ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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第三十五話 蘇る因縁

 

 1.

 

 “憤怒”を冠する侵略と略奪を得意とする敵将ジュギウが獲物を狩ろうとする鋭い殺意がシーチェへと向けられる。獰猛な捕食者を連想させる眼、明らかに戦い慣れた雰囲気と得物の戦斧(ラヴァラート)の形を認識し、シーチェは胸の中で沸々と煮えて来るものを感じていた。

 あの時もこうして対峙した。後に敵味方の誰からも“フェイエンベルクの悪魔”と呼ばれるようになるきっかけとなった帝国軍の侵入事件。

 燃え盛る家々。転がる老若男女の死体。子供ですら見境なく手に掛けたジュギウ率いるヴィツワ軍。奴等の標的にされたのは故郷(フェイエンベルク領)

 国境が近かったという事と偶々領地を長く留守にしてしまってその隙を衝かれ、帝国軍は部隊をフェイエンベルク領に進ませた。当時シリアン軍で軍師になり立てであった事と賊の討伐などが重なり対応も遅れたことも災いし、大きな被害を出してしまった。

 そこで学んだ。何かを守る為に犠牲にするものがある。正義とは何かの犠牲の上に成り立ち、正義を遂行しようとする者は例えどんな選択をしたとしても自分を信じていなければならないと。

 

 ー五年前 シリアン公国フェイエンベルク領ー

 

 陣を敷いた丘の上から見下ろす城ではシリアンの国旗がと領主の旗が倒され、帝国の旗が風に靡く。そして城壁の内側からは黒い煙がいくつも立ち上っていた。

 壁の向こうでは恐らく帝国兵がいまも暴虐の限りを尽くしているのを想像する。許せないだとか、相手を憎む気持ちよりも最初に出てきたのは自分の不甲斐なさとかを呪いたい様な気持ち。こんな屈辱があるだろうか。これまで感じた事のない底知れない感情に支配されている。

 感情の赴くままに部隊と共に突入する事が最善だとは思っていない。寧ろそれこそ奴等の思うツボだと考える節すらあった。 

 話合いで解決を図る事が犠牲を最大限少なくする方法なのか。やはり突入こそ最善なのか。部隊を率いる騎士長達からも様々な意見が飛び交うが大きく分ければこの二つだった。

 こうしている間にも状況は悪くなっていく。相手に準備する時間を与える事は悪手と知りつつ、自分の領地で暮らす民の事を想うと積極的な策を選ぶことも躊躇いが出る。自分が決断しなければならないのにすぐにその決断が下せないのがもどかしい。突入と交渉で、シーチェの胸の内は揺れ動き続けていた。

「女。テメェが領主だな?」

 対峙している城から交渉に来た竜騎士の男が戦斧を肩に担いで騎乗したまま問いかけて来る。面甲を付けず、素顔を晒している男の短く整えられた髭面の厳つい顔の目元には歴戦を物語る傷跡が目立っている。実際直接対峙していて余裕を感じさせた。

 肩に得物を担いでいてもいつでも抜ける状態にある。リーチはあちらの方が有利かと静かに測った。

 帝国の旗を掲げた騎士が身に纏うダークグレーの鎧は古いのかくすんで見えた。馬具もボロボロで整備によって何とか持たせている様な粗雑な物だったが対して竜騎士の方は豪華な装飾の施された鎧に身を包んでいる。帝国の状況がそれほど逼迫していると把握出来た。

 一部の者に富が集中していて“持たざる者”は兵士でさえ生活に困っているような状況なのだろうかと推測する。

 国境の向こう側の状況は言葉で聞くものよりもずっと酷い状況なのかもしれないと思いつつ、目の前で止まっている敵の言葉を待つ。

「話の通じねぇ奴に用はねぇ。こちらの要求が通らねぇなら領民諸共全員殺す」

 口調こそ変わっていないが冷たい視線を向けているのを見ても相当キレている。これは本当になんでもなく人を殺せるタイプの人間だ。間違いは許されないが、恫喝に負ける訳にはもっといかない。

