ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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第三十七話 タイムリミット

 

 1

 

 数日前 シリアン・カイ国境付近 シューレ教中央大聖堂

 

 大陸全土が戦争下にある状況であっても、中央大聖堂のあるこの地域はその影響を微塵も感じさせないほどに穏やかな時間が流れていた。

 広場では行商が市を開きその品を行き交う人々が眺めながら、時折交渉を繰り広げ、時折興味ありげに目を向けてはその場を過ぎ去っていく。聖堂の周辺こそ聖教騎士団が立哨し、警備していたがそれ以外は全く緊張感を感じさせない光景が広がる。

 フランシスカは持ち回りでやって来る仕事である布教を終えて聖堂の自室に戻ろうとしていた。

 すれ違う人々は彼女を見れば頭を下げて会釈をし、稀に有難そうに手を合わせる者もいる。それが視界に入ればフランシスカも十字を切って返す。  

 かの者に女神の祝福が有らん事を。呟くようにして祈りを捧げてはつかつかと早足で広場を抜け、司祭達しか入れないエリアに入る。騎士の身分確認もフランシスカはすんなりと通り、そのまま教会の裏を抜ける。

 目指すのはお気に入りの場所。1人静かに過ごせる秘密の場所だ。

 そこは教会の裏から少し離れた小高い丘の上にあり、何にも邪魔をされず海岸線と水平線そして聖堂の側の町を見下ろす事が出来た。

 人々の営む生活、自由に過ごせる事とはそれだけで尊い。普段は何も考えていなくてもそれが当たり前の様に出来て、明日は来るものだと信じて疑わない。ここに居る人々は女神シューレを信奉しているから受けられている恩恵だ。

「今や明日を見られるか分からない人の方が多いというのに」

 そんな事を考える様になってどれくらい経つだろうか。きっかけはシリアン内戦に政府軍側として国王リクに肩入れし、軍議をしたあの時だ。外から聞こえた軍師シーチェの一言が頭から離れない。

 

 許して貰わなくて結構。貴方達は神ではないのだから。

 

 確かに私達は神そのものではない。人々が崇高な存在として奉っている女神シューレという存在が人々に対して残した教えを伝え守っていく事は私達にしか出来ない。人間が嫌いな自分が人前に出る事が出来るのはその使命感があるからだ。

 フランシスカは司祭としての活動に疲れるとこうしてこの場所で休んでいた。

 風を感じながら穏やかな日差しを浴びて何も考えずに時間を過ごす。視界に移る海岸線や木でさえずる小鳥を眺めてぼんやりとするのが数少ない落ち着ける場所だ。

「こちらでしたか」

 こんな所まで追い掛けてきたのか。ここは誰にも邪魔されたくない時に来る場所だったのに、と1人思った所で誰にも伝えていないのだから彼がそれを知る由もない。

「…コンラッド様。何用でしょうか」

「ここは素敵な所ですね。喧騒を忘れて過ごすには凄くいい場所だ」

 座りやすい木の幹に座っているフランシスカの隣に立ったコンラッドという落ち着いた雰囲気の男性は同じシューレ教司教会に名を連ねている。主にカイ方面の教会の管轄を行っており、長年王族と良好な関係を築いていた。

「ご用件は?私などと会話を楽しみに来たわけではないのでしょう」

「私が?それはそれで構いませんが貴女はそれを求めているようには見えませんね。要件は例の黒竜の件です」

 その単語を聴いてフランシスカは一瞬眉を顰めたがいつもの無機質な反応で対応した。

「何か進展がありましたか?今はカイに入ったと聞いていますが」

「どうやらカガミ山脈でも化身したそうです。ここ最近、黒竜の化身が増えています。まだ世界を滅ぼす程の脅威にはなっていませんがこのまま野放しにしていては確実に手に負えない存在になってしまう」

「大司教様はこれに何か策がありそうでした。あの力が一国の戦力として扱われている現状とそれを見過ごしているのは如何なものかと思いますが、聖教騎士団ではカイとシリアンの連合軍に立ち向かう事は出来ませんから」

