じ始める。

 対応の早さから来たのは敵の主攻の即応隊と予測する。

「弓兵隊は戦列を離脱し、迎撃の構えを取る!続け!」

 後方を追って来ているカイの弓兵隊が進路を外れて脇に展開を始める。みるみるうちに戦列が整い、竜騎士に正対する形になった。距離はもう目と鼻の先。こちらの攻撃態勢を察知して素早く隊形を散開させて懐に潜り込もうとする動きをみせる敵竜騎士隊に射撃が開始される。

 私は敵の動きを見て明らかに戦い慣れた集団であると確信した。統率の取れた動きに、奇襲にも関わらずここまで迫ったこの対応速度は並みの部隊では出来ない。

「シーチェ!あの竜騎士をどうする!」

「ここから逃げても追い付かれる。ここで撃退するしか!」

「分かった!俺達もここで戦い、カイ兵と共に敵を撃退する!!続け!」

 時間が惜しいのは承知しているがこうなっては仕方ない。リクの指示に仲間達から気勢が上がり、迎撃の歩兵の戦列に加わる。みるみる敵の姿が大きくなって、先頭の飛竜の容姿がはっきりと見えるようになる。

 藍色の鎧に突き出た先端が特徴的な戦斧(ラヴァラート)。飛竜は少し上昇するとある点から翼を折り畳んで急降下、真っ直ぐ私目掛けて突っ込んでくる…!

 強烈な殺意に体が反応して矢を二本番える。狙うは飛竜、敵兵の無防備な頭。引き絞る弦を解放すると狙いを外さず、矢は真っ直ぐ翔け抜けていく。しかし敵は見事な回避を見せて無傷でそのまま突っ込んでくる。

「見つけたぞ!シーチェ…フェイエンベルクゥゥゥゥ!!」

 スピードの乗った戦斧(ラヴァラート)の突きを防ぐ。重すぎる程の一撃から感じるのはカガミ山脈で叩き潰したポルドナと同じ邪悪。

「“憤怒のジュギウ”…!」

「そうだ…うちの部下をいたぶってくれたみてぇだなァ。てめぇもポルドナ達と同じ目に遭わせてやるからよ…?」

 鬼の形相でこちらを睨みつけた後、ジュギウは一度距離を取る。

 今回の侵略戦争の指揮官の1人ジュギウ。荒くれ者を束ね、他国に対して一切情けや情を掛けず、ただ勝利を求める。他国の人間や土地がどうなろうと意にも介さず荒らしていく恐ろしい男…!比較的新しい将が多いと聞いていたが彼は古参の将であり。

 そして私の仇敵でもある。

「囁きでも聴こえた?悪魔に命を捧げに来たのねジュギウ」

「悪魔狩りの間違いだ。今日こそぶっ殺してやる」  

「じゃあここで決めるとしましょう」

 カガミ山脈でポルドナからその名を聞いた時からそんな予感がしていたんだ。この戦争のどこかで、いつか決着を付ける時が来ると。

 フェイルノートを握りしめ、私は周りを巻き込まないよう戦列から飛び出した。 

  

 

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