「そのつもりなら最初から軍勢を連れてくればいいのでは?」 

「要らねぇな。雑魚如き俺一人で充分だ。余計な事ほざくと首を飛ばすぞシーチェ・フェイエンベルク」

「知っているのね。なら安い首じゃないのも分かるでしょ」

 フェイルノートに手を掛けるが竜騎士は動じない。はったりだと思っているのか、それとも本当に私より早いと思っているのか。

 僅かな時間の間をおいて竜騎士の男は口元を緩ませたかと思うと豪快に笑った。

「だっはっはっはっ!面白れぇ、その強情さ気に入ったぜ!俺は帝国将“憤怒”のジュギウ。うちの要求だ!聴け!」

 …最悪の相手だ。帝国の中でも指折りに汚い戦をし、出立は盗賊の頭領だという。将軍になるまでにどんな事をしてのし上がったのかまでは把握していないが、表に出ない事を腐るほどしてきたのだろう。

 戦争に綺麗も汚いもないのは分かっているが、彼に目を付けられ先手を取られている以上無傷では済まない事を覚悟した。 

 ジュギウが連れてきた騎士が懐から書状を取り出して声高らかに読み上げる。 

「1つ!我が方からの貿易を不当に威圧するフェイエンベルク領主のこの地域からの完全撤退!2つ、シリアンからの不当な圧力に苦しむ帝国臣民の生存権保護の為、必要な食料と土地の恒久的な担保を要求する!以上の要求が受け入れられない場合住民の命の保証はしない!」

「いきなり来て随分な要求をしてくるのね。私がいつ貴方達の生存権を脅かしたと?」

「これが交渉だと思うなよシーチェ。お前の大事な民が残らず死体になる未来を選ぶのもテメェ次第だ。俺は片っ端から戦斧(ラヴァラート)の錆にしてやってもいいんだからな。で、どぉすんだよ」

 回答を待つつもりもないのか、ジュギウはさっさと話を進め、私に回答を迫る。

「さっさと決めろ」

「ただ受け入れる訳にはいかないわ。先に我が領の全ての住民を解放して貰わない事には話は進められない。勝ったつもりでいるみたいだけど、貴方達の()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼らが欲しいのは本拠地であるフェイエンベルク城周辺だ。帝国から公都に立ちはだかる最大の障壁にして、シリアン有数の農作地や牧場などが集中する食料生産地帯があり大きな街道も整備されている。そこはまだ私の手の内にある。その城は彼らにとっては目と鼻の先、ここまで危険を冒して来た以上何かしらの成果が欲しいはずだ。

「そーかよ」 

 つまらなそうにつぶやいたその瞬間ジュギウが動く。戦斧を一瞬で振り抜いてシーチェの首を刎ねる前に反応し、直前で受け止める。

 ほんの少しでも遅れればもう殺されていた。内心のひやりとした感情を悟られないように表情を殺す。

「公国軍期待の軍師様にしては情報不足だな。俺が()()()()()()()()()()()()()()知らねぇとは。俺はどんな手段を使っても必ず目的を達成する」

「脅しのつもり?貴方こそ()()()()()()()()()()()()()分かってるのかしら」

「面白れぇじゃねぇか。あそこや領内でうちの部下が大暴れしているのを知っても余裕でいられるとは思えねぇがなぁ?」 

 ジュギウは間合いを取りながらほくそ笑む。悪人面がもっと凶悪な顔に変わり、竜の上から見下すその背後では城や町から火の手が上がっている。

 もうあの町は助からない。あれだけの火に囲まれてしまっては人が住むようになるのにどれだけ時間がかかるだろうか。これまでの思い出と共に私の過ごした城も共に過ごした民も一瞬にして奪われた。この光景が領内の至る所で行われていると想像すると怒りの感情がぐつぐつと煮えたぎって来る。奴等を止める方法はもう一つしか残っていない。

 相手は話し合う事を望んでいないのだから。

「…話は終わりね。()()()()()()()()()()()()()

「やる気になったかぁ?いいぜいいぜ!!殺し合うとしようぜぇオイ!?」 

 ジュギウの目が大きく見開かれる。狂気に満ちた笑いと表情を浮かべ、気分が高揚しているようだ。戦斧を肩から降ろし、しっかりと手元に持ち直す。同時にシーチェもフェイルノートを構え、やがて同じタイミングで斬り込んだ。

 そしてどれだけ打ち合っただろうか。少なくない傷を負いながら辛くもジュギウを撤退させる事に成功したが、しかし貴重な時間を奪われた事を考えると戦いとしてはこちらの負け。住民の救出を含め、被害を減らす手立てを打つことが出来ず敵を野放しにせざるを得なかった。