 今黒竜を宿しているのはシリアンの軍師シーチェ・フェイエンベルク。公都奪還で共闘していた時から薄々気付いていたがまさかその後に本当にその力を使ってしまうのは予想外だった。

 どんな方法を使ったのか想像も出来ないが、シーチェは黒竜を確かに宿し自分の意のままに扱える状態にある。だが、いつどうやってその力を手に入れたのかなど手に入った情報は少ない。シリアン政府軍に入り込んでいる司祭達から黒竜の情報はどれもが噂に過ぎない眉唾物な情報ばかりだ。

 一時、シーチェを強行手段で拘束すべく動こうと提案が司教会で挙がった事もあった。それは教会と各国政府との間で結ばれている“戦争を扇動する行動の禁止”に抵触するという理由で見送られたがそれは大司教の決定でもあった。反対を押しのけてでも理を守ることを説き、自分に考えがある、と述べた事でフランシスカを始めとした司祭達はそれ以上議論する事はせず大司教に任せる事にした。

「黒竜の復活が近いと言うのに、大司教様は一体何をお考えなのか…そうは思いませんかフランシスカ司祭。一刻も早く奴を捕らえ、盾を使って封印の儀をしなければならない。支援者に伝わる前に早く何とかしなければ…」

 コンラッドは眉間に皺を寄せながら目頭を押さえて項垂れる。幸いシーチェが宿しているのはただの竜である、というのが一般に伝わる認識の為、混乱はさほどないがこのままいけばいつか必ず真実が明るみに出てしまう。もし最悪の事態が起こってしまった時の事も大司教は考えているのだろう、とフランシスカは思っていたがそれでも疑問に思う点が幾つか存在していた。

 その疑問が取り越し苦労であれば何も問題はない。それでも気付いていながらそれを見過ごすのか、と自分自身に問い掛けるとそれはどうしても許されない気がした。あり得ないと思いつつも引っかかる。   

「ところでコンラッド様」 

 フランシスカはコンラッドを見上げて変わらず穏やかな口調で語り掛けた。

「ここは私にとって数少ない安らぎの場所です。ご用件をお聞かせ頂けますか?」

 言外に何もないなら1人にしてほしいと言う気持ちを込めて伝える。コンラッドであればそれは伝わる。他人の機微に敏い人物であるから、それで去るだろうと思っていたが今日は違った。

「これは失礼、では本題を。これは私の独り言ですが…」

 いつもと変わらない彼の語り口から僅かな緊張を感じ、フランシスカは周囲に目を向けた。目視と、魔力の波動で探ってみても誰かが居る雰囲気はない。

 コンラッドはフランシスカと同じ事をして2人だけであると確認すると、普段より少しだけ小さい声で海岸線に向かって言葉を発する。あくまでもコンラッドは独り言だという建前を守ろうとしているのが読み取れたのでフランシスカも敢えて目を合わせる事はしなかった。

 独り言が終わる頃、フランシスカは己の感、情を胸の内に押し留める事が精一杯になっていた。

「そんなはずは…そんなはずありません……」

 彼の言う独り言をどうして自分が信じる事が出来るのだろう。それはこれまでの自分(フランシスカ)を自分自身で否定する事とまるで同じだった。

「その話は胸にしまっておく事にしますわ」

 フランシスカはあまりにも衝撃的だったその話を一旦考えない様にする為に話題を変える事にした。

「それはそうと、カイでの作戦の準備は順調ですか」

「えぇ問題ありませんよ。彼女は国境を出る直前に包囲、捕捉する算段です。帝国の()()が上手く事を運んでくれるといいのですがね」 

 コンラッドは少しばかり不安そうに空を見上げる。国内外に人脈が多い彼はその人心掌握の術でかなりの長があるのは周知の事実であるが、戦略や戦術、謀略などに関しては得意としているとは言い難い。問題解決に任命される事が多いコンラッドが直接荒事の指揮を執るのは珍しい。

 フランシスカは司教会の中でも少ない友好的な人物である彼の力になりたいと思った。

「兵は出せませんが宜しければお手伝いしましょうか」 

 それを聴いてコンラッドの表情は明るくなる。

「貴女の力をお借り出来るのなら心強いというものです。感謝致します、フランシスカ司祭」

 彼は感謝を述べると軽く頭を下げてお辞儀をした。    

 

 

 2

 

 

 現在 カイ王国領クロガネ城近郊 帝国軍野営地付近 

 

 

「ここが悪魔の墓場だ。仲間を弔わせてもらう」

 ジュギウは竜を降りたままラヴァラートを肩に担いでゆっくりとシーチェに向かっていく。シーチェは傷の手当をする余裕もないままフェイルノートを構え宿敵と対峙した。

 だが右手の握力は明らかに失われていた。指に力が入らず、力を入れようとすると傷口が内側からビリビリと電気が流れる様な激痛に襲われて余計に力が抜ける。このまま力で差のあるジュギウと打ち合うのは危険だと分かっているがその場を退くことも出来なかった。

「お前のその腕じゃもう俺の一撃は受け止められねぇ。大人しく首を差し出せ。シーチェ・フェイエンベルク」 

「力づくで取ってみなさい。最後の瞬間まで勝負は分からない」  

「ごちゅーこくどうも。だったら心置きなく全力で狩らせてもらうぜ」

 僅かな言葉の応酬の後、ジュギウは駆け出し、距離を一気に詰めると戦斧を振り上げる。まだ使えるフットワークを活かして攻撃を回避しつつ反撃の隙を窺うシーチェだったが思うように片腕を使えないせいで威力のある攻撃が繰り出せずにいた。

 

 そんな中、最前線で敵を猛攻撃している赤備えを率いるマサカゲ達はシリアン勢戦線離脱の報告が来ない事に違和感を感じていた。

「彼らは!まだ離脱出来とらんのかッ?!状況を知らせい!」

「ハッ!現在帝国竜騎士隊が我の側面より突入!離脱直前のシリアン隊を捕捉し交戦中との事ですッ!その中に敵将“憤怒”のジュギウが居るとのことであります!!」

「帝国将がこの奇襲の中で側面に突入している…?」

 マサカゲは兵の報告を聴いて眉間に皺を寄せた。

 この闇夜に紛れた奇襲は明らかに成功している。気付かれているなら門が開いた瞬間、もしくは突入の瞬間に猛烈は待ち伏せに晒されて大敗しているはずだから。そんな様子もないのに既に敵の大将は竜騎士を率いてこちらの側面に入り込んでいる。読まれたのか?それとも偶々そこに居ただけなのか?だが、今ならば取って返して敵将を討ち、作戦を軌道に戻す事が出来るとマサカゲは判断した。

「者共聴けェェい!!」

 マサカゲは周囲一帯に聴こえるように大声を張り上げて注目を集めた。

「これより隊を分け、交戦中の味方の救援に向かう!クレハは居るか!?」

「ここに!!」

 傍で刀を振るっていたクレハが対峙していた敵を屠りながら応答する。 

「お前はダイヤとナナ、それに二百騎率いてシリアンの方々を救援!敵将ジュギウの足を止め、彼らをそのままシリアンまで送り届けろ!残りはワシ共に正面を支える!!良いか!この戦の勝敗が決まるぞ!心せよッ!!」

「心得た!!」

「応ッ!」

「わ、分かりました!」

 任命した部下たちの返答を聴いたマサカゲはすぐに動き出すように命じ、戦列から騎乗し直したクレハとナナ、金鵠を駆るダイヤとそれに従う二百の騎兵が離れていったのを見届けるとマサカゲは前線の指揮に戻る。自ら敵を討ち取りながら部隊を巧みに動かし数の力を発揮し始めている帝国軍を抑え込む。反攻の兆しが出た地点を砕いて回り、派生させない様にする。そうすれば勢いが死んで敵は再び防戦一方になる。

(それもいつまでも続けられる訳ではない。リク殿何をしている…!)