 私を封じる事も戦略の内だったのかも、と考えるとまんまとその作戦にはまってしまった。シーチェは自分の非力さや浅慮さを心底憎んだ。

 ジュギウを撤退させた事なんかよりも民を守る為の行動を何一つ出来ない自分に腹が立ち、無力感から膝を着いた。将としての仮面が綻び、ヒビの隙間を直し続けていないとこの場で泣き出してしまいそうになる。顔を上げる事が出来ず、俯いたまま地面に滴る血と汗を見つめる。

「シーチェ様、ご報告申し上げます。帝国軍は領内から撤退したそうです。それで、その…」

 兵士が言葉を言い澱んだ事で言いたい事は大体伝わる。彼の声のトーンからしても絶対に良い話ではない。

「続けなさい。全て聴く義務が私にはある」

「はっ。襲撃された村に対応部隊が派遣されていますが、そこからの情報で…その……現地に居た住民は全て殺され、一ヵ所に放置されていたと……」  

 やはり…何もできなかった。返答する言葉が思い浮かばない程打ちのめされ、思わず手で目元を抑えた。

 彼の報告はその場で起こった事実を表している。対応が遅れた事、ジュギウに足止めされたせいで何の罪もない人々が大勢殺された。

「シーチェ様。帝国に対して報復をされますか?その宣言を出されるのであればこの屈辱と怒りを胸に我らは悪魔にもなります」

 悪魔と言う言葉が耳に残って離れない。誰かを何かを守る為であれば、きれいな事よりももっと直接的に恐ろしい存在になった方が良いのかもしれない。シリアンが、フェイエンベルクの他の民がジュギウという存在に恐怖している今、私もそれに対抗しなければ。二度と同じ日が訪れない様に備えるのはこの屈辱を知った者にしか出来ない。 

 でもそれは心の赴くまま、同じ事を繰り返すという事じゃないのか?罪のない人間を大勢殺して気持ちをすっきりさせる、果たして本当にそれは正しいのか。

 疑問に対して心が囁いた。“それは間違っている。犠牲になるのはお前だ”“お前が全てを捨て公国の守護者たれ”と。どこから来たのか分からないがそれはシーチェにとって凄く腑に落ちる答えとなった。

 

 ー5年後 カイ王国領内ー  

 

 シーチェの中にあの時の憎悪の感情が蘇る。小さい口元が食い縛られ、目にも怒りが灯る。

「あの時はよくもやってくれたわね…ジュギウ」

「おいおいおい誰かと思ったらあの時の女領主じゃねぇか。そんなおっかねぇ顔してどうした」

 ジュギウは5年前と同じ様ににやりと口角を上げてシーチェを挑発する。

「この顔が恐ろしく見えているなら、斬られる覚悟は出来ているという解釈ね」

 その言葉を聴いてジュギウは小さく笑った後、はっきりと言い切る。

「バァカ!他人を殺し回って自分は平気でいられるなんて思う奴がこんな事20年もやってられるかよ!人間の行動の全ては自分の理想を掴み取る為の手段に過ぎねぇんだ。御託は要らねぇおっ始めようぜオイッ!!」

 ジュギウはシーチェの煽り返しにも冷静さを欠く事なく、自分のペースで物事を進めていく。戦斧(ラヴァラート)を構えて竜の手綱を操ると、一気にシーチェとの距離を詰める。

 詰められる前に矢を番える。決して消える事のない憎悪、あの日命を奪われた者、守れなかった者の無念やその悲しみ。

 これまで過ごした時間の中で流れ込んだ様々な感情が、シーチェの弓を引く手にも犠牲者たちの怨念となってぎっしり詰め込まれている。

 右腕が疼き始め、黒い焔がシーチェを包む。 

「なら今度はあんたの番ねジュギウ」

 放った矢に右腕に宿った怨念が乗り、黒い閃光になって空を翔ける。

「面白れェ!所詮テメェも同じだ!」

 戦斧で矢を弾き飛ばしたジュギウだったが、その矢の“重さ”で一瞬体が後ろに傾ぐ。

(重てェじゃねぇか…正しいと信じて来なきゃやってられねぇ事ばかりのクソッタレな世の中で生き抜いて来ただけはある)

 お互いに譲れないモノがあるからこそぶつかり合う。事の大小の違いはあれども、世の中の根本的な仕組みはそう難しいことじゃない。何を以てそれを決めるかが話し合いで得た最適解でなく、結局力によって左右されるのが愚かなだけだ。

「来いよシーチェ!そんなしょっぱいもん使ってねぇで前みたいにぶつけて来いよ」

 ジュギウはぶつかる事で何かを学べるかもしれないと感じた。ただ殺しをしていただけの人生で初めて生存方法以外の事を教えてくれるかも知れない。それを戦いという殺しの方法でしか表現できない自分が酷く不器用だとも感じながら。