 

 マサカゲがクレハ達を援軍に出した頃、リクはシーチェ達と同じ場所で帝国竜騎士の部隊と激戦を繰り広げていた。

 奇襲が読まれていたかのような数の側面攻撃に対してカイ兵と共に戦線を支えていたが、肝心の自分達の離脱は竜騎士隊を突破しなければならない状況に追い込まれてしまい、その突破をする為の力が必要だが付近の歩兵でだけはその衝撃力を生み出す事が出来そうにもなかった。

「時間が限られているというのに!」

「リク!俺達も分断されてる。まずはシーチェ達と合流しよう!」

 傍にいたハスタの提案にリクは仲間を集合させた。ここに居るのはエリフ、ハスタ、ミッシェル、アンナ、ゲイガンとリクを加えた六名。

 前衛と後衛を分けて、敵の攻撃を掻い潜りながら少しづつ移動してシーチェ達の居場所を探す。混戦になり、敵味方が入り乱れる戦場でミッシェルが指を指して声を張り上げた。

「向こうにアリスさんが居る!あとうっすらだけどシーチェさんも!!」

 騎馬の視界の広さを存分に生かしたミッシェルが混乱する戦場で仲間の姿を捉える。

「よく見つけた!!」

「なっ…バカね!今は一番視界が高いんだから当たり前でしょ!」

 相棒でもあるミッシェルを敵から護衛するハスタが褒めるとほんの少しだけ硬くなった表情を崩したが、すぐにそれを隠そうと言葉を放った。

「またバカって言われた…褒めただけなのに」

 少ししゅんとしながらもいつもの事だと気を取り直したハスタは前衛として道を切り拓いていく。

「まぁ!仲が良いのねお二人。そんな二人にオススメの新商品があるの!後で是非見てね!」

「おいおい…今言うな!」

 会話を傍で聞いていたアンナが弓を引きながら売り込みを掛ける。素早く軽快な身のこなしで敵の攻撃を躱しては弓矢を叩き込みながら的確に味方の援護もこなしていった。

「なんで売り込みしながらそんなに動ける?!バケモノかッ?!」

「失礼ね!特殊技能だと言ってちょうだい!」

 ハスタの思うままが出たバケモノという言葉にアンナは頬を膨らませながらもお互い背中を一瞬合わせて呼吸を整える。そこにミッシェルも加わった。

「アンナさん捕まえてバケモノとか言うな!このあんぽんたん!」

「そうよ!あとでお説教だから!」

「なんでこうなるんだよ畜生!」

 女性陣に罵られる羽目になったハスタが理不尽を嘆く。それを力に変えて前に進めるのもまた彼の良さでもあるが、仲間は不憫だと感じていた。

 物静かで普段も余り存在感を出さないゲイガンもいつも通り、黙々と敵を吹き飛ばしながらハスタの隣で背後からの一撃を食い止める。

「…楽しそうだなハスタ」

「楽しくなんかねェよ!ゲイガン、お前は俺の味方だろ?!」

「何を言っている…?」

 僅かに困惑した雰囲気を見せつつ、敵との鍔迫り合いを押し返したゲイガンはすぐに追撃に入りその場を去って行く。その場に残された不憫な傭兵(ハスタ)は目の前を敵を倒して不満を爆発させた。

「何なんだよォ!!もーーーッ!?」    

 言いつつもハスタは前衛として敵を薙ぎ倒す働きを見せ、いつしかシーチェ達が居る目の前まで迫っていた。

 

 仲間の活躍のおかげで分断されたシーチェ達と合流が出来たリクは呼吸を整えて、すぐにその場への突入を伝えた。

 特にハスタの獅子奮迅とも言える働きが時間を掛けずに道を切り拓いてくれた。時折何やら叫び声が聞こえたが負傷した訳でもなさそうだったのでその件は置いておく事にした。

「あんたの働きは見事だった。感謝する」

「もう女は御免だ…王様、俺はあんたに仕える。頼む」

「何を言ってるか分からんがその話は後だ。もうひと頑張りするぞ」 

 がっくりと肩を落としたハスタの背中を軽く叩いて励ますと、リクは戦場を進んでいく。

 混戦する戦場を抜けて、開けた所ではシーチェが一騎の竜騎士と一騎打ちをしている所だった。

 細い刀身のフェイルノートでなるべく打ち合いをしない様に動くシーチェと、大きな刀身で得物ごと叩き切ろうとする竜騎士。どうしても回避できない時だけフェイルノートをぶつけて軌道を逸らして躱しているが、動きが悪い。助けてあげたいが、その為にはここから逃げ出す為の準備を整えなければならない。

「今は一騎打ちには加われない。周囲の混戦を解き、他の仲間を救出する!」

 リクは号令を出し、先陣を切って他の仲間の救出に向かう。

 天馬騎士のアリスとベネット、ライラの三人はすぐに見つかった。ベネットが盾になりながらアリスが竜騎士を叩いて回り、ライラはアリスの後ろで死角を見張るという傭兵団らしい連携を見せてその場を凌いでいた。

 リク達もその戦いに加わり、僅かな時間を作って打合せを行う。

「ガキ共とリシアの行方が分からん。恐らくまとまっている筈だ」

「そちらは任せていいか?俺達はシーチェを救出して脱出の準備をする。何とかヘイトを逸らしたいんだが…」

 敵の竜騎士は恐らく将軍級だろう。シーチェを単純に武力で押しているのを見るとかなりの手練れだ。彼とシーチェの一騎打ちを止めさせる為には無理にでも割り込んで戦闘を継続出来ないようにしなければならない。

 どの手段を取るべきか思考を巡らせていると、戦場でよく通る声が響いた。

()()殿()()()()殿()はおるかァーーーッ!?」

 聞き覚えのある声、戦場で()()殿()と呼ぶのは敵からリクの存在を隠す為。リクをその呼び方にしている事を知っているのはカイ軍の中でも限られた人物だけ。

 リクはクルバルカを掲げて位置を示す。 迫って来る沢山の馬の駆け脚。混戦の中だと言うのに味方を弾き飛ばす事もなく、見事な機動で騎兵の一団はリク達を囲んだ。

「ご無事ですか!マサカゲの命で参りました。これより我々が皆様の撤退を支援します!歩兵の方は騎馬に乗ってください。シーチェさんは私が救出します」

「すまない、援軍に撤退の手段まで手配してもらって感謝に尽きない。すぐに取り掛かろう」

 マサカゲが直接手段を講じたという事はカイの前線も限界が近いのだと、リクもすぐに察した。       

 逸れた仲間を捜索する班とシーチェを救出し、脱出を目指す班とに分かれて部隊は撤退行動を開始する。再び動き出した部隊の先頭を進むクレハは馬上からシーチェの姿を見つけるのにそう時間は掛からなかった。

 ジュギウと未だに激しく打ち合いを見せる姿からは色濃い疲労と負傷による消耗が見て取れたが、それはジュギウの方も同様だった。竜から引き剥がされたせいで地上戦に持ち込まれた敵は攻め手を欠いている。

「突入するわ」

 仲間に合図を出し、クレハは片方の刀を抜く。鐙の踏み込みと馬の腹を蹴る足を入れ替える事で進路を定めながら、真っ直ぐシーチェとジュギウの間を目指す。

「一騎打ちに乱入はご法度だけどごめんねシーチェさん…!」

 聴こえはしないだろうが一応謝罪をしておく。性格的にも戦場を荒らされるのを許す人ではない。自分で全ての決着を付けたがるその生真面目さはこの行いを許さないだろう。それでもここでシリアンの誰かが死んでしまう事があればこの戦いは無意味になってしまうのだ。

「横やり御免!!」

 シーチェ達が戦っている空間に突入する。空間に入ってきた異物にしのぎを削っていた二人が同じタイミングで視線を向けて来て、認識の違いで回避した側と立ち止まる側とに分かれた。ジュギウは大きくその場を離れ、シーチェは入ってきたクレハを見た瞬間に悟ったらしい。

「捕まって!」

 馬上から腕を伸ばすクレハは駆け足の速度を殺さないままシーチェをすり抜け様に掴んで自分の後ろに引き上げ、そのまま撤退地点目掛けて走り抜ける。

 部隊と流れる様に合流してからクレハは後ろに乗っているシーチェを覗いてみた。

 色々と落ち着いていないとは言えど人とは思えない悪魔的に恐ろしい表情をしていたので、思わず息を呑んで何も言わず前を向いた。 

(やっぱりめっちゃ怒ってるぅ…)