 だが。シーチェはそんなジュギウの気持ちに気付く事もなくひたすら距離を取り続ける戦法を取った。刃の届かない距離から矢を浴びせ続ける。

 ジュギウは一方的に攻撃され続けるストレスに晒され、前に出ようとも出れない状況が続く。

(結局こうなんのかよ。戦場じゃ遠慮は出来ねぇ。ってんなら全てぶつけるしかねぇ)

「ざけんなよクソアマ…掛かって来いよ?なぁ?」

 ジュギウが咆哮する。と同時に竜を使って地面から土を飛ばすが素早い身のこなしで躱される。

 対峙しているシーチェの視線は鋭く、殺意以外は感じられない。これまで多くの人間をその手で殺してきた目をしている。 

 そうだ。元から分かり合える事があるなんて甘い期待はしてない。そんな感情があるなら最初から数ある行いの中でわざわざ最低の行動をする必要も選択もしなかった。

 これ以外のやり方を知らなかったから。ドブネズミの様な生活をして来た人間が這い上がる方法なんて力でのし上がる以外にありはしない。自分の境遇を理解出来るとも思えないし、それを否定される謂れもない。 

 竜の腹を蹴って前進を促す。その指示に反応した竜は力強い羽ばたきと同時に地面を蹴ってシーチェとの距離を強引に詰めようとする。 

 それを見たシーチェは再び弓を引く。牽制を続けて様子を見てきたが、いよいよそれも通用しなくなってきたようだ、と思い始めていた。

 体に宿る黒竜(オルヴァヌス)の呪詛とも言うべき何かが強烈に反応して弓矢に図らずもその力が乗っていたようだが、守りを打ち崩す事までは叶わなかった。

(打ち合いはしたくなかったんだけど…!)

 ジュギウを相手にした時の打ち合いの記憶が残っている。あの時も圧倒的な力の差と得物の相性の差がモロに出て大いに苦戦した。辛くも撃退したと言うには苦しい言い訳にも程があるというものだと思う位、結果は明白だった。相手を撃退したのではなく、十分時間を稼いだからそこに居る理由が無くなっただけの話だ。

 暗闇に紛れる漆黒の鎧と飛竜を駆るジュギウに目を凝らし、その行動の全てを見逃さないように注意を払う。奴の持つ戦斧の一撃以外にも飛竜が繰り出す攻撃にも注意しておかないとと冷静に思い出す。尻尾の薙ぎ払いは骨を簡単に砕くし、爪の一撃は下手すれば腕くらいは真っ二つにするだろう。

「くたばれゴラァァ!!」

 弓の攻撃を突破して目の前まで接近したジュギウが戦斧を振り上げる。長く打ち合ってはいけない。  

 シーチェは意を決して足を動かし、振り上げた手元から逆に懐に入り込みそこから真っ直ぐフェイルノートをジュギウの首目掛けて突き出した。踏み込んだ低い体勢から無駄のない直線で繰り出されるフェイルノートの刃。それは目掛けた首に届く前に飛竜の機転に防がれた。

 体当たりでシーチェを弾き飛ばし、そこから同じ方向にステップ。着地した所はちょうどシーチェの隣。ジュギウが斧を振り下ろせば刃が届く距離。

 シーチェは体当たりの衝撃で地面に倒れたが斧が体を斬り裂く前に後転してその場を離れ、距離を取る。全身を土まみれにしながら弓を握りしめ向き直る。

「死ねる訳ないでしょうが…」   

 ジュギウの咆哮に似た言葉に小さく返す。私が今ここで死んだら世界がどうなるか分からないんだ。

 ここで戦ってシリアンに平和が戻っても黒竜が復活したら大陸ごと滅んでしまう。世界とシリアンを滅ぼさないように、そして黒竜がなるべく復活しない様に戦い続けないとならない。ほんの僅かでもバランスを崩してしまえば何もかもが最悪の結末になる。

 裏切り者の誹りをまだ受けていた頃、心の平穏を保つのも大変で、仲間から殆ど信頼されずにいた内戦が始まった頃。何者かによって突然黒竜を宿す事になった。生き抜く力だと言われて手に入れた筈のそれは世界を破滅へと導く力に過ぎなかった。