 そんな人を後ろに乗せていると全く心が落ち着かない。戦闘中よりも汗をかいている気がする。

「クレハ」

「ふぁ、ふぁい?!」

 そんな恐怖の対象から突然声を掛けられ、いつもは絶対出ないような声が出てしまう。何を言われるかびくびくしながら言葉を待っていると予想よりもずっと優しい声色でそれは続いた。

「私と、皆を救ってくれてありがとう。助かったわ」

 いつもと同じ、良く知っている声色にクレハは一安心する。気を取り直して混乱する戦場を抜ける為、二百騎の騎馬を率いてクレハは撤退地点を目指した。

   

 3

 

 シリアン公国 城塞都市ブルガンツ 前線指揮所

 

  

「ブレグ殿がソールズベリーから伝文を寄越した。持ち出しの兵は大半が死傷しているそうだが、同時にソールズベリーの投降兵がそのまま領主の娘に続いて戦う選択をしたらしい」

「ソールズベリー伯の娘、というと“深紅の令嬢”アヤ殿か。彼女を当主に立てて共に戦おうと言うのなら信頼出来るだろう」

 ヘッツァーの報告にグライフ答える。地図に視線を落としたままであるが、会話が嚙み合っている事を聴いていると判断したヘッツァーはそのまま報告を続ける。

「だが彼女の相棒でもあったサミーが戦死した。ソールズベリー伯と相討ちになったと」

「惜しい人材であった。令嬢殿を守る騎士として、視野の広い優秀な人物だっただけに王宮騎士にしたいと思っていたんだが」

 ソールズベリー伯も期待を寄せていた騎士サミー。その槍の技は多くの仲間を魅了し、反乱軍との戦いでも大いに冴えわたったという報告が来ている。ゲラン討伐に至るまでの戦いにおいての戦績は優秀と言う他なかったがそんな彼ももうこの世には居ない。

「迎え入れたとして、連れ戻った仲間の遺体を埋葬する時間位は作ってやりたい所だが。状況は限りなく最悪になっちまった」

 地図には包囲されているブルガンツを示す地点と、沢山の敵軍を示す駒が敷き詰められている。完全に虫一匹逃がさない完全包囲の態勢。ブルガンツに残っている兵力がどれほどであっても単身その包囲を解く事は不可能なほど厳重な包囲網が敷かれており、毎日の様に散発的な攻撃で死傷者を出している。状況は単独で覆す事は叶いそうもない絶望的なものだった。

「俺達が生きるか死ぬか、運命はどっちに転ぶと思う?ヘッツァー」

「…さぁな。ここまであんたに付いて生き残ってきた。あんたが諦めなきゃ死なないとは思ってるが」

「なら最期の時が来るまで足掻くとしよう」  

 土で汚したままの顔でグライフは歯を見せてにかっと笑う。

 なぜこの状況でも笑えるのか、と昔はいつも考えていた。どんな状況でもこの男は希望を捨てない。もう全てを投げだしたいと思う状況でも、どんなに希望が持てない状況でも。彼が諦めるという決断をする事はこれまでなかった。選択肢に出てきた事も無い。その気持ちの強さは一体何処から来るのだろうか。かなりの時間を彼と一緒に過ごしているがその答えは今も見つけられずにいる。

 グライフはうっし、と気合を入れ直すと地図を手繰り寄せて控えるヘッツァーに声を掛けた。

「ではここからどうやったら敵を家に帰らせられるか考えようじゃないか」

「盤面をひっくり返す策があるのか?」

「賭けになるがな」

 グライフは普段と同じ笑みを見せ、地図と睨めっこを始めた。

 

 

 





 皆様明けましておめでとうございます!
 気が付いたらあっという間に年が明けました。一年ホントにあっという間でした…月に一度も更新出来ないのんびりペースですがお気に入り登録して下さる方も増え、UAも8,000を超えて嬉しい限りです。皆さまありがとうございます。

 今年ものんびりになると思いますが、自分自身も執筆を楽しんでやっていきたいと思いますので宜しくお願い致します。

 良いお年を過ごしましょう!
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