 この力を解決しないまま不安要素をこの世に残していけない。私達が守ってきたこの国に災禍の種を遺して逝ける訳がない。

 そんなものを抱えたまま自分勝手に死んでたまるか。この力を解放して行使してしまっている以上、最期までその責任を負わなければ。

「死ねる訳ないでしょうがッ!!?」 

 シーチェの瞳孔が大きく見開かれる。その瞳は真っ直ぐに接近するジュギウを全体像だけを捉えて動きがスローモーションに見える程に神経が研ぎ澄まされる。迫る敵が斧を薙ぎ払おうと腕を伸ばすその動きさえもいつもの何倍もはっきり映った。そのまま行けば胴と首が切り離される。その僅かな隙を衝き地面を蹴ってジュギウの腕に絡みつく。

「んな…ッ!」

 全体重と蹴り上げた力を使って胴に抱き付くようにしてそのまま竜からジュギウを引き剝がそうと倒れ込む。

 がっしりとした体と強力な体幹に支えられた体が勢いに負けて後ろに傾ぐ。シーチェはそのまま腕も使って竜の上から投げを放った。

 叩き付けられるジュギウとシーチェはすぐに起き上がると激しく得物で打ち合う。スピードで勝るシーチェとパワーで勝るジュギウの打ち合いは互角に繰り広げられ、火花が戦場に飛び散る。

「いつまでこの攻撃に耐え続けるつもりだ?!弓ごとへし折れるぜェ?!」

 ジュギウが捻りを効かせたスイングをシーチェは間一髪躱す。斧が空を切った勢いを使って向き直し、更に攻勢を続ける。

 ぶつかる度に重い衝撃がシーチェに伝わる。腕が折れそうな程の衝撃に歯を食いしばりながら、反撃を繰り出した。フェイルノートで戦斧と打ち合うのは不利だと分かっていたシーチェは更に距離を詰め、蹴り技を中心に攻めを繰り出す。素早いステップから連続した蹴り技を叩き込み、そのうちの一発がジュギウの腹を捉え後ろに大きく吹き飛ばす。

「痛ぇじゃねぇか…」

 ジュギウは少し前のめりになった体勢でシーチェを睨みつける。その場からシーチェは弓を引いて狙いを定め、土で汚れた口元をかすかに動した。 

 これで終わり。

 気持ちは切れていないが体は思ったよりダメージを受けているがこっちにも退けない理由がある。

「冗談じゃねぇ…」

 シーチェの放った矢が迫る。喉元に突き刺さる前に斧の刃で弾き飛ばすとジュギウは相棒(アストス)の竜の名前を叫ぶ。

 叫びに応える大きな鳴き声が空気を震わせた。シーチェは次射の弓を指に挟み、番えようとしていた所に上空から竜の攻撃を受けて回避を余儀なくされる。鋭く伸びた爪が右腕を掠め、その爪がシーチェのシャツの右腕部分の布と肉を抉った。

 露わになる右腕の黒い血管の様な痣。肌に描く模様とは明らかに一線を画すその柄はおぞましさに満ちていた。

 ジュギウはこいつだと確信した。最近噂となっていたシリアンに力を貸している竜の一族(マムクート)の存在と一方的に虐殺を受けたあの山から生還した竜騎士が語った黒き竜の話がここで繋がった。

「テメェが()ったんだなポルドナや俺の仲間を」

 受けたダメージの事も忘れジュギウはつかつかとシーチェに向かって歩み寄っていく。抉られた腕から血を流しながらも体勢を立て直し、シーチェは迫るジュギウから距離を取る。

「シーチェさん!」

「下がってください!!」

「来ないで!!自分の身を守りなさい!」

 戦列で見守っていた少年兵たち(ラスティーとハボック)の声にシーチェは答える。

「ガキは黙って見てろ。この女を殺してから相手してやる」

 仲間を蹂躙して逆鱗に触れられているジュギウの殺意に狂い、無機質になった表情と低く唸る様に淡々と告げる威圧感に圧され、2人は固唾を飲んでその場に固まる。

 明らかに変わったジュギウにも怯まず立ちはだかるシーチェ。その周りでは既に到着した帝国竜騎士とカイ軍との戦闘が繰り広げられており、2人が落ち着いてシーチェを援護出来る状況ではない。ラスティー達は戦列で戦闘に加わった。

 それを見届け、シーチェは小さく笑うとジュギウに向き直り、弓を構えた。

「5年前の決着をつけましょ」

「ここが悪魔の墓場だ。仲間を弔わせてもらう」

   

 